「Popllama」タグアーカイブ

Fastbacks “Very, Very Powerful Motor” / ファストバックス『ベリー・ベリー・パワフル・モーター』


Fastbacks “Very, Very Powerful Motor”

ファストバックス 『ベリー・ベリー・パワフル・モーター』
発売: 1990年3月1日
レーベル: Popllama (ポップラマ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身の男女混合バンド、ファストバックスの2ndスタジオ・アルバム。前作に引き続き、ポップラマからのリリースで、レコーディング・エンジニアを務めるのは、同レーベルの設立者でもあるコンラッド・ウノ。

 グランジ旋風吹き荒れる、1990年リリースの作品ですが、実はファストバックスが結成されたのは1979年。この時点で、すでに10年以上のキャリアを持ったバンドです。

 そのため、というわけでもないのでしょうが、グランジに迎合することもなく、自分のやりたい音楽を心の底から楽しんでやっている、というのが滲み出たアルバムになっています。

 個人的には、じめじめした陰鬱なグランジも大好きなのですが、ファストバックスの鳴らす音は、それとは対極にカラッとした明るさを持ったもの。本作でも、分厚く歪んだギターと、ドタバタ感のあるアンサンブル、女性ボーカルによる親しみやすいメロディーが合わさり、カラフルなサウンドを作りあげています。ジャンル名を引き合いに出して説明するなら、ギターポップとパワーポップの融合、といったところ。

 1曲目の「In The Summer」から、ドラムのリズムが前のめりに突っ込み、ギターはドライブ感全開のフレーズを繰り出していきます。ギターは激しく歪んでいるものの攻撃性は感じず、全音域が豊かで明るいサウンド。脳を揺らすように、パワフルに鳴り響きます。

 2曲目「Apologies」は、バンド全体が塊となって転がるように、疾走感に溢れたパンク・ナンバー。爽やかなコーラスワークも秀逸。この曲でもギターが、激しくも羽が生えたように軽やかなフレーズで、バンドを引っ張っていきます。

 5曲目「What To Expect / Dirk’s Car Jam」は、イントロからリズム隊がフィーチャーされ、立体的なアンサンブルが構成される1曲。本作の中では、ややリズムが複雑で、各楽器がリズムを噛み合うように、グルーヴ感が生まれていきます。

 6曲目「Says Who?」は、ドタドタと低音域を響かせるドラムのイントロに導かれ、パワフルに疾走する演奏が繰り広げられる1曲。アルバム中で、最もハードな音像を持っています。

 ちなみに、現在SpotifyやAppleで配信されている音源では、5曲目が「What To Expect」、6曲目が「Dirk’s Car Jam」という曲目になっています。しかし、CDのジャケットの表記だと、5曲目が「What To Expect / Dirk’s Car Jam」で、6曲目が「Says Who?」。

 Spotifyで配信されている6曲目を聴いてみると、タイトルは「Dirk’s Car Jam」なのに、歌詞では「Says Who?」と歌っています。おそらく、5曲目のタイトルを分割したために起きた間違いでしょう。以降の曲も、CDおよびLP版とは、曲目がズレています。

 8曲目「I Won’t Regret」(配信の表記は「Last Night I Had A Dream That I Could Fly」)は、激しく歪んだギターと、アコースティック・ギターが用いられ、立体的で厚みのあるアンサンブルが展開される1曲。やや物憂げでメロウなボーカルが、サビで「I won’t regret the times we walked and watched the days run by us」と歌いあげるのは、胸に沁みます。

 1stアルバムである前作『…And His Orchestra』に引き続き、とにかくポップで楽しいアルバム。シンプルで親しみやすいメロディーに、ハードロックを彷彿とさせるギターのフレーズが重なり、パワフルでダイナミズムも大きな1作です。

 キム・ワーニック(Kim Warnick)と、ルル・ガルジューロ(Lulu Gargiulo)の女声ボーカルも魅力的。高音域をいかした突き抜けるような声で、基本的には勢い重視の歌唱が多いのですが、絞り出すようなシャウトだったり、メロウで情緒的だったりと、表情豊か。楽曲をさらにカラフルに彩っています。





Fastbacks “…And His Orchestra” / ファストバックス『…アンド・ヒズ・オーケストラ』


Fastbacks “…And His Orchestra”

ファストバックス 『…アンド・ヒズ・オーケストラ』
発売: 1987年6月15日
レーベル: Popllama (ポップラマ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、ファストバックスの1stアルバム。当時のシアトルを代表するプロデューサーであり、グランジ・オルタナ勢の多くの作品を手がけた、コンラッド・ウノがプロデュースを担当。

 レコーディングもウノが所有するエッグ・スタジオ(Egg Studios)でおこなわれ、彼が設立したレーベル、ポップラマからリリースされました。

 80年代後半から90年代前半にかけて、シアトルから始まったグランジ・オルタナ・ブーム。その中心はもちろん、ニルヴァーナ(Nirvana)やMudhoney(マッドハニー)をはじめとする、サブ・ポップ周辺のバンドたちですが、他にもシーンを支える多様なバンドが存在していました。ファストバックスも、そのひとつ。

 彼らの音楽性を一言であらわすならば、ポップなパンクロック。親しみやすいメロディーに、ばたついた立体的なアンサンブル。パワーコードを中心に駆け抜けるだけでなく、ギターの単音弾きが、アンサンブルに立体感を与え、アルバムをカラフルに彩っています。

 ざらついた生々しいサウンドと、シリアスで物憂げな歌詞を持つ、いわゆるグランジのサウンドとは質感が異なり、むしろ正反対とさえ言える彼らの音楽性。サーフロックのような爽やかさと、パワーポップ的なノリの良さを持ち、元気いっぱいに駆け抜けていきます。

 ニルヴァーナの影響力があまりにも強く、この時代のシアトルと言えば、憂鬱な空気を持ったグランジ、というイメージが支配的。しかし、当時のシアトルには、多様なバンドがいたのだと実感させてくれるのが、ファストバックスです。

 ちなみに僕自身は、ニルヴァーナもファストバックスも、リアルタイムで経験していないため、音源や書籍の情報から、当時のシーンを想像するしかないのですが。

 さて、そんな音楽性を持ったファストバックスの1stアルバム。1作目のアルバムらしく、エンジン全開で疾走感あふれる演奏を繰り広げていきます。

 1曲目「Seven Days」は、ギターがうなりを上げ、ドラムがドタバタとリズムを刻み、前のめりに疾走するアンサンブルが展開される1曲。再生時間1:09あたりからのギターソロには、バックの演奏と合わせて、サーカスの曲芸的なスリルと疾走感があります。

 2曲目「Light’s On You」は、厚みのあるサウンドのギターに、タムとバスドラを多用したドラムが重なる、低音域に重心を置いた1曲。ギターが空へ飛び立つようにフレーズを弾き始めると、バンド全体の音域も広がり、ダイナミックに展開。

 3曲目「If You Tried」は、イントロから中音域の豊かなギターが、メロディアスなフレーズを繰り出す、ポップで疾走感のある1曲。コーラスワークも爽やかで、ポップパンクかくあるべし!という演奏が展開。

 4曲目「Don’t Cry For Me」は、ドラムがタイトにリズムを刻み、各楽器が有機的に絡み合う、躍動感のあるアンサンブルが展開される1曲。

 5曲目「In The Winter」は、歯車のピッタリ合った機械のように、各楽器が組み合い、一体感と躍動感のあるアンサンブルが繰り広げられる1曲。音のストップとゴーが正確で、メリハリがはっきりしています。

 6曲目「Wrong, Wrong, Wrong」は、タイトにリズムを刻むドラムに、厚みのあるギターのサウンドが重なる、疾走感あふれる1曲。

 10曲目「Set Me Free」は、回転するようなギターとベースのフレーズに、小刻みなドラムのリズムが組み合わさり、転がるような疾走感のあるアンサンブルが展開する曲。再生時間1:20あたりからのギターソロは、高速で綱渡りをするような緊張感と疾走感があります。

 ギターポップを思わせるメロディーとコーラスワークが、パンク・ロックらしいスピーディーなリズムと合わさり、ポップさと疾走感が共存したアルバムとなっています。

 1987年にリリースされた本作ですが、実はファストバックスが結成されたのは1979年。本作リリース時点で、8年のキャリアを持つバンドでした。当時から楽しむことを第一に、バンドを続くけてきた彼ら。

 当時のシアトルを席巻した、いわゆるグランジとは耳ざわりが大きく異なる理由は、若干の世代間の差と、この音楽に対するスタンスによるものでしょう。ただ、売れることではなく、音を鳴らすことを一義的に考えるという点では、オルタナティヴ・ロック的な態度とも言えます。

 リリース当時はLP盤で11曲収録ですが、CD化される際に2枚のEP作品『Every Day Is Saturday』と『Play Five Of Their Favorites』が同時収録され、20曲入りになっています。現在、Spotify等のデジタル配信で聴けるのも、こちらの20曲収録バージョンです。