Tim Hecker “Ravedeath, 1972”
ティム・ヘッカー 『レイヴデス、1972』
発売: 2011年2月14日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Ben Frost (ベン・フロスト)
カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの6thアルバム。
すべてパソコン上で完結できるのが、近年の電子音楽の特徴とも言えますが、本作は大半をアイスランドのレイキャビクの教会にてレコーディング。
ちなみに教会の名前は、アイスランド語で「Fríkirkjan í Reykjavík」。英語に訳すと「Free Church in Reykjavik」を意味します。
本作には、オーストラリア出身でレイキャビクを拠点に活動する実験音楽ミュージシャン、ベン・フロスト(Ben Frost)が参加。レコーディング・エンジニアを務め、一部の曲ではピアノを演奏。レコーディング場所として、上記の教会を探したのも彼とのことです。
レコーディング手法は、ヘッカーが本作のために書いた楽曲群を、1日かけて教会のパイプ・オルガンにて演奏。録音された素材を、モントリオールのスタジオへ持ち帰り、ミックス等の編集作業を施し、完成させています。
カナダの音楽雑誌『Exclaim!』に語ったところによると、ヘッカー自身は本作を「スタジオ録音とライヴ録音のハイブリッド」(a hybrid of a studio and a live record.)と評しています。
これまでのヘッカーの作風は、楽器のサウンドを用いつつも、電子音を主軸にした、音響重視のもの。しかし本作では、前述のレコーディング手法を差し引いても、楽器らしい音色とフレーズを感じやすくなっています。
例えば1曲目の「The Piano Drop」のように、ノイズ的なサウンドが増殖し、やがて融合して音の壁のように立ちはだかる、従来のヘッカーらしい要素も見受けられるのですが、同曲の後半は音がひとつにまとまり、そこにメロディーらしきものが感じられるのです。
前述したとおり、パイプ・オルガンを大々的に導入していることもあり、ヘッカー史上もっともメロディーを感じるアルバムとも言えます。
2曲目から4曲目に収録される「In The Fog」は、IからIIIまで3つのパートに分けられ、それぞれ楽器のフレーズと、電子的なノイズやドローンが溶け合い、音響と旋律が一体となった音楽を作り上げています。
5曲目「No Drums」には、タイトルのとおり一切の打楽器的なサウンドは用いられず、柔らかで幽玄な電子音がヴェールのように全体を包んでいきます。
6曲目「Hatred Of Music I」と7曲目「Hatred Of Music II」は、増殖し広がっていく電子音の中から、ピアノやオルガンのフレーズが聞こえ、ノイズ的でありながら、穏やかな音像を併せ持っています。
10曲目から12曲目に収録される「In The Air」は、ピアノの断片的なフレーズ、やわらかな持続音、ノイズ的な持続音が折り重なり、デジタルとアナログ、ノイズとメロディーが不可分に溶け合う、このアルバムらしいハイブリッドさに溢れた楽曲。
これまでのアルバムも、作品ごとに確固としたコンセプトを持ち、アルバム単位で優れた作品を作り続けてきたティム・ヘッカー。今作はアルバムとしての統一感を保ちつつ、実に多彩な楽曲群が収録されています。
前述したとおり、これまでのヘッカーの作品は、より音響が前景化していたのですが、本作は認識しやすいメロディーが多く、普段はロックをメインに聴いている方にも、比較的とっつきやすいアルバムではないかと思います。
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