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Extra Golden “Thank You Very Quickly” / エクストラ・ゴールデン『サンキュー・ベリー・クイックリー』


Extra Golden “Thank You Very Quickly”

エクストラ・ゴールデン 『サンキュー・ベリー・クイックリー』
発売: 2009年3月10日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 2004年に結成された、ケニア人とアメリカ人による混成バンド、エクストラ・ゴールデンの3rdアルバム。

 メンバーは、イアン・イーグルソン(Ian Eagleson)とアレックス・ミノフ(Alex Minoff)のアメリカ人2名と、オンヤゴ・ウウォド・オマリ(Onyago Wuod Omari)とオピヨ・ビロンゴ(Opiyo Bilongo)のケニア人2名からなる計4名。

 イーグルソンはゴールデン(Golden)、ミノフはウィアード・ウォー(Weird War)と、それぞれインディー・ロック・バンドでの活動歴もあり。オマリとビロンゴは、共にケニアのポピュラー音楽ベンガ(Benga)のミュージシャンです。

 彼らの音楽性を端的に説明するなら、ロックとベンガの融合。ベンガの飛び跳ねるような軽快なリズムが、インディー・ロックの枠組みに収められ、コンパクトにまとまったポップ・ミュージックに仕上がっています。

 アメリカとアフリカの融合であるという大まかな方向性は、1stアルバムから共通。しかし、まだケニアとアメリカの間に、分離感があった1stアルバム『Ok-Oyot System』から比較すると、2nd『Hera Ma Nono』、そして3作目となる本作『Thank You Very Quickly』と、作品を追うごとに、一体感が増加。

 本作では、トライバルなポストロックとでも呼ぶべき音楽が、繰り広げられています。ベンガに由来するリズムやフレーズは、非ロック的。その非ロック的な要素が、コンパクトな楽曲の構造に溶け込み、ロックの持つダイナミズムや躍動感と、同じように機能しています。

 ドラムを担当するケニア人のオマリは、特に複雑なリズムを意識しているわけではなく、彼の中にある自然な感覚に基づいて、ドラムを叩いてるのでしょうが、形成されるのは複雑なポリリズム。

 この多彩なリズムを持ったドラムを土台に、その上にはオルタナティヴ・ロック的な音色を持った、エレキ・ギターやキーボードが乗り、絡み合うように躍動的なアンサンブルを作り上げていきます。結果として、完成する音楽は、実験的なリズムと構造を持った、ポストロックのような耳ざわり。

 「ポストロック」と言うと、ハードルの高い難しい音楽という印象を持つ方も、いらっしゃるかもしれませんが、本作はリラクシングで陽気な空気も充満し、複雑性とポップさを併せ持ったアルバムとなっています。

 1曲目「Gimakiny Akia」は、前に音符を詰め込むようなドラムに、ギターとベースのメロディアスなフレーズが絡み、バンド全体がバウンドするように、躍動感を伴って進行する1曲。

 2曲目「Fantasies Of The Orient」では、鋭く細かくリズムを刻むドラムに、ギターとベースが絡みつくようにフレーズをくり出していきます。正確無比なアンサンブルからはプログレ、オルガンの音色とフレーズからは、サイケデリック・ロックの香りも漂います。

 3曲目「Piny Yore Yore」は、音が前に転がっていくようなイントロから始まり、タイトさとラフさの共存した演奏が展開する1曲。

 4曲目「Anyango」は、タイトに刻まれるドラムのリズムを、他の楽器が覆いかぶさるように追いかける1曲。ギターには、エフェクターが深くかかり、ジャンクな音色。リズムにはファンク的なノリの良さもありますが、呪術的なボーカルも相まって、オルタナティヴな空気も充満しています。

 5曲目「Ukimwi」では、空間系エフェクターのかかった清潔感のあるギターが、織物のように音を紡いでいきます。コードやヴァース=コーラス構造に基づく進行感は希薄で、リズムも一聴すると変化がないように聞こえますが、中盤以降は徐々に演奏が熱を帯びていきます。

 6曲目は、アルバム表題曲の「Thank You Very Quickly」。ドラムが大きくバウンドする躍動的なイントロから始まり、その後は手数を増減させながら、ゆるやかなスウィング感を伴ったアンサンブルを展開する1曲。

 「アメリカとアフリカの融合」とか「ベンガのリズムをポストロック手法で再構築した」などと言うと、あまりにも単純ですが、トライバルなリズムと、ポストロック的な手法が融合し、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げているのは事実です。

 複雑なリズムと、フォーク・ミュージックの牧歌的な雰囲気が合わさり、実験的なポストロックに陥ることなく、ポップさも併せ持つアルバムとなっています。

 前述したとおり、本作がエクストラ・ゴールデンの3作目。メンバー同士が互いの音楽性を理解し、信頼し合ってアンサンブルを作り上げているのが分かる、クオリティの高い1作です。

 





Extra Golden “Hera Ma Nono” / エクストラ・ゴールデン『ヘラ・マ・ノノ』


Extra Golden “Hera Ma Nono”

エクストラ・ゴールデン 『ヘラ・マ・ノノ』
発売: 2007年10月9日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 2004年に結成された、ケニア人とアメリカ人による混成バンド、エクストラ・ゴールデンの2ndアルバム。

 結成当時のメンバーは、ワシントンD.C.拠点のポストロック・バンド、ゴールデン(Golden)のイアン・イーグルソン(Ian Eagleson)。同じくワシントンD.C.拠点のインディー・ロック・バンド、ウィアード・ウォー(Weird War)のアレックス・ミノフ(Alex Minoff)。そして、ケニアのベンガ(Benga)と呼ばれるポピュラー音楽のグループ、オーケストラ・エクストラ・ソーラー・システム(Orchestra Extra Solar Africa)のオティエノ・ジャグワシ(Otieno Jagwasi)の3人。

 2004年に1stアルバム『Ok-Oyot System』が完成しますが、2005年にジャグワシが肝不全のため死去。アルバムは2006年にリリースされ、バンドはオーケストラ・エクストラ・ソーラー・システムのドラマーであり、ジャグワシの兄弟でもあるオンヤゴ・ウウォド・オマリ(Onyago Wuod Omari)と、ベンガの著名なミュージシャンであるオピヨ・ビロンゴ(Opiyo Bilongo)を新メンバーに迎え、本作を制作しています。

 上記のメンバー交代を経て、アメリカ人2名と、ケニア人2名の4人編成となったエクストラ・ゴールデン。前作でも、直線的ではない飛び跳ねるリズムが、コンパクトなインディー・ロックのフォーマットに落とし込まれ、ゆるやかな多幸感を持った音楽を響かせていました。

 2作目となる本作では、ベンガとロックがより自然なかたちで溶け合い、一体感と躍動感を増したアンサンブルが展開しています。

 1曲目「Jakolando」は、小気味いいギターのカッティングから始まり、ベース、ドラム、ピアノが立体的に折り重なり、ゆるやかに躍動しながら進行します。

 2曲目「Obama」は、細かくポリリズミックなプレイを見せるドラムの上に、トロピカルで軽やかな歌と、バンド・アンサンブルが乗る1曲。この曲は、1人で変幻自在にリズムを刻む、ドラムが聴きどころです。

 4曲目「Night Runners」では、キレのあるベースと、細かくタイトにリズムを刻むドラムから、ファンクのノリも感じられるアンサンブルが展開。しかし、もちろんリズム構造がファンクと完全一致するわけではありません。ファンク的な、糸を引く粘っこいリズムではなく、鋭く時間を刻みながら、折り重なるようにポリリズムが形成されていきます。

 5曲目「Street Parade」は、エフェクターのかかったギターがフィーチャーされた、ジャンクなサウンドを持った1曲。音はオルタナティヴ・ロックに近いのですが、リズムはロック的な8ビートや16ビートではなく、波打つように躍動的。

 6曲目「Brothers Gone Away」は、空間系エフェクターを用いた複数のギターが、絡み合うようにフレーズを重ね、ドラムはトライバルで立体的にリズムを刻む、インディー・ロックとアフリカ音楽が溶け合った、このバンドらしい1曲。

 8曲目は、アルバム表題曲の「Hera Ma Nono」。各楽器とも、そこまで手数は多くないものの、お互いがリズムを喰い合うように、穏やかなスウィング感を伴って進行。南国を感じさせる、楽しくリラクシングな雰囲気ですが、演奏が徐々に熱を帯びていき、多様なリズムを聞かせる展開はスリリングです。

 アクセントの位置を変えながらダンサブルに弾むリズムはファンクのようでもあるし、穏やかに揺らめくアンサンブルは、レゲエのようにも響きます。しかし、両者の折衷的な音楽というわけではなく、より自由にリズムが伸縮する、リラクシングなアンサンブルが展開するアルバムです。

 ドラムを担当するのは、ケニア人のオンヤゴ・ウウォド・オマリ。僕はベンガという音楽について、ほとんど知識を持ち合わせてはいませんが、いわゆる画一的なロックのリズムとは、異なるリズム構造を持った音楽であることはわかります。





Extra Golden “Ok-Oyot System” / エクストラ・ゴールデン『オク-オヨト・システム』


Extra Golden “Ok-Oyot System”

エクストラ・ゴールデン 『オク-オヨト・システム』
発売: 2006年5月9日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 ケニア人とアメリカ人による混成バンド、エクストラ・ゴールデンの1stアルバム。シカゴの名門レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。

 バンドの始まりは2004年。ワシントンD.C.を拠点に活動するポストロック・バンド、ゴールデン(Golden)のメンバーだったイアン・イーグルソン(Ian Eagleson)は、大学でケニアのポピュラー音楽、ベンガ(Benga)の研究をしていました。

 博士論文用の研究のため、オーケストラ・エクストラ・ソーラー・システム(Orchestra Extra Solar Africa)というベンガ・バンドで活動する、ケニア人のオティエノ・ジャグワシ(Otieno Jagwasi)の協力を得ます。イーグルソンは、アフリカを訪れて、ジャグワシと共に研究を継続。

 そんな時に、イーグルソンの友人であるウィアード・ウォー(Weird War)のアレックス・ミノフ(Alex Minoff)が、ケニアに滞在中のイーグルソンを訪問。ジャグワシを加えた3人で、レコーディングに臨み、完成したのが本作『Ok-Oyot System』です。

 一部の曲では、ジャグワシが在籍するオーケストラ・エクストラ・ソーラー・システムのドラマーであり、ジャグワシの兄弟でもあるオンヤゴ・ウウォド・オマリ(Onyago Wuod Omari)が、ドラムを担当しています。

 アルバム・タイトルは、正確にどのように発音するのか分かりません。ただ、「Ok-Oyot」は、ルオ語(Luo)で「it’s not easy」を意味するとのこと。ルオ語とは、ケニアを中心に、南スーダンやタンザニアにも居住する民族・ルオ族が話す言語。

 また、確定的なソースを発見することができなかったのですが、バンド名の「エクストラ・ゴールデン」は、イーグルソンが在籍するバンド、ゴールデンと、ジャグワシが在籍するバンド、オーケストラ・エクストラ・ソーラー・システムの一語ずつを組み合わせたものではないかと思います。

 上記の経緯で結成された、エクストラ・ゴールデン。僕はベンガについては、全く知識を持ち合わせていませんが、アフリカ的なリズムと、ロックの方法論が、融合した1作となっているのは確かです。すなわち、多層的で複雑なリズムが、コンパクトなヴァース=コーラス構造に収まった、ポップ・ミュージックが展開されています。

 1曲目の「Ilando Gima Onge」は、ギター、ベース、ドラムのロックバンド的な編成ながら、回転するようなギターのフレーズと、手数は少ないながらも、立体的にリズムを刻むドラムが絡み合い、グルーヴ感が生まれていきます。

 2曲目は「It’s Not Easy」。前述のとおり、アルバム・タイトルにある「Ok-Oyot」を英訳すると、「It’s Not Easy」になります。ゆったりとしたテンポに乗せて、揺らめくようなアンサンブルが展開される1曲。

 3曲目は、アルバム表題曲の「Ok-Oyot System」。楽器の数も、音数も多くはないですが、軽やかなリズムが折り重なり、自然と体が動き出す1曲。各楽器が、お互いを追い越し合うように、推進力を持った演奏を展開していきます。

 4曲目「Osama Ranch」は、ギターのなめらかなフレーズと、タイトに絞り込まれたリズム隊が合わさり、心地よい風のように、ゆるやかに躍動する演奏が繰り広げられます。

 5曲目「Tussin And Fightin’」は、イントロから臨場感あるサウンドで録音されたドラムが、タイトにリズムを刻み、サイケデリックな空気を感じさせるギターとボーカルが重なる1曲。

 6曲目「Nyajondere」は、ゆったりとしたテンポに乗って、各楽器がゆるやかに絡み合う、穏やかな曲想とサウンド・プロダクションの1曲。長めの音符を使ったボーカルのメロディーも、バンドに溶け込むように、穏やかな空気を演出します。

 前述のとおり、僕はベンガの知識を持ちわせていませんが、少なくとも本作で聴かれる要素から想像すると、大量の打楽器を使ったポリリズムというより、ゆるやかにスウィングするリズムを持ち味としているようです。

 最大でも4人編成の本作。使用される楽器も、ギター、ベース、ドラムと、通常のロックバンドと変わらぬもの。しかし、そこから鳴らされるのは、ロックらしい画一的な強いビートではなく、巧みにシンコペートする伸縮性のあるリズムを持ち、多幸感のある音楽。

 多幸感と言っても、多数の音が飛び交う祝祭的な音楽ではなく、そよ風や川のせせらぎのように、日常的な心地良さを感じさせるものです。コンパクトなインディー・ロックの枠に、ベンガの要素を落とし込んだ1作となっています。

 2004年にレコーディングされた本作ですが、ケニア人のメンバー、オティエノ・ジャグワシが肝不全のため、2005年に34歳の若さで死去。残されたメンバー2名は、本作にも参加しているドラマーのオンヤゴ・ウウォド・オマリと、ベンガの著名なミュージシャンであるオピヨ・ビロンゴ(Opiyo Bilongo)を加え、4人編成でさらに2枚のアルバムを制作します。





Kinski “7 (Or 8)” / キンスキー『セブン (オア・エイト)』


Kinski “7 (Or 8)”

キンスキー 『セブン (オア・エイト)』
発売: 2015年6月2日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Phil Manley (フィル・マンリー)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、キンスキーの通算8枚目のスタジオ・アルバム。

 アルバムのタイトルは、おそらく本作が7作目、あるいは8作目となるため、付けられたのでしょう。自主リリースだった1stアルバムを含めると8作目、除くと7作目ということではないかと思います。

 アルバムごとに音楽性を、少しずつ変化させるキンスキー。サブ・ポップに残した3枚のアルバムは、いずれもポストロック色の強い作品でしたが、キル・ロック・スターズへレーベルを移籍してリリースした前作『Cosy Moments』は、ボーカル入りの曲が増え、取っつきやすい歌モノの一面も持ったアルバムでした。

 キル・ロック・スターズ移籍後、2作目となる本作。キンスキー史上、最もハードなサウンド・プロダクションの1作となっています。

 収録される7曲中、ボーカルが入るのは、2曲目「Flight Risk」と、6曲目「Operation Negligee」のみ。その2曲に関しても、歌のメロディーが前景化されているわけではなく、バンドのアンサンブルに埋もれるようなバランスで、レコーディングされています。

 1曲目「Detroit Trickle Down」では、アームを使っているのか、エフェクターで音を動かしているのか、イントロから音程が上下に動くギターが用いられています。激しく歪んだギターを筆頭に、全ての楽器は生々しく、タイトに引き締まった音質でレコーディングされています。各楽器が組み合い、パワフルで一体感のある演奏が展開。唸りをあげるギターソロが、楽曲にラフな魅力を加えています。

 2曲目「Flight Risk」は、ざらついた歪みのギターを中心に、各楽器が複雑にもつれ合うアンサンブルの間を、ボーカルがすり抜けるようにメロディーを紡いでいく1曲。ボーカル入りではありますが、音量的にはギターの厚みのあるサウンドが、前面に出てくるバランスです。

 3曲目「I Fell Like A Fucking Flower」は、跳ねたリズムのドラムに、ギターが絡みつき、徐々に音数が増え、アンサンブルが厚みを増していく1曲。リズムやフレーズはシンプルで、ループ・ミュージックの要素も持った楽曲です。

 4曲目「Powder」では、各楽器が絡み合いながら進行していく、グルーヴ感に溢れた演奏が繰り広げられます。この曲でも、シンプルなリズムをひたすら繰り返しながら、徐々に変化があらわれるループ・ミュージック的な手法が垣間見えます。ワウのかかったギターも、楽曲をカラフルに彩るアクセント。

 5曲目「Drink Up And Be Somebody」は、溜め込んだエネルギーが暴発するように、前のめりに音が飛び出していく1曲。タイトかつパワフルなリズム隊に、激しく歪んだ複数のギターが絡みつき、一体感と疾走感があふれる演奏が繰り広げられます。

 6曲目「Operation Negligee」は、ボーカル入りの曲ですが、各楽器の音に埋もれるように、ボーカルが奥の方から聞こえてきます。それぞれ音作りの異なる複数のギターが用いられ、ギターを中心に厚みのあるアンサンブルが展開。

 7曲目「Bulletin Of The International String Figure Association」は、12分近くに及ぶ大曲。音数を極限まで絞ったミニマルな前半部から、再生時間2:32あたりでギターが入り、徐々に音と楽器が増え、丁寧に織物を作り上げるようなアンサンブルを展開します。ドラムが複雑にリズムを刻み、立体感も伴ったアレンジ。

 アルバム全体を通して、激しく歪んだギターを主軸にしたアンサンブルが展開。ハードな音像を持った1作です。

 過去2作は、ボーカル入りの曲を増やし、分かりやすいポップ・ミュージックの枠組みに寄り添った音楽へ移行するのかと思いきや、いい意味で予想を裏切ってくれました。

 歌モノはダメで、激しいやつ、実験的なやつの方が良い!と、言いたいわけではありません。ただ、キンスキーというバンドの魅力は、やはりその壮大なアンサンブルと実験精神にあると思うんですよね。

 キャリアを重ねてきて、このようなアグレッシヴな作品を作り上げる彼らが好きです。

 





Kinski “Cosy Moments” / キンスキー『コージー・モーメンツ』


Kinski “Cosy Moments”

キンスキー 『コージー・モーメンツ』
発売: 2013年4月2日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)
プロデュース: Randall Dunn (ランドール・ダン)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、キンスキーの通算7枚目のスタジオ・アルバム。

 前作までに、地元シアトルの名門インディー・レーベル、サブ・ポップに3枚のアルバムを残していますが、本作ではキル・ロック・スターズへ移籍しています。

 レーベルを移籍したことが影響しているのかは分かりませんが、前作『Down Below It’s Chaos』と比較して、音楽性も変化を遂げた1作です。

 これまでのキンスキーの特徴は、轟音ギターや電子音を用いて、実験性とロックのダイナミズムが、融合したアンサンブルを作り上げるところ。本作にも、そうした要素は残っているのですが、多くの曲でボーカルが導入され、より歌モノに近い構造を持った楽曲が増加。前作でも、9曲中3曲にはボーカルが入り、本作に繋がる兆候はありました。

 もちろん、ただ歌が入ったからといって、以前のサウンド・プロダクションやアンサンブルが、全く変質しているわけではありません。しかし、歌のメロディーが入ることで、ヴァースとコーラスが循環する、分かりやすい進行の楽曲が増えたのは事実。

 1曲目の「Long Term Exit Strategy」では、ゆったりとしたテンポに乗せて、各種エフェクターのかかった、複数のギターを中心に、カラフルなサウンドでアンサンブルが編まれていきます。1曲目から早速ボーカル入りの楽曲で、バンドの一部に溶け込んで流れるように、メロディーを紡いでいきます。

 2曲目「Last Day On Earth」は、押しつぶされたような音色のギターが疾走する、パンキッシュな1曲。この曲にもボーカルが入り、バンド全体が前のめりに走り抜けていきます。

 3曲目「Skim Milf」は、多様な音が飛び交う、ノイジーで疾走感に溢れた1曲。前曲に続き、パンクな楽曲が続きます。

 4曲目「Riff DAD」では、ファットな音色のギターを中心に、バンド全体が塊となり、転がるようなアンサンブルが展開します。

 5曲目「Throw It Up」は、ざらついた歪みのギターが分厚い音の壁を作り、その上をボーカルが漂う1曲。シンプルなリズム隊と、厚みのあるギターサウンド、流れるようなメロディーからは、シューゲイザーの香りも漂います。

 6曲目「A Little Ticker Tape Never Hurt Anybody」は、シンプルなドラムから始まり、徐々に音数が増えて、ゆるやかなグルーヴ感を持った演奏が繰り広げられる1曲。シカゴ音響派を思わせる、インスト・ポストロックです。

 7曲目「Conflict Free Diamonds」は、キレの良いリズムを持った、タイトに疾走する1曲。アクセントが前のめりに置かれ、推進力を持った演奏。

 9曲目「We Think She’s A Nurse」では、トライバルなドラムのリズムに導かれ、様々なサウンドやフレーズが飛び交います。アンサンブルではなく、音響が前景化された1曲。

 前述したとおり、ボーカルの入ったコンパクトな構造の楽曲が増えましたが、6曲目「A Little Ticker Tape Never Hurt Anybody」や、9曲目「We Think She’s A Nurse」など、ポストロック全開の楽曲も含まれています。

 また、ボーカル入りの曲でも、サウンドやアレンジにはアヴァンギャルドな要素が散りばめられ、キンスキーらしさを残したまま、歌モノへの変換に成功した1作と言っても、良いかと思います。