Yo La Tengo “I Can Hear The Heart Beating As One” / ヨ・ラ・テンゴ『アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン』


Yo La Tengo “I Can Hear The Heart Beating As One”

ヨ・ラ・テンゴ 『アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン』
発売: 1997年4月22日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Roger Moutenot (ロジャー・ムジュノー)

 ニュージャージー州ホーボーケンで結成されたバンド、ヨ・ラ・テンゴの8枚目のスタジオ・アルバム。スタジオ・アルバム以外だと、7th『Electr-O-Pura』と本作の間に、レア・トラックや別テイクを収録したコンピレーション・アルバム『Genius + Love = Yo La Tengo』をリリースしています。

 前作『Electr-O-Pura』では、ノイジーなギターを効果的に使用しながら、ポップな枠組みの中でギターロックを組み上げていたヨ・ラ・テンゴ。今作では、さらに多種多様な音楽ジャンルおを取り込みつつ、彼ら得意のギターを中心としたアンサンブルが展開されます。

 1曲目「Return To Hot Chicken」は、各楽器が緩やかに絡み合い、グルーヴが生まれる、イントロダクション的な曲。歌の無いインスト曲ですが、目の前に風景が広がるようなイマジナティヴな音楽で、インストのポストロック・バンドとしてもイケるのでは?と思わせます。

 ベースラインが印象的な2曲目の「Moby Octopad」は、若干ジャズの香りが漂う1曲。穏やかに流れるようなボーカル、全体を包み込むようなギターのフィードバック、少し跳ねたようなドラムが溶け合い、ゆったりと躍動感のあるアンサンブルを展開。再生時間2:52あたりからのアヴァンギャルドな空気満載の間奏も、楽曲に深みを与えています。

 4曲目「Damage」は、全体のサウンド・プロダクション、各楽器の音作りともに、アンビエントな耳ざわりの1曲。物憂げなボーカルも全体のサウンドとマッチし、ドラッギーで幻想的な音世界を作り上げます。奥ではギターの持続音が鳴り響く、音響を前景化させるようなアレンジですが、ドラムは手数が少ないながら立体的で奥行きのある音を鳴らし、アンサンブルにも聴きごたえがあります。

 8曲目「Autumn Sweater」は、臨場感あふれる生々しいドラムに、電子音が絡み合う1曲。シェイカーの音もアクセントになっていて、電子音を用いながら、生楽器感を強く感じる全体のサウンドです。

 9曲目「Little Honda」は、ビーチ・ボーイズのカバー。厚みのあるサウンドの、ディストーション・ギターを中心に、ビーチ・ボーイズのオリジナルとは一風変わった、ローファイ風味のある演奏を展開します。再生時間1:24あたりからの間奏も、音の壁と呼べるような、分厚いサウンドを構築。

 13曲目「Center Of Gravity」は、パーカッションとギターのリズムが軽快な、ボサノヴァ調の1曲。いや、ボサノヴァ調というより、ほとんどボサノヴァそのままの1曲です。ささやくような、穏やかなボーカルも、リラクシングな雰囲気を演出。この曲に限らず、ヨ・ラ・テンゴは、ささやき系の歌い方をすることがありますが、思いのほかボサノヴァとマッチしています。

 15曲目「We’re An American Band」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、歪んだギターと柔らかな電子音、流れるようなメロディーが溶け合う、サイケデリックな空気が漂う1曲。厚みのあるギターサウンドと、男女混声のコーラスワークは、シューゲイザーも感じさせます。

 常に一定以上のクオリティの作品を生み出すヨ・ラ・テンゴのアルバムの中でも、特に評価の高い1枚が本作『I Can Hear The Heart Beating As One』です。様々な音楽ジャンルを飲み込みながら、それらを消化し、ロック・バンドの枠組みに落とし込むセンスは、見事というほかありません。まさに名盤と呼ぶべき1枚であり、実にインディーらしいクオリティを備えたアルバムであると思います。