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Loma “Loma” / ローマ『ローマ』


Loma “Loma”

ローマ 『ローマ』
発売: 2018年2月16日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)

 テキサス州で結成されたバンド、ローマの1stアルバム。

 まったくの新人バンドというわけではなく、メンバーはシアウォーター(Shearwater)のボーカリスト、 ジョナサン・メイバーグ(Jonathan Meiburg)と、クロス・レコード(Cross Record)のエミリー・クロス(Emily Cross)とダン・ダスツィンスキー(Dan Duszynski)からなる3名。

 上記2つのバンドのメンバーにより、結成されたバンドです。クロス・レコードが、1stアルバム『Be Good』をリリースしたのは2011年。シアウォーターが結成されたのは1999年です。

 その中心メンバーであるジョナサン・メイバーグは、オッカーヴィル・リヴァー(Okkervil River)の初期メンバーでもあり、すでにかなりのキャリアを持ったミュージシャンと言えます。

 ちなみに、メイバーグはテキサス州オースティンの出身ですが、他2名はシカゴの出身。

 上記2バンドが出会うきっかけとなったのは、ニューヨーク拠点のインディーズ・レーベル、バ・ダ・ビング!(Ba Da Bing!)を運営するベン・ゴールドバーグ(Ben Goldberg)。

 クロス・レコードは同レーベルから、2ndアルバム『Wabi-Sabi』を2015年にリリースしており、ゴールドバーグはこのアルバムを、メイバーグへと送ったのでした。

 これがきっかけとなり、シアウォーターとクロス・レコードは2016年に、共にアメリカとヨーロッパをツアー。3名は意気投合し、ローマ結成へと繋がったのでした。

 さて、そんな3名が集ったローマ。このバンドの音楽性を手短かにあらわすなら、ゆるやかなサイケデリック・フォーク。

 アコースティック楽器のオーガニックな響きと、やわらかな電子音が融合。さらに、メインボーカルを務めるエミリー・クロスのアンニュイな女声ボーカルが、幻想的な世界観を演出しています。

 3ピース編成ということもありますが、アンサンブルは音数を絞りミニマル。わざとらしさが全くなく、さりげなくアヴァンギャルドな香りを振りまくのが、彼らの良いところです。

 ふわっとした音像を持ち、前述のとおりミニマルかつサイケデリックなアンサンブル。音楽的には、シアウォーターよりも、クロス・レコードの要素の方が、強く出ています。

 メンバー構成が、シアウォーターから1名、クロス・レコードから2名なので、当然といえば当然かもしれませんが。

 1曲目「Who Is Speaking?」は、アコースティック・ギターの穏やかなフレーズに導かれ、ささやき系の高音ボーカルが、幻想的な世界観を作りあげていく1曲。電子音も用いられていますが、モダンな空気を醸し出すのではなく、きらびやかな持続音が中世の宗教音楽を思わせる、神聖な空気をプラスしています。

 2曲目「Dark Oscillations」は、アンビエントなサウンドと、トライバルなリズムが融合した1曲。リズムは立体的かつ躍動的ですが、電子音も含め、いくつもの音が飛び交う音空間はアヴァンギャルド。ルーツと実験性が融合した、このバンドらしいトラックです。

 3曲目「Joy」は、呪文のようなボーカルに、流麗なアコースティックのフレーズ、ドラムはゆったりとリズムを打ち鳴らし、伝統的なフォーク・ミュージックのような響きを持った1曲。

 4曲目「I Don’t Want Children」は、弦楽器のみずみずしいサウンド、全体を包みこむヴェールのような電子音、ファルセットを駆使したボーカルが重なる、幻想的な1曲。

 5曲目「Relay Runner」は、フィールド・レコーディングと思しきイントロから始まり、ビートのはっきりした躍動的なアンサンブルが展開する曲。ここまで幻想的な空気を持っていたボーカルは、この曲ではどこかアンニュイ。

 6曲目「White Glass」。前曲につづき、イントロからフィールド・レコーディングらしき、雨粒の音が使われています。雨粒の音と、叩きつけるような太鼓の音が錯綜しながら、アンサンブルが構成。

 8曲目「Jornada」は、音が詰め込まれているわけではありませんが、四方八方から奇妙なサウンドが飛びかう、アヴァンギャルドなインスト曲。

 10曲目「Black Willow」は、スローテンポに乗せて、ゆったりと歩みを進めるような演奏。男女混声の厚みのあるコーラスワークが、伝統的フォークミュージックのような雰囲気。

 アルバム全体をとおして、音数は多くなく、使われるサウンドの種類も限られるのですが、生楽器と電子楽器を織りまぜ、多彩な世界観を描くアルバムです。

 ときにはフォークのようであったり、民族音楽のようであったり、音響系ポストロックのようであったり…ジャンル名でカテゴライズされるのを拒否するかのように、懐かしく、同時に新しい音楽を鳴らしています。

 生楽器と電子楽器、ルーツ・ミュージックと実験性をブレンドするバランス感覚が、このバンドの最大の魅力でしょうね。

 彼らの音楽は、奇をてらった実験の結果ではなく、理想を追い求めたうえでのアウトプットだということが分かる、自然なバランスで成り立っているんです。




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Mothers “Render Another Ugly Method” / マザーズ『レンダー・アナザー・アグリー・メソッド』


Mothers “Render Another Ugly Method”

マザーズ 『レンダー・アナザー・アグリー・メソッド』
発売: 2018年9月7日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデューサー: John Congleton (ジョン・コングルトン)

 ジョージア州アセンズ出身のインディー・フォーク・バンド、マザーズの2ndアルバム。

 1stアルバム『When You Walk A Long Distance You Are Tired』は、アメリカ国内ではグランド・ジュリー(Grand Jury)、イギリスとヨーロッパではウィチタ(Wichita)からと、米英それぞれのインディーズ・レーベルよりリリース。

 本作は、エピタフ傘下の個性的なインディーズ・レーベル、アンタイからリリースされています。

 プロデューサーを務めるのは、セイント・ヴィンセント(St. Vincent)や、エクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイ(Explosions In The Sky)などの仕事で知られるジョン・コングルトン。

 全体に靄がかかったようなソフトなサウンド・プロダクションで、ゆるやかな躍動感をともなったアンサンブルを展開。ジャンルとしては、フォークロックに分類されることもあるようですが、なんともサイケデリックな空気を持った1作です。

 各楽器の音作りもソフトだし、ボーカルもどこか物憂げ。これだけでも、サイケデリックな空気を漂わせているのですが、アンサンブルに揺らぎがあり、この揺らぎが立体感と躍動感、さらなるサイケデリアを生んでいます。

 1曲目の「BEAUTY ROUTINE」から、空間系エフェクターの深くかかったギターサウンドが、場に浸透するように広がり、アンニュイな女声ボーカルも相まって、心地よくもありながら、サイケデリック。前半はロングトーン主体で、音響を重視したアプローチですが、再生時間1:57あたりからドラムがビートを強めると、スイッチが入ったかのように躍動感が生まれます。

 2曲目「PINK」は、バウンドするような音色とリズムのギター、タイトなリズム隊が一体となって疾走する、コンパクトなロック。イントロからしばらくは各楽器とも、はみ出すようなフレーズが無く、塊となって疾走しますが、徐々に揺らぎと立体感が増していく展開。

 4曲目「BLAME KIT」は、各楽器のフレーズが、まとまるのか、バラバラになるのか、絶妙なバランスで躍動的なアンサンブルが展開する、ギターポップ調の1曲。音を詰め込みすぎず、スペースを活かすバランス感覚も秀逸。パッと聴いたサウンドと曲調はポップですが、ところどころアヴァンギャルな音色とフレーズが顔を出し、他のバンドを例に出すなら、ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)に近いです。

 5曲目「BAPTIST TRAUMA」では、ドラムがタメをたっぷりと取って、打ちつけるようにリズムを刻み、ギターとベースは一定の間を取りながらフレーズで隙間を埋めます。ボーカルはメロディー感の希薄な、ロングトーンを多用。ぶっきらぼうにも思えるアンサンブルと、アンビエントな空気を漂わせるボーカルが融合する、やや実験的な1曲。しかし、難しい音楽というわけではなく、躍動感あふれる演奏です。

 9曲目「MOTHER AND WIFE」は、イントロから電子的な持続音が鳴り響く、音響が前景化したアンビエントな曲。ボーカルもゆったりとメロディーを紡ぎ、神秘的な空気を演出。

 全体のサウンドは柔らかく聴きやすいのに、ところどころ意外性のあるアレンジと音色が散りばめられ、違和感と心地良さのバランスが絶妙。気がついたら底なしの沼に、引きこまれていくような感覚があります。

 いかにもアンタイらしく、実験性を持ちながら、ポップ・ミュージックとしても良質なアルバムです。

 2018年12月現在、SpotifyとAmazonでは配信されていますが、Apple MusicおよびiTunesでのデジタル配信は無いようです。

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The Lumineers “Cleopatra” / ザ・ルミニアーズ『クレオパトラ』


The Lumineers “Cleopatra”

ザ・ルミニアーズ 『クレオパトラ』
発売: 2016年4月8日
レーベル: Dualtone (デュアルトーン)
プロデュース: Simone Felice (シモン・フェリス)

 コロラド州デンバーを拠点に活動するフォーク・ロック・バンド、ザ・ルミニアーズの2ndアルバム。

 前作『The Lumineers』と同じく、テネシー州ナッシュヴィルを拠点にするインディーズ・レーベル、デュアルトーンからのリリース。

 2012年4月にリリースされた前作は、インディーズでのリリースでありながらビルボード最高2位。本作がリリースされる2016年4月までに、アメリカ国内だけで170万枚を売り上げています。

 一聴すると、フォークやカントリーの要素が色濃い彼らのサウンド。しかし、鼓動のようにゆったりとリズムを刻むドラムをはじめ、ロック的なダイナミズムも持ち合わせ、バンド全体が一体の生き物のように、いきいきと躍動する演奏が特徴です。

 前作から比較すると、本作ではより歌のメロディーが前景化し、成熟したアンサンブルを展開。とはいえ、いきいきとした躍動感も健在です。

 1曲目「Sleep On The Floor」では、スローテンポに乗って、ゆったりと歩みを進めるような、タメをたっぷりと取った演奏が展開。徐々に音数が増え、それに比例して躍動感も増していきます。アルバム1曲目ということで、前座と言うと不適切かもしれませんが、リスナーの耳とテンションを温めるような楽曲。

 2曲目「Ophelia」では、足踏みのようなリズムと、メロウなピアノとボーカルが共存。徐々に熱を帯びるボーカルと、躍動的なアンサンブルが絡み合う1曲です。

 3曲目はアルバム表題曲の「Cleopatra」。メンバーのウェスリー・シュルツ(Wesley Schultz)が、ジョージア(ジョージア州ではなく、東ヨーロッパにある国のジョージアです!)で出会ったタクシー・ドライバーから聞いた実話に、インスパイアされた曲であるとのこと。

 詳細はバンドのFacebookにアップされています。話を要約すると、シュルツはジョージアで女性のタクシー・ドライバーと出会い、彼女から以前プロポーズされたエピソードを聞きます。恋人からプロポーズされたものの、ちょうど彼女の父親が亡くなったところだったため、返事をしませんでした。

 プロポーズを拒絶されたと思った恋人は、傷心のまま村を離れ、二度と戻らず。彼女にプロポーズを断った意図はなく、恋人を愛していたため、彼が去った後も残った足跡を決して掃除せず、そのままに残したそうです。

 歌詞の内容は、上記のエピソードを下敷きにしたもの。曲調は切なさを前面に出したものではありませんが、歌のメロディーと言葉が前景化されるバランスのアンサンブルになっています。

 4曲目「Gun Song」は、ゆったりしたドラムとアコースティック・ギターのリズムに、歌のメロディーが覆いかぶさるように重なる1曲。フォーキーなサウンドで、テンポも抑えめなのに、躍動感と加速感があり、ザ・ルミニアーズらしい演奏と言えます。

 5曲目「Angela」は、軽やかに爪弾かれるギターと、流麗なボーカルが絡み合い、穏やかに流れていく1曲。音数が少ないアンサンブルなのに、効果的に音が配置され、躍動感を生んでいます。

 10曲目「My Eyes」は、音数を絞った隙間の多いアンサンブルが展開する1曲。しかし、スカスカに感じるわけではなく、音数を絞ることで一音ずつが贅沢に響き、有機的でいきいきとした演奏になっています。

 ラストの11曲目「Patience」は、高音域を使った透明感のあるピアノによるインスト曲。徐々に音が増え加速していく1曲目「Sleep On The Floor」から始まり、ピアノ主体のインスト曲で締める、アルバムらしい流れも秀逸。

 アルバム表題曲の「Cleopatra」を含め、「Ophelia」「Angela」とシングルカットされた楽曲は、いずれも女性の名前がタイトル。叙情的な歌詞も、本作の魅力のひとつとなっています。

 また、前作に引き続き、セールスも好調。ビルボード最高2位を記録した前作に対して、本作では遂に1位を獲得。その他、イギリスやカナダでも、アルバム・チャートの1位を獲得しています。

 本作リリースから2年後の2018年に、チェロを担当していたネイラ・ペカレック(Neyla Pekarek)が、ソロ・キャリアに専念するため脱退。

 バンド結成当初のウェスリー・シュルツと、ジェレマイア・フレイツ(Jeremiah Fraites)による2ピース編成に戻っています。

 クラシックの教育を受けたペカレックが脱退することで、ザ・ルミニアーズの音楽がどのように変化するのか。今後の活動も楽しみです。

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The Lumineers “The Lumineers” / ザ・ルミニアーズ『ザ・ルミニアーズ』


The Lumineers “The Lumineers”

ザ・ルミニアーズ 『ザ・ルミニアーズ』
発売: 2012年4月3日
レーベル: Dualtone (デュアルトーン)
プロデュース: Ryan Hadlock (ライアン・ハドロック)

 コロラド州デンバーを拠点に活動するフォーク・ロック・バンド、ザ・ルミニアーズの1stアルバム。

 バンドの始まりは2002年。共にニュージャージー州ラムジー出身のウェスリー・シュルツ(Wesley Schultz)と、ジェレマイア・フレイツ(Jeremiah Fraites)が、共に音楽を作り始めます。

 きっかけとなったのは、ウェスリー・シュルツの親友であり、ジェレマイア・フレイツの兄であるジョシュ・フレイツ(Josh Fraites)の死。

 オーバードーズによって、19歳の若さで亡くなったジョシュ。その悲しみと喪失感を紛らわし、共有するため、2人は一緒に音楽に向かったのでした。

 2005年にはニューヨークへ引っ越し、ザ・ルミニアーズ名義での活動を開始。成功を夢見て、小さなクラブなどでライブ活動を続けます。

 しかし、競争の激しいニューヨークの音楽シーンと、あまりにも高い物価に耐えかね、2009年にコロラド州デンバーへと拠点を移動。同地で出会ったのが、クラシック音楽の教育を受け、音楽教師を目指していたチェリストのネイラ・ペカレック(Neyla Pekarek)です。

 彼女をメンバーへ迎え、3ピース編成となったザ・ルミニアーズ。音楽性の幅を広げ、それと比例して、着実に人気と評価も拡大。2012年にリリースされた1stアルバムが、本作『The Lumineers』です。

 メジャーレーベルからのオファーもある中、テネシー州ナッシュヴィルを拠点にする、フォーク系を得意とするインディーズ・レーベル、デュアルトーンからのリリース。

 メジャーレーベルを断り、小さなインディーレーベルを選ぶところにも気概が感じられますが、音楽も流行に左右されない強度を持ったバンドと言えます。

 ちなみにチャート成績もインディーズの枠を越えた好調ぶりで、アルバムとEPの売り上げをランキングにした「ビルボード200 (Billboard 200)」では、初登場45位、最高2位を記録。イギリスのチャートでも最高8位。

 リリースから4年の2016年4月までに、アメリカ国内で170万枚、イギリスで40万枚を売り上げています。

 彼らが奏でるのは、アコースティック楽器を主軸にした、フォーキーかつ躍動感あふれる音楽。フォークやアメリカーナを得意とするレーベル、デュアルトーンからリリースされているのも納得の地に足の着いたサウンドを鳴らしています。

 しかし、ただフォークやカントリーを焼き直すだけでなく、ロックにも通ずるダイナミックなアンサンブルや、ネイラ・ペカレックの奏でるチェロのサウンドなどが共存。カラフルで現代的な一面も持ち合わせています。

 1曲目「Flowers In Your Hair」は、アルバムのスタートにふさわしく、軽やかにバウンドするように駆け抜けていきます。アコースティック楽器で構成されたアンサンブルによって、ブルーグラスの香りも漂いますが、チェロの暖かく厚みのあるサウンドが、室内楽のような雰囲気もプラス。

 2曲目「Classy Girls」の前半は、ガヤガヤした街の音がサンプリングされ、その音をバックに、音数を絞った牧歌的な演奏が展開。ストリングスやドラムなどが段階的に加わり、徐々に加速しスリリングな演奏へ。

 3曲目「Submarines」では、ピアノが的確にリズムをキープし、ドラムが立体感をプラス。ピアノのまわりに他の楽器が絡みつくように、躍動感のあるアンサンブルが展開します。

 5曲目「Ho Hey」は、アコースティック・ギターと歌を中心にした、シンプルなアンサンブルに「Ho! Hey!」というかけ声が重なり、立体感と躍動感を増すアクセントとなっています。

 7曲目「Stubborn Love」は、流れるようなギターのコード・ストロークと、伸びやかなチェロ、ドンドンと鼓動のように響くドラムが重なり、バンドが一体の生き物のように、有機的に躍動。いきいきとした躍動感と疾走感を持った1曲。

 8曲目「Big Parade」は、ハンド・クラップとコーラスワークが中心になったイントロから始まる、歌のメロディーが前景化した1曲。流麗なメロディーを引き立て、加速させるように、徐々に楽器と音数が増え、疾走感を増していきます。

 11曲目「Morning Song」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、タメをたっぷりと取ったアンサンブルが繰り広げられる1曲。アルバムのラストを締めくくる曲にふさわしく、楽器の出し入れのコントラストがわかりやすく、壮大なアレンジの1曲。

 全編を通してアコースティック・ギターを主軸に据えたフォーキーなサウンド・プロダクション。なのですが、ドラムがドタドタとパワフルにリズムを叩く場面が多く、ロック的なダイナミズムも持ち合わせたアルバムです。

 前述したとおり、ネイラ・ペカレックによるチェロの伸びやかなロングトーンも、アンサンブルを包みこむように、音楽的な広がりを加えています。

 フォークやカントリーなど、ルーツ・ミュージックを下敷きにしながら、アンサンブルは立体的かつダイナミック。オルタナティヴ・ロック以降の自由な発想が感じられる、インディーフォークらしい1作です。

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Elliott Smith “Elliott Smith” / エリオット・スミス『エリオット・スミス』


Elliott Smith “Elliott Smith”

エリオット・スミス 『エリオット・スミス』
発売: 1995年7月21日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 ネブラスカ州オマハ生まれ、幼少期をテキサス州で過ごし、その後はオレゴン州ポートランドで育ったシンガーソングライター、エリオット・スミスの2ndアルバム。ポートランドを代表するインディー・レーベル、キル・ロック・スターズからのリリース。

 1991年に結成されたオルタナティヴ・ロック・バンド、ヒートマイザー(Heatmiser)でもボーカルとギターを務めるエリオット・スミス。バンド活動と並行し、1994年にアルバム『Roman Candle』でソロ・デビュー。

 激しく歪んだギターが前面に出たヒートマイザーとは打って変わって、ソロ作では歌を中心に置いた、内省的な世界観が表現されています。

 ソロ2作目となる本作は、前作『Roman Candle』に引き続きアコースティック・ギターと歌を中心に構成。ヒートマイザーのギタリスト、ニール・ガスト(Neil Gust)と、ワシントン州オリンピア拠点のインディー・ロック・バンド、ザ・スピネインズ(The Spinanes)のレベッカ・ゲイツ(Rebecca Gates)が、1曲ずつレコーディングに参加していますが、ほぼエリオット・スミスが全ての楽器を演奏しています。

 マルチ・インストゥルメンタリストである彼は、ギターの他、ドラム、タンバリン、オルガン、ハーモニカ、チェロを自ら担当。とはいえ、基本的にはギターと歌を中心に据えた、弾き語りに近いアレンジのアルバムです。

 歌心の溢れるメロウなアルバムであることは確か。なのですが、コード進行とハーモニーにところどころ独特の濁りがあり、オルタナティヴな空気も香る1作です。ヒートマイザーという、ジャンクなサウンドを持ったバンドを結成する人ですから、ストレートな美メロだけではない、アヴァンギャルドな志向も持ち合わせているということでしょう。

 1曲目の「Needle In The Hay」は、先行シングルとしてもリリースされた楽曲。アコギと歌のみのアレンジですが、ジャカジャカとコード・ストロークをかき鳴らすのではなく、弦をおそらく2本ずつ弾き、ミニマルなフレーズで構成。ハーモニーにどこか不協和な部分が含まれ、隙間が多く静かな演奏ですが、オルタナティヴな空気も漂います。

 2曲目「Christian Brothers」では、複数のアコースティック・ギターとドラムを用いた、立体的なアンサンブルが展開。ボーカルのコーラスワークも加わり、音がレイヤー状に重なっていきます。

 3曲目「Clementine」は、イントロから濁りのあるコードが響く、意外性のあるコード進行と、ささやき系の高音ボーカルが重なる1曲。アコースティック・ギターとボーカル、パーカッションによる穏やかなサウンドの曲ですが、サイケデリックな空気も持ち合わせています。

 4曲目「Southern Belle」は、流れるようなギターのフレーズから始まる、軽やかな躍動感を持った1曲。

 5曲目の「Single File」には、ヒートマイザーで活動を共にするニール・ガストが、エレキ・ギターで参加。アコースティック・ギターのコード・ストロークに、エレキ・ギターの音がポツリポツリと足され、立体感をプラス。エレキ・ギターが発する音は単音で、音数も少ないものの、存在感は抜群。

 8曲目「Alphabet Town」は、ハーモニカが用いられたカントリー色の濃い1曲。穏やかにバウンドするアコギのストロークと、ささやき系のボーカルに、ハーモニカのロングトーンが重なり、寂しげな雰囲気を演出します。

 9曲目の「St. Ides Heaven」には、ザ・スピネインズのレベッカ・ゲイツがバッキング・ボーカルで参加。男女混声によるアンニュイなコーラスワークが展開します。ギターとドラムによる伴奏は、中盤以降少しずつシフトを上げ、躍動感が増加。

 11曲目「The White Lady Loves You More」は、風に揺れる木の葉のようなギターのフレーズに、ゆったりと時間を伸ばすボーカルのメロディーが重なり、流麗なアンサンブルが構成される1曲。

 ボーカルの歌唱も、全体のサウンド・プロダクションも、基本的には穏やか。しかし、前述のとおり、意外性のある音を含んだコードが随所で用いられ、ほのかにアヴァンギャルドな空気も香るアルバムになっています。

 歌が中心にあるのは間違いないのですが、エリオット・スミスという人は、ハーモニーやサウンドも含めた曲の雰囲気全体で、表現を試みているのではないかと思います。

 歌のメロディーのみでも、十分に不安な感情が示されているのに、さらに不安的なコードや意外性のあるフレーズで、その感情を増幅した表現となっている。そのようなアレンジが、随所で感じられる1作です。