Japancakes “Loveless”
ジャパンケイクス 『ラヴレス』
発売: 2007年11月13日
レーベル: Darla (ダーラ)
ジョージア州アセンズ出身のインスト・ポストロック・バンド、ジャパンケイクスが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(My Bloody Valentine)の『Loveless』を1枚丸ごとカバーした、異色のアルバム。
1991年に発売されたオリジナル版の『Loveless』は、シューゲイザーを代表する、というよりシューゲイザーというジャンルの源流とも言える名盤です。
『Loveless』という、もはや至るところで語り尽くされた作品の魅力を、僕なりの言葉で簡単にまとめると、リズム、メロディー、ハーモニーが渾然一体となった音の洪水が押し寄せ、そこに身を委ねることで、新しい音楽の快楽と聴取方法を生み出した、と言えるのではないかと思います。
また、おびただしい数のエフェクターを使用した分厚いギター・サウンドも、『Loveless』の大きな魅力のひとつと言えるでしょう。
そんな名盤を、オリジナルの曲順どおりに、丸ごとカバーした本作。前述したとおり、ジャパンケイクスはボーカルを含まないインスト・バンドであり、さらにメンバーには、ペダル・スティール・ギター担当のジョン・ネフ(John Neff)と、チェロ担当のヘザー・マッキントッシュ(Heather MacIntosh)が在籍しており、分厚いギター・サウンドによる圧倒的な量感を誇るマイブラのオリジナル版とは、かなり異なるサウンド・プロダクションを持った1作になっています。
その差異を一言で表すなら、音の洪水が押し寄せるオリジナル版に対し、さざ波のように心地よく流れていくジャパンケイクス版、といったところ。メロディー、リズム、ハーモニーが、不可分に心地よく躍動するところは、共通しています。
アルバムの幕開けとなる1曲目の「Only Shallow」は、オリジナルではエフェクターの深くかかった、幾重にもオーバーダビングされたギターを中心に、まさに音の壁と言うべきサウンドを作り上げていましたが、ジャパンケイクスは緩やかに流れるようなアンサンブルで、この曲をカバー。
オリジナルでは、ギターとリズム隊と浮遊感のあるボーカルが、塊となって迫ってきますが、本作では各楽器が絡み合うような有機的な一体感があります。メロディーを追う、リズムに乗る、といった音楽の一要素を取り出した聴取方法ではなく、音楽に身を任せ、その一部となるような心地よさを持っている点では、共通しています。
2曲目「Loomer」も、音が輪郭と形状を失うぐらいに、エフェクトの効いたサウンドが空間を埋め尽くすようなオリジナルに対して、本作では各楽器の輪郭がよりはっきりしており、アンサンブルが前景化するアレンジですが、原曲の持つ浮遊感は、サウンドもアプローチ方法も異なるのに、再現されています。
5曲目「When You Sleep」は、オリジナル版はビートのはっきりした、疾走感と浮遊感の同居する曲でしたが、本作ではチェロと柔らかな電子音がフィーチャーされ、幻想的なアレンジが施されています。原曲でも、コーラスワークが、幻想的でサイケデリックな空気を多分に持っていましたが、幻想的な部分を抜き出したようなアレンジです。
チェロとペダル・スティール・ギター奏者がメンバーに在籍しているところも象徴的ですが、ビートや音響よりも、ロングトーンを効果的に用いて、緩やかなアンサンブルを展開するところが特徴のバンドです。
シューゲイザーの名盤を、エフェクト過多のシューゲイジングな方法論ではなく、ゆるやかな躍動感と浮遊感を際立たせ、再現していて、オリジナル版が持つ魅力を、別の角度から照らしている1作と言えるのではないかな、と思います。
サウンド・プロダクションは大きく異なるのですが、曲の繋ぎの部分のちょっとしたアレンジも外さずになぞっていて、マイブラおよび『Loveless』に対するリスペクトを、ひしひしと感じられる作品でもあります。