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The Drums “Abysmal Thoughts” / ザ・ドラムス『アビスマル・ソウツ』


The Drums “Abysmal Thoughts”

ザ・ドラムス 『アビスマル・ソウツ』
発売: 2017年6月16日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Jonathan Schenke (ジョナサン・シェンケ)

 ニューヨーク出身のインディーロック・バンド、ザ・ドラムスの4thアルバム。エピタフの姉妹レーベルであり、ジャンルを超えてオルタナティヴな作品を手がける、アンタイからのリリース。

 2008年に、ニューヨークのブルックリンで結成。2010年の1stアルバム『The Drums』リリース時は、4ピース・バンドだったザ・ドラムス。

 しかし、2010年にギターのアダム・ケスラー(Adam Kessler)、2012年にドラムのコナー・ハンウィック(Connor Hanwick)、2017年にはシンセサイザーのジェイコブ・グラハム(Jacob Graham)が脱退。

 そのため、本作リリース時のメンバーは、ジョナサン・ピアースのみ。部分的にグラハムが参加している楽曲もありますが、ほとんど彼のソロ・プロジェクトとなっています。

 サポート・メンバーも招いてはいますが、ピアース自身がギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、各種パーカッションなど、多くの楽器を担当。

 ただ、多くの楽器を担っているからといって、1人が頭の中で作りあげた閉塞感や、箱庭感のあるアルバムかというと、そうでもありません。

 元々ゴリゴリのグルーヴよりも、軽やかな疾走感を特徴としていたザ・ドラムス。バンドでありながら、サウンド・プロダクションにも、アンサンブルにも宅録感があったので、1人になったところで、その魅力は損なわれないということなのでしょう。

 同時に、フロンロマンを務めるジョナサン・ピアースの影響が、大きな比率を占めていたバンドなのだな、とも思います。むしろ、1人になった本作の方がアンサンブルが有機的で、バンド感が強いのではないかとすら感じます。

 サウンド・プロダクションにおいても、80年代ニューウェーヴを彷彿とさせるシンセ・サウンドは、やや控えめ。よりソリッドな音像となっています。とはいえ、一般的な感覚から言えば、十分にソフトなサウンド。

 いずれにしても、メンバーが1人になったからといって、音楽性が大きく変わることもなく、これまでのザ・ドラムスらしさを多分に含んだ1作です。

 1曲目「Mirror」は、音数が少なくスペースの多いアンサンブルの中で、ボーカルが際立つ1曲。各楽器のフレーズもシンプルですが、0:50あたりから入る調子ハズレに聞こえるベース音が、耳に引っかかるフックになっています。

 2曲目「I’ll Fight For Your Life」では、イントロから増殖するようなシンセのフレーズにギターが重なり、レイヤー状に厚みを増すアンサンブルが展開。ドラムのリズムは気持ちいいぐらいにシンプルで、軽やかな疾走感を生んでいます。

 3曲目「Blood Under My Belt」は、コーラスワークも含め、立体的なアンサンブルの1曲。

 4曲目「Heart Basel」は、イントロから徐々に楽器と音数が増えていき、四方八方から音が飛び交う、にぎやかなアンサンブルへと発展。この曲も、各楽器とも音を詰め込みすぎず、スペースを保ちつつ、ゆるやかにバウンドするような躍動感あふれる演奏となっています。

 8曲目「Are U Fucked?」は、リバーブの効いたギターと、まわりで鳴る各種パーカッションの音色が耳に残る、浮遊感のある1曲。全体のサウンド・プロダクションが柔らかく、各楽器のフレーズと音作りには意外性があり、ほのかにサイケデリックな空気が漂います。

 10曲目「Rich Kids」は、奇妙なサウンドのイントロから始まり、タイトに絞り込まれた、疾走感のある演奏が展開。その後もファニーなサウンドとフレーズが随所で顔を出し、ノリの良さと、アヴァンギャルドな空気が共存した1曲です。

 アルバム表題曲であり、ラスト12曲目の「Abysmal Thoughts」は、各楽器のフレーズがリズムをずらしながら折り重なる、立体的なアンサンブルが魅力の1曲。

 前述したとおり、アルバム全体をとおして過度に音を詰めこまず、スペースに余裕のあるアンサンブルが展開される1作です。

 サウンド・プロダクションもソフトで、どちらかというとローファイ寄り。ですが、アンサンブルの隙間と、柔らかなサウンドが揺らぎを際立たせ、ゆるやかな躍動感をともなった音楽を作り上げていきます。

 前述したとおり、ジョナサン・ピアースが多くの部分を作り上げた本作。すべてが彼の思いどおりにコントロールされたため、コンパクトでありながら、躍動感をともなった演奏を、実現できたのではないかと思います。

 圧倒的な音圧やグルーヴ感で押すわけではないのに、いつの間にか体が動き出す、音楽的フックをいくつも持ったアルバムです。

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Iron & Wine “Beast Epic” / アイアン・アンド・ワイン『ビースト・エピック』


Iron & Wine “Beast Epic”

アイアン・アンド・ワイン 『ビースト・エピック』
発売: 2017年8月25日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Tom Schick (トム・シック)

 サウスカロライナ州チャピン出身のシンガーソングライター、サム・ビーム(Sam Beam)のソロ・プロジェクト、アイアン・アンド・ワインの通算6作目となるスタジオ・アルバム。

 2015年にバンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)のベン・ブリッドウェル(Ben Bridwell)とのコラボ・アルバム『Sing into My Mouth』、2016年にはジェスカ・フープ(Jesca Hoop)とのコラボ・アルバム『Love Letter For Fire』をリリースしていますが、アイアン・アンド・ワイン名義でのオリジナル・アルバムは、2013年の『Ghost On Ghost』以来4年ぶりのリリース。

 アイアン・アンド・ワインの音楽を一言であらわすなら、ルーツ・ミュージックと現代的インディーロックの融合。アルバムごとにバランスは異なりますが、フォークやカントリーなどのルーツ・ミュージックに、オルタナティヴ・ロックやポストロック的なアレンジを織り交ぜ、ルーツと現代性が共存した音楽を作り上げています。

 通算6作目となる本作では、オルタナティヴなサウンドは控えめに、フォーク色の濃い音楽を展開。アコースティック・ギターを中心に据えた穏やかなサウンド・プロダクションの中で、歌が際立つバランスの1作となっています。

 1曲目「Claim Your Ghost」は、イントロのカウントから、息づかいまで伝わる、臨場感あふれる歌が前景化された、スローテンポの1曲。音数を絞ったシンプルなアンサンブルですが、中盤以降から徐々に音が増え、躍動感を増していきます。

 2曲目「Thomas County Law」では、アコースティック・ギターとパーカッションのオーガニックな音色を中心に、音数を絞ったアンサンブルが展開。しかし、スカスカ感は無く、少しずつ音数を増やしながら、ゆるやかに躍動します。

 3曲目「Bitter Truth」は、手数の少ないシンプルなドラムと、2本のギター、ピアノ、ボーカルの音が、穏やかに絡み合いながら進行する牧歌的な1曲。

 4曲目「Song In Stone」は、はじけるようにみずみずしいギターの音色と、チェロの柔らかなロングトーンが重なり、厚みのある音のシートを作り上げていきます。

 6曲目「Call It Dreaming」は、さざ波のように穏やかに揺れるアンサンブルの上を泳ぐように、流麗なボーカルのメロディーが漂う1曲。

 7曲目「About A Bruise」は、パーカッシヴなギターを筆頭に、各楽器が縦に切り刻むようにリズムを作り、立体的なアンサンブルを展開。アコギを中心に据えたサウンドはフォーキーですが、随所に奇妙なフレーズが差し込まれ、オルタナティヴな空気が漂います。

 8曲目「Last Night」は、イントロからストリングスが荒れ狂う嵐のようにフレーズを繰り出し、その後もコミカルなアンサンブルが展開する1曲。ストリングスがフィーチャーされたサウンドは、チェンバー・ポップか小編成のジャズを思わせますが、前曲に続いて随所にアヴァンギャルドなフレーズが散りばめられています。

 11曲目「Our Light Miles」は、スローテンポのゆったりとしたアンサンブルに、高音域を使ったささやき系のボーカルが重なる、穏やかなバラード。

 前述のとおり、フォークを下地にしている点では一貫しながら、アルバムごとに玉虫色に音楽性を変化させるアイアン・アンド・ワイン。

 シティ・ポップを彷彿とさせるオシャレな空気を持った前作『Ghost On Ghost』、電子音を多用した前々作『Kiss Each Other Clean』と比較すると、本作はアコースティック・ギターが前面に出た楽曲が多く、ストレートにカントリー色の濃いアルバムと言えます。

 しかし、随所に不安定なフレーズや、折り重なるリズムなど、意外性のあるアレンジを散りばめ、ルーツと現代性を巧みにブレンドするアイアン・アンド・ワインらしさも健在。

 穏やかにうたた寝しながら聴いていると、アヴァンギャルドなアレンジに耳を奪われる…そのようなアレンジが、ところどころに隠されています。そして、意外性のあるアレンジが、良い意味での違和感を生み、音楽のフックとなっています。

 一聴すると穏やかなカントリー・ミュージックなのに、実験性を隠し味として取り込んだ1作です。

 





Moses Sumney “Aromanticism” / モーゼス・サムニー『アロマンティシズム』


Moses Sumney “Aromanticism”

モーゼス・サムニー 『アロマンティシズム』
発売: 2017年9月22日
レーベル: Jagjaguwar (ジャグジャグウォー)
プロデュース: Joshua Willing Halpern (ジョシュア・ウィリング・ハルパーン)

 カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点に活動するシンガーソングライター、モーゼス・サムニーの1stアルバム。

 ガーナ人の両親のもと、1990年にカリフォルニア州サンバーナーディーノで生まれたサムニー。これまでに数枚のEPとシングルを発表し、本作が初のアルバムとなります。インディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、ジャグジャグウォーからのリリース。

 上記のとおり、ガーナにルーツを持つモーゼス・サムニー。アフリカにルーツを持つアメリカ人が作る音楽というと、ネオ・ソウルやR&Bが思い浮かびます。

 ヒップホップにも言えることですが、現代のブラック・ミュージックの特徴を単純化して挙げるならば、メロディーやハーモニーよりも、リズムを重視した音楽であることでしょう。もう少し具体的に言い換えるならば、コード進行に基づいたメロディーではなく、より自由な音の動きのメロディーを持った音楽である、ということ。

 そのため、この種のジャンルにカテゴライズされる楽曲は、複雑なコード進行を持つことは少なく、1コードあるいは2コードのみで進行する曲すら、たびたび見受けられます。そして、コード進行の呪縛から解き放たれたメロディーは、音程的にもリズム的にも、自由な動きを見せます。

 また、コード進行がシンプルになった分、バック・トラックのビートが強調され、リズムが前景化。結果として、メロディーやハーモニーよりも、相対的にリズムが前に出た音楽となります。

 さて、そのような文脈で考えた時に、モーゼス・サムニーが作る音楽の特異性が、鮮やかに浮かび上がってきます。前述のとおり、コード進行の機能に縛られず、より自由で風通しの良いメロディーを持つのが、現代的ブラック・ミュージックの特徴。

 モーゼス・サムニーの音楽も、その流れの中にあるのは間違いないのですが、彼の音楽はコード進行からの離脱や、ビートの重視といった従来の方法論ではなく、音響を重視したもの。音の響きを何よりも重視した彼の音楽は、ネオ・ソウルをエレクトロニカや音響系ポストロックの文法を用いてアップデートしたもの、と言ってもいいでしょう。

 1曲目「Man On The Moon (Reprise)」は、教会に響きわたるゴスペルを彷彿とさせる、厚みのあるコーラスワークが展開する、40秒ほどのトラック。ドラムなどのリズム楽器は用いられず、人の声のみで分厚い音の壁を構築しています。アルバム1曲目にふさわしく、本作の方向性を示した1曲です。

 2曲目「Don’t Bother Calling」は、ファルセットを駆使したボーカルと、シンプルなベースのフレーズが絡み合う、ミニマルなアンサンブルの1曲。言うまでもなく、一般的なバンド・サウンドと比較すれば、隙間の多いアンサンブルですが、ボーカルの声とメロディーの美しさが際立つアレンジです。途中から挿入されるストリングスが、楽曲に立体感をもたらしています。

 4曲目「Quarrel」は、ハープや人の声などのオーガニックな響きと、電子的なビートが溶け合った1曲。ベースを弾いているのは、サンダーキャット(Thundercat)。

 6曲目「Lonely World」は、ギターが幾重にも折り重なるイントロから、多様な楽器を用いたアンサンブルへと展開。生楽器と電子的なサウンドが溶け合い、躍動感のあるアンサンブルへと発展していきます。再生時間2:58あたりからのドラムなど、生楽器のいきいきとした響きを、電子的なサウンドの中で、対比的に際立たせるバランス感覚も秀逸。

 7曲目「Make Out In My Car」は、断片的なフレーズが、ポスト・プロダクションによってレイヤー状に重なっていく、エレクトロニカ的な音像を持った曲。そんな電子的なサウンドの中で、エフェクト処理されたボーカルが、バックの音と溶け合うように、メロディーを紡いでいきます。

 9曲目「Doomed」は、電子的な持続音の上に、ボーカルのメロディーが立体的に浮かび上がる、アンビエントなサウンド・プロダクションを持った1曲。

 11曲目「Self-Help Tape」では、透明感のある音色のギターとボーカルによって、建造物のように音楽が構築。伴奏がどうこう、メインのメロディーがどうこうという音楽ではなく、全ての音が有機的に組み合って、ひとつの音楽となっています。

 アルバム全体をとおして、音響系R&Bとでも呼びたくなるクオリティを持った1作です。メロディーやコーラスワークには、間違いなくゴスペル等ブラック・ミュージックからの影響が出ているのですが、できあがる音楽から黒っぽさは、それほど感じられません。

 その理由は、糸を引くようなリズムであったり、うねるようなバンドのグルーヴ感といった、黒っぽさを演出する要素を除き、その代わりに音響を前景化したアプローチを取っているため、というのが僕の考えです。

 ジャケットのデザインが宙に浮いた人というのも、このアルバムの音楽性を示していると思います。特定のジャンルに足をつけず、なおかつ浮遊感のあるサウンドを持っているという意味です。これは、ちょっと考えすぎかもしれませんが。

 インディー・「ロック」・レーベルのジャグジャグウォーからリリースされているのも示唆的ですね。ジャズとヒップホップの線引きが曖昧になっていくのと並行して、ロックとブラック・ミュージックの融合もますます進んで、境界が曖昧になっていくのでしょう。





CHON “Homey” / チョン『ホーミー』


CHON “Homey”

チョン 『ホーミー』
発売: 2017年6月16日
レーベル: Sumerian (スメリアン)
プロデュース: Eric Palmquist (エリック・パームクイスト)

 カリフォルニア州オーシャンサイド出身のマスロック・バンド、CHONの2ndアルバム。前作『Grow』に引き続き、メタルコア系を得意とするレーベル、スメリアンからのリリース。

 前作リリース後に、ベースのドリュー・ペリセック(Drew Pelisek)が脱退。本作では、サポート・メンバーとしてアンソニー・クローフォード(Anthony Crawford)を迎えています。ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)や、ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson)との仕事で知られる、ジャズ出身のベーシストです。

 テクニカルなフレーズや変拍子など、マスロックを思わせる要素を多分に含みながら、同時にスムーズでオシャレな雰囲気もまとった1作。曲によっては、代官山か自由が丘あたりのカフェで流れていてもおかしくなさそうな、オシャレさを持っています。

 耳なじみの良い、なめらかで流れるような質感は、前作と共通。一聴するとシャレたBGMとしても機能しますが、深層ではテクニカルで正確無比なアンサンブルが実行されているという二面性が、彼らの魅力です。

 1曲目「Sleepy Tea」は、「眠そうなティー」というタイトルのとおり、カフェで流しても良さそうな、耳なじみのいい1曲。随所にテクニカルなフレーズが散りばめられているものの、小難しさは感じさせず、なめらかに演奏が進行します。ギターが空を飛んでいく、ファミコン風のミュージック・ビデオもかわいい。下にリンクを貼っておきます。

 2曲目「Waterslide」は、その曲名どおり、上から下に水に乗って流れていくように、なめらかで自然なスピード感のある1曲。ギターのフレーズはそれなりに高速ですが、難しい音楽だというハードルの高さは無く、さらりと耳なじみ良く流れていきます。

 3曲目「Berry Streets」には、日系アメリカ人のビートメイカーでありプロデューサー、ゴー・ヤマ(Go Yama)が参加。ボーカルの伸縮するような自由な譜割りからは、R&Bの香りも漂う1曲です。正確な演奏を繰り広げるマスロック的なアレンジではなく、編集を強く感じさせる音楽に仕上がっています。このあたりの質感は、ゴー・ヤマの手腕によるものなのでしょう。

 4曲目「No Signal」は、幾重にも折り重なりながら押し寄せるさざ波のように、複雑ながら自然で、耳を傾けていると心地よい1曲。アルバム中、最もオシャレな1曲…かもしれない。

 5曲目「Checkpoint」は、清潔感のあるシンセの音が全体を包み込む、穏やかな音像を持った1曲。リズムの切り替えが度々あり、決して単純な曲ではないのですが、風が微妙に強さと向きを変えるように、流れるように進行していきます。

 6曲目の「Nayhoo」には、トラップ・ハウス・ジャズを提唱する、サックス奏者兼シンガーソングライターのマセーゴ(Masego)と、プロデューサー、DJ、ソングライターなど多彩な活動を展開するロファイル(Lophiile)ことタイラー・アコード(Tyler Acord)が参加。3曲目「Berry Streets」以上にR&B色が濃く、歌が前景化されたメロウな1曲。

 8曲目「The Space」は、ギターの揺らめくサウンドが耳に引っかかる、穏やかなアンサンブルが展開される1曲。

 9曲目「Feel This Way」には、R&B系のプロデューサー兼ビート・メイカー、ジラフェッジ(Giraffage)が参加。揺らぎのあるサウンドと、エフェクト処理されたボーカルが合わさり、編集と即興性の共存した、現代的ブラック・ミュージックに仕上がっています。

 一部の曲では、外部からゲストを招き、前作以上に流麗なサウンドを持った本作。ゲスト陣は、R&B畑のビート・メイカーが多く、本作にブラック・ミュージックの要素を持ち込んでいます。前述のとおり、ベースにジャズ出身のアンソニー・クローフォードを起用していることも示唆的でしょう。

 また、各楽器の音作りが、クリーントーンを主軸としているのも、本作の聴きやすさの一因。飛び道具的にエフェクターを用いたり、やり過ぎなぐらい歪ませるなど、過激なサウンドは使われていません。

 ブラック・ミュージックの持つ即興性とスウィング感、マスロックの持つ正確性と複雑性が、高いレベルで共存した名盤! 実験性の強いマスロックが苦手な方にも、おすすめできる1作です。





Kevin Morby “City Music” / ケヴィン・モービー『シティー・ミュージック』


Kevin Morby “City Music”

ケヴィン・モービー 『シティー・ミュージック』
発売: 2017年6月16日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Richard Swift (リチャード・スウィフト)

 ウッズ(Woods)や、ザ・ベイビーズ(The Babies)の元メンバーとしても知られる、シンガー・ソングライターでありギタリスト、ケヴィン・モービーの4thアルバム。

 プロデューサーを務めるのは、ザ・シンズ(The Shins)やジ・アークス(The Arcs)の元メンバーとしても知られる、リチャード・スウィフト。

 これまでの3作は、フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックを下敷きに、エレキ・ギターやシンセサイザーによってオルタナティヴな色をプラスする、というのが特徴でした。4作目となる本作は、ルーツ色がかなり薄まり、インディー・ロック色の濃くなった1作と言えます。

 1曲目の「Come To Me Now」では、イントロからオルガンの荘厳なサウンドが響きわたり、そこに感情を抑えたボーカルが重なります。音響を重視したサウンドに、徐々にベースやドラムなどが、リズムや厚みを足していきますが、最後までオルガンを中心にした演奏が続きます。

 2曲目「Crybaby」は、循環するコード進行に乗せて、どこか呪術的なボーカルがメロディーを紡ぐ、サイケデリックな空気を醸し出す1曲。

 3曲目「1234」は、タイトルのとおり「one two three four」という歌詞が印象的な、疾走感あふれるシンプルなロックンロール。ラモーンズ(Ramones)に敬意をあらわすため、「#1234」というタイトルの曲を作ろうと思い立ったことが、この曲の始まりとのこと。メロディーは、ジム・キャロル(Jim Carroll)の「People Who Died」を部分的に借り、ラモーンズと並んでジム・キャロルにも捧げられています。

 7曲目「City Music」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、2本のギターの回転するようなフレーズとリズム隊が有機的に組み合い、一体感のあるアンサンブルが構成される1曲。再生時間2:10あたりからボーカルが入ると、徐々に演奏が立体的になり、テンポが上がり、躍動感も増していきます。後半はさらにテンポが高速になり、疾走感あふれる演奏が展開。

 9曲目「Caught In My Eye」は、ロサンゼルス出身のパンク・バンド、ジャームス(The Germs)のカバー。本家のがなりたてるようなボーカルと荒削りな演奏と比較すると、カントリー風味の穏やかなサウンドと演奏。しかし、雰囲気は穏やかながら、演奏からは緩やかな躍動感が溢れ、本家とは違った魅力を持った曲に仕上がっています。

 12曲目「Downtown’s Lights」は、ギターと歌を中心に据えた、穏やかな1曲。リズム隊が加わると、アンサンブルが立体的になり、スウィング感も伴います。スローテンポのメロウな曲ですが、雰囲気は牧歌的なカントリーというよりも、曲名のとおり都会の夜を感じさせる1曲。

 最初にも述べたとおり、前作までと比較すると、フォーク色は薄くなり、都会的でインディーロック色の濃くなった1作です。

 前作からの相違点をもうひとつ挙げると、プロデューサーがサム・コーエン(Sam Cohen)から、リチャード・スウィフトへ交代。バークリー音楽大学(Berklee College of Music)で、オーディオ・エンジニアリングやレコード・プロダクションを学んだコーエンに対して、音楽一家に生まれ幼少期から教会で歌い、バンドマンやソロ・ミュージシャンとしての色も強いスウィフト。

 職人的にケヴィン・モービーの音作りを助ける前者に対して、レコーディングではドラムやピアノなど複数の楽器でプレイヤーとしても参加する後者が、バンド感を強め、新たなサウンドに向かわせるきっかけとなったのかもしれません。

 ただ、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、リチャード・スウィフトは2018年7月3日に、帰らぬ人となってしまいました。本当に残念…。