「2009年」タグアーカイブ

The Higher “It’s Only Natural” / ザ・ハイヤー『イッツ・オンリー・ナチュラル』


The Higher “It’s Only Natural”

ザ・ハイヤー 『イッツ・オンリー・ナチュラル』
発売: 2009年6月23日
レーベル: Epitaph (エピタフ)

 ネヴァダ州ラスベガス出身のエモ・バンド、ザ・ハイヤーの3rdアルバム。

 2008年にギタリストのトム・オークス(Tom Oakes)が脱退。代わりに、バンドのギターテックを務めていた、アンドリュー”ザ・キッド”エヴァンス(Andrew “The Kid” Evans)を後任に迎えています。

 「エモ」というジャンルの範囲は、あまりにも広すぎますけども、ザ・ハイヤーはいわゆる「泣きのメロディー」が音楽の中心に据えられているのは確か。起伏のはっきりしたメロディー、シャウトや裏声を織り交ぜたボーカリゼーションは、非常にエモーショナルです。

 前作『On Fire』では、ファンクやR&Bなどの要素も多分に併せ持っていました。それと比較すると、ややブラック・ミュージックの要素は薄れ、よりモダン・ロック感の増した1作と言えます。

 3曲目「Undertaker」では、アコースティック・ギターをサンプリングして再構築していたり、4曲目「It’s Only Natural」では奇妙なシンセ・サウンドを大体的に使用。7曲目「Play With Fire」でも、ギターをサンプリングで組み立て直したりと、アレンジは直線的なばかりでなく、引き出しの豊富さが伝わるアルバムです。

 前述したとおり、前作に比べればブラック・ミュージック色は薄れているのですが、サンプリングやリズム構造など、手法的には最近のヒップホップやネオソウルを連想させるところがあり、ブラック・ミュージックが好きなんだろうなぁ、と感じさせますね。

 ちなみに12曲目に収録されている「Closer」は、ザ・ハイヤーと同じくラスベガス出身(生まれはアーカンソー州)のR&Bシンガー、ニーヨ(Ne-Yo)のカバー。こんなところからも、バンドのブラック・ミュージックへのリスペクトが伝わります。

 残念ながら、ザ・ハイヤーは2012年で解散。3作目となる本作が、ラスト・アルバムとなってしまいました。




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Tim Hecker “An Imaginary Country” / ティム・ヘッカー『アン・イマジナリー・カントリー』


Tim Hecker “An Imaginary Country”

ティム・ヘッカー 『アン・イマジナリー・カントリー』
発売: 2009年3月9日
レーベル: Kranky (クランキー)

 カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの5thアルバム。

 前作『Harmony In Ultraviolet』と同じく、アンビエントやエクスペリメンタル系の音楽に強いインディーズ・レーベル、クランキーからのリリース。

 アルバム・タイトルの「An Imaginary Country」とは、日本語に訳せば「想像上の国」。タイトルが示唆するとおり、架空の国の大自然に触れながら旅をするような、壮大なサウンドスケープが繰り広げられる1作です。

 言葉や分かりやすいメロディーは持たないものの、コンセプト・アルバムと言っても良いぐらい、一貫した流れを感じます。

 1曲目の「100 Years Ago」から始まり、ラスト12曲目の「200 Years Ago」まで、風景を眺めながら時間を遡るように、多様な表情を見せるところが、このアルバムの最大の魅力ですね。

 2曲目「Sea Of Pulses」、3曲目「The Inner Shore」、6曲目「A Stop At The Chord Cascades」、9曲目「Her Black Horizon」など、曲名にも自然をあらわす言葉が散りばめられ、こちらのイマジネーションをかき立てる音楽を展開。

 本作の音響の特徴は、清潔感と透明感にあふれたサウンド・プロダクション。

 1曲目の「100 Years Ago」では、柔らかな電子音が増殖するように空間を埋めていきます。コードや画一的なリズムによる進行感がないため、時間の中を漂うような気分になる1曲です。

 2曲目「Sea Of Pulses」では、鼓動のようなベース音がリズムを刻み、その上にキラキラとした電子音が折り重なり、厚みのあるサウンドを構築。タイトルどおり、折り重なる電子音は波のようであり、一貫して響くベース音は海の鼓動のように響きます。

 8曲目「Paragon Point」では、複数の電子的な持続音がレイヤー状に重なり、音の壁を立ち上がらせる1曲。

 アルバム全体を通して、心地よく厚みのあるサウンドは一種のシューゲイザーのようでもあり、シガー・ロス(Sigur Rós)等のポストロックを彷彿とさせる部分もあります。

 音響を前景化した作風でありながら、単調にならないところが、ティム・ヘッカーのミュージシャンとしての有能さの証左と言えるでしょう。

 僕みたいな素人が適当に作ったら、絶対にこのような作品にはなりませんから(笑)

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Asobi Seksu “Hush” / アソビ・セクス『ハッシュ』


Asobi Seksu “Hush”

アソビ・セクス 『ハッシュ』
発売: 2009年2月17日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)
プロデュース: Chris Zane (クリス・ゼイン)

 ニューヨーク拠点のシューゲイザー・バンド、アソビ・セクスの3rdアルバム。前作までのFriendly Fireに代わり、本作よりイリノイ州のインディー・レーベル、Polyvinylからのリリース。

 過去2作に比べると、ギターによる量感を重視したサウンドは控えめ。代わりにドラムのビートと、エレクトロニカを思わせる柔らかな電子音が、前景化したアルバムとなっています。

 ファルセットを多用した高音ボーカルと、ソフトなサウンド・プロダクションが相まって、幻想的な雰囲気も漂います。

 前作からリズム隊が、またもや交代。ベースのハジ(Haji)と、ドラムのブライアン・グリーン(Bryan Greene)に代わり、ドラムはグンナー・オルセン(Gunnar Olsen)が加入。ベースは、ギタリストのジェームス・ハンナ(James Hanna)が兼任しています。

 1曲目「Layers」は、クリスマスでもやってきたのかと思う鈴の音が、イントロから「シャンシャン」と響きわたり、その上に透明感のあるギター、神秘的なボーカルが重なっていきます。教会で響きわたる宗教音楽のようにも聞こえる荘厳な1曲。

 2曲目「Familiar Light」は、ぎこちなく前のめりにリズムを刻むドラムに覆い被さるように、柔らかな電子音やボーカルが重なっていく、厚みのあるサウンドを持った1曲。

 3曲目「Sing Tomorrow’s Praise」では、立体的かつパワフルに響くドラムに、電子的な持続音と、伸びやかなボーカルが重なります。圧倒的な量感で押し流す、という感じではないのですが、柔らかな電子音が四方八方から押しよせ、空間を埋めていきます。

 4曲目「Gliss」は、前曲に引き続き、低音のきいたドラムのビートと、ソフトな電子音が溶け合う1曲。奥で聞こえるアコースティック・ギターのコード・ストロークが、サウンドにさらなる厚みをもたらすアクセント。

 5曲目「Transparence」は、軽やかにバウンドするリズムを持った、疾走感のある1曲。各楽器の輪郭がつかみやすく、シューゲイザー色は薄め。その代わりに、さわやかなギターポップのような響きを持っています。

 8曲目「Meh No Mae」は、エフェクターが多用された複雑なサウンドから浮かび上がるように、浮遊感のあるウィスパー系ボーカルが、メロディーを紡いでいきます。ボーカルはバックのサウンドと溶け合い、サイケデリックな空気も漂う1曲。

 10曲目「I Can’t See」では、アコースティック・ギターがフィーチャーされ、透明感のあるエレキ・ギターと電子音と共に、ソフトで穏やかなサウンドを作り上げていきます。全体的にはソフトなサウンド・プロダクションですが、ドラムの音量は大きめ。音響を重視したアプローチでありながら、ドラムが躍動感を加えるアクセントになっています。

 11曲目「Me & Mary」は、このアルバムの中では珍しく、各楽器の輪郭がくっきりとし、ビートもノリが良いコンパクトなロック。轟音ギターも唸りをあげます。

 12曲目「Blind Little Rain」は、男女混声のコーラスワークと、空間系エフェクターを駆使したバックのサウンドが溶け合う、幻想的で穏やかな1曲。

 前述のとおり、これまでの作品に比べると、激しく歪んだギターは控えめ。代わりに柔らかな電子音が前に出て、より幻想的な雰囲気を持ったアルバムになっています。

 ただ、ギターは控えめなのですが、ドラムの音量は大きく、ビートは強め。これまでの作品とは、違った立体感を持っています。

 音が空気を埋めつくす感覚はシューゲイザー的と言えますが、より音響系ポストロックあるいはエレクトロニカ色が濃いサウンド・プロダクションの1作です。

 





Phosphorescent “To Willie” / フォスフォレッセント『トゥ・ウィリー』


Phosphorescent “To Willie”

フォスフォレッセント 『トゥ・ウィリー』
発売: 2009年2月2日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの4thアルバム。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、デッド・オーシャンズと契約後、2作目となるアルバムです。

 『To Willie』と題された本作。全曲が、テキサス州アボット出身のカントリー系ミュージシャン、ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)のカバーで構成された、トリビュート作品となっています。

 フォスフォレッセントの作る音楽は、フォークやカントリーを下敷きにしながら、音響的なアプローチや、オルタナティヴなサウンドも共存。しかし本作は、これまでの彼のアルバムの中で、最もストレートにカントリー色が出たアルバムと言って良いでしょう。

 1曲目の「Reasons To Quit」から、生楽器のオーガニックな響きと、コーラスワークを活かし、ゆるやかにスウィングする、カントリー色の濃いアンサンブルが展開。再生時間1:59あたりからの、複数のギターが絡み合う間奏では、タペストリーのように有機的なサウンドを編み上げていきます。

 2曲目「Too Sick To Pray」は、ゆるやかに躍動するアンサンブルが展開する、牧歌的な1曲。シェイカーの軽快なリズムと音色がアクセント。

 4曲目「It’s Not Supposed To Be That Way」には、ダーティー・プロジェクターズ(Dirty Projectors)に参加していたことでも知られる、エンジェル・デラドオリアン(Angel Deradoorian)がボーカルで参加。音数を絞ったバンド・アンサンブルをバックに、男女混声による穏やかなコーラスワークが紡がれていきます。

 6曲目「I Gotta Get Drunk」は、イントロから躍動感あふれる演奏が展開する、ノリの良い1曲。ピアノはダンサブルにリズムを刻み、エレキ・ギターとハーモニカは、サウンドに多彩さをプラス。

 7曲目「Can I Sleep In Your Arms」は、厚みのあるコーラス・ワークが前景化された、壮大かつ穏やかな空気を持った1曲。ゆったりとしたスローテンポの中で、幾重にも重なったボーカルのハーモニーが響き渡り、音響的なアプローチとも言えます。

 9曲目「Permanently Lonely」には電子音が用いられ、エレクトロニカや音響系ポストロックを思わせる、ソフトで幽玄な音像を持った1曲となっています。

 10曲目「The Last Thing I Needed (First Thing This Morning)」では、ボーカルも含め、全ての楽器がゆったりと長めの音を紡ぎ、1枚のシートのように音楽が作り上げられていきます。

 全曲カバーによるトリビュート・アルバムということで、これまでのフォスフォレッセントのアルバムとは、似て非なるものとも言えるアルバムです。

 具体的には、フォークやカントリーを思わせる、アコースティック楽器を主軸にしたサウンドは共通しています。その一方で、オルタナティヴなサウンドとアレンジも共存する、従来のフォスフォレッセントの音楽性に対して、本作ではよりストレートなカントリー・ミュージックを展開しています。

 もちろん本作でも、ところどころ音響的なアプローチが垣間見え、エレクトロニカを彷彿とさせる電子音が用いられるなど、ウィリー・ネルソン流のカントリーを完全にコピーしているわけではありません。しかし、フォスフォレッセントのこれまでの作品と比較すれば、カントリー色の最も濃い1作と言えるでしょう。

 2018年10月現在、Spotifyでは配信されていますが、AppleとAmazonでは残念ながら未配信です。





Extra Golden “Thank You Very Quickly” / エクストラ・ゴールデン『サンキュー・ベリー・クイックリー』


Extra Golden “Thank You Very Quickly”

エクストラ・ゴールデン 『サンキュー・ベリー・クイックリー』
発売: 2009年3月10日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 2004年に結成された、ケニア人とアメリカ人による混成バンド、エクストラ・ゴールデンの3rdアルバム。

 メンバーは、イアン・イーグルソン(Ian Eagleson)とアレックス・ミノフ(Alex Minoff)のアメリカ人2名と、オンヤゴ・ウウォド・オマリ(Onyago Wuod Omari)とオピヨ・ビロンゴ(Opiyo Bilongo)のケニア人2名からなる計4名。

 イーグルソンはゴールデン(Golden)、ミノフはウィアード・ウォー(Weird War)と、それぞれインディー・ロック・バンドでの活動歴もあり。オマリとビロンゴは、共にケニアのポピュラー音楽ベンガ(Benga)のミュージシャンです。

 彼らの音楽性を端的に説明するなら、ロックとベンガの融合。ベンガの飛び跳ねるような軽快なリズムが、インディー・ロックの枠組みに収められ、コンパクトにまとまったポップ・ミュージックに仕上がっています。

 アメリカとアフリカの融合であるという大まかな方向性は、1stアルバムから共通。しかし、まだケニアとアメリカの間に、分離感があった1stアルバム『Ok-Oyot System』から比較すると、2nd『Hera Ma Nono』、そして3作目となる本作『Thank You Very Quickly』と、作品を追うごとに、一体感が増加。

 本作では、トライバルなポストロックとでも呼ぶべき音楽が、繰り広げられています。ベンガに由来するリズムやフレーズは、非ロック的。その非ロック的な要素が、コンパクトな楽曲の構造に溶け込み、ロックの持つダイナミズムや躍動感と、同じように機能しています。

 ドラムを担当するケニア人のオマリは、特に複雑なリズムを意識しているわけではなく、彼の中にある自然な感覚に基づいて、ドラムを叩いてるのでしょうが、形成されるのは複雑なポリリズム。

 この多彩なリズムを持ったドラムを土台に、その上にはオルタナティヴ・ロック的な音色を持った、エレキ・ギターやキーボードが乗り、絡み合うように躍動的なアンサンブルを作り上げていきます。結果として、完成する音楽は、実験的なリズムと構造を持った、ポストロックのような耳ざわり。

 「ポストロック」と言うと、ハードルの高い難しい音楽という印象を持つ方も、いらっしゃるかもしれませんが、本作はリラクシングで陽気な空気も充満し、複雑性とポップさを併せ持ったアルバムとなっています。

 1曲目「Gimakiny Akia」は、前に音符を詰め込むようなドラムに、ギターとベースのメロディアスなフレーズが絡み、バンド全体がバウンドするように、躍動感を伴って進行する1曲。

 2曲目「Fantasies Of The Orient」では、鋭く細かくリズムを刻むドラムに、ギターとベースが絡みつくようにフレーズをくり出していきます。正確無比なアンサンブルからはプログレ、オルガンの音色とフレーズからは、サイケデリック・ロックの香りも漂います。

 3曲目「Piny Yore Yore」は、音が前に転がっていくようなイントロから始まり、タイトさとラフさの共存した演奏が展開する1曲。

 4曲目「Anyango」は、タイトに刻まれるドラムのリズムを、他の楽器が覆いかぶさるように追いかける1曲。ギターには、エフェクターが深くかかり、ジャンクな音色。リズムにはファンク的なノリの良さもありますが、呪術的なボーカルも相まって、オルタナティヴな空気も充満しています。

 5曲目「Ukimwi」では、空間系エフェクターのかかった清潔感のあるギターが、織物のように音を紡いでいきます。コードやヴァース=コーラス構造に基づく進行感は希薄で、リズムも一聴すると変化がないように聞こえますが、中盤以降は徐々に演奏が熱を帯びていきます。

 6曲目は、アルバム表題曲の「Thank You Very Quickly」。ドラムが大きくバウンドする躍動的なイントロから始まり、その後は手数を増減させながら、ゆるやかなスウィング感を伴ったアンサンブルを展開する1曲。

 「アメリカとアフリカの融合」とか「ベンガのリズムをポストロック手法で再構築した」などと言うと、あまりにも単純ですが、トライバルなリズムと、ポストロック的な手法が融合し、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げているのは事実です。

 複雑なリズムと、フォーク・ミュージックの牧歌的な雰囲気が合わさり、実験的なポストロックに陥ることなく、ポップさも併せ持つアルバムとなっています。

 前述したとおり、本作がエクストラ・ゴールデンの3作目。メンバー同士が互いの音楽性を理解し、信頼し合ってアンサンブルを作り上げているのが分かる、クオリティの高い1作です。