Nirvana “Bleach”
ニルヴァーナ 『ブリーチ』
発売: 1989年6月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))
ニルヴァーナの魅力は、憂鬱や絶望といったネガティヴな感情が、そのままサウンドに変換されたかのように、リアリティを伴って響くところ。産業ロック対オルタナティヴ・ロックというカビの生えた議論をするつもりはありませんが、様式美のように良くも悪くも型にハマった、当時の一部のロックバンドと比較すると、若者たちにリアリティを伴って鮮烈に響いたことでしょう。
サウンドもさることながら、普段着に近いファッションも含めて、ロック・ミュージックにパンク以来のパラダイム・シフトを起こした、と言っても過言では無いのがニルヴァーナです。
今作は1989年にサブ・ポップより発売された、ニルヴァーナの1stアルバム。メジャーに進出してからの2作『Nevermind』と『In Utero』の方が知名度、サウンド面の評価ともに高いのは事実ですが、個人的には彼らの初期衝動がパッケージされた今作もおすすめします。プロデューサーは、当時シアトルで多くの作品を手がけたジャック・エンディーノ。
このアルバム全体に共通するのは、シアトルの湿った地下室の風景が目に浮かぶような、サウンド・プロダクション。「プロダクション」と書くと意図的に作られたサウンドという印象を与えてしまうかもしれませんが、音質の面でも演奏の面でも、当時の彼らのエモーション、シアトルの空気がそのまま閉じ込められたかのようなアルバムです。
その後のカート・コバーンの人生を知らずとも、苛立ちや焦燥感、行き場のない衝動といった感情が充満したような音楽が、臨場感を持って聞き手に迫ってきます。
1曲目「Blew」のイントロのうねるようなベースから、そうした空気感が満載。気だるく歪んだギター、飾り気のない湿ったようなサウンドのドラム。そして、このバンドのシグネチャーと言えるカート・コバーンの声。まるでシアトルの薄暗い地下のスタジオが、蘇ってくるようなサウンド。
3曲目の「About A Girl」は、飾り気のないギター・サウンドと、絞り出すように僅かにかすれたカートの声。それだけで成立していると思わせる1曲。
5曲目の「Love Buzz」は、オランダ出身のロックバンド、ショッキング・ブルー(The Shocking Blue)の楽曲のカバー。原曲と聴き比べると、ニルヴァーナの音楽的志向が見えて興味深いです。言われなければカバー曲と気づかないほどに、ニルヴァーナ流に消化されたアレンジですが、特に波のように段階的に押し寄せるギターが、グランジ色を強めていると思います。
6曲目「Paper Cuts」では、重苦しいスローテンポに乗せて、野太く下品に歪んだギターが響く、グランジかくあるべし!というサウンドが響く1曲です。
7曲目「Negative Creep」は、つぶれたように歪んだギターが、前のめりに疾走していく1曲。歌詞の内容も含めて、エモーションをサウンドにそのまま変換したかのように、カートの声が響きます。
あのニルヴァーナがメジャー契約する前にサブ・ポップに残したアルバム、という歴史的な価値、当時のシアトルの空気感が閉じ込められた資料的な価値だけでなく、作品としても非常に優れた1枚であると思います。特にシアトルの地下室の空気と、カートの鬱屈した思いが閉じ込められたようなサウンド・プロダクションは、それだけで聴く価値ありです。
個人的には、自分自身がギターをやっていたこともあり、ギターのサウンドに耳が行きがちなのですが、多種多様な下品(褒め言葉です)なサウンドが堪能できる1枚でもあります。サウンドと同様、歌詞にもネガティヴな感情を吐き出した陰鬱な空気があり、ロックにそうした個人性を求める方も、気に入る可能性が高いアルバムではないかと思います。