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Beat Happening “Black Candy” / ビート・ハプニング『ブラック・キャンディ』


Beat Happening “Black Candy”

ビート・ハプニング 『ブラック・キャンディ』
発売: 1989年
レーベル: K Records (Kレコーズ), Sub Pop (サブ・ポップ)

 ワシントン州オリンピアで結成されたバンド、ビート・ハプニングの3rdアルバム。1989年にKレコーズより発売。その後、1992年にサブ・ポップからもリリースされています。

 ローファイ・バンドの代表格と目されるビート・ハプニング。各楽器のサウンドも、アンサンブルも、極めてシンプル。というより、かなりしょぼいと言っていいのに、このバンドが鳴らす音楽には、「音楽の魔法」と呼びたくなる魅力があります。演奏力が優れているわけでも、音圧高いハイファイなサウンド・プロダクションでもないのに、不思議と何度も聴きたくなる音楽。

 「ローファイ」というジャンルが存在していること自体が、ハイファイなサウンド・プロダクションとは異質のサウンドに価値を見いだす人がいる、言い換えれば全く別のベクトルで音楽を作り、それを好む人が一定数いることの証左なのかもしれません。

 本作『Black Candy』も、1stアルバム『Beat Happening』と比較すれば、音質にもアンサンブルにも洗練された部分がありますが、全体のサウンド・プロダクションは、ほどよいチープさを持った、シンプルで不思議な魅力にあふれたものです。

 アルバム表題曲でもある2曲目の「Black Candy」は、たっぷりとタメを作ってリズムをとっているのか、単にスローテンポなだけなのか判断がつきにくい、ゆったりとしたペースの曲。ギターとドラムが淡々とアンサンブルを構成するなか、ボーカルも感情を排したような声で、若干のアングラ臭を漂わせながらメロディーを紡ぎます。

 4曲目「Pajama Party In A Haunted Hive」は、ギターのフィードバックから始まり、このバンドには珍しく、歪んだギターが響きわたり、ドラムにもビート感が強い、ロックな1曲。

 7曲目「Bonfire」は、ドラムとギターが立体的なアンサンブルを形成し、その上にダンディーな空気をふりまくボーカルが乗る1曲。リード・ギターとリズム・ギターの役割がはっきりと分担されていて、機能的なアンサンブルと言えるのですが、独特のスキがあるところが彼らの魅力。

 一般的な価値観からすれば、非常にシンプルな音とフレーズで構成されたアルバムです。しかし、ビート・ハプニングの作品に共通して言えることですが、アンサンブルやメロディー、歌にあらわれる感情など、音楽の魅力となるべきものが、凝縮され、前景化された印象を持ちます。

 聴いていると、どこまでもポップで、魅力にあふれた作品です。とはいえ、かなりしょぼい音であるのは、事実ですから、受け入れられない人もいると思います。

 繰り返しになってしまいますが、このしょぼさがこのバンドの魅力なんですけどね。

 





Beat Happening “Beat Happening” / ビート・ハプニング『ビート・ハプニング』


Beat Happening “Beat Happening”

ビート・ハプニング 『ビート・ハプニング』
発売: 1985年
レーベル: K Records (Kレコーズ)

 ワシントン州オリンピアで結成されたバンド、ビート・ハプニングの1stアルバムです。発売当時はLPで10曲収録でしたが、そのあと再発されるたびにボーナス・トラックが追加され、現在はデジタル配信されているものも含め、24曲収録されています。

 曲順も変更になっているのですが、当レビューで曲目を紹介する際は、現状の24曲収録バージョンに準じます。

 ローファイという言葉は、このアルバムの為にあるのではないか、と思うほどのしょぼい音でレコーディングされています。現代的な感覚からすれば「音が悪い」というレベルではなく、テープレコーダーで録音した音源のダビングを繰り返し、劣化したような音質です。

 しかし、それが音楽の魅力を損なっているかといえば全くそんなことはなく、むしろ魅力へと転化しているところがこのバンドの唯一無二なところ。あまり気軽に使いたくないのですが「音楽の魔法」という言葉を使いたくなるほどの魅力が、このバンド、そしてこのアルバムにはあります。

 ギター2人、ドラム1人からなる、ベース不在の3ピース・バンドであるのも、このバンドが持つ独特のローファイ感を、増幅させています。当然のことながら、アンサンブルに空間が増え、通常編成のバンドとは異なった耳ざわりを持ちます。

 1曲目の「Our Secret」は、テープ自体が劣化して波打つようなサウンド。全ての楽器の音がシンプルで、ボーカルも決して歌唱力に優れたわけではないのに、各楽器とボーカルのルーズなアンサンブルが心地よく、繰り返し聴きたくなる1曲です。

 2曲目の「What’s Important」では、イントロの飾り気のない音色のギターに続いて、たどたどしくドラムが入ってきます。その上に乗り、流れるようなボーカルのメロディー。アンサンブルには隙だらけなのに、ラフなバランスがグルーヴ感のように、完璧にかみ合っているように感じられるから不思議。

 4曲目「I Love You」は、フレーズがかすれるギター、前のめりにドタバタしたドラム、メロディー感が希薄だけど耳に残るボーカル、とローファイの魅力が多分に詰まった1曲です。

 5曲目「Fourteen」は、イントロのドタバタしたドラムと、ヘロヘロのギターが最高。19曲目にも同じ曲が収録されていますが、5曲目は1983年、19曲目は1984年にレコーディングされた音源です。

 13曲目「Foggy Eyes」は、オリジナルのLP盤では1曲目に収録されていた楽曲。一般的には十分ローファイな曲ですが、本作のなかではアンサンブルがタイトな曲。ギターとドラムが緩やかにスウィングしていて、ギターポップとして聴いても素晴らしい。

 14曲目「Bad Seeds」は、少しもたついて聞こえるドラムが、独特のノリを演出。この曲は7曲目にライブ・バージョンが収録されています。

 ローファイを知りたいなら、まずはこのアルバムを聴いてください!という感じでおすすめしたい1作です。前述したとおり、現状の24曲入りのバージョンは、オリジナル・アルバムというよりも初期音源を集めたコンピレーションといった方が適切。

 この作品に詰まっているのは、音楽の魅力の核みたいなものだと思っています。迫力あるサウンド・プロダクションや、複雑なアンサンブルは無くとも、いや無いからこそ、リズムを刻むことの楽しさや、感情を歌にすることのプリミティヴな魅力が前景化され、耳と心をつかんで離さないのだと思います。

 ジャケットのデザインも、音楽の内容とマッチしていて、本当に秀逸。音楽を聴いてから、改めてこのジャケットを見ると、ロケットに乗る猫が愛おしく、この上なくかわいらしく見えてきます。

 僕はビート・ハプニングが大好きで、このあとのアルバムも素晴らしい作品ばかりですが、特にこの1stアルバムの空気感が好きで好きでたまりません。