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Sebadoh “Harmacy” / セバドー『ハーマシー』


Sebadoh “Harmacy”

セバドー 『ハーマシー』
発売: 1996年8月20日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Wally Gagel (ワリー・ガゲル), Eric Masunaga (エリック・マスナガ), Tim O’Heir (ティム・オハイア)

 ダイナソーJr.での活動でも知られるルー・バーロウ(Lou Barlow)率いるバンド、セバドーの6thアルバム。

 前作『Bakesale』の制作途中に、ドラムがオリジナル・メンバーのエリック・ガフニー(Eric Gaffney)から、ボブ・フェイ(Bob Fay)へと交代したセバドー。次作『The Sebadoh』のレコーディング前に、ボブ・フェイが解任されるため、本作が彼がドラムを叩く最後のアルバムとなります。

 ジャケットの写真は、メンバーのジェイソン・ローウェンスタイン(Jason Loewenstein)が、ツアー中にアイルランドのキャシェル(Cashel)で撮影した薬局。薬局をあらわす「pharmacy」の綴りの「P」が落ちてしまっていますが、この「P」が脱落した綴りをアルバムのタイトルに採用しています。

 ローファイを代表するバンドのひとつと目されるセバドー。しかし、前作『Bakesale』は、音質もアンサンブルも、比較的タイトにまとまっていました。本作『Harmacy』も、前作の路線を引き継ぎ、彼らの作品の中でも、洗練されたサウンドを持った1作と言えます。

 そのため、よりヘロヘロのローファイ感を好む方は、初期のアルバムを聴いた方が良いかもしれません。とはいえ本作も、音圧の高い一般的な意味での「良い音」からは外れていて、ローファイな魅力も持ち合わせてはいるのですが。

 1曲目の「On Fire」は、クリーントーンのギターを中心に、風に揺れるような心地よいアンサンブルが展開される1曲。ボーカルも穏やかで、ローファイと言うよりも、おしゃれなギターポップの雰囲気を持った1曲。ですが、再生時間2:47あたりからのキーボードのチープな音色が、セバドーらしいサウンドを演出。あ、やっぱりこのバンドはセバドーなんだ!という安心感があります。

 2曲目「Prince-S」は、ファンク的な粘っこく絡みつくようなグルーヴ感とは異なりますが、バンド全体が一体となって躍動する1曲。リズムにメリハリがあり、加速とブレーキを繰り返しながら、疾走していきます。

 3曲目「Ocean」は、各楽器が折り重なるようにアンサンブルを構成する1曲。特にテンポが速いわけではありませんが、各楽器が追い抜き合うようにフレーズを重ねるため、前への推進力を感じる演奏。

 5曲目「Crystal Gypsy」は、イントロから下品に歪んだギターが暴れる、ジャンク感の強いロック・チューン。全ての楽器が押しつぶされたような音質で録音され、ローファイ感が強い1曲。ヘヴィメタル的な硬質なサウンドとは全く異なる音質ですが、このような汚くアングラ臭を振りまくサウンド・プロダクションも、聴き手のテンションを上げます。

 6曲目「Beauty Of The Ride」は、ドタバタと地面を揺るがすようなドラムに、ギターとベースが覆い被さり、疾走感のあるアンサンブルを展開する1曲。5曲目「Crystal Gypsy」と比べると、一般的なロックに近いサウンドと演奏。

 9曲目「Willing To Wait」は、クリーントーンのギターがフィーチャーされた、牧歌的な1曲。隙間の多い穏やかなバンドのアンサンブルを縫うように、ボーカルがメロディーを紡いでいきます。

 13曲目「Worst Thing」は、電子ノイズのように歪んだギターらしきサウンドが耳に絡みつくイントロから、押し寄せる波のように揺れる演奏が展開する1曲。

 アルバム最後の19曲目に収録されている「I Smell A Rat」は、マサチューセッツ州出身のハードロック・バンド、ザ・バグス(The Bags)のカバー。テンポが速く、演奏もタイトで、疾走感あふれる1曲。1988年公開のアメリカ映画『ワイルド・スモーカーズ』(原題:Homegrown)のサウンドトラックに採用されています。

 サウンド的にも音楽的にも、前作の路線を引き継いている本作。19曲収録とボリュームたっぷりですが、中だるみすることも、マンネリ化することもなく、多彩な楽曲群が収録されています。

 一般受けしそうな分かりやすいロックな曲や、ギターポップ色の濃い曲もあれば、ところどころジャンクでアングラな曲やアプローチも含まれ、前作以上に音楽の幅を広げた1作と言って良いでしょう。

 





Sebadoh “Bakesale” / セバドー『ベイクセール』


Sebadoh “Bakesale”

セバドー 『ベイクセール』
発売: 1994年8月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Tim O’Heir (ティム・オハイア), Bob Weston (ボブ・ウェストン)

 ダイナソーJr.での活動でも知られるルー・バーロウ(Lou Barlow)を中心に、マサチューセッツ州ノーサンプトンで結成されたインディー・ロック・バンド、セバドーの5thアルバム。

 前作『Bubble & Scrape』に引き続き、サブ・ポップからのリリース。レコーディング・エンジニアは、楽曲によりティム・オハイアとボブ・ウェストンが分け合うかたちで担当。ジャケットに写っている子供は、1歳時のルー・バーロウで、彼の母親による撮影。

 当初は、シカゴにあるスティーヴ・アルビニ(Steven Albini)のスタジオで、ボブ・ウェストンをエンジニアにレコーディングを開始。シカゴでは4曲をレコーディングしますが、ドラムのエリック・ガフニー(Eric Gaffney)が脱退してしまいます。

 その後、レコーディング・スタジオを、ボストンのフォート・アパッチ・スタジオ(Fort Apache Studios)へ移し、サポート・ドラマーとしてタラ・ジェイン・オニール(Tara Jane O’Neil)、さらにガフニーの後任としてボブ・フェイ(Bob Fay)を迎え、レコーディングを完了。

 以上のように、レコーディング場所を変え、途中でメンバー交代も経た上で、リリースされた本作。バンドにとっても過渡期にあたる作品と言って良く、初期のローファイ感あふれるサウンドから、よりソリッドな音像へ。

 ギターのヘロヘロな音質と不安定な音程、ところどころ隙のあるアンサンブルが、これまでのセバドーの特徴でしたが、本作ではサウンドとアンサンブルの両面で、格段にタイトになっています。

 1曲目の「License To Confuse」から、ギターとベースのドラムの3者が有機的に絡み合い、躍動するアンサンブルを展開。ギターの音質も、これまでのチープで線の細いものではなく、パワフルにドライヴしていきます。

 2曲目「Careful」は、各楽器が重なり合うように、一体感のある演奏を繰り広げる1曲。物憂げながら、ブルージーで渋い雰囲気を醸し出すボーカルも、これまでのセバドーと比較すると耳ざわりが異なります。

 3曲目「Magnet’s Coil」は、各楽器とも毛羽立ったサウンドを持ち、前作までとは違ったローファイ感のある1曲。前作までがヘロヘロで弦のゆるんだサウンドだとすると、この曲は弦にトゲがついたような、ざらついたサウンド。クールなボーカルの歌唱も相まって、ガレージ・ロック的な佇まいも持っています。

 5曲目「Not Too Amused」は、気だるいボーカルに、バンド全体も弦やドラムヘッドが伸びきったような、気だるいサウンド。苛立った感情を直接的に吐き出すのではなく、うちに秘めたままドロドロと渦巻くような空気を持った1曲です。アンサンブルの面では、ゆるやかに絡み合い、バンドが一体となって進行。

 7曲目「Skull」は、乾いたギターの音色と、タイトにノリを演出するリズム隊、クールなボーカルの歌唱が溶け合った、ギターポップ色の濃い1曲。ダイナソーJr.を思わせる疾走感も感じられますが、彼らと比較すると、やはりサウンドとアンサンブルの両面において、ローファイ感が溢れています。

 8曲目「Got It」は、ドラムは手数は少ないものの前のめりにリズムを刻み、ギターとベースが一体となって駆け抜ける、疾走感のある1曲。しかし、ゴリゴリに押しまくるわけではなく、リズムにはいい意味での甘さがあり、それが全体に揺らぎと立体感を与え、音楽のフックとなっています。

 11曲目「Rebound」は、2本のギターとベースがレイヤー状に重なり、厚みのあるサウンドを作り上げる1曲。イントロ部分のハーモニーを前面に押し出したアレンジは、これまでのセバドーらしくないアプローチ。厚みのある多層的なバンド・サウンドに、ボーカルもバンドの一部のように溶け込んでいます。

 前述したとおり、レコーディング・スタジオおよびエンジニアを変え、メンバー交代も経た上で完成された本作。しかし、散漫な印象は無く、多彩な曲が収録され、サウンド面でも表現の幅を広げた1作です。

 ローファイ感はこれまでのアルバムと比較すると薄れてはいますが、一般的なバンドと比べれば、リズムやサウンドにはメジャー的ではない雑味があります。音質は向上していますが、セバドーの音楽が持つ揺らぎや奥行きなどは、引き継がれています。

 1994年のリリース当時は15曲収録でしたが、2011年のリイシュー版には25曲収録のエクストラ・ディスクが追加され、計40曲収録となっています。現在は、このリイシュー版が「Deluxe Edition」として、SpotifyやApple Music等のサブスクリプション・サービスで試聴可能です。

 





Sebadoh “Bubble & Scrape” / セバドー『バブル・アンド・スクレイプ』


Sebadoh “Bubble & Scrape”

セバドー 『バブル・アンド・スクレイプ』
発売: 1993年4月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Bob Weston (ボブ・ウェストン), Brian Fellows (ブライアン・フェローズ), Paul McNamara (ポール・マクナマラ)

 1988年にマサチューセッツ州ノーサンプトンで結成されたインディー・ロック・バンド、セバドーの4thアルバム。前作まではニューヨークにオフィスを構えるレーベル、ホームステッドからのリリースでしたが、今作からはUSインディーを代表するレーベル、シアトルのサブ・ポップへと移籍しています。

 「ローファイ」というジャンルの代表格のバンドと目されるセバドー。4作目となる本作でも、ローファイ感の溢れる、魅力的な音楽が鳴らされています。

 ローファイという言葉も、音楽ジャンル名としては、曖昧な部分を残すところがありますので、ここで簡単にまとめておきます。一般的に「ローファイ」というと、録音状態が悪く、チープな音質でレコーディングされた音源、またそのような音を出すバンドを指します。

 安価なカセット・デッキしか持っていない、という機材的、経済的な理由でローファイにならざるを得ないケースもあれば、意図的にしょぼい音質を狙って、レコーディングをするケースもあります。どちらかというと後者のように、豪華なメジャー的サウンドに対するアンチテーゼとして、しょぼい音質を狙うのが、ジャンルとしてのローファイの特徴であると言って良いでしょう。

 言い換えれば、良くも悪くも時代に寄り添った、似たり寄ったりのメジャー的サウンドに反対し、全く違った音質で魅力を追い求める、ということ。なので、ただやみくもに劣悪で薄っぺらい音質を追い求める、というのも本末転倒です。

 大切なのは、音圧の高いハイファイ・サウンドが無条件に良い音とも限らず、ノイズまみれのペラッペラのローファイ・サウンドが悪い音とも限らない、ということです。

 また、安っぽい音質でレコーディングすることで、アングラ臭やインディーロック感を演出し、一部の音楽にとっては魅力となる。音質をあえてしょぼくすることで、メロディーやアンサンブルが前景化される、といった効果もあるでしょう。

 前書きが長くなりましたが、セバドー4作目のアルバムとなる本作は、飾らない音質と、ラフさを残したアンサンブルの中で、物憂げながら流麗なメロディーが引き立つ、ローファイの魅力が浮き彫りになった1作です。

 1曲目の「Soul And Fire」は、テープのスロー再生を思わせる、引き伸ばされたようなリズムとメロディーが、心地よく流れていく1曲。感情を排したように淡々としたボーカルの歌唱、歪んではいるのに攻撃性よりもジャンク感を感じさせるギター、パスンパスンと軽く響くドラムなど、ローファイの魅力がたっぷり。

 2曲目「2 Years 2 Days」は、1曲目よりはリズムもサウンドの輪郭もクッキリとした1曲。とはいえ、ざらついた歪みのギターと、ヘロヘロかつ伸びやかにソロを弾くギターのサウンドなど、型をはみ出た魅力は多分に持っています。

 3曲目「Telecosmic Alchemy」は、おもちゃのようなサウンドを持った、ジャンク感の強い1曲。ボーカルも含め、全ての楽器がチープでガチャガチャした音質。ローファイ成分が凝縮されています。

 4曲目「Fantastic Disaster」は、硬質でタイトなリズム隊に、ヘロヘロのギターとハーモニカが絡む1曲。このヘロヘロ具合が、楽曲に奥行きと揺らぎを与え、飽きのこない魅力となっています。

 5曲目「Happily Divided」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされた、牧歌的な1曲。コーラスワークも整理され、ローファイ感は薄め。ですが、途中から奥の方で鳴っているエレキ・ギターらしき音が、わずかにジャンクな雰囲気をプラス。

 6曲目「Sister」は、歪んだエレキ・ギターが唸りをあげるロックな1曲。ですが、もちろんハードロックのように音圧の高いサウンドではなく、線の細さの目立つサウンド。オモチャの車がガタゴト、バラバラになりそうに走っていくような、キュートで味わい深い疾走感があります。

 9曲目「Elixir Is Zog」は、ドラムのビートはくっきりとしていますが、ギターは音程が不安定でヘロヘロ。サビではボーカルの歌唱がシャウト気味になり、コントラストの鮮やかな1曲。

 10曲目「Emma Get Wild」は、ギターの音程には怪しいところがありますが、アンサンブルは立体的で、ロック的なグルーヴも感じられる1曲。しかし、もちろんゴリゴリにグルーヴしていくわけではなく、ところどころリズムにも音程にも甘いところがあり、そこが楽曲に独特の浮遊感を与え、魅力となっています。

 14曲目「No Way Out」は、テンポが速く、前のめりに疾走していく1曲。各楽器の音質はチープですが、その分リズムが前景化し、疾走感を演出しています。

 16曲目「Think (Let Tomorrow Bee)」は、アコースティック・ギターとボーカルのみの、物憂げな1曲。コーラスワークからは、サイケデリックな空気も漂います。

 アルバムを締めくくる17曲目の「Flood」は、バネで弾むようなギターのサウンドと、ブチギレ気味のボーカルが印象的な、ジャンクかつ疾走感あふれる1曲。

 ローファイなサウンドによる一貫性もありながら、多彩な楽曲が収められた、楽しいアルバムです。サウンドはどれも一般的な価値観からすればチープで、各楽器にフレーズにも不安定なところが多々ありますが、それらが微妙にリズムをずらすことで生まれるグルーヴ感やポリリズム感のように、楽曲に奥行きを与えています。

 「ローファイ」というと、どうしてもネタ的に音のしょぼさのみが注目されますが、音圧の高いハイファイ・サウンドによる、楽譜通りの演奏には無い、立体感を持っているところが、このジャンルの大きな魅力のひとつ。

 1993年にリリースされた当時は17曲収録ですが、2008年のリイシュー版にはボーナス・トラックが15曲も追加され、計32曲収録。しかも、1曲ごとが短いため、2枚組ではなく1枚のディスクに収められています。

 





Guided By Voices “Alien Lanes” / ガイデッド・バイ・ヴォイシズ『エイリアン・レインズ』


Guided By Voices “Alien Lanes”

ガイデッド・バイ・ヴォイシズ 『エイリアン・レインズ』
発売: 1995年4月4日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Mr. Japan (ミスター・ジャパン)

 オハイオ州デイトン出身のバンド、ガイデッド・バイ・ヴォイシズの8枚目のスタジオ・アルバム。フロントマンのロバート・ポラード(Robert Pollard)を中心に1983年に結成され、本作までに7枚のアルバムをリリースしていますが、本作がマタドールからリリースされる1作目のアルバムとなります。

 結成当初から各メンバーとも仕事を持ちながら、地元デイトンのバーなどで、地道な活動を続けてきたガイデッド・バイ・ヴォイシズ。オハイオ州クリーブランドのインディー・レーベル、Scat Recordsからリリースされた7作目『Bee Thousand』のディストリビューター(流通・販売)を、マタドールが手がけ、8作目となる今作から正式に契約し、マタドールからの発売となります。

 前述したとおり、本作でUSインディーロックを代表する名門レーベル、マタドールと契約するまで、地道な活動を続けており、彼らの初期の作品群は、チープな音質と、テクニックよりも楽しさが前景化した音楽性から、ローファイに括られます。本作以降は、メンバーが音楽活動に専念するために仕事を辞め、徐々に音楽性の幅を広げ、音質も向上。

 マタドールからの1作目となる本作は、彼らのローファイな魅力が詰まった、過渡期の作品とも言えるでしょう。28曲収録で、時間は41分。大半の曲は2分以内のコンパクトな構成。ややざらついたローファイな音質で、メロディーとアンサンブルのむき出しの魅力が前景化された、ロックンロールが展開されます。

 音圧は高くないのに、ギターの豪快な歪み、ロバート・ポラードのソング・ライティング能力、シンプルなロック的アンサンブルのカッコよさなど、音楽の魅力に溢れたアルバムです。

 1曲目の「A Salty Salute」から「ジーー」というノイズを含んだ音質で、各楽器がシンプルながら機能的に絡み合い、感情を絞り出すようなボーカルとも合わさる、ミドルテンポのロックンロールが展開。

 2曲目「Evil Speakers」は、テンポはそこまで速くはないのに、各楽器のリズムが絶妙にフックとなり、耳をつかむ1曲です。

 4曲目「They’re Not Witches」では、アコースティック・ギターがフィーチャーされ、立体的なアンサンブルとコーラスワークが溶け合い、メロディーの魅力が前面に出てきます。

 11曲目「Pimple Zoo」は、ざらついた音色のギターと、やや渇いたシャウト気味のボーカルが先導するロック・チューン。ブリッジ部分ではアコースティック・ギターが用いられ、わずか43秒の1曲ですが、勢いだけではありません。

 17曲目「My Valuable Hunting Knife」は、ドラムをはじめとして、各楽器の音がチープで、ローファイの魅力に溢れた1曲。メロディーとアンサンブルが前景化し、音圧の低さと音質のチープさが魅力に転化するお手本のような曲です。

 アルバム全体を通して、音質はチープで、楽曲によってばらつきもありますが、音楽性は多彩で、メロディーや各楽器の絡みなど、音楽のコアな魅力を感じられる作品です。音質に頼らないことで、音楽の強度や、音楽を楽しむことが前景化される、ローファイの魅力が存分に含まれたアルバムとも言えます。

 ちなみに、2010年版の『死ぬ前に聴くべき1001枚のアルバム』(1001 Albums You Must Hear Before You Die)に選出されています。

 





Beat Happening “Black Candy” / ビート・ハプニング『ブラック・キャンディ』


Beat Happening “Black Candy”

ビート・ハプニング 『ブラック・キャンディ』
発売: 1989年
レーベル: K Records (Kレコーズ), Sub Pop (サブ・ポップ)

 ワシントン州オリンピアで結成されたバンド、ビート・ハプニングの3rdアルバム。1989年にKレコーズより発売。その後、1992年にサブ・ポップからもリリースされています。

 ローファイ・バンドの代表格と目されるビート・ハプニング。各楽器のサウンドも、アンサンブルも、極めてシンプル。というより、かなりしょぼいと言っていいのに、このバンドが鳴らす音楽には、「音楽の魔法」と呼びたくなる魅力があります。演奏力が優れているわけでも、音圧高いハイファイなサウンド・プロダクションでもないのに、不思議と何度も聴きたくなる音楽。

 「ローファイ」というジャンルが存在していること自体が、ハイファイなサウンド・プロダクションとは異質のサウンドに価値を見いだす人がいる、言い換えれば全く別のベクトルで音楽を作り、それを好む人が一定数いることの証左なのかもしれません。

 本作『Black Candy』も、1stアルバム『Beat Happening』と比較すれば、音質にもアンサンブルにも洗練された部分がありますが、全体のサウンド・プロダクションは、ほどよいチープさを持った、シンプルで不思議な魅力にあふれたものです。

 アルバム表題曲でもある2曲目の「Black Candy」は、たっぷりとタメを作ってリズムをとっているのか、単にスローテンポなだけなのか判断がつきにくい、ゆったりとしたペースの曲。ギターとドラムが淡々とアンサンブルを構成するなか、ボーカルも感情を排したような声で、若干のアングラ臭を漂わせながらメロディーを紡ぎます。

 4曲目「Pajama Party In A Haunted Hive」は、ギターのフィードバックから始まり、このバンドには珍しく、歪んだギターが響きわたり、ドラムにもビート感が強い、ロックな1曲。

 7曲目「Bonfire」は、ドラムとギターが立体的なアンサンブルを形成し、その上にダンディーな空気をふりまくボーカルが乗る1曲。リード・ギターとリズム・ギターの役割がはっきりと分担されていて、機能的なアンサンブルと言えるのですが、独特のスキがあるところが彼らの魅力。

 一般的な価値観からすれば、非常にシンプルな音とフレーズで構成されたアルバムです。しかし、ビート・ハプニングの作品に共通して言えることですが、アンサンブルやメロディー、歌にあらわれる感情など、音楽の魅力となるべきものが、凝縮され、前景化された印象を持ちます。

 聴いていると、どこまでもポップで、魅力にあふれた作品です。とはいえ、かなりしょぼい音であるのは、事実ですから、受け入れられない人もいると思います。

 繰り返しになってしまいますが、このしょぼさがこのバンドの魅力なんですけどね。