Devendra Banhart “Rejoicing In The Hands” / デヴェンドラ・バンハート『リジョイシング・イン・ザ・ハンズ』


Devendra Banhart “Rejoicing In The Hands”

デヴェンドラ・バンハート 『リジョイシング・イン・ザ・ハンズ』
発売: 2004年4月24日
レーベル: Young God (ヤング・ゴッド)
プロデュース: Michael Gira (マイケル・ジラ)

 テキサス州ヒューストン生まれ、ベネズエラのカラカス育ちのシンガーソングライター、デヴェンドラ・バンハートの3rdアルバム。

 最初に、彼の生い立ちを振り返っておきましょう。1981年にテキサス州ヒューストンで、ベネズエラ人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれます。2歳の時に両親が離婚。母親と共に、ベネズエラの首都カラカスへ移り、同地で少年時代を過ごします。

 デヴェンドラ・バンハートが14歳の時に、母親が再婚。それに伴い、母親と継父と共に、カリフォルニア州ロサンゼルスへ移住。1998年、デヴェンドラは17歳でサンフランシスコ芸術大学(San Francisco Art Institute)に入学するため、サンフランシスコへ引っ越し。しかし、2000年に退学し、今度はフランスのパリへ移住。

 同年の秋には、再びアメリカへ戻り、ロサンゼルスとサンフランシスコで、本格的な音楽活動を開始。やがて、スワンズ(Swans)のフロントマンで、ヤング・ゴッド・レコードのオーナーでもあるマイケル・ジラと出会い、同レーベルからのデビューへと繋がっていきます。

 本作は、2002年リリースの『Oh Me Oh My』に続き、ヤング・ゴッドからリリースされる2作目のアルバムであり、通算3作目のスタジオ・アルバム。

 ヒューストン、ベネズエラ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、パリと、各地を転々としてきたデヴェンドラ・バンハート。彼が紡ぎ出す音楽は、フォークやカントリーを基調としながら、それだけにとどまらないサイケデリックな空気を振りまきます。

 おそらく彼自身は、自然に自分の中から沸きおこる音楽を鳴らしているだけなのでしょうが、その音楽は実に個性的。しかも、分かりやすくアヴァンギャルドなアレンジというわけではなく、一聴すると穏やかなフォークなのに、どこか違和感やアクを感じる演奏となっています。彼が各地で吸い込んできた音楽が、このように奥行きのある音楽性を育む一因となったのでしょう。

 1曲目「This Is The Way」の冒頭から、アコースティック・ギターと歌からなる、穏やかでフォーキーな音楽が流れ出します。伴奏はギター1本のみですが、随所でゆるやかな加速と減速があり、躍動感のある音楽が展開。

 2曲目「A Sight To Behold」は、穏やかな波のように上下しながら流れるギターに、長めの音符を多用したボーカルが重なる1曲。奥の方では、フィールド・レコーディングによるものと思われる音が流れ、途中から入ってくる壮大なストリングスも相まって、フォークを下敷きにしながら、立体的なサウンドが作り上げられます。

 3曲目「The Body Breaks」は、ギターもボーカルも高音域に軸を置いた、音数の少ない牧歌的な1曲。

 4曲目「Poughkeepsie」では、細かくリズムを刻むギターが楽曲を先導し、ヴィブラフォンとストリングスが幻想的な空気を加えています。穏やかなサウンドと雰囲気ながら、サイケデリックな空気も漂う1曲。

 7曲目「This Beard Is For Siobhán」は、アコースティック・ギターと歌のみの穏やかな空気でスタート。徐々にボーカルとギターが熱を帯び、再生時間1:58からのクライマックスへ。用いられている楽器は、ドラムやピアノなどアコースティック楽器のみですが、ダイナミズムの大きいパワフルな演奏が展開されます。

 9曲目「Tit Smoking In The Temple Of Artesan Mimicry」は、ギターのみのインスト曲。軽やかなイントロから始まり、加速しながら、疾走感を伴って走り抜けていきます。

 アルバム表題曲でもある10曲目の「Rejoicing In The Hands」には、イングランド出身のシンガーソングライター、ヴァシュティ・バニヤン(Vashti Bunyan)がボーカルで参加。デヴェンドラ・バンハートと共に、幻想的で厚みのあるコーラスワークを聴かせます。バックの演奏も音数を絞りながらも、各楽器が絡み合い、有機的なアンサンブルを構成。本作のベスト・トラックと言って良いでしょう。

 11曲目「Fall」は、立体的に響くアンサンブルが魅力の、躍動感のある1曲。アコースティック楽器を用いながら、どこか奇妙な響きを持っています。特にイントロから聞こえるベースらしき音が、耳にからみつき、アンサンブルにおいても主要な役割を演じています。

 12曲目「Todos los Dolores」は、軽やかにスキップするような、歯切れの良いリズムが心地よい1曲。歌詞は全てスペイン語。スタジオでリラックスしてギターを爪弾いているような、音楽を楽しむ空気が充満しています。

 より洗練され、凝ったアレンジとサウンド・プロダクションを持った近年の作品も魅力的ですが、「アシッド・フォーク」や「フリーク・フォーク」と呼ばれたこの時期の演奏も、デヴェンドラ・バンハートという音楽家の素の部分が伝わるようで、今聴いても新鮮に響きます。

 前述したとおり、フォークを下敷きにしながら、カラフルで国籍不明な音楽が展開されるのが、このアルバムの魅力です。