Portastatic “Slow Note From A Sinking Ship” / ポータスタティック『スロー・ノート・フロム・ア・シンキング・シップ』


Portastatic “Slow Note From A Sinking Ship”

ポータスタティック 『スロー・ノート・フロム・ア・シンキング・シップ』
発売: 1995年6月20日
レーベル: Merge (マージ)
プロデュース: Jerry Kee (ジェリー・キー)

 スーパーチャンク(Superchunk)のマック・マッコーン(Mac McCaughan)のソロ・プロジェクト、ポータスタティックの2ndアルバム。1stアルバム『I Hope Your Heart Is Not Brittle』は、オーバーダビングによって、ほぼマック1人による演奏で作り上げられましたが、2作目となる本作では、曲によってソロとバンド編成が使い分けられています。

 バンドのメンバーとして、前作にも参加していたエレクトス・モノトーン(Erectus Monotone)のベース、ジェニファー・ウォーカー(Jennifer Walker)をはじめ、ドラムにクレア・アッシュビー(Claire Ashby)、ギターにベン・バーウィック(Ben Barwick)などが参加。

 前作はソロ作品らしいリラクシングな雰囲気を持ちながら、実に多彩な楽曲群がおさめられていました。音楽性としては、ルーツ・ミュージックの要素を取り込みながら、無理せずコンパクトにまとまったインディーロックと言えるでしょう。本作は前作同様に、いい意味で力の抜けたリラクシングな空気を持ち、音楽性とサウンド・プロダクションはさらなる広がりを見せています。

 ギターのサウンドを例にとると、前作はアコースティック・ギターとシンプルに歪んだエレキ・ギターが中心に据えられていましたが、本作では空間系のエフェクターの使用頻度が増え、よりオルタナティヴな音像を持っています。

 ちなみに、CD版とレコード版では曲順が異なっており、現在サブスクリプションで配信されているものはCDと同じ曲順です。本記事では、CD版および配信版の曲順に合わせました。

 1曲目「When You Crashed」は、流れるようなスライド・ギターと、柔らかな電子音、耽美なコーラスワークが溶け合う、サイケデリックかつ穏やかな1曲。

 2曲目「Skinny Glasses Girl」は、音数を絞ったミニマルなアンサンブルが展開される1曲。ナチュラルなアコースティック・ギターと、シンプルなクランチ気味のサウンド、ジャンクに歪んだサウンドと、音色の異なる複数のギターが、機能的に重なります。

 ここまでの2曲はマック・マッコーンが、全ての楽器を担当していますが、3曲目「San Andreas」はバンド編成によるレコーディング。そんな先入観を抜きにしても、疾走感に溢れ、バンドらしいアレンジになっています。複数のギターが厚みのあるサウンドを構築し、エフェクトの深くかかったそのサウンドからは、シューゲイザーの香りも漂います。

 4曲目「Taking You With Me」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、ギターの音が空間を埋めていく1曲。アコースティック・ギターのコード・ストロークと、エフェクトのかかったドローン的なギター、電子的な持続音が重なり、音響系のポストロックのようにも聞こえます。

 5曲目「The Angels Of Sleep」は、電子音が前面に出たジャンクで、アヴァンギャルドな雰囲気の1曲。かなりノイジーなサウンドも用いられているのですが、コンパクトな歌モノのロック・ソングにまとまっており、敷居の高さは感じません。

 6曲目「A Cunning Latch」は、イントロで響きわたる高音域のキーボードがアクセントになった、躍動感のあるロックンロール。立体的でドタバタしたドラムも良い。

 7曲目「Spooky」は、電子音とギターノイズが溶け合う、アンビエントで不穏な空気を醸し出す1曲。

 8曲目「The Great Escape」は、バンド編成でレコーディングされており、いきいきとしたグルーブ感のあるミドルテンポの1曲。

 9曲目「Running Water」は、アコースティック・ギターのオーガニックな響きと、キーボードのファニーな音色が、絡み合う、牧歌的でかわいらしい雰囲気の1曲。ボーカルの歌唱もリラックスしていて、ローファイで親しみやすい空気にも溢れています。

 12曲目「On Our Hands」は、立体的で躍動感のあるアンサンブルが展開する1曲。音場が広く臨場感あるドラム、チープでかわいいキーボードの音色、伸びやかに歪んがエレキ・ギター、浮遊感のあるコーラスワークなど、サウンド的にも音楽的にもレンジの広い1曲。

 前述したとおり、前作と比較するとサポート・メンバーも増え、サウンドの幅が広がっています。しかし、ゆるやかな空気感は失われていません。

 メイン・バンドではなく、ソロ・プロジェクトらしいリラックスした雰囲気、言い換えれば宅録的な空気に溢れたアルバムですが、決してクオリティが低いというわけではありません。自分の鳴らしたい音、思いついたアイデアを、その場で音にしているような、力の抜けた伸び伸びとしたサウンドが充満するアルバムです。