Cat Power “The Covers Record” / キャット・パワー『ザ・カヴァーズ』


Cat Power “The Covers Record”

キャット・パワー 『ザ・カヴァーズ』
発売: 2000年3月21日
レーベル: Matador (マタドール)

 ジョージア州アトランタ出身の女性シンガーソングライター、キャット・パワーことショーン・マーシャルの5枚目のアルバム。『The Covers Record』というタイトルのとおり、カバー曲集です。日本語では『ザ・カヴァーズ』と表記することが多いようです。

 伴奏は、アコースティック・ギターかピアノのみ。シンプルでミニマルな耳ざわりですが、その楽曲のメロディーがむき出しになり、ショーン・マーシャルの声が自ずと前面に出るアルバムです。

 カバー・アルバムというと、オリジナル・アルバムとは毛色の違う作品になるのは当然ですが、本作はむしろキャット・パワーのオリジナリティが、色濃く出た1作と言えます。

 ローリング・ストーンズやボブ・ディラン、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなど、多彩なアーティストの曲を取り上げていますが、原曲がわからないほどに、大胆にアレンジが施されています。

 「アレンジ」と言うと、バンドのアンサンブルを再構築したような印象を与えるかもしれませんが、本作は弾き語りスタイルの演奏。原曲のアレンジメントから、とことん引き算をして音数を絞り、声とメロディーのみの内省的な世界観を作り上げています。

 1曲目に収録されたローリング・ストーンズの「(I Can’t Get No) Satisfaction」を例にとっても、確かにストーンズのあの曲だということは認識できるのですが、ギターと歌のみのアンサンブルには隙間が多く、彼女の声とむき出しの楽曲が、ダイレクトに聴き手に浸透します。

 少し枯れた物憂げな声で、余裕を持ったスローテンポで進んでいくアルバムですが、冷たいという印象は無く、人の声と楽器の暖かみが感じられる1作です。

 とはいえ、前述したとおり、かなり音数が少なくミニマルで、サウンドが華やかなわけではないので、聴く人を選ぶアルバムであるのも事実だと思います。展開されるのは、とにかく無駄なものを削り、ストイックに絞り込まれ、凝縮された音楽です。

 しかし、本来は触れることのできない楽曲の核となる部分が、目の前に差し出されるようで、ハマる人はハマるアルバムであるのも確か。音数は少ない、言い換えればサウンドの情報量は少ないのに、音楽としての強度は強い、そんな作品です。