Pavement “Slanted And Enchanted” / ペイヴメント『スランティッド・アンド・エンチャンティッド』


Pavement “Slanted And Enchanted”

ペイヴメント 『スランティッド・アンド・エンチャンティッド』
発売: 1992年4月20日
レーベル: Matador (マタドール)

 カリフォルニア州出身のインディー・ロック・バンド、ペイヴメントの1stアルバム。

 セバドー(Sebadoh)やビート・ハプニング(Beat Happening)と並んで、ローファイの代表バンドと目されるペイヴメント。元々は「録音環境が悪い音」「しょぼい音」程度の意味で使われていた、ローファイという言葉。音質を指す言葉ですから、ジャンル名に転化しても、なかなか掴みどころがなく、定義が困難です。

 そんな「ローファイ」と呼ばれるジャンルの魅力を、僕なりに簡単にご説明します。前述のとおり、ローファイの特徴は、そのチープな音質。また、ローファイにカテゴライズされるバンドは、音質に比例して、演奏もヘロヘロの場合が多いです。

 では、なぜしょぼい音質のしょぼい演奏が、1ジャンルと認識されるまでに支持されたのか。その理由には、演奏と音質がヘロヘロなためにメロディーが前景化すること。不安定な音程と音質が新たな音像を生み、サイケデリック・ロックのように機能すること。などが挙げられます。

 さて、そんなローファイを代表するバンドである、ペイヴメントのデビュー・アルバム。弦が伸びきったような緩いサウンドが、独特の心地よさを生み、耳なじみの良いメロディーがヘロヘロの演奏から浮かび上がる、ローファイの魅力が、存分に詰め込まれた1作となっています。

 1曲目の「Summer Babe (Winter Version)」から、だらしなく歪んだギターと、物憂げなボーカルが重なり、テープが伸びたようなテンションの演奏が展開。

 2曲目「Trigger Cut / Wounded Kite At :17」では、ややタイトで疾走感のあるアンサンブルに、やる気のなさそうなボーカルが、メロディーを乗せていきます。ただ、メロディーとコーラスワークには、耳にこびりつくポップさがあり、ゆるいボーカルの歌唱も、やがて魅力に転化するから不思議。

 3曲目「No Life Singed Her」は、イントロからテンションが爆発する1曲。口汚い言葉を叫ぶボーカルと、ガチャガチャしたバンドの演奏が、バランスよく融合しています。

 4曲目「In The Mouth A Desert」は、不安定なギターのイントロから始まり、バンド全体のテンションが伸びきったような、ゆるやかなアンサンブルが展開する1曲。

 5曲目「Conduit For Sale!」では、ギターを中心に、渦巻くようにドタバタ感のある演奏が繰り広げられます。

 6曲目「Zürich Is Stained」は、チューニングが不安定なのか、最初から不協和音を狙っているのか、不安になってくる1曲。しかし、聴いていると、不安定な音程が耳に馴染み、クセになっていきます。

 7曲目「Chesley’s Little Wrists」は、オモチャ箱をひっくり返したように賑やかで、ジャンクな1曲。変な音しか入っていないのに、カラフルなサウンドを持っています。

 10曲目「Two States」は、ドラムが立体的にリズムを打ち鳴らす、躍動感のある1曲。バンド全体も、前への推進力を感じる演奏を展開しています。他の曲は全て、ギター・ボーカルのスティーヴン・マルクマス (Stephen Malkmus)作ですが、この曲は本作の中で唯一、ギターのスコット・カンバーグ(Scott Kannberg)による作。

 13曲目「Jackals, False Grails: The Lonesome Era」は、ギターが毛羽立ったように歪み、ベースとドラムは回転するようにリズムを刻む、サイケデリックな1曲。

 サイケデリックな曲から、ヘロヘロのギターポップまで、多彩な曲が詰め込まれたアルバムです。音圧は不足し、演奏も不安定。まさにハイファイの真逆なのですが、サウンドや音程の不安定さが、思わぬ効果を生み、聴いているうちに魅力へと転化していきます。

 Appleでは、本作の曲目を演奏したライブ盤『Slanted and Enchanted At Minneapolis, June 11th, 1992 (Live)』は配信されていますが、本作の配信自体は2018年10月現在、無いようです。ちなみに、こちらのライブ盤もアルバムを完全再現というわけではなく、曲順が異なります。