Snail Mail “Lush”
スネイル・メイル (スネイル・メール) 『ラッシュ』
発売: 2018年6月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン)
メリーランド州エリコットシティ出身のリンジー・ジョーダン(Lindsey Jordan)によるソロ・プロジェクト、スネイル・メイルの1stアルバム。
1999年生まれのリンジーは、2015年から音楽活動を開始。翌2016年に、6曲入りのEP『Habit』を、ワシントンD.C.出身のポストパンク・バンド、プリースツ(Priests)が設立したレーベル、シスター・ポリゴン(Sister Polygon)よりリリース。
2017年には、前述のプリースツ(Priests)や、ビーチ・フォッシルズ(Beach Fossils)、ワクサハッチー(Waxahatchee)のサポートアクトを務め、北米をツアー。そして、2017年9月にUSインディーを代表する名門レーベル、マタドールと契約し、2018年6月にリリースされたのが本作『Lush』です。
以上、スネイル・メイルの来歴をざっと書き出してみましたが、本作リリースの時点で、まだ高校を卒業したばかりの18歳。音楽の良し悪しに年齢は関係ありませんが、早熟な才能だと言えるでしょう。
リンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクトではありますが、現状ベースのアレックス・ベース(Alex Bass)と、ドラムのレイ・ブラウン(Ray Brown)は固定。本作も、ギター・ボーカルのリンジー・ジョーダンに、この2人を加えた3ピース・バンド編成を基本とし、一部の曲では、パーカッションのサム・ユーブル(Sam Ubl)、プロデューサーも務めるジェイク・アロンがキーボードで参加し、レコーディングされています。
さて、前述のとおり名門マタドールからリリースされた本作。日本でも本国アメリカでも、各所で話題になった1作です。
都会的とは言えない、素朴なサウンドとアンサンブルを持ち、飾り気のない等身大のボーカルが響く、インディー・ロック然とした耳ざわり。アメリカの音楽サイト、ピッチフォーク(Pitchfork)のレビューでは、リズ・フェア(Liz Phair)やフィオナ・アップル(Fiona Apple)と比較しながら論じられていましたが、それも納得の質感を持ったアルバムです。
ボーカルの歌唱のみならず、各楽器の音作りもシンプル。過度な装飾を排除し、むき出しの歌とアンサンブルが前景化され、聞き手にダイレクトに迫ります。この歌と演奏で勝負する潔さが、彼女の特徴であり、最も大きな魅力と言っていいでしょう。
アルバムは、「Intro」と題された1分ほどのトラックで幕を開けます。ゆったりとしたテンポに乗せて、ギターとベースのシンプルなフレーズ、リンジー・ジョーダンの穏やかで、やや物憂げなボーカルが、ヴェールのように場を包み込んでいきます。ボーカルにはエフェクト処理が施され、このアルバムの中では珍しく、音響が前面に出たサウンド・プロダクション。
おそらく、この後に続く楽曲群との、コントラストを演出するためなのでしょう。アルバムを通して、ただ無策にレコーディングしたわけではなく、こだわりを持って丁寧に作り上げられたサウンドであることが、浮き彫りになります。
2曲目「Pristine」は、弾むようなギターのフレーズとサウンドと、手数は少ないながらも躍動感のあるリズム隊、耳元で歌っているかのような生々しいボーカルが重なり、有機的なアンサンブルを作り上げる1曲。
3曲目「Speaking Terms」は、穏やかな波のように、揺らぎながら躍動する曲。リンジー・ジョーダンのボーカルは、適度にかすれ、バンドに溶け合うように漂います。
4曲目「Heat Wave」は、さりげなく爪弾くようなギターのイントロから始まり、ボーカルも含めて各楽器が絡み合う、スウィング感のあるアンサンブルが展開される1曲。再生時間0:53あたりからの押し潰されたような音色、1:50あたりからのファットな歪みなど、ギターの音作りは個性的で、オルタナティヴな空気を楽曲に加えています。
5曲目「Stick」は、子守唄のように穏やかなイントロから始まり、各楽器ともリズムのタメをたっぷりと取り、ゆったりと歩くような演奏。立体的かつ臨場感あふれる音質でレコーディングされたドラムが、楽曲に厚みをもたらしています。
6曲目「Let’s Find an Out」は、空間系エフェクターのかかった、水がにじむような音色の複数のギターが絡み合い、ボーカルと共に織物のようにアンサンブルを構成していく、穏やかな1曲。
7曲目「Golden Dream」では、ドタドタと立体的かつパワフルなドラムに、クリーンな音色のベースとギター、飾り気のないボーカルが絡まり、リラックスしたグルーヴ感のある演奏が展開されます。
10曲目「Anytime」は、伸びやかなボーカルと、クリーントーンのギターとベースが、丁寧に音を置いていくスローテンポの1曲。前半は音数も少なくシンプルに進行し、再生時間2:00過ぎあたりで、シンセサイザーと思われる柔らかな持続音が入ってくると、穏やかな音が場を満たしていくような、厚みのあるサウンドへ。
アルバム全体を通して、歌が中心にある作品であることは確かです。しかし同時に、一聴するとシンプルに聞こえるサウンド・プロダクションとアンサンブルも、丁寧に作り上げていることが、節々から伝わる作品でもあります。
ただ、やみくもに「シンプルに行こう!」「音を減らそう!」と作っているのではなくて、適材適所で音とフレーズを吟味しているのではないでしょうか。基本的には、コンパクトにまとまったインディーロックといった趣のアルバムですが、ところどころオルタナティヴ・ロックやシューゲイザー、エレクトロニカを感じる音が入っています。
あとはなんといっても、リンジー・ジョーダンのボーカルが良い。彼女の声も、派手さはありませんが、時に激しく絞り出すように、時に穏やかに語りかけるように歌いあげていきます。わかりやすいシャウトであったり、高音であったり、というわけではないのに、表情豊か。
多様なジャンルを地に足のついた形で取り込み、丁寧に作り上げた良盤です。