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Moses Sumney “Aromanticism” / モーゼス・サムニー『アロマンティシズム』


Moses Sumney “Aromanticism”

モーゼス・サムニー 『アロマンティシズム』
発売: 2017年9月22日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)
プロデュース: Joshua Willing Halpern (ジョシュア・ウィリング・ハルパーン)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター、モーゼス・サムニーの1stアルバム。

 ガーナ人の両親のもと、1990年にカリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれたサムニー。これまでに数枚のEPとシングルを発表し、本作が初のアルバムとなります。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、ジャグジャグウォーからのリリース。

 上記のとおり、ガーナにルーツを持つモーゼス・サムニー。アフリカにルーツを持つアメリカ人が作る音楽というと、ネオ・ソウルやR&Bが思い浮かびます。

 ヒップホップにも言えることですが、現代のブラック・ミュージックの特徴を単純化して挙げるならば、メロディーやハーモニーよりも、リズムを重視した音楽であることでしょう。もう少し具体的に言い換えるならば、コード進行に基づいたメロディーではなく、より自由な音の動きのメロディーを持った音楽である、ということ。

 そのため、この種のジャンルにカテゴライズされる楽曲は、複雑なコード進行を持つことは少なく、1コードあるいは2コードのみで進行する曲すら、たびたび見受けられます。そして、コード進行の呪縛から解き放たれたメロディーは、音程的にもリズム的にも、自由な動きを見せます。

 また、コード進行がシンプルになった分、バック・トラックのビートが強調され、リズムが前景化。結果として、メロディーやハーモニーよりも、相対的にリズムが前に出た音楽となります。

 さて、そのような文脈で考えた時に、モーゼス・サムニーが作る音楽の特異性が、鮮やかに浮かび上がってきます。前述のとおり、コード進行の機能に縛られず、より自由で風通しの良いメロディーを持つのが、現代的ブラック・ミュージックの特徴。

 モーゼス・サムニーの音楽も、その流れの中にあるのは間違いないのですが、彼の音楽はコード進行からの離脱や、ビートの重視といった従来の方法論ではなく、音響を重視したもの。音の響きを何よりも重視した彼の音楽は、ネオ・ソウルをエレクトロニカや音響系ポストロックの文法を用いてアップデートしたもの、と言ってもいいでしょう。

 1曲目「Man On The Moon (Reprise)」は、教会に響きわたるゴスペルを彷彿とさせる、厚みのあるコーラスワークが展開する、40秒ほどのトラック。ドラムなどのリズム楽器は用いられず、人の声のみで分厚い音の壁を構築しています。アルバム1曲目にふさわしく、本作の方向性を示した1曲です。

 2曲目「Don’t Bother Calling」は、ファルセットを駆使したボーカルと、シンプルなベースのフレーズが絡み合う、ミニマルなアンサンブルの1曲。言うまでもなく、一般的なバンド・サウンドと比較すれば、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルの声とメロディーの美しさが際立つアレンジです。途中から挿入されるストリングスが、楽曲に立体感をもたらしています。

 4曲目「Quarrel」は、ハープや人の声などのオーガニックな響きと、電子的なビートが溶け合った1曲。ベースを弾いているのは、サンダーキャット(Thundercat)。

 6曲目「Lonely World」は、ギターが幾重にも折り重なるイントロから、多様な楽器を用いたアンサンブルへと展開。生楽器と電子的なサウンドが溶け合い、躍動感のあるアンサンブルへと発展していきます。再生時間2:58あたりからのドラムなど、生楽器のいきいきとした響きを、電子的なサウンドの中で、対比的に際立たせるバランス感覚も秀逸。

 7曲目「Make Out In My Car」は、断片的なフレーズが、ポスト・プロダクションによってレイヤー状に重なっていく、エレクトロニカ的な音像を持った曲。そんな電子的なサウンドの中で、エフェクト処理されたボーカルが、バックの音と溶け合うように、メロディーを紡いでいきます。

 9曲目「Doomed」は、電子的な持続音の上に、ボーカルのメロディーが立体的に浮かび上がる、アンビエントなサウンド・プロダクションを持った1曲。

 11曲目「Self-Help Tape」では、透明感のある音色のギターとボーカルによって、建造物のように音楽が構築。伴奏がどうこう、メインのメロディーがどうこうという音楽ではなく、全ての音が有機的に組み合って、ひとつの音楽となっています。

 アルバム全体をとおして、音響系R&Bとでも呼びたくなるクオリティを持った1作です。メロディーやコーラスワークには、間違いなくゴスペル等ブラック・ミュージックからの影響が出ているのですが、できあがる音楽から黒っぽさは、それほど感じられません。

 その理由は、糸を引くようなリズムであったり、うねるようなバンドのグルーヴ感といった、黒っぽさを演出する要素を除き、その代わりに音響を前景化したアプローチを取っているため、というのが僕の考えです。

 ジャケットのデザインが宙に浮いた人というのも、このアルバムの音楽性を示していると思います。特定のジャンルに足をつけず、なおかつ浮遊感のあるサウンドを持っているという意味です。これは、ちょっと考えすぎかもしれませんが。

 インディー・「ロック」・レーベルのジャグジャグウォーからリリースされているのも示唆的ですね。ジャズとヒップホップの線引きが曖昧になっていくのと並行して、ロックとブラック・ミュージックの融合もますます進んで、境界が曖昧になっていくのでしょう。