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Asobi Seksu “アソビ・セクス” / Asobi Seksu『アソビ・セクス』


Asobi Seksu “アソビ・セクス”

Asobi Seksu 『アソビ・セクス』
発売: 2004年5月18日
レーベル: Friendly Fire (フレンドリー・ファイア)
プロデュース: Will Quinnell (ウィル・クィネル)

 ニューヨーク拠点のシューゲイザー・バンド、アソビ・セクスのデビュー・アルバム。2002年にセルフリリースされた後、2004年にブルックリンのインディーズ・レーベル、Friendly Fireよりリリースされています。

 バンドの始まりは2001年。ボーカルとキーボードを担当するユキ・チクダテ(Yuki Chikudate)と、ギタリストのジェームス・ハンナ(James Hanna)が出会います。その後、ベースのグレン・ウォルドマン(Glenn Waldman)と、ドラムのキース・ホプキン(Keith Hopkin)を加え、4人編成へ。

 当時はアソビ・セクスではなく、スポートファック(Sportfuck)と名乗り、同バンド名義でEPを自主制作。その後アソビ・セクスに改名し、本作をリリースしています。ちなみにバンド名の由来は「play sex」を日本語にしたそうで…。

 ユキ・チクダテは、日本生まれの日本人。4歳のとき家族と共に、南カリフォルニアへ移住し、その後16歳のときに単独でニューヨークへ引っ越しています。

 シューゲイザーあるいはドリーム・ポップに分類されることの多いアソビ・セクス。彼らの奏でる音楽は、すべてを押し流すような分厚いサウンドと、浮遊感のあるボーカルが溶け合い、確かにどちらのジャンルとも言える質を備えています。

 また、前述のとおりボーカルのユキ・チクダテは日本出身。そのため、一部の楽曲は歌詞が日本語で綴られ、日本語ネイティヴの者にとっては親しみやすいでしょう。

 1曲目の「I’m Happy But You Don’t Like Me」では、早速歌詞が日本語で綴られています。トイピアノを思わせるチープでキュートなイントロから始まり、シンプルかつコンパクトな8ビート、さらには押しよせる轟音ギターへと展開する、振れ幅の大きな1曲。

 2曲目「Sooner」は、はずむようなドラムと電子音によるイントロに続き、エフェクターの深くかかったギターサウンドが押し寄せる、マイブラ色の濃いシューゲイザー。厚みのあるギターと溶け合いながら、ささやき系のボーカルが、流れるようなメロディーを紡いでいきます。ボーカルのメロディーと、ギターを中心としたバンド・サウンドが不可分に溶け合い、音楽と一体となるような心地よさがあります。

 3曲目「Umi De No Jisatsu」は、タイトルのとおり、1曲目に続いて日本語詞。ねじれたバネが飛び跳ねるようなギターのイントロに続いて、躍動的なアンサンブルが展開します。イントロ以外も、再生時間0:44あたりからの伸縮するようなサウンドなど、ギターの音作りとフレーズが個性的。

 4曲目「Walk On The Moon」は、ボーカルとバンドサウンドが対等、あるいはバンドの方が前景化したここまでの3曲に比べると、ボーカルのメロディーが前に出た1曲。ボーカリゼーションも、ささやき系ではなく、伸びやかな声を響かせています。

 6曲目「Taiyo」は、またまた日本語詞。タイトルは日本語の「太陽」です。ボーカルもアンサンブルも軽やかで、フレンチポップのような趣があります。

 7曲目「It’s Too Late」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、波紋が広がるように音楽が空間を満たしていく1曲。ギターには空間系のエフェクターがかけられ、ボーカルはファルセットを用いた高音ながら、耳に刺さらない心地よさ。前半は透明感のあるサウンド・プロダクションですが、再生時間3:15あたりから折り重なるようにギターが入ってくると、音の壁と呼びたくなる厚みのあるサウンドが立ち上がります。

 8曲目「End At The Beginning」は、やや遅めのテンポに乗せて、だらっとしたアンサンブルが展開。足を引きずるように、すべての楽器が遅れて聞こえる、タメをたっぷりと取った演奏です。音数が少なく、ローファイ感の漂う前半から、徐々にギターが音に厚みを加えていきます。だらっとしたアンサンブルの中で、隙間を縫うように動きまわるベースラインも印象的。

 9曲目「Asobi Masho」は、イントロからギターがノイジーに唸りをあげる、アヴァンギャルドな1曲。音作りはアルバム中でもトップクラスに実験的なのに、同時に脳天気なほどのポップさも共存。「遊びましょ」というフレーズが、耳から離れなくなります。

 アルバムの最後に収録される11曲目「Before We Fall」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされています。さらにユキ・チクダテではなく、ジェームス・ハンナがメイン・ボーカルを務め、その点でも他の曲とは異なる聴感。最後まで轟音ギターが押しよせることもなく、歌が中心に据えられた穏やかな1曲。

 ノイジーなギターも多用されていますが、ファルセットを駆使したボーカルは幻想的。先述したとおり、シューゲイザーとも、ドリームポップとも言えるサウンドを持った1作です。

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TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes” / TV オン・ザ・レディオ『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』


TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes”

TV オン・ザ・レディオ 『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』
発売: 2004年3月9日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Chris Moore (クリス・ムーア), Paul Mahajan (ポール・マハジャン)

 ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するバンド、TV オン・ザ・レディオの1stアルバム。

 北米ではタッチ・アンド・ゴー、ヨーロッパでは4ADと、それぞれ英米の名門インディー・レーベルよりリリース。

 バンドが結成されたのは2001年。当時は、ボーカルを務めるトゥンデ・アデビンペ(Tunde Adebimpe)と、ギターやサンプラーなど複数の楽器を操るデイヴィッド・シーテック(David Sitek)からなる2人組。

 2002年には、このデュオ編成で『OK Calculator』を自主制作でリリースしています。2003年にはギターのカイプ・マローン(Kyp Malone)をメンバーに迎え、3人編成へ。2004年にリリースされた本作が、レーベルを通してリリースされる初アルバムとなります。

 前述の『OK Calculator』というアルバム・タイトル。ピンとくる方も多いと思いますが、90年代後半からのロックを牽引するバンド、レディオヘッド(Radiohead)のアルバム『OK Computer』を意識したタイトルです。

 しかし、音楽的には必ずしもレディオヘッドに近いわけではありません。レディオヘッドの音楽に近いというより、バンドのフォーマットで実現できる音楽の限界へと挑む、その姿勢を参考にしているのでしょう。

 トライバルなリズムや、電子的なサウンドなどをバンドのフォーマットに落としこみ、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げています。

 個人的には、こういう手の届く範囲でクリエイティヴィティを爆発させたバンド・サウンドが大好きです。

 1曲目「The Wrong Way」ではイントロからサックスが用いられ、フリージャズのような雰囲気から始まります。野太くリズムを刻むベース、シンプルながらポリリズミックなドラムが加わり、グルーヴ感と実験性が共存する音楽が展開。多様なジャンルの要素を、バンドのフォーマットに落としこむセンスは、ブラック・ミュージック版のレディオヘッドと呼びたくもなります。

 2曲目「Staring At The Sun」は、幻想的なコーラスワークが印象的な、ハーモニーが前景化した1曲。ですが、厚みのあるハーモニーの奥からは、リズム隊の強靭なビートが響き、立体的なアンサンブルを構成していきます。

 3曲目「Dreams」では、イントロから心臓が鼓動を打つようにドラムがリズムを刻みます。手数は少ないものの効果的にグルーヴを下支えするリズムを構成。

 5曲目「Ambulance」は、バックでかすかに聞こえるフィールドレコーディングと思しきサウンド以外は、声のみで構成される1曲。立体的で凝ったアンサンブルが作り上げられますが、ベース部分を担う「ドゥンドゥンドゥン…」というフレーズなど、コミカルな雰囲気も併せ持っています。

 6曲目「Poppy」は、電子的なサウンドのリズム隊の上に、厚みのあるギターサウンドが重なる1曲。最初は淡々と刻まれていたビートが、徐々に立体的に発展。ギターの分厚いサウンドに、さらにリズム面での立体感が加わります。前曲に続き、再生時間2:30あたりからは声のみのアンサンブルが挟まれ、コントラストも演出しています。

 8曲目「Bomb Yourself」は、地を這うようなベースラインに、他の楽器が絡み合うようにアンサンブルが展開。断片的なフレーズのように聞こえていた各楽器が重なり、いつの間にかグルーヴ感にあふれた演奏へと発展しています。アヴァンギャルドなギターの音作りとフレーズも、アクセントとして楽曲を彩っています。

 9曲目「Wear You Out」では、イントロから鳴り響くトライバルなドラムのリズムに、ボーカルの流麗なメロディーが重なります。音数が少なく、ミニマルな前半から、サックスや電子音が加わり、多様な音が行き交うカラフルな後半へと展開。リズムとメロディーの両者が、じわじわとリスナーの耳をつかんでいく1曲です。

 10曲目「You Could Be Love」。この曲はレコードおよびデジタル版のみに収録。ですが、ボーナス・トラック扱いにしておくには、もったいないぐらいの良曲です。適度に揺らぎのある、立体的なバンドのアンサンブル。徐々に躍動感を増していく展開。ブラック・ミュージックが持つ粘っこいグルーヴ感が、コンパクトなバンドのフォーマットに収められ、インディー・ロックとニューソウルの融合とでも言いたくなる1曲です。

 ちなみにデジタル版には、さらにボーナス・トラックとして11曲目に「Staring At The Sun」のデモ・バージョンを収録。

 デイヴィッド・シーテック以外は、アフリカにルーツを持つメンバーが集ったTVオン・ザ・レディオ。白人男性が多いUSインディーロック界において、それだけでも異彩を放つ存在です。(人口比率から考えて、当然な部分もありますが…)

 もちろん、ただアフリカ系アメリカ人がやっているバンドだという話題性だけでなく、音楽自体もブラック・ミュージックからの影響が、コンパクトにロック・バンドのフォーマットに落とし込まれていて個性的。

 本作でも、ヒップホップやジャズの要素が、あくまでギター、ベース、ドラムを中心としたバンドのかたちに収められ、ファンキーなグルーヴ感と、ロック的なダイナミズムが共存しています。

 もっとカジュアルに説明すると、肉体的な演奏と、音楽を組み立てるクールな知性が、両立しているとでも言ったらいいでしょうか。天然でゴリゴリにグルーブしている部分と、音楽オタクが巧みに組み上げた緻密さが、ともに音楽から溢れ出ています。

 先にレディオヘッドを引き合いに出しましたが、現代音楽やプログレッシヴ・ロックの要素を5人組のバンドの枠組みに落としこむレディオヘッドと同じく、TVオン・ザ・レディオも各種ブラック・ミュージックの要素を、バンド・フォーマットに落としこんでいる、とも言えるでしょう。

 「アート・ロック(art rock)」とも称される彼らの音楽。まさに「アート」の名に恥じない、知性と情熱を備えたバンドです。

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Iron & Wine “Our Endless Numbered Days” / アイアン・アンド・ワイン『アワ・エンドレス・ナンバード・デイズ』


Iron & Wine “Our Endless Numbered Days”

アイアン・アンド・ワイン 『アワ・エンドレス・ナンバード・デイズ』
発売: 2004年3月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brian Deck (ブライアン・デック)

 サウスカロライナ州チャピン出身のシンガーソングライター、サム・ビーム(Sam Beam)のソロ・プロジェクト、アイアン・アンド・ワインの2ndアルバム。前作に引き続き、シアトルの名門インディー・レーベル、サブ・ポップからのリリース。

 通常は「Iron & Wine」という表記ですが、本作のジャケット上では「Iron + Wine」と綴られています。

 4トラックのレコーダーを使用して、サム・ビーム個人で製作したデモテープが元となった前作『The Creek Drank The Cradle』。レコーディングも含め、全ての楽器をビーム自身が演奏し、宅録らしいチープな音質と、楽器数の少ないシンプルなアンサンブルを持つ1作でした。

 約1年半の間隔を置いてリリースされた本作では、バック・バンドを従え、シカゴのエンジン・スタジオ(Engine Studios)にてレコーディングを実施。サウンド・プロダクションとアンサンブルの両面で、前作よりも洗練されています。

 チープな音質を好むという方もいらっしゃるでしょうし、簡素なサウンド・プロダクションによって、歌や演奏が前景化されるといった効果もあるでしょう。そのため、音楽において何を「向上」と呼ぶべきかは、難しいところ。

 しかし、少なくとも前作と比較して、各楽器の音質がくっきりとし、音圧も高まっているのは確かです。多くの人が、前作よりも音質が向上したと感じるであろうサウンドで、レコーディングされています。

 音楽面でも、ビーム個人で全ての楽器をこなしていた前作に対して、本作ではプロデューサーを務めるブライアン・デックを含め、ビーム以外に6人のミュージシャンが参加。ギターと歌を中心に構成された前作と比較して、格段に厚みを増したアンサンブルが展開されています。

 フォークやカントリーの色が濃い作風は、前作と共通。しかし、無駄を削ぎ落としたシンプルなサウンドとアンサンブルによって、歌が前景化された前作に対して、本作では前述のとおり多くのミュージシャンを迎え、立体感と多彩さが格段に増しています。

 歌心は変わらず持ち続けていますが、よりアンサンブル志向の高まった1作とも言えます。

 1曲目「On Your Wings」では、イントロからギターがチクタクチクタクとフレーズを刻み、歌も含めて、各楽器がカッチリと組み合うアンサンブルが構成。そこまで音数は詰め込まれていないものの、多様なパーカッションの音色が、楽曲をカラフルに彩っていきます。

 2曲目「Naked As We Came」は、流れるように紡がれるギターのフレーズに、ボーカルのメロディーが重なり、穏やかな川のようなアンサンブルを構成する1曲。

 3曲目「Cinder And Smoke」は、音数が少ないながらも、立体的なアンサンブルを作り上げていく1曲。パーカッションの個性的なサウンドがアクセントとなり、耳を掴みます。途中から入ってくる、隙間を埋めるような野太いベース、低音でパワフルに響くバスドラなど、適材適所で音が置かれる、機能的なアンサンブル。

 4曲目「Sunset Soon Forgotten」は、みずみずしく、はじけるような音色のギターが躍動する1曲。ギターとボーカルのみで構成される曲ですが、不足は感じず、いきいきとした躍動感に溢れた演奏が繰り広げられます。

 5曲目「Teeth In The Grass」は、タイトなアンサンブルでありながら、前への推進力を持った、カントリー色の濃い1曲。

 6曲目「Love And Some Verses」では、前半はギターとボーカルが折り重なるようにフレーズを紡ぎ、再生時間1:24あたりでドラムが入ると、途端に躍動感が増加。ミドルテンポに乗せて、ゆるやかなグルーヴ感が生まれる、牧歌的な雰囲気の1曲。

 9曲目「Free Until They Cut Me Down」は、各楽器が絡み合うように、躍動的なアンサンブルが展開する、ブルージーな1曲。

 11曲目「Sodom, South Georgia」では、一定のリズムで揺れる伴奏をバックに、ボーカルが囁くようにメロディーを紡いでいきます。
 
 アルバム全体をとおして、生楽器のオーガニックな響きを活かした1作。サウンドにもアンサンブルにも、決して派手さはないのですが、音の組み合わせによって、多彩な世界観を描き出しています。

 前述のとおり、アコースティック・ギターが主軸に据えられ、フォーキーなサウンドを持った本作。しかし、随所で用いられる各種パーカッションの意外性のあるサウンドが、本作に色を足し、オルタナティヴな空気をもたらしています。

 音数を詰め込み過ぎず、適材適所に効果的なサウンドを用いた本作は、オルタナ性とルーツ・ミュージックが、巧みにブレンドされたアルバムであると思います。個人的に、かなりお気に入りの1作!

 





Devendra Banhart “Niño Rojo” / デヴェンドラ・バンハート『ニーノ・ロッホ』


Devendra Banhart “Niño Rojo”

デヴェンドラ・バンハート 『ニーノ・ロッホ』
発売: 2004年9月13日
レーベル: Young God (ヤング・ゴッド)
プロデュース: Michael Gira (マイケル・ジラ)

 テキサス州ヒューストン生まれ、ベネズエラのカラカス育ちのシンガーソングライター、デヴェンドラ・バンハートの4thアルバム。

 ヤング・ゴッドからは3枚目のアルバムで、プロデューサーを務めるのは前作に引き続き、同レーベルの設立者でもあるマイケル・ジラ。アルバム・タイトルの「Niño Rojo」とは、直訳すると「Niño」は「男の子」、「Rojo」は「赤」。

 2004年4月にリリースされた前作『Rejoicing In The Hands』から、わずか5ヶ月の期間を空けてリリースされた本作。パーカッションのソア・ハリス(Thor Harris)、チェロのジュリア・ケント(Julia Kent)、ピアノのジョー・マクギンティー(Joe McGinty)など、多くのバンド・メンバーも前作と共通。

 音楽性も前作に近く、アコースティック・ギターと歌を主軸にしたフォーキーなサウンドの中に、ところどころ緩やかにサイケデリックなアレンジが挟まれます。穏やかなのに、どこかが壊れたような、牧歌的なのにアヴァンギャルドな空気も漂わせる音楽性は、アシッド・フォークやフリーク・フォークと呼ぶにふさわしいものです。

 1曲目の「Wake Up, Little Sparrow」は、ミズーリ州セントルイス出身のフォーク・シンガー、エラ・ジェンキンス(Ella Jenkins)のカバー。アコースティック・ギターのゆったりとした伴奏に乗せて、語尾を震わしながら、情緒たっぷりに歌い上げていきます。昔のフォーク・シンガーやブルース・シンガーを彷彿とさせる、歌の力を感じる演奏と歌唱。

 2曲目「Ay Mama」は、ギターが軽やかにリズムを刻み、ボーカルはロングトーン主体で余裕を持ってメロディーを紡いでいく、牧歌的な1曲。ですが、再生時間1:20過ぎあたりから、奥の方でトランペットが鳴り響き、さらに後半ではフルートらしき音も聞こえ、厚みとアクセントを加えます。

 4曲目「Little Yellow Spider」は、ギターとボーカルが絡み合い、一体となって前に転がっていく曲。ギター主体のアンサンブルですが、アレンジとサウンド共に立体的で、ゆるやかなグルーヴ感があります。2007年には、携帯電話のコマーシャルに使用されました。

 6曲目「At The Hop」は、サンフランシスコ出身のフォーク・バンド、ヴェティヴァー(Vetiver)のアンディー・キャビック(Andy Cabic)が書いた曲で、ボーカルとしてレコーディングにも参加。軽やかに踊るようなギターに乗せて、デヴェンドラ・バンハートとアンディーのボーカルが絡み合い、ゆるやかに躍動するアンサンブルが展開。

 7曲目「My Ships」は、もつれるようなギターの伴奏に、ヴィブラートを多用した呪術的なボーカルが合わさり、サイケデリックで、ほのかにアングラ臭も漂う1曲。

 8曲目「Noah」は、スローテンポに乗せて、カントリー色の濃いアンサンブルが展開する、田園風景が眼に浮かぶような、牧歌的な1曲。厚みのあるコーラスワークも、牧歌的な雰囲気をさらに盛り上げています。

 11曲目「Horseheadedfleshwizard」では、小刻みなリズムのギターが走り、ボーカルは長めの音符を使ったフレーズを重ねます。フレーズとハーモニーの両面で、サイケデリックな空気を持った曲。

 フォークやカントリーを基本としながら、意外性のあるフレーズやハーモニーを用い、さりげなく実験性やサイケデリアを漂わせるアルバムです。ただのフォークやカントリーとは呼びがたい違和感が、本作にはあります。

 そのため、一部の人にとっては、受け入れがたい気持ち悪い音楽となるでしょう、しかし一部の人にとっては、最初は居心地が悪く感じていた音色やフレーズが、やがて音楽的なフックとなり、耳から離れなくなるでしょう。





Devendra Banhart “Rejoicing In The Hands” / デヴェンドラ・バンハート『リジョイシング・イン・ザ・ハンズ』


Devendra Banhart “Rejoicing In The Hands”

デヴェンドラ・バンハート 『リジョイシング・イン・ザ・ハンズ』
発売: 2004年4月24日
レーベル: Young God (ヤング・ゴッド)
プロデュース: Michael Gira (マイケル・ジラ)

 テキサス州ヒューストン生まれ、ベネズエラのカラカス育ちのシンガーソングライター、デヴェンドラ・バンハートの3rdアルバム。

 最初に、彼の生い立ちを振り返っておきましょう。1981年にテキサス州ヒューストンで、ベネズエラ人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれます。2歳の時に両親が離婚。母親と共に、ベネズエラの首都カラカスへ移り、同地で少年時代を過ごします。

 デヴェンドラ・バンハートが14歳の時に、母親が再婚。それに伴い、母親と継父と共に、カリフォルニア州ロサンゼルスへ移住。1998年、デヴェンドラは17歳でサンフランシスコ芸術大学(San Francisco Art Institute)に入学するため、サンフランシスコへ引っ越し。しかし、2000年に退学し、今度はフランスのパリへ移住。

 同年の秋には、再びアメリカへ戻り、ロサンゼルスとサンフランシスコで、本格的な音楽活動を開始。やがて、スワンズ(Swans)のフロントマンで、ヤング・ゴッド・レコードのオーナーでもあるマイケル・ジラと出会い、同レーベルからのデビューへと繋がっていきます。

 本作は、2002年リリースの『Oh Me Oh My』に続き、ヤング・ゴッドからリリースされる2作目のアルバムであり、通算3作目のスタジオ・アルバム。

 ヒューストン、ベネズエラ、ロサンゼルス、サンフランシスコ、パリと、各地を転々としてきたデヴェンドラ・バンハート。彼が紡ぎ出す音楽は、フォークやカントリーを基調としながら、それだけにとどまらないサイケデリックな空気を振りまきます。

 おそらく彼自身は、自然に自分の中から沸きおこる音楽を鳴らしているだけなのでしょうが、その音楽は実に個性的。しかも、分かりやすくアヴァンギャルドなアレンジというわけではなく、一聴すると穏やかなフォークなのに、どこか違和感やアクを感じる演奏となっています。彼が各地で吸い込んできた音楽が、このように奥行きのある音楽性を育む一因となったのでしょう。

 1曲目「This Is The Way」の冒頭から、アコースティック・ギターと歌からなる、穏やかでフォーキーな音楽が流れ出します。伴奏はギター1本のみですが、随所でゆるやかな加速と減速があり、躍動感のある音楽が展開。

 2曲目「A Sight To Behold」は、穏やかな波のように上下しながら流れるギターに、長めの音符を多用したボーカルが重なる1曲。奥の方では、フィールド・レコーディングによるものと思われる音が流れ、途中から入ってくる壮大なストリングスも相まって、フォークを下敷きにしながら、立体的なサウンドが作り上げられます。

 3曲目「The Body Breaks」は、ギターもボーカルも高音域に軸を置いた、音数の少ない牧歌的な1曲。

 4曲目「Poughkeepsie」では、細かくリズムを刻むギターが楽曲を先導し、ヴィブラフォンとストリングスが幻想的な空気を加えています。穏やかなサウンドと雰囲気ながら、サイケデリックな空気も漂う1曲。

 7曲目「This Beard Is For Siobhán」は、アコースティック・ギターと歌のみの穏やかな空気でスタート。徐々にボーカルとギターが熱を帯び、再生時間1:58からのクライマックスへ。用いられている楽器は、ドラムやピアノなどアコースティック楽器のみですが、ダイナミズムの大きいパワフルな演奏が展開されます。

 9曲目「Tit Smoking In The Temple Of Artesan Mimicry」は、ギターのみのインスト曲。軽やかなイントロから始まり、加速しながら、疾走感を伴って走り抜けていきます。

 アルバム表題曲でもある10曲目の「Rejoicing In The Hands」には、イングランド出身のシンガーソングライター、ヴァシュティ・バニヤン(Vashti Bunyan)がボーカルで参加。デヴェンドラ・バンハートと共に、幻想的で厚みのあるコーラスワークを聴かせます。バックの演奏も音数を絞りながらも、各楽器が絡み合い、有機的なアンサンブルを構成。本作のベスト・トラックと言って良いでしょう。

 11曲目「Fall」は、立体的に響くアンサンブルが魅力の、躍動感のある1曲。アコースティック楽器を用いながら、どこか奇妙な響きを持っています。特にイントロから聞こえるベースらしき音が、耳にからみつき、アンサンブルにおいても主要な役割を演じています。

 12曲目「Todos los Dolores」は、軽やかにスキップするような、歯切れの良いリズムが心地よい1曲。歌詞は全てスペイン語。スタジオでリラックスしてギターを爪弾いているような、音楽を楽しむ空気が充満しています。

 より洗練され、凝ったアレンジとサウンド・プロダクションを持った近年の作品も魅力的ですが、「アシッド・フォーク」や「フリーク・フォーク」と呼ばれたこの時期の演奏も、デヴェンドラ・バンハートという音楽家の素の部分が伝わるようで、今聴いても新鮮に響きます。

 前述したとおり、フォークを下敷きにしながら、カラフルで国籍不明な音楽が展開されるのが、このアルバムの魅力です。