Tim Hecker “Konoyo”
ティム・ヘッカー 『この世』
発売: 2018年9月28日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデューサー: Ben Frost (ベン・フロスト), 葛西 敏彦 (Toshihiko Kasai)
カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの通算9枚目のスタジオ・アルバム。
はっきりとした裏は取れなかったのですが、1曲目のタイトルが「This Life」であることからも想像できるとおり、アルバム・タイトルの『Konoyo』とは、日本語の「この世」のことなのでしょう。
雅楽の演奏団体「東京楽所」と共に、東京都練馬区の「慈雲山曼荼羅寺 観蔵院」にて、レコーディングを実施。ヘッカーの生み出すドローン・ノイズと、日本伝統の雅楽が融合する、異色のアルバムです。
エンジニアを務めるのは、レイキャビク拠点のエクスペリメンタル系ミュージシャンであり、これまでもヘッカーの作品に数多く携わっているベン・フロストと、蓮沼執太フィルのメンバーとしても知られる葛西敏彦。
僕は折衷的な音楽があまり好きではなくて、例えば「三味線でビートルズの曲を弾いてみました」みたいな音楽は、短絡的でクリエイティヴィティが無いなと感じることが多いのです。
そんなわけで、ティム・ヘッカーの新作が「日本の雅楽との共演」と聞いたときも、ティム・ヘッカー得意の電子ノイズに、雅楽の楽器のサウンドを合わせただけの音楽なんだろうなぁ、とほとんど期待していませんでした。
しかし、実際に聴いてみると、予想を遥かに上回るアルバム。クリエイティヴィティとオリジナリティに溢れた音楽が繰り広げられており、自分の浅はかな予想を恥じるばかりです。
ヘッカー得意の電子ドローンと、雅楽のサウンドが融合しているのは事実なのですが、まったく相容れないのではないかと思う両者のサウンドが不可分に溶け合い、アナログとデジタルの融合する、独特の世界観を生んでいます。
考えてみれば、雅楽はリズムやメロディーよりも、調和や音響が前景化した音楽。ドローンやアンビエントとの相性は、思いのほか良いのかもしれません。
また、ヘッカーは6thアルバム『Ravedeath, 1972』では、レイキャビクの教会でレコーディングを実施し、パイプ・オルガンと電子音を融合。生楽器と電子音、アナログとデジタル、メロディーと音響が錯綜する、見事なアルバムを作り上げており、本作の出色のクオリティも十分に納得できます。
1曲目の「This Life」から、不穏な電子ドローンと、篳篥(ひちりき)や龍笛と思われるサウンドが融合。各楽器のフレーズと持続音が、お互いに折り重なり、神秘的な空気を作り上げていきます。
電子音を用いた上質なアンビエント・ミュージックでありながら、雅楽の厳かなサウンドも、パーツとして飲み込まれることなく、自らのサウンドを響かせており、雅楽と電子音楽の融合と呼ぶにふさわしい1曲。
2曲目「In Death Valley」は、波のように一定の間隔で押しよせる電子音に、雅楽の打物のリズムが重なる1曲。徐々に電子音が増殖し、それに比例してリズムと旋律が溶け合い、全体の躍動感も増していきます。
3曲目「Is A Rose Petal Of The Dying Crimson Light」では、やわらかな電子音と、雅楽の楽器類のロングトーンが融合。朝靄のかかった大自然のなかを歩くような、幽玄なサウンドに満たされていきます。
4曲目「Keyed Out」は、不協和な電子ノイズと、雅楽の楽器による演奏が、錯綜する1曲。最初は両者が分離しているように感じますが、徐々にお互いを取り込むように融合していきます。電子音が雅楽アンサンブルの一部のように、雅楽の楽器が電子音のように聞こえる、絶妙なバランス。
5曲目「In Mother Earth Phase」は、持続音とフレーズが次々と折り重なっていく、音響が前景化した1曲。持続音の上に細かく刻まれたフレーズが重なり、また時には持続音が途切れ、多様なサウンドが、和音とは違った意味での調和を生んでいきます。
6曲目「A Sodium Codec Haze」は、笛と太鼓が中心に据えられ、雅楽色の濃い1曲です。雅楽のアンサンブルを、電子音が包み込んでいくようなバランス。
アルバム最後の7曲目に収録されるのは「Across To Anoyo」。「Anoyo」とは日本語の「あの世」のことでしょう。ロングトーンが静かに響くイントロから始まり、太鼓と弦楽器が一定のリズムを刻み続ける、ミニマル・ミュージック的なアレンジへ。その後は、持続音がすべてを覆い尽くす後半へと展開する、15分を超える大曲。
アルバムをとおして実感するのは、雅楽の楽器とアンビエントな電子音の相性の良さ。楽器にもエフェクトがかけられているのでしょうが、聴いているうちにどこまでが電子音で、どこまでが楽器の音なのか、分からなくなるほどです。
本作がスタジオ・アルバムとしては9作目。これまでもアルバムごとにアプローチを変え、クオリティの高い作品を作り続けてきたティム・ヘッカーのセンスと表現力には、感嘆せざるを得ません。
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