The Postal Service “Give Up”
ザ・ポスタル・サーヴィス 『ギヴ・アップ』
発売: 2003年2月19日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
シアトルを拠点にする活動するバンド、デス・キャブ・フォー・キューティー(Death Cab for Cutie)のベン・ギバード(Ben Gibbard)と、ディンテル(Dntel)名義でも活動するジミー・タンボレロ(Jimmy Tamborello)、バッキング・ボーカルを務めるジェニー・ルイス(Jenny Lewis)からなるバンド、ザ・ポスタル・サーヴィス。
主にジミー・タンボレロがトラック制作、ベン・ギバードが歌とメロディーを担当。ジェニー・ルイスもボーカルとしてレコーディングに参加するうち、メンバーとなったとのことです。バンド名は、ロサンゼルス拠点のジミーと、シアトル拠点のベンが、お互いの音源を郵便でやりとりしていたことに由来。
そんな彼らの1stアルバムであり、唯一のアルバムが本作『Give Up』。電子的なサウンドと、ベンの紡ぎ出す親しみやすいメロディー・ライン、ベンとジェニーによる暖かみに溢れたボーカルが、分離することなく融合する1作。知的でクールな電子音主体のサウンドと、ポップな歌モノの魅力が、高次に実現されています。
1曲目「The District Sleeps Alone Tonight」は、立体的でクールな耳ざわりのビートに、穏やかなボーカルが重なる1曲。歌のメロディーが前面に出るわけでも、サウンドが前景化されるわけでもない、絶妙なバランス。再生時間2:42あたりからのギターのフレーズ、3:08あたりからのドラムの音数の増加が、加速感を演出し、電子音主体ながらグルーヴが感じられるアレンジ。
2曲目「Such Great Heights」は、イントロから清潔感のある電子音が鳴り響き、ゆるやかに躍動していく1曲。
3曲目「Sleeping In」は、フィールド・レコーディングされたと思しき川のせせらぎと電子音が溶け合う、柔らかいサウンド・プロダクションの1曲。電子音主体ながら、機械的な冷たさよりも、音楽のいきいきとした躍動と暖かさが前面に出た1曲。
5曲目「Recycled Air」は、柔らかな電子音がヴェールのように全体を包む、エレクトロニカ色の強い1曲。電子的な持続音がレイヤー状に重なり、ボーカルとも溶け合い、厚みのあるサウンドを構築。
6曲目「Clark Gable」は、ビートが強く、電子音主体のサウンドながら、ロック的な疾走感のある1曲。
7曲目「We Will Become Silhouettes」は、シンセサイザー1台で出しているのかもしれませんが、鍵盤で出していると思われる複数のサウンドが折り重なり、シンフォニックな音空間を作り出します。ピコピコした電子音らしい電子音もアクセントになり、ビートも打ち込み感の強いサウンドですが、ダンス・ミュージック色よりも幻想的な雰囲気が色濃く出た1曲。
8曲目「This Place Is A Prison」は、倍音たっぷりの押しつぶされたような電子音と、空間に滲んでいくヴィブラフォンのような音が共存する、ダークな音像の1曲。
9曲目「Brand New Colony」は、テクノ・ポップを思わせるピコピコ系の電子音がイントロから鳴り響く、立体的でポップな1曲。テクノ的なサウンドと立体的アンサンブル、男女混声の美しいコーラスワークが、無理なく融合しています。
10曲目「Natural Anthem」は、性急なビートと、電子的サウンドのロングトーンが絡み合い、ダンス・ミュージックのビート感と、エレクトロニカの音響的アプローチを併せ持つ1曲。中盤以降は、ノイジーでアグレッシブな電子音が飛び交いますが、ビートと溶け合い、加速感を演出しています。後半までは歌なしで進行しますが、やがてボーカルも入り、歌モノの魅力まで共生。
電子音を主体にしたサウンド・プロダクションを持ったアルバムですが、その電子音もピコピコした親しみやすいものから、ノイズ的な尖ったサウンドまで併せ持った、レンジの広い作品です。
サウンドを前景化させたエレクトロニカ的アプローチ、電子楽器と生楽器で有機的なアンサンブルを構成するポストロック的アプローチ、ビートの強いテクノ的アプローチを、曲によってさじ加減を変え、さらに流れるような歌のメロディーも溶け込ませた、抜群のバランス感覚で成り立っています。2003年の発売から、2013年までの100万枚を超えるセールスを記録したのも、納得のクオリティ。