Kevin Morby “Singing Saw”
ケヴィン・モービー 『シンギング・ソウ』
発売: 2016年4月15日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Sam Cohen (サム・コーエン)
テキサス州ラボック出身のシンガーソングライターでありギタリスト、ケヴィン・モービーの3rdアルバム。
インディー・フォークバンド、ウッズ(Woods)への参加でも知られ、前作まではウッズのメンバーであるジェレミー・アールが設立したレーベル、ウッドシストからのリリース。しかし、本作からはインディアナ州ブルーミントン拠点のレーベル、デッド・オーシャンズへ移籍しています。
アコースティック・ギターと牧歌的なボーカルを主軸にしたフォーキーなサウンドに、電子楽器を散りばめて、現代的な空気も併せ持つアンサンブルが展開される1作。
フォークやカントリーを下敷きに、コンパクトにまとまった躍動感あふれる演奏が繰り広げられます。サウンド面でも、楽曲によってエレキ・ギターやキーボード、フルート、トランペット、ストリングスなどが導入され、派手さは無いものの、多彩さと奥行きを持っています。
1曲目「Cut Me Down」は、イントロから揺れる高音の電子音と、アコースティック・ギターが溶け合い、柔らかなサウンドを作り上げていきます。各楽器ともシンプルで手数は少ないものの、隙間を感じさせない有機的なアンサンブルを構成。イントロから、所々で聞こえる電子音が、フォークだけにとどまらないオルタナティヴな空気を、効果的に演出しています。
2曲目「I Have Been To The Mountain」は、タイトかつ躍動感の溢れる演奏が展開される1曲。各楽器ともリズムが正確で、輪郭のくっきりした無駄のない音を綴っていきます。トランペットと女声コーラスが楽曲を華やかに彩り、再生時間1:37あたりからのギター・ソロの音作りにはオルタナティヴ・ロックの香りが漂う、カラフルな印象の1曲です。
3曲目「Singing Saw」は、足を引きずるように、タメをたっぷりと取ったギターに、穏やかな歌のメロディーが乗り、徐々に楽器が加わって、立体的なアンサンブルへと発展していく1曲。再生時間1:24あたりからは、ブルージーなギターと、トレモロのかかったキーボードの音が向き合い、ルーツ・ミュージックとオルタナティヴ・ロックが融合するように、音楽がさらに深みを増していきます。
4曲目「Drunk And On A Star」では、電子的な持続音と、ギターのオーガニックな響き、ストリングスのロングトーンが重なり、多層的なサウンドを作り上げていきます。ボーカルの穏やかなメロディーも秀逸ですが、サウンド面は音響系のポストロックのようで、歌が無くとも成立しそうな1曲。
5曲目「Dorothy」は、ジャンクな音色のギターが印象的な、ビートのはっきりしたノリの良い1曲。ギター以外にも多様なサウンドが飛び交う、カラフルなサウンド・プロダクションと、賑やかな雰囲気を持っています。
6曲目「Ferris Wheel」は、やや不穏なアンビエントなイントロから始まり、その後はピアノと歌のみで展開される1曲。ピアノと歌のみですが、両者ともにリズムのメリハリをはじめとした表現力が豊かで、メロディーが際立つ、いきいきとした演奏が繰り広げられます。
7曲目「Destroyer」は、一定のリズムで波が揺れるような、ゆったりとしたスウィング感を持った1曲。サウンドも、ピアノとストリングスがフィーチャーされ、生楽器をいかした穏やかなもの。しかし、レコーディング後に編集を施したのか、断片的に入ってくるドラムのリズムが、楽曲に立体感とオルタナティヴな空気をプラスしています。
8曲目「Black Flowers」は、イントロからドラムとパーカッションが立体的に響く、楽しげで軽快な1曲。各楽器が絡み合うようにアンサンブルを構成し、手数は決して多くはないのに、音楽の情報量が非常に多く感じられます。
9曲目「Water」は、長めの音符が重なり合う伴奏に、歌のメロディーが乗り、多層的なサウンドを作る前半から、ゆるやかに躍動するアンサンブルの後半へと展開する1曲。
アルバム全体をとおして、フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックへの愛情とリスペクトを感じる、牧歌的な雰囲気が充満。同時に、随所にエレキ・ギターやキーボードによる現代的なサウンドが加えられ、新しさも感じる1作です。
ルーツと現代性の融合が、わざとらしくおこなわれるのではなく、あくまでさりげなく、メロディーを引き立たせるかたちで実現されているところに、ケヴィン・モービーという人のバランス感覚の秀逸さを感じます。