「マスロック」タグアーカイブ

CHON “Homey” / チョン『ホーミー』


CHON “Homey”

チョン 『ホーミー』
発売: 2017年6月16日
レーベル: Sumerian (スメリアン)
プロデュース: Eric Palmquist (エリック・パームクイスト)

 カリフォルニア州オーシャンサイド出身のマスロック・バンド、CHONの2ndアルバム。前作『Grow』に引き続き、メタルコア系を得意とするレーベル、スメリアンからのリリース。

 前作リリース後に、ベースのドリュー・ペリセック(Drew Pelisek)が脱退。本作では、サポート・メンバーとしてアンソニー・クローフォード(Anthony Crawford)を迎えています。ジャスティン・ティンバーレイク(Justin Timberlake)や、ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson)との仕事で知られる、ジャズ出身のベーシストです。

 テクニカルなフレーズや変拍子など、マスロックを思わせる要素を多分に含みながら、同時にスムーズでオシャレな雰囲気もまとった1作。曲によっては、代官山か自由が丘あたりのカフェで流れていてもおかしくなさそうな、オシャレさを持っています。

 耳なじみの良い、なめらかで流れるような質感は、前作と共通。一聴するとシャレたBGMとしても機能しますが、深層ではテクニカルで正確無比なアンサンブルが実行されているという二面性が、彼らの魅力です。

 1曲目「Sleepy Tea」は、「眠そうなティー」というタイトルのとおり、カフェで流しても良さそうな、耳なじみのいい1曲。随所にテクニカルなフレーズが散りばめられているものの、小難しさは感じさせず、なめらかに演奏が進行します。ギターが空を飛んでいく、ファミコン風のミュージック・ビデオもかわいい。下にリンクを貼っておきます。

 2曲目「Waterslide」は、その曲名どおり、上から下に水に乗って流れていくように、なめらかで自然なスピード感のある1曲。ギターのフレーズはそれなりに高速ですが、難しい音楽だというハードルの高さは無く、さらりと耳なじみ良く流れていきます。

 3曲目「Berry Streets」には、日系アメリカ人のビートメイカーでありプロデューサー、ゴー・ヤマ(Go Yama)が参加。ボーカルの伸縮するような自由な譜割りからは、R&Bの香りも漂う1曲です。正確な演奏を繰り広げるマスロック的なアレンジではなく、編集を強く感じさせる音楽に仕上がっています。このあたりの質感は、ゴー・ヤマの手腕によるものなのでしょう。

 4曲目「No Signal」は、幾重にも折り重なりながら押し寄せるさざ波のように、複雑ながら自然で、耳を傾けていると心地よい1曲。アルバム中、最もオシャレな1曲…かもしれない。

 5曲目「Checkpoint」は、清潔感のあるシンセの音が全体を包み込む、穏やかな音像を持った1曲。リズムの切り替えが度々あり、決して単純な曲ではないのですが、風が微妙に強さと向きを変えるように、流れるように進行していきます。

 6曲目の「Nayhoo」には、トラップ・ハウス・ジャズを提唱する、サックス奏者兼シンガーソングライターのマセーゴ(Masego)と、プロデューサー、DJ、ソングライターなど多彩な活動を展開するロファイル(Lophiile)ことタイラー・アコード(Tyler Acord)が参加。3曲目「Berry Streets」以上にR&B色が濃く、歌が前景化されたメロウな1曲。

 8曲目「The Space」は、ギターの揺らめくサウンドが耳に引っかかる、穏やかなアンサンブルが展開される1曲。

 9曲目「Feel This Way」には、R&B系のプロデューサー兼ビート・メイカー、ジラフェッジ(Giraffage)が参加。揺らぎのあるサウンドと、エフェクト処理されたボーカルが合わさり、編集と即興性の共存した、現代的ブラック・ミュージックに仕上がっています。

 一部の曲では、外部からゲストを招き、前作以上に流麗なサウンドを持った本作。ゲスト陣は、R&B畑のビート・メイカーが多く、本作にブラック・ミュージックの要素を持ち込んでいます。前述のとおり、ベースにジャズ出身のアンソニー・クローフォードを起用していることも示唆的でしょう。

 また、各楽器の音作りが、クリーントーンを主軸としているのも、本作の聴きやすさの一因。飛び道具的にエフェクターを用いたり、やり過ぎなぐらい歪ませるなど、過激なサウンドは使われていません。

 ブラック・ミュージックの持つ即興性とスウィング感、マスロックの持つ正確性と複雑性が、高いレベルで共存した名盤! 実験性の強いマスロックが苦手な方にも、おすすめできる1作です。





CHON “Grow” / チョン『グロウ』


CHON “Grow”

チョン 『グロウ』
発売: 2015年3月23日
レーベル: Sumerian (スメリアン)
プロデュース: Eric Palmquist (エリック・パームクイスト)

 カリフォルニア州オーシャンサイド出身のマスロック・バンド、CHONの1stアルバム。2015年に本作がリリースされるまでに、デモ音源『CHON』と、2枚のEP『Newborn Sun』『Woohoo!』を、いずれもレーベルを通さずにセルフリリースしています。

 本作以前にセルフリリースされた一連の作品と比べると、だいぶ洗練された印象。彼らの演奏テクニックが向上し、レコーディング環境も良くなった結果なのでしょうが、サウンド・プロダクションと演奏の両面で、確かな進化が感じられます。

 ただ、速弾きや変拍子などの分かりやすい変態性は、やや後景化。わかりやすく攻撃的で変な音楽を好む方は、セルフリリース時代の方が良いと感じるかもしれません。

 1曲目「Drift」は、ギターの音が広がっていく、エレクトロニカを思わせるサウンドを持った、30秒ほどの曲。イントロダクションとして、このような曲を収録するあたり、「アルバム1枚でひとつの作品である」という意識が感じられ、期待が高まります。

 2曲目「Story」は、タイトで立体的なリズム隊の間を縫うように、複数のギターが緩急自在にフレーズを繰り出していく、スリリングな1曲。速弾きやパワー・コードを適材適所で織り交ぜ、カラフルな楽曲に仕上げています。

 3曲目「Fall」では、イントロのギターのカッティングから始まり、各楽器ともキレ味鋭く、タイトなアンサンブルが展開。やや高音に寄ったバランスですが、ドラムの低音部はパワフルに響き、全体を引き締めています。

 6曲目「Suda」は、透明感のあるサウンドのメロウなイントロから始まり、徐々に各楽器のフレーズが複雑化。フレーズ同士が有機的に絡み合い、多彩な織物を作り上げるような1曲。

 7曲目「Knot」は、叩きつけるようなドラムを中心に、各楽器が複雑に絡み合い、立体的なアンサンブルを組み上げる1曲。

 9曲目「Splash」は、音がなめらかに滑り落ちていくような疾走感のある1曲。テンポを極限まで速めたハードコア・パンクのような疾走感ではなく、水が上から下に流れていくような感覚です。各楽器ともかなり複雑なことをやっているのに、スムーズに流れていく演奏。

 10曲目「Perfect Pillow」は、前曲とは打って変わって、ハードコア的に前のめりに疾走していく、スピード感に溢れた1曲。メタルを好きな人も気に入りそうな、テクニカルなギタープレイも聴きどころ。

 11曲目「Echo」は、まさかの!と言うべきなのか、ボーカル入りの1曲。しかも、しっかりと歌が前景化された、いわゆる歌モノに仕上がっています。メロディーは流麗で、思いのほか歌が中心に据えられたアレンジ。複雑かつ理路整然としたアンサンブルが展開される本作において、毛色の違うメロウな曲となっています。

 マスロックらしい整然さと複雑さを持ちつつ、小難しい印象を抑え、コンパクトにまとまった1作。聴きやすさの一因は、各楽器は複雑なフレーズを繰り出しながら、丁寧に組み上げられた、なめらかなアンサンブルにあるでしょう。

 また、音作りの面でも、過度なエフェクトは用いず、クリーントーンが基本となり、透明感のあるサウンドを生み出しています。収録されている楽曲も多彩で、これは隠れた名盤です。

 本作でベースを担当しているドリュー・ペリセック(Drew Pelisek)は、2016年にCHONを脱退。2017年からは、ワシントン州ムキルテオ出身のポスト・ハードコアバンド、ザ・フォール・オブ・トロイ(The Fall Of Troy)に、ツアー・メンバーとして参加しています。

 





Sleeping People “Growing” / スリーピング・ピープル『グローイング』


Sleeping People “Growing”

スリーピング・ピープル 『グローイング』
発売: 2007年10月9日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンディエゴ出身のマスロック・バンド、スリーピング・ピープルの2ndアルバム。

 前作『Sleeping People』リリース後、ギターのジョイリー・コンセプション(Joileah Concepcion)がバンドを脱退。代わりに、彼女の友人でもあり、後にダーティー・プロジェクターズに参加することになるアンバー・コフマン(Amber Coffman)が加入。

 しかし、2007年初頭にジョイリー(本作では結婚して性が変わったのか、Joileah Maddockと表記)が復帰。入れ替わるように、コフマンはダーティー・プロジェクターズに参加するため、スリーピング・ピープルを脱退。ニューヨークへ引っ越しています。結果として、本作では一部の曲のレコーディングにはコフマンも参加。

 前作は、わかりやすいスピード感や複雑さよりも、丁寧に組み上げられたバンドのアンサンブルが前面に出たアルバムでした。2作目となる本作でも、前作のアプローチを踏襲し、さらに音楽性とアンサンブルが深化した作品と言えます。

 マスロックは、直訳すれば「数学ロック」ということになりますが、本作でも全て計算し尽くされたかのような、複雑かつ正確なアンサンブルが展開されていきます。

 1曲目「Centipede’s Dream」では、冒頭から2本のギターが絡み合うようにフレーズを紡ぎだし、リズム隊も加わってアンサンブルを構成。フレーズの音の動きと、ツイン・ギターの重なり方には意外性があり、摩訶不思議な空気を作り出していきます。

 2曲目「James Spader」には、アンバー・コフマンが参加。歪んだギター・サウンドを中心に据えて、複数のギターとリズム隊が噛み合いながら、躍動感のあるアンサンブルを展開していきます。

 3曲目「Yellow Guy / Pink Eye」では、シンプルなギターのフレーズに、小刻みに鋭くリズムを刻むドラムが重なり、スピード感の溢れる演奏が展開。

 4曲目「Mouth Breeder」は、イントロから2本のギターがチクタクと機械仕掛けのようなフレーズを紡ぎ、ベースとドラムもタイトにリズムを刻み、各楽器が緻密に組み合い、アンサンブルを構成。テンポは抑えめで、各フレーズも特別に難しくはなく、むしろシンプルな部類に入りますが、徐々に複雑さとスピード感を増していきます。

 5曲目「 …Out Dream」も、4曲目の引き続き、ギターが音階練習のようなシンプルなフレーズを弾き、徐々に複雑さを増していく1曲。各楽器が正確にリズムを刻み、編み上げていくアンサンブルは、まさに数学的。

 6曲目「Three Things」は、音質とアンサンブルの両面で、前2曲に比べるとアグレッシヴで、ロックのダイナミズムが際立った1曲。ねじれるようなギターのフレーズに、各楽器が絡みつくように、演奏が展開されます。

 8曲目「Underland」は、ドラムがフィーチャーされていて、ここまでのアルバムの流れの中では、毛色の違う1曲。

 10曲目「People Staying Awake」は、各楽器とも硬質な音作りで、ロック的なグルーヴ感と躍動感を持った1曲。ミドルテンポの曲で、ゆったりとしたテンポが、音質とアンサンブルの重みをますます際立てせています。後半から、はっきりとメロディーを歌うボーカルが入ってくるところも、インストが基本の本作においては、意外性を演出。

 マスロックらしい正確性と複雑性に、ロックが持つダイナミズムが表現された、クオリティの高い1作。複雑さや実験性を過度に強調することなく、多彩なアンサンブルが繰り広げられます。

 真面目に、誠実に作られたマスロックという印象で、個人的には安心して人にオススメできるアルバムです。

 





Sleeping People “Sleeping People” / スリーピング・ピープル『スリーピング・ピープル』


Sleeping People “Sleeping People”

スリーピング・ピープル 『スリーピング・ピープル』
発売: 2005年1月1日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンディエゴ出身のマスロック・バンド、スリーピング・ピープルの1stアルバム。

 ノレそうでノレない、ぎこちないとも言えるリズムに乗せて、複雑なアンサンブルが展開されるアルバム。正確にデザインされたアンサンブルと、それを寸分の狂いなく実行していくテクニックは、まさにマスロックと呼ぶべき音楽です。

 1曲目「Blue Fly Green Fly」は、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを構成し、生き物がうごめくように躍動感する1曲。特別にテンポが速い、フレーズが複雑だというわけではなく、むしろ各フレーズとリズムは、マスロックにしては比較的シンプルですが、各楽器が折り重なるように組み上げられるアンサンブルの完成度は、非常に高いです。

 2曲目「Nasty Portion」は、不自然なほど前のめりになったようなリズムで、疾走していく1曲。急ぎすぎて足がもつれるかのように、各楽器が我先にとフレーズを繰り出していきます。

 3曲目「Fripp For Girls」は、回転するようなフレーズの動きが、実にマスロックらしい響きを持った1曲。この曲でも、各楽器が複雑に絡み合い、もつれるようにして演奏が進行します。

 4曲目「Technically You…」では、上から流れ落ちるようなフレーズが繰り返され、小刻みなリズムが緊張感を演出。フレーズに用いられる音符は細かいのですが、疾走感やスピード感よりも、複雑さの方が前景化した1曲。

 5曲目「Nachos」は、イントロから音が乱れ飛ぶ、アヴァンギャルドな空気を持った1曲。適当に無茶苦茶にプレイしているようでいて、合わせるところは非常にタイトで、このバンドの演奏力の高さを改めて感じます。

 6曲目「Johnny Depp」は、2本のギターによる、細かく緻密なフレーズから始まり、その後もツイン・ギターのアンサンブルが中心に置かれた1曲。リズム隊も含め、正確無比でスリリングな演奏が展開されていきます。

 テクニックを前面に押し出すわけではなく、リズムもアンサンブルも、一聴するとそこまで複雑には聞こえません。しかし、正確にタイトなアンサンブルをこなしていく演奏からは、各メンバーの高度なテクニックが窺えます。

 予定調和の静と動に頼らず、やり過ぎないバランス感覚が、このバンドの魅力。黙々とフレーズを紡ぎ、バンド全体で有機的なアンサンブルを組み立てていく態度からは、彼らのストイシズムが漂います。

 





Rumah Sakit “Obscured By Clowns” / ルマ・サキッ『オブスキュアード・バイ・クラウンズ』


Rumah Sakit “Obscured By Clowns”

ルマ・サキッ 『オブスキュアード・バイ・クラウンズ』
発売: 2002年6月4日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンフランシスコ出身のインスト・マスロック・バンド、ルマ・サキッの2ndアルバム。

 「マスロック」と一口に言っても、その音楽性はバンドによって様々。インドネシア語で病院を意味する、ルマ・サキッという奇妙なバンド名を持ったこのバンドの特徴は、各楽器が奏でる幾何学的に制御されたかのようなフレーズが、機械のように組み合わさり、一体感のあるアンサンブルを構成するところ。

 前作『Rumah Sakit』と比較すると、2作目となる本作では、さらに理路整然とした、複雑かつ正確なアンサンブルが展開。前作で聞かれた荒々しい攻撃性はやや控えめになり、全てが計算で作り込まれたかのような演奏が繰り広げられます。

 1曲目「Hello Beginning, This Is My Friend… The End」は、アルバム1曲目ということもあり、バンドがさりげなく音合わせを始めるかのような、自由でラフな雰囲気の1曲。

 2曲目「New Underwear Dance」は、各楽器が折り重なるように絡み合い、織物のように有機的で一体感のあるアンサンブルを構成していく1曲。随所でリズムの切り替えや、テンポの加速と減速があり、楽曲が姿を変えながら、スリリングに進行していきます。

 3曲目「No-One Likes A Grumpy Cripple」は、タイトでシンプルなドラムに、ベースが絡みつくようにフレーズを重ね、さらにギターが重なり、全ての楽器が複雑に絡み合うようなアンサンブルが展開。

 5曲目「Obscured By Clowns」は、イントロのギターのシンプルなフレーズに導かれ、徐々に楽器が加わり、立体的で緩やかな躍動感のある演奏が展開される1曲。10分を超える大曲ですが、次々と展開があり、壮大な絵巻物のよう。

 6曲目「Are We Not Serious? We Are Rumah Sakit!」は、曲名は長いですが、30秒ほどのインタールード的な役割の1曲。曲というより、メンバーの声とミニマルなベースのフレーズのみで、スタジオでの一場面(悪ふざけ?)を切り取ったようなトラックです。

 9曲目「Hello Friend, This Is My End… The Beginning」は、電子音らしきサウンドが鳴り響くイントロから始まり、バンドの音が次々と重なり、アンサンブルを作り上げていく1曲。サウンド・プロダクションの面でも、演奏の面でも、ジャンクな空気が充満しています。しかし、ハードルが高いというわけではなく、むしろチープとも言える音質が、キュートで親しみやすい雰囲気をプラス。

 時にはハードな音色も用いて、攻撃性も持ち合わせていた前作から比べると、本作では各楽器ともシンプルな音色が多用され、よりアンサンブルに重きを置いたアルバムになっています。

 テンポも抑えめの曲が多く、圧倒的なスピード感や、複雑怪奇なテクニカルなフレーズよりも、全ての楽器が組み合う、アンサンブルの正確性と表現力を追求した1作。