Fastbacks “…And His Orchestra” / ファストバックス『…アンド・ヒズ・オーケストラ』


Fastbacks “…And His Orchestra”

ファストバックス 『…アンド・ヒズ・オーケストラ』
発売: 1987年6月15日
レーベル: Popllama (ポップラマ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、ファストバックスの1stアルバム。当時のシアトルを代表するプロデューサーであり、グランジ・オルタナ勢の多くの作品を手がけた、コンラッド・ウノがプロデュースを担当。

 レコーディングもウノが所有するエッグ・スタジオ(Egg Studios)でおこなわれ、彼が設立したレーベル、ポップラマからリリースされました。

 80年代後半から90年代前半にかけて、シアトルから始まったグランジ・オルタナ・ブーム。その中心はもちろん、ニルヴァーナ(Nirvana)やMudhoney(マッドハニー)をはじめとする、サブ・ポップ周辺のバンドたちですが、他にもシーンを支える多様なバンドが存在していました。ファストバックスも、そのひとつ。

 彼らの音楽性を一言であらわすならば、ポップなパンクロック。親しみやすいメロディーに、ばたついた立体的なアンサンブル。パワーコードを中心に駆け抜けるだけでなく、ギターの単音弾きが、アンサンブルに立体感を与え、アルバムをカラフルに彩っています。

 ざらついた生々しいサウンドと、シリアスで物憂げな歌詞を持つ、いわゆるグランジのサウンドとは質感が異なり、むしろ正反対とさえ言える彼らの音楽性。サーフロックのような爽やかさと、パワーポップ的なノリの良さを持ち、元気いっぱいに駆け抜けていきます。

 ニルヴァーナの影響力があまりにも強く、この時代のシアトルと言えば、憂鬱な空気を持ったグランジ、というイメージが支配的。しかし、当時のシアトルには、多様なバンドがいたのだと実感させてくれるのが、ファストバックスです。

 ちなみに僕自身は、ニルヴァーナもファストバックスも、リアルタイムで経験していないため、音源や書籍の情報から、当時のシーンを想像するしかないのですが。

 さて、そんな音楽性を持ったファストバックスの1stアルバム。1作目のアルバムらしく、エンジン全開で疾走感あふれる演奏を繰り広げていきます。

 1曲目「Seven Days」は、ギターがうなりを上げ、ドラムがドタバタとリズムを刻み、前のめりに疾走するアンサンブルが展開される1曲。再生時間1:09あたりからのギターソロには、バックの演奏と合わせて、サーカスの曲芸的なスリルと疾走感があります。

 2曲目「Light’s On You」は、厚みのあるサウンドのギターに、タムとバスドラを多用したドラムが重なる、低音域に重心を置いた1曲。ギターが空へ飛び立つようにフレーズを弾き始めると、バンド全体の音域も広がり、ダイナミックに展開。

 3曲目「If You Tried」は、イントロから中音域の豊かなギターが、メロディアスなフレーズを繰り出す、ポップで疾走感のある1曲。コーラスワークも爽やかで、ポップパンクかくあるべし!という演奏が展開。

 4曲目「Don’t Cry For Me」は、ドラムがタイトにリズムを刻み、各楽器が有機的に絡み合う、躍動感のあるアンサンブルが展開される1曲。

 5曲目「In The Winter」は、歯車のピッタリ合った機械のように、各楽器が組み合い、一体感と躍動感のあるアンサンブルが繰り広げられる1曲。音のストップとゴーが正確で、メリハリがはっきりしています。

 6曲目「Wrong, Wrong, Wrong」は、タイトにリズムを刻むドラムに、厚みのあるギターのサウンドが重なる、疾走感あふれる1曲。

 10曲目「Set Me Free」は、回転するようなギターとベースのフレーズに、小刻みなドラムのリズムが組み合わさり、転がるような疾走感のあるアンサンブルが展開する曲。再生時間1:20あたりからのギターソロは、高速で綱渡りをするような緊張感と疾走感があります。

 ギターポップを思わせるメロディーとコーラスワークが、パンク・ロックらしいスピーディーなリズムと合わさり、ポップさと疾走感が共存したアルバムとなっています。

 1987年にリリースされた本作ですが、実はファストバックスが結成されたのは1979年。本作リリース時点で、8年のキャリアを持つバンドでした。当時から楽しむことを第一に、バンドを続くけてきた彼ら。

 当時のシアトルを席巻した、いわゆるグランジとは耳ざわりが大きく異なる理由は、若干の世代間の差と、この音楽に対するスタンスによるものでしょう。ただ、売れることではなく、音を鳴らすことを一義的に考えるという点では、オルタナティヴ・ロック的な態度とも言えます。

 リリース当時はLP盤で11曲収録ですが、CD化される際に2枚のEP作品『Every Day Is Saturday』と『Play Five Of Their Favorites』が同時収録され、20曲入りになっています。現在、Spotify等のデジタル配信で聴けるのも、こちらの20曲収録バージョンです。