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Phosphorescent “Aw Come Aw Wry” / フォスフォレッセント『アー・カム・アー・ライ』


Phosphorescent “Aw Come Aw Wry”

フォスフォレッセント 『アー・カム・アー・ライ』
発売: 2005年6月7日
レーベル: Misra (ミスラ)

 アラバマ州ハンツビル生まれ。2001年からジョージア州アセンズを拠点に活動し、現在はニューヨークを拠点にするシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの2ndアルバム。

 ホーン・セクションとペダル・スティール・ギターに、ゲスト・ミュージシャンを迎えてはいますが、大半の楽器をマシュー・フックが担当。彼のソロ・プロジェクトなので、当然と言えば当然ですが、個人によって作り上げられた宅録感と、パーソナルな空気が充満したアルバムになっています。

 音楽性は、フォークを基調としながら、楽曲によって多様な楽器を使い分け、古き良き時代のアメリカン・ポップスを彷彿とさせる部分もあります。しかしながら、前述のとおりマシュー・フック個人が、大半の楽器を自ら演奏しているため、個人が頭の中で作った、箱庭感があるのも事実。

 ただ、それは必ずしもネガティヴな要素ではなく、僕はむしろマシュー・フックという人の頭の中を覗いているような気分になり、どこまでも個人的な音楽であることに、魅力を感じました。

 1曲目「Not A Heel」は、イントロからスローテンポに乗せて、複数の楽器のロングトーンが、折り重なるように響く、穏やかな音像を持った1曲。ペダル・スティール・ギターの伸びやかなサウンドが、全体をヴェールのように包み込んでいきます。

 2曲目は、アルバムと同じタイトルを持つ「Aw Come Aw Wry #5」。ゆったりとしたテンポの中に、丁寧に音が置かれる、牧歌的な雰囲気のインスト曲。2曲目に収録されたこの「#5」以外にも、「#6」と「#3」が収録されていますが、いずれも1分前後のインタールード的な役割の曲となっています。

 3曲目「Joe Tex, These Taming Blues」は、これまでの2曲と同じく、ゆったりとしたテンポを持った、カントリー色の濃い1曲。ホーンが導入され、オーケストラルなサウンドと、ダイナミズムを併せ持っています。

 4曲目「Aw Come Aw Wry #6」は、イントロから電子音が用いられ、キュートで騒がしいアンサンブルが繰り広げられる1曲。1分10秒ほどの短い曲ですが、アルバムの流れを変える役割を、十分に果たしています。

 5曲目「I Am A Full Grown Man (I Will Lay In The Grass All Day)」は、イントロから立体的かつ躍動感あふれるアンサンブルが展開する1曲。フォーキーなサウンドが支配的だったアルバム前半に比べると、多様な音が飛び交い、オルタナ・カントリー的な音像を持っています。

 6曲目「Dead Heart」は、幽玄なコーラスワークと、エフェクターのかかったギター・サウンドが鳴り響く、音響を重視した1曲。やはりアルバム前半とは違い、音響系ポストロックに近いサウンド・プロダクション。

 7曲目「Aw Come Aw Wry #3」は、コーラスワークが、バンドのアンサンブルと一体となり、ゆっくりと深呼吸するような、膨らみのあるサウンドを作り上げる1曲。

 8曲目「South (Of America)」では、前曲の続きのような、厚みのあるコーラスワークが、空間を満たしていきます。バンドのアンサンブルは、ゆったりとリズムにタメを作り、サウンドも穏やか。

 アルバム・ラストの12曲目は「Nowhere Road, Georgia, February 21, 2005」。タイトルのとおり、ジョージア州の路上でレコーディングされたのでしょうか。フィールド・レコーディングと思われる、雨が降る音や、カミナリの鳴る音、車の走り去る音などが、およそ19分に渡って収録されています。

 アルバムを通して、フォークを基調にしたポップな楽曲が収録されているのに、アルバムの最後で意外性のあるアプローチを見せています。これが、音響系のポストロック・バンドならば、全く驚かないのですが。

 先述したとおり、基本的にはフォークを基調とした、ポップな楽曲が並ぶ本作。しかし、最後に収録された「Nowhere Road, Georgia, February 21, 2005」が象徴的ですが、ところどころに実験性を感じるアルバムでもあります。

 2018年10月現在、SpotifyとAmazonでは配信されていますが、Appleでは未配信です。





Kinski “Alpine Static” / キンスキー『アルペン・スタティック』


Kinski “Alpine Static”

キンスキー 『アルペン・スタティック』
発売: 2005年7月12日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Randall Dunn (ランドール・ダン)

 ワシントン州シアトル出身のポストロック・バンド、キンスキーの5thアルバム。前作『Don’t Climb On And Take The Holy Water』は、ストレンジ・アトラクターズ・オーディオ・ハウス(Strange Attractors Audio House)というシアトルの小規模レーベルからのリリースでしたが、本作は3rdアルバムに続いて、再び名門サブ・ポップからリリースされています。

 ループ・ミュージック的なフレーズの反復、電子音と轟音ギターによる音響的なアプローチ、はたまた完全即興など、実験的なアプローチの目立つキンスキー。しかし、5作目となる本作では、グルーヴ感と疾走感に溢れた、ロックンロールが繰り広げられます。

 もちろん、いわゆる歌モノではなく、ボーカルのいないインスト・バンドであり、従来のポストロック的なアプローチも見られるのですが、ロックのスタンダードなダイナミズムと、ノリの良さを持ったアルバムとなっています。

 1曲目「Hot Stenographer」は、エフェクト処理されたギターと電子音による、音響的なイントロから始まるものの、再生時間1:02あたりから、タイトかつパワフルに疾走するロックンロールがスタート。

 2曲目「The Wives Of Artie Shaw」は、音数を絞ったミニマルなイントロから、各楽器が絡み合う、躍動的なアンサンブルが構成されていきます。

 3曲目「Hiding Drugs In The Temple (Part 2)」は、「ワン、ツー、スリー、フォー!」というカウントから始まる、疾走感抜群の1曲。マグマが噴出するかのような勢いと、前への推進力があります。ギターの音作りとコード感には、ソニック・ユースの面影もあり。

 4曲目「The Party Which You Know Will Be Heavy」は、各楽器のフレーズが有機的に組み合うイントロからスタート。バンド全体でタペストリーを作り上げるような、丁寧なアンサンブルから始まり、徐々にギターが過激なサウンドを足し、ロックのダイナミズムが増していきます。

 7曲目「The Snowy Parts Of Scandinavia」は、不穏な電子音と、ギターの断片的なフレーズが漂う前半から、轟音ギターのアグレッシヴなサウンドが押し寄せ、グルーヴ感あふれる後半へと展開する1曲。

 キンスキーとしては意外、と言うと語弊があるかもしれませんが、ストレートなロックが前面に押し出されたアルバムです。

 これまでの作品は、どちらかと言うとクラウトロックやサイケデリック・ロックの要素が色濃く出ていました。しかし本作では、ハードロック的なサウンドと構造に、ソニック・ユースを彷彿とさせる実験的なアプローチが溶け込み、ロックのエキサイトメントを多分に含んだ1作となっています。





Clap Your Hands Say Yeah “Clap Your Hands Say Yeah” / クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー『クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー』


Clap Your Hands Say Yeah “Clap Your Hands Say Yeah”

クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー 『クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー』
発売: 2005年6月28日
レーベル: Self-released (自主リリース)
プロデュース: Adam Lasus (アダム・ラサス)

 コネティカット・カレッジ(Connecticut College)在学中に出会った5人が、2004年にニューヨークで結成したインディー・ロック・バンド、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー。

 本国アメリカでは特定のレーベルには所属せず、デビュー・アルバムである本作『Clap Your Hands Say Yeah』も、レーベルを通さない自主リリース。文字通り、インディペンデントな精神を持ったバンドです。

 ただ、本作に関して言えば、イギリスやヨーロッパではウィチタ(Wichita)、日本ではユニバーサルミュージック傘下のレーベルであるV2からリリースされるなど、世界規模のヒットに伴って、地域ごとにディストリビューションを個別のレーベルに任せています。

 その精神性と活動形態のみならず、音楽からも非メジャー的な香りが漂う、根っからのインディー・ロック・バンド。そう自信を持って呼べるのが、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーです。

 では「非メジャー」と言っても、具体的にどんな音楽を指すのか。簡単に私見を述べさせていただきます。まず、2000年代以降の一部のインディーズ・バンドに見られる方法論は、激しく歪んだギターによるリフや、ノリの良い8ビートなど、それまでのロック的なアレンジを避けていること。

 結果として、旧来のロックには無い、新たなグルーヴ感を獲得したり、サウンドの面ではフォーク・ロックに接近したり、民俗音楽的・実験音楽的になったり、というのが2000年代における、インディー・ロックのひとつの特徴です。もちろん「インディーロック」という言葉自体が、意味が広く、定義するだけでも困難ですから、ひとつの個人的な解釈として捉えてください。

 1980年代にポストパンクから、ワールド・ミュージックへと繋がった、ロックから非ロックへの流れ。その流れと似たような現象が、1990年代のオルタナティヴ・ロックから、オルタナ・カントリーや2000年代のインディーロックへと繋がる過程にも認められるのではないか、というのが僕の考えです。

 さて、話をクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーに戻しましょう。彼らの音楽性も、いわゆるロック的なサウンドやアレンジとは、大きく異なり、オルタナティヴ民俗音楽、あるいは無国籍なワールド・ミュージックとでも呼びたくなるもの。

 デビュー・アルバムとなる本作でも、ハードなギターや、縦ノリしやすいリズムといった、ロックのクリシェを巧みにすり抜けつつ、新しいサウンド・プロダクションとグルーヴ感を提示しています。

 1曲目の「Clap Your Hands!」は、アルバムのイントロダクションとなる、2分弱の楽曲。賑やかで楽しい音楽に対して「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容することがありますが、この曲はまさにそのとおり。全体がトイピアノ的な、チープで可愛いサウンド・プロダクションで、おどけたボーカルも相まって、おもちゃ箱をひっくり返したというよりも、おもちゃそのものと言ってもいい曲です。

 2曲目の「Let The Cool Goddess Rust Away」は、ギター、ベース、ドラムと全ての楽器がリズムにフックを作りながら、躍動していく1曲。サウンドもリズムも、ゴリゴリのロックとは異なるのですが、ロックが持つダイナミズムの大きな躍動感が、演奏からは溢れています。1曲目の「Clap Your Hands!」と同じく、各楽器の音作りとフレーズは、ややチープで親しみやすい耳ざわりのものが多いのですが、全ての楽器が有機的に組み合い、いきいきとしたアンサンブルを展開。

 3曲目「Over And Over Again (Lost And Found)」は、音数を絞り、タイトでミニマルなアンサンブルが展開される1曲。各楽器のフレーズはシンプル。ドラムの手数も少なく、特に難しいことはしていないのに、ノリと加速感がある不思議な演奏。

 6曲目「The Skin Of My Yellow Country Teeth」は、滲んだような音色のシンセサイザーに、タイトで立体的なドラム、はずむように瑞々しいギターとベースが加わり、バンド全体がバウンドするように進行していく1曲。この曲も、わかりやすく難しいことはしていないはずなのに、全ての音とフレーズが心地よく、バンドが一体の生き物のように、躍動しています。

 7曲目「Is This Love?」では、歯切れの良いギターのカッティングに導かれ、浮遊感と疾走感のある演奏が、繰り広げられます。キーボードの電子的で柔らかい音質、声が裏返りながらも絞り出すボーカルの歌唱も、楽曲にカラフルさをプラス。クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー流のギターポップ。

 8曲目は「Heavy Metal」。タイトルのとおり、彼らにしてはハードな音像を持った曲ですが、もちろん一般的なヘヴィメタルとは異なるサウンドとアレンジ。荒々しく疾走するバンド・アンサンブルと、声を裏返しながら歌うボーカルからは、ローファイやガレージロックを感じなくもないですが、やはりカテゴライズ不能の個性的な楽曲です。

 10曲目「In This Home On Ice」は、空間系エフェクターを用いて、ギターが厚みのあるサウンドを作り上げ、ボーカルもギターに埋もれるように漂う、シューゲイザー色の濃い1曲。ボーカルも含めて、全ての楽器が、ひとつの塊のように一体となり、心地よい揺らぎのある演奏。

 多彩な楽曲が収録されているのに、どの曲もハッキリとしたジャンル分けがしにくい、個性的な曲ばかり。しかも、敷居の高いアヴァンギャルドな音楽をやっているわけではなく、出てくる音はどこまでもポップです。

 先ほど「根っからのインディー・ロック・バンド」と書きましたが、単純にメジャー・レーベルに背を向けているということではありません。音楽性においても、今までのロックの構造に頼らず、全く新しい設計図を一から作り上げています。深い意味でインディペンデントであり、オルタナティヴなバンドだと言えるでしょう。

 折衷的にも実験的にもならず、これまでに誰も作らなかった音楽を作り上げる、驚くべき創造力を持ったバンドです。この後の作品も良いのですが、思い入れも込みで、個人的にはこの1stアルバムがオススメ! 名盤です。

 





Sunn O))) “Black One” / サン『ブラック・ワン』


Sunn O))) “Black One”

サン 『ブラック・ワン』
発売: 2005年10月17日
レーベル: Southern Lord (サザンロード)

 ワシントン州シアトル出身のステファン・オマリー(Stephen O’Malley)と、グレッグ・アンダーソン(Greg Anderson)による、ギタリスト2名からなるドローン・メタル・バンド、サンの5枚目のスタジオ・アルバム。

 前作、前々作と多彩なゲスト・ミュージシャンを迎えていたサン。本作にも、カリフォルニア州アルハンブラ出身のブラック・メタル・バンド、ザスター(Xasthur)のマレフィック(Scott “Malefic” Conner)。ブラック・メタルのソロ・プロジェクト、リヴァイアサン(レヴィアタン,Leviathan)で活動するWrest(本名Jef Whitehead)。オーストラリア出身のエクスペリメンタル系ミュージシャン、オーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi)などが参加しています。

 前々作から『White1』『White2』と続いて、『White3』とはならずに『Black One』と題された本作。タイトルの違いだけではなく、サウンドと表現方法についても、明らかな差異が認識できます。

 過去2作が、共に長尺の曲が並び3曲収録だったのに対して、本作は7曲収録。楽曲の長さが必ずしも音楽性に関係するわけではありませんが、ストイックにヘヴィな音響を追求した過去2作と比較すると、本作は構造のつかみやすい楽曲が並び、はるかに一般的な意味での「音楽」らしくなっています。

 とはいえ、一般的なロックやポップスからは、遠く離れた音楽であるのも事実ですから、全くこの種の音楽への免疫が無い方はご注意を。重々しく沈み込むような轟音ギターや、音響面を徹底的に煮詰めたようなギターリフなど、音の響きに重きを置きつつ、ロックの魅力の一部が凝縮され、断片的に楽曲に溶け込んだアルバムです。

 1曲目「Sin Nanna」には、前述のオーレン・アンバーチが、ボーカル、ギター、ドラム、シンバルなどで参加。シンバルはクレジットには「bowed cymbals」と記載されており、シンバルを弓で弾くボウイング奏法をおこなっているようです。無作為にも聞こえるドラムが奥の方で鳴り響き、多様なサウンドの持続音が重なり合い、不穏な空気を演出します。

 2曲目「It Took The Night To Believe」は、複数のギターが折り重なり、分厚い音の壁を作り上げる1曲。中盤から入る不気味なボーカルは、前述のWrestによるもの。ドラムなどのリズム楽器は入っていないものの、ギターは非常にゆったりとしたテンポの中で、いわゆるリフらしいフレーズを弾いており、楽曲の構造をつかみやすいです。ビートが無く、テンポも非常に遅いため、サウンドの重々しさがますます際立ち、ハードロックやヘヴィメタルが持つ重いサウンドが、極限まで凝縮され、抽出されたかのように響きます。

 3曲目の「Cursed Realms (Of The Winterdemons)」は、ノルウェー出身のブラック・メタル・バンド、イモータル(Immortal)のカバー。ですが、原曲がわからないほどに、テンポが遅く、沈み込むような重いサウンドになっています。色に例えると間違いなく黒なのですが、グレーから漆黒まで濃淡があり、ただ適当にノイズを出しているのではなく、理想とする音楽をストイックに追求しているのが分かります。

 6曲目「Cry For The Weeper」の前半は、轟音ギターではなく、電子音らしきサウンド(もしかしたらエフェクターをかけたギターかもしれません)が鳴り響く、アンビエントな音像。その後はギターも入り、高音域をプラス。このアルバムの中ではリフ感が薄く、音響が前景化された1曲と言えます。

 過去2作が、分厚いギター・サウンドが全てを覆いつくす曲であったり、ノイズ的なサウンドがミニマルに鳴り響く曲などが収められていたのに対して、本作ではギターのリフがはっきりとしていたり、ドローンの中にも音の動きがあったりと、楽曲の構造がつかみやすい曲が収録され、サンのアルバムの中でも特に聴きやすい1作ではないかと思います。

 サンの最高傑作に挙げられることもある本作。このバンドや、ドローン・メタルへの入門盤としても、おすすめできる1枚です。

 





Sleeping People “Sleeping People” / スリーピング・ピープル『スリーピング・ピープル』


Sleeping People “Sleeping People”

スリーピング・ピープル 『スリーピング・ピープル』
発売: 2005年1月1日
レーベル: Temporary Residence (テンポラリー・レジデンス)

 カリフォルニア州サンディエゴ出身のマスロック・バンド、スリーピング・ピープルの1stアルバム。

 ノレそうでノレない、ぎこちないとも言えるリズムに乗せて、複雑なアンサンブルが展開されるアルバム。正確にデザインされたアンサンブルと、それを寸分の狂いなく実行していくテクニックは、まさにマスロックと呼ぶべき音楽です。

 1曲目「Blue Fly Green Fly」は、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを構成し、生き物がうごめくように躍動感する1曲。特別にテンポが速い、フレーズが複雑だというわけではなく、むしろ各フレーズとリズムは、マスロックにしては比較的シンプルですが、各楽器が折り重なるように組み上げられるアンサンブルの完成度は、非常に高いです。

 2曲目「Nasty Portion」は、不自然なほど前のめりになったようなリズムで、疾走していく1曲。急ぎすぎて足がもつれるかのように、各楽器が我先にとフレーズを繰り出していきます。

 3曲目「Fripp For Girls」は、回転するようなフレーズの動きが、実にマスロックらしい響きを持った1曲。この曲でも、各楽器が複雑に絡み合い、もつれるようにして演奏が進行します。

 4曲目「Technically You…」では、上から流れ落ちるようなフレーズが繰り返され、小刻みなリズムが緊張感を演出。フレーズに用いられる音符は細かいのですが、疾走感やスピード感よりも、複雑さの方が前景化した1曲。

 5曲目「Nachos」は、イントロから音が乱れ飛ぶ、アヴァンギャルドな空気を持った1曲。適当に無茶苦茶にプレイしているようでいて、合わせるところは非常にタイトで、このバンドの演奏力の高さを改めて感じます。

 6曲目「Johnny Depp」は、2本のギターによる、細かく緻密なフレーズから始まり、その後もツイン・ギターのアンサンブルが中心に置かれた1曲。リズム隊も含め、正確無比でスリリングな演奏が展開されていきます。

 テクニックを前面に押し出すわけではなく、リズムもアンサンブルも、一聴するとそこまで複雑には聞こえません。しかし、正確にタイトなアンサンブルをこなしていく演奏からは、各メンバーの高度なテクニックが窺えます。

 予定調和の静と動に頼らず、やり過ぎないバランス感覚が、このバンドの魅力。黙々とフレーズを紡ぎ、バンド全体で有機的なアンサンブルを組み立てていく態度からは、彼らのストイシズムが漂います。