Beat Happening “Beat Happening”
ビート・ハプニング 『ビート・ハプニング』
発売: 1985年
レーベル: K Records (Kレコーズ)
ワシントン州オリンピアで結成されたバンド、ビート・ハプニングの1stアルバムです。発売当時はLPで10曲収録でしたが、そのあと再発されるたびにボーナス・トラックが追加され、現在はデジタル配信されているものも含め、24曲収録されています。
曲順も変更になっているのですが、当レビューで曲目を紹介する際は、現状の24曲収録バージョンに準じます。
ローファイという言葉は、このアルバムの為にあるのではないか、と思うほどのしょぼい音でレコーディングされています。現代的な感覚からすれば「音が悪い」というレベルではなく、テープレコーダーで録音した音源のダビングを繰り返し、劣化したような音質です。
しかし、それが音楽の魅力を損なっているかといえば全くそんなことはなく、むしろ魅力へと転化しているところがこのバンドの唯一無二なところ。あまり気軽に使いたくないのですが「音楽の魔法」という言葉を使いたくなるほどの魅力が、このバンド、そしてこのアルバムにはあります。
ギター2人、ドラム1人からなる、ベース不在の3ピース・バンドであるのも、このバンドが持つ独特のローファイ感を、増幅させています。当然のことながら、アンサンブルに空間が増え、通常編成のバンドとは異なった耳ざわりを持ちます。
1曲目の「Our Secret」は、テープ自体が劣化して波打つようなサウンド。全ての楽器の音がシンプルで、ボーカルも決して歌唱力に優れたわけではないのに、各楽器とボーカルのルーズなアンサンブルが心地よく、繰り返し聴きたくなる1曲です。
2曲目の「What’s Important」では、イントロの飾り気のない音色のギターに続いて、たどたどしくドラムが入ってきます。その上に乗り、流れるようなボーカルのメロディー。アンサンブルには隙だらけなのに、ラフなバランスがグルーヴ感のように、完璧にかみ合っているように感じられるから不思議。
4曲目「I Love You」は、フレーズがかすれるギター、前のめりにドタバタしたドラム、メロディー感が希薄だけど耳に残るボーカル、とローファイの魅力が多分に詰まった1曲です。
5曲目「Fourteen」は、イントロのドタバタしたドラムと、ヘロヘロのギターが最高。19曲目にも同じ曲が収録されていますが、5曲目は1983年、19曲目は1984年にレコーディングされた音源です。
13曲目「Foggy Eyes」は、オリジナルのLP盤では1曲目に収録されていた楽曲。一般的には十分ローファイな曲ですが、本作のなかではアンサンブルがタイトな曲。ギターとドラムが緩やかにスウィングしていて、ギターポップとして聴いても素晴らしい。
14曲目「Bad Seeds」は、少しもたついて聞こえるドラムが、独特のノリを演出。この曲は7曲目にライブ・バージョンが収録されています。
ローファイを知りたいなら、まずはこのアルバムを聴いてください!という感じでおすすめしたい1作です。前述したとおり、現状の24曲入りのバージョンは、オリジナル・アルバムというよりも初期音源を集めたコンピレーションといった方が適切。
この作品に詰まっているのは、音楽の魅力の核みたいなものだと思っています。迫力あるサウンド・プロダクションや、複雑なアンサンブルは無くとも、いや無いからこそ、リズムを刻むことの楽しさや、感情を歌にすることのプリミティヴな魅力が前景化され、耳と心をつかんで離さないのだと思います。
ジャケットのデザインも、音楽の内容とマッチしていて、本当に秀逸。音楽を聴いてから、改めてこのジャケットを見ると、ロケットに乗る猫が愛おしく、この上なくかわいらしく見えてきます。
僕はビート・ハプニングが大好きで、このあとのアルバムも素晴らしい作品ばかりですが、特にこの1stアルバムの空気感が好きで好きでたまりません。