Tim Hecker “Virgins”
ティム・ヘッカー 『ヴァージンズ』
発売: 2013年10月14日
レーベル: Kranky (クランキー)
カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの7thアルバム。
アメリカではクランキー、カナダではペーパー・バッグ(Paper Bag)よりリリース。また、ポストロックやエクスペリメンタル系を扱う日本のレーベルp*disより、ボーナストラックを1曲追加した日本盤も発売されています。
今作には、ティム・ヘッカーと同じくカナダ出身のエクスペリメンタル系ミュージシャン、カラ-リス・カヴァーデール(Kara-Lis Coverdale)が全面的に協力。
クレジットを確認しても「Performer」としか記載されていないので、彼女が具体的になにをおこなっているのかは想像するしかありませんが、前作『Ravedeath, 1972』から、音楽の質は明らかに変わっています。
ヘッカーは元々アルバム単位のミュージシャンと言うべきか、アルバムごとにハッキリと色を持った作品を作りあげてきましたが、本作も例外ではありません。本作の特徴をひとつ挙げるなら、ロックバンドが持つダイナミズムとグルーヴ感を、色濃く持っているところ。
『Ravedeath, 1972』までのヘッカーの作品は、一部にゲストを招いてはいるものの、ほとんど彼一人で作り上げており、音響が前景化した、いかにも現代的な電子音楽。やわらかな電子音を主軸にし、メロディー感やリズム感が希薄で、音響をなによりも重視したものでした。
しかし、前作『Ravedeath, 1972』では、アイスランド・レイキャビクを拠点に活動するベン・フロスト(Ben Frost)が参加し、レイキャビクの教会でレコーディングを実施。それまでの音響的なアプローチとは一線を画し、ピアノやオルガンのフレーズが、電子的ドローンと溶け合う、アナログとデジタルの融合とも言うべき音楽を作り上げました。
それから2年8ヶ月ぶりのアルバムとなる本作。前述したカラ-リス・カヴァーデールに加え、前作にも参加したベン・フロスト、アイスランド出身のプロデューサーのヴァルゲイル・シグルズソン(Valgeir Sigurðsson)、アメリカを代表するドローン・メタルの雄Sunn O)))のプロデューサーとしても知られるランドール・ダン(Randall Dunn)などが集結。
ヘッカー史上、もっともダイナミックかつ躍動感のある音楽を作り上げています。多数のミュージシャンやエンジニアを招いた共同作業が、このようなダイナミズムを獲得した理由のひとつであるのは、間違いないでしょう。
このアルバムの魅力は、音響とグルーヴの融合。ヘッカーらしいノイズを巧みに利用した音響と、複数のフレーズが絡み合う躍動感が、不可分に混じり合っています。
例えば1曲目の「Prism」では、イントロから電子的な持続音が鳴り続け、少しずつ音量が増加。それと並行して、リフのようにひとまとまりのフレーズが、一定の間隔で演奏され、やがて両者は溶け合い、隙間のない音の壁のように一体となります。
2曲目「Virginal I」では、イントロからピアノが増殖するようにフレーズを弾き続け、その隙間を埋めるように電子的なサウンドが足されていきます。クラシックとエレクトロニカの融合とでも言うべき1曲。
4曲目の「Live Room」でも、透明感のあるピアノの音と、ざらついた電子ノイズが、徐々に絡み合い、融合。メロディー、リズム、音響のすべてが、一体となってハーモニーを形成します。
6曲目「Virginal II」は、左右両チャンネルから、それぞれ異なるフレーズが、透明感のあるサウンドで奏でられる前半からスタート。その後、徐々に電子音が増殖していき、曲の後半になると、今度はうねるようなシンセのサウンドがフレーズを奏でていきます。音響とメロディーが、侵食しあいながら進行する1曲。
9曲目「Amps, Drugs, Harmonium」は、優しい電子音が広がっていく、神秘的な空気を持った1曲。音響を重視しつつも、その中からリズムやメロディーが顔を出し、やはり音響とメロディーが溶け合った演奏が展開します。
アルバム全体をとおして、メロディーやリズムと音の響きが一体となって、音楽を作り上げていきます。楽譜に書きあらわせる音韻情報と、書きあらわせない音響情報が、有機的に融合した音楽とも言えるでしょう。
ティム・ヘッカーも、本作が通算7作目のフル・アルバム。もはや風格すら感じさせる、クオリティの高い1作です。
楽器の音が大きく加工せずに用いられ、リズムや旋律も認識しやすいので、普段はドローンやアンビエントを聴かない、例えばレディオヘッドやシガー・ロスを愛聴するリスナーの方にも、受け入れられる質を備えたアルバムだと思います。
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