Tim Hecker “Harmony In Ultraviolet” / ティム・ヘッカー『ハーモニー・イン・ウルトラヴァイオレット』


Tim Hecker “Harmony In Ultraviolet”

ティム・ヘッカー 『ハーモニー・イン・ウルトラヴァイオレット』
発売: 2006年10月6日
レーベル: Kranky (クランキー)

 カナダ、バンクーバー出身のエレクトロニック・ミュージシャン、ティム・ヘッカーの4thアルバム。

 過去3作はカナダの電子音楽系インディーズ・レーベル、エイリアン8(Alien8)などからリリースされていましたが、本作からシカゴ拠点のレーベル、クランキーへと移籍しています。

 ティム・ヘッカーが作り出すのは、アンビエントな電子音楽。はっきりとしたリズム、メロディー、ハーモニーを持たず、音響が前景化した音楽です。

 本作も普段からこの手の音楽を聴かない方には、ピンク・ノイズとホワイト・ノイズとしか感じられないかもしれません。

 コード進行があるわけでもなく、わかりやすいメロディーやリズム構造があるわけでもない。本作のようなアルバムを紹介するとき、ともすると「考えるな、感じろ」と言って、済ませてしまいそうになりますが、聴取のポイントはあります。

 ですので、僕が好きだと思うポイントを挙げていき、結果として本作の魅力をお伝えできたらなと。もちろん、僕の個人的な嗜好にすぎませんで、これが正解というわけではなく、あくまでひとつの参考にしていただけたら幸いです。

 当然のことながら、ティム・ヘッカーもアルバムによって音楽の質が、それぞれ異なります。例えば6thアルバムの『Ravedeath, 1972』は、本作に比べると音とフレーズの輪郭がくっきりしており、ロックをメインに聴いている方にも、やや取っつきやすいかもしれません。

 それに対して本作は、より音響が前景化していて、フレーズというよりも音の響きや、折り重なる音の層を聴くべきアルバムと言えます。

 まず、アルバム1曲目の「Rainbow Blood」。ゆっくりと流れる波のような電子音が、少しずつ形を変えて広がっていきます。激しいノイズではなく、かといって静寂に近い音でもない。変わりゆく音に身を委ねていると、自分の耳が馴れてきたのか、あるいは実際に流れる音が変化しているのか、サウンドの変化を大きく感じるようになります。

 2曲目の「Stags, Aircraft, Kings And Secretaries」では、前曲に比べ、より多くの種類のサウンドが用いられています。ギターらしきサウンドや、打楽器のような音、電子ノイズが共存。秩序のないカオティックな音楽ではあるのですが、それぞれの音が絡み合い、様々な表情を見せます。

 8曲目から11曲目までは、それぞれ「Harmony In Blue I」から「Harmony In Blue IV」と題され、タイトルのハーモニーが前景化した4曲。ハーモニーと言っても、いわゆる和音という意味ではなく、それぞれ電子的な持続音を中心として、音が空間に浸透していく、音響重視の楽曲たち。

 15曲目「Blood Rainbow」は、イントロから持続音がレイヤー状に折り重なっていき、徐々に厚みを増していく1曲。和音とは違った一体感を持ったサウンドが、空間を埋め尽くし、鼓膜を穏やかに揺らします。轟音ギターを聴いた時の高揚感とは逆に、穏やかな鎮静感をもたらします。

 電子音と楽器の音がミックスされ、重厚なサウンドを作り上げていくのが本作の特徴。そのため、リズムよりも音響に耳を傾け、音楽に没頭すると、より様々な景色が見え、楽しめるのではないかと思います。

 音響の特徴といえば、ティム・ヘッカーの作品の中でも轟音要素が強いところでしょうか。Sunn O)))などのドローン・メタルすら、彷彿とさせる部分があります。

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