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Archers Of Loaf “White Trash Heroes” / アーチャーズ・オブ・ローフ『ホワイト・トラッシュ・ヒーローズ』


Archers Of Loaf “White Trash Heroes”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『ホワイト・トラッシュ・ヒーローズ』
発売: 1998年9月22日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ノースカロライナ州チャペルヒルで結成されたインディーロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの4thアルバム。プロデューサーは、前作から引き続きブライアン・ポールソン。

 1998年にエイリアスからリリースされ、その後2012年にボーナス・ディスクを加えた2枚組のデラックス・エディションとして再発。ちなみに本作に限らず、1stアルバムから3rdアルバムまでも、2011年から2012年にかけて、いずれも彼らの地元チャペルヒル拠点のレーベル、マージより2枚組のデラックス版が発売になっています。

 ここまで一貫して、実にインディーロックらしい音楽を作り続けてきたアーチャーズ・オブ・ローフ。このようにサラッと書いてしまうと、「インディーロックらしいってなに?」という話になりますが、過度に作り込まない生々しいサウンドでレコーディングされ、テクニックや楽理的知識をひけらかすことなく、実験性と攻撃性を持った、地に足の着いた音楽だということです。

 本作でも、前作までの音楽性を引き継ぎ、躍動感に溢れたコンパクトなロックが鳴らされています。また、複数のギターが、時に対立するように全く別のサウンドで、全く別のフレーズを弾くところも彼らの特徴のひとつ。もちろん、そのようなアレンジによって、アンサンブルがバラバラになることはなく、楽曲に立体感と多彩さをプラスしています。

 1曲目「Fashion Bleeds」では、イントロ部分から軽快なドラムのリズムに乗っかるように、2本のギターが片方はザクザクとコードを弾き、もう一方は音を揺らしながらジャーンと長めにコードを弾いていきます。前者は楽曲に疾走感を与え、後者はアヴァンギャルドな空気をプラス。テクニック的に難しいことをやっているわけではないのに、非常にパワフルで奥行きのあるサウンドに仕上がっています。再生時間2:07あたりからの高音域を駆使したギターソロも、アクセントになり、楽曲をますますカラフルに。

 2曲目「Dead Red Eyes」は、イントロからオルガンらしき音色が、シンプルなフレーズを弾き、中世の宗教音楽のような雰囲気の1曲。前半はキーボートとボーカルのみで進行し、再生時間2:08あたりからギター、ベース、ドラムが加わると、各楽器が有機的に絡み合う、立体的でゆるやかなスウィング感を伴ったアンサンブルが展開。

 3曲目「I.N.S.」は、つっかえながら刻まれる独特のリズムと、ギターの奇妙な音色、おどけたようなボーカルから、サイケデリックな空気が漂う1曲。

 5曲目「Slick Tricks And Bright Lights」は、スローテンポの中を、ギターをはじめとした各楽器の音が、ポツリポツリと埋めていく1曲。隙間が多く、休符さえ利用したようなアンサンブルで、ボーカルも楽曲の穏やかな空気に合わせて、優しくささやくように歌います。再生時間1:49あたりから一時的に躍動感あふれる部分がありますが、その後は再び音数を絞り、音響を前景化するようなアプローチが続きます。

 6曲目「One Slight Wrong Move」は、イントロからコミカルで奇妙な音が鳴り響き、アヴァンギャルドでカラフルなアンサンブルが展開していく1曲。コメディーじみたボーカルの歌唱や、再生時間1:33あたりからのキーボードなのか、あるいはエフェクターをかけたギターなのか、光線銃のようなサウンドなど、多様な音が飛び交い、楽曲を賑やかに盛り上げます。

 7曲目「Banging On A Dead Drum」は、濁りのあるギターの音色とハーモニー、オモチャのようなドラムの音、ジャンクなボーカルなどが、四方八方から飛び出す、実験的であり、同時にカラフルで楽しい雰囲気の1曲。このような曲には「オモチャ箱をひっくり返したような」という言葉を使いたくなります。

 10曲目「White Trash Heroes」は、電子的なサウンドによるビートを中心にして、徐々に音がレイヤー状に重なっていくような進行の1曲。荘厳な空気と、ジャンクなインディーロックの空気を、併せ持ったサウンド・プロダクション。

 本作を最後にバンドは解散。その後、2011年に再結成していますが、本作が解散前のラスト・アルバムとなりました。

 前述したとおり、これまでの音楽性を引き継いだインディーロックらしい音楽が展開しますが、随所で新たな試みも発見できるアルバムです。

 例えば、2曲目「Dead Red Eyes」や10曲目「White Trash Heroes」での、ギター以外のサウンドを中心に据えたアレンジ。5曲目「Slick Tricks And Bright Lights」での、ギターをフィーチャーしつつ、ゴリゴリに躍動するのではなく、音数を絞った音響的なアプローチなどです。

 いずれも、やみくもに新しい楽器や方法論を導入しました、という感じではなく、あくまで自分たちの手が届き、コントロールできる範囲で、いい意味でチープさを残したアレンジとなっています。これまでの彼らの良さを残しつつ、音楽性をさらに広げた1作と言っていいでしょう。

 





Archers Of Loaf “All The Nations Airports” / アーチャーズ・オブ・ローフ『オール・ザ・ネイションズ・エアポーツ』


Archers Of Loaf “All The Nations Airports”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『オール・ザ・ネイションズ・エアポーツ』
発売: 1996年9月24日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ノースカロライナ州チャペルヒルで結成されたインディーロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの3rdアルバム。

 プロデューサーは、1stアルバム『Icky Mettle』ではカレブ・サザン(Caleb Southern)、2ndアルバム『Vee Vee』ではボブ・ウェストン(Bob Weston)が担当していましたが、3作目となる本作ではまた替わって、ブライアン・ポールソンが担当。ブライアン・ポールソンは、ウィルコ(Wilco)やスーパーチャンク(Superchunk)との仕事でも知られる人物です。

 レコーディング・スタジオも、1作目のチャペルヒル、2作目のシカゴと続いて、本作ではまた場所を変え、ワシントン州シアトルにあるアイアンウッド・スタジオ(Ironwood Studios)。

 レーベルは前作までと同じく、インディーズのエイリアスからのリリース。しかし、本作からメジャー・レーベルのエレクトラ・レコード(Elektra Records)が、ディストリビューションを担当しています。

 また、1996年にオリジナル版がリリースされた後、2012年にUSインディーを代表する名門レーベル、マージ(Merge)から2枚組のデラックス・エディションが再発されています。

 これまでの2作は、インディーらしく飾らない生々しい音像に、立体的で適度にドタバタ感のあるアンサンブルが展開される、実にインディーロックらしい耳ざわりを持っていました。3作目となる本作でも、過去2作を引き継ぎ、原音を活かした臨場感のあるサウンドで、いきいきと躍動する演奏が繰り広げられます。

 1曲目「Strangled By The Stereo Wire」は、イントロからやや奥まったサウンドの複数のギターが絡み合い、その後に入ってくるボーカル、ドラム、ベースも、少し距離のある場所から聞こえるようなミックスがなされています。しかし、再生時間0:51あたりでヴェールが剥がされるかのように、音量と音圧が高まり、パワフルなサウンドへ。厚みのあるサウンドで、一体感と躍動感のある演奏が展開されます。

 2曲目「All The Nations Airports」では、ギターのフレーズと音色、ドラムのリズムが、アヴァンギャルドな空気が漂わせながら、各楽器が絡み合って、アンサンブルを構成。パワフルでざらついたサウンドと、奇妙な部分を持ちながら、どこかポップにまとまった演奏が、カラフルな世界観を描き出します。

 3曲目「Scenic Pastures」は、イントロからシンプルかつタイトに、ゆるやかに躍動するアンサンブルが展開される1曲。2本のギターが手を取り合うわけでもなく、ケンカするわけでもなく、対等に向き合って音を紡いでいくところも、このバンドの特徴。

 5曲目「Attack Of The Killer Bees」は、歌のないインスト曲。ゆったりとしたテンポに乗せて、各楽器の音が、波のように重なり合いながら、躍動していきます。

 8曲目「Chumming The Ocean」は、ピアノがフィーチャーされたメロウな1曲。どこかで轟音ギターが押し寄せる静から動への展開かと思いきや、最後までボーカルとピアノと、わずかに奥で聞こえるフィードバックのような持続音のみ。丁寧に感情をこめて歌い上げるボーカルが、ピアノにも引き立てられ、響き渡ります。

 9曲目「Vocal Shrapnel」は、2本のギターが絡み合いながら、一体の生き物のように躍動しながら前進していく1曲。タイトにリズムを刻むベースとドラムに対し、ギターは自由にフレーズを繰り出し、タイトさとラフさが共存しています。

 10曲目「Bones Of Her Hands」は、ビートが直線的でわかりやすい、疾走感あふれる1曲。このバンドには珍しく、サビまではシンプルな8ビートで進みますが、サビではやや複雑で立体的に展開。意外性のある、このバンドらしいアレンジと言えるでしょう。

 14曲目「Distance Comes In Droves」は、音数を絞った緊張感のあるアンサンブルが展開されるミドル・テンポの1曲。ギターの音作りは、過度に歪ませたり、空間系エフェクターを用いたりせず、シンプル。ですが、高音域を使ったフレーズなど、サウンド以外の要素で、違いを生み出しています。

 15曲目「Bombs Away」は、ピアノのみのインスト曲。3拍子に乗せて、猫が自由に歩き回るように、加速と減速を織り交ぜ、アルバムを締めくくります。

 3作目のアルバムとなる本作。過去2作の良さを引き継ぎ、ギターの絡み合いなど、アンサンブルがますます洗練されてきたと言える1作です。

 「洗練」と書くと、落ち着いてきたという印象を与えるかもしれませんが、むしろその逆で、奇妙なフレーズやサウンドを応酬し、今まで以上に効果的に、躍動感や疾走感を生んでいます。

 飾りすぎない、むき出しのサウンド・プロダクションに、実験性と攻撃性を程よく持ち合わせたアレンジ。インディーロックの良心とでも呼びたくなるアルバムです。

 





Archers Of Loaf “Vee Vee” / アーチャーズ・オブ・ローフ『ヴィー・ヴィー』


Archers Of Loaf “Vee Vee”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『ヴィー・ヴィー』
発売: 1995年3月6日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Bob Weston (ボブ・ウェストン)

 ノースカロライナ州チャペルヒルで結成されたインディーロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの2ndアルバム。1995年にエイリアスからリリースされ、2012年にUSインディーを代表する名門レーベル、マージ(Merge)から2枚組仕様のデラックス・エディションとして再発されています。

 デビュー・アルバムとなる前作『Icky Mettle』は、地元チャペルヒルのクラップトーン・スタジオ(Kraptone Studios)で、7日間でレコーディングされましたが、本作はシカゴでレコーディングを敢行。プロデューサーも前作のカレブ・サザン(Caleb Southern)から、スティーヴ・アルビニ率いるシェラック(Shellac)のベーシストとしても知られる、ボブ・ウェストンに交代しています。

 オーバー・プロデュースにはならない、地に足の着いた音作りで、インディー・ロックらしい実験性と攻撃性を併せ持ったアンサンブルを展開していた前作。アルビニ直系のボブ・ウェストンをプロデューサー兼エンジニアに迎え、サウンド・プロダクションは前作から比較すると、より生々しい音像へと変わっています。

 しかし、出ている音をそのまま閉じ込めたような、前作のサウンド面の魅力も健在。むしろ、より原音に近く、生々しさが増したサウンド・プロダクションと言えます。このあたりの要因は、スタジオの空気まで録音するとまで評されるスティーヴ・アルビニの弟子筋にあたる、ボブ・ウェストンによるところが大きいのでしょう。

 1曲目の「Step Into The Light」から、過度に音圧を上げない、臨場感あふれるむき出しのサウンドが響きます。1曲目ということで、ミドル・テンポに乗せて、ゆるやかなグルーヴ感を持った、イントロダクション的な役割の1曲。

 2曲目「Harnessed In Slums」は、各楽器のサウンドが立体的に重なる、厚みのあるサウンドのロック・チューン。シャウト気味ながら、メロディーを引き立たせて歌いあげるボーカルとコーラスワークも秀逸。

 3曲目「Nevermind The Enemy」は、複数のギターのフレーズが絡み合う、ジャンクな空気と躍動感のある1曲。イントロ部分で聞こえる、ブザー音のような高音もギターでしょうか。放送禁止用語を隠すピー音のようにも響く高音サウンドが、アヴァンギャルドな空気を演出しています。

 5曲目「Underdogs Of Nipomo」は、タイトにリズムを刻みながら、疾走感を生んでいくベースとドラムとは対照的に、右と左の両チャンネルから、別々のギターがノイジーに暴れまわる1曲。イヤホンやヘッドホンで聴くと、よりわかりやすいのですが、アグレッシヴに暴れる部分と、タイトにリズムを合わせる部分のバランスが抜群で、散漫にはならずに、ラフさが躍動感や疾走感を増幅させる原動力となっています。

 8曲目「Fabricoh」は、ざらついた電子的なノイズ音から始まり、マグマが噴出するようにエネルギッシュなアンサンブルが展開される1曲。この曲は立体的にグルーヴするのではなく、リズムの縦を合わせて、分厚いサウンドで迫ってきます。

 9曲目「Nostalgia」は、1分20秒ほどの短い曲ですが、各楽器の音が非常に生々しくレコーディングされており、耳を掴みます。特にドラムの音は、残響音まで含めて、生々しく響きます。

 13曲目「Underachievers March And Fight Song」は、イントロからバンジョーらしき音と、トランペットらしき音が鳴り響き、これまでのアルバムの流れの中では、サウンドもアレンジも毛色が異なります。ギターやベースなど通常の編成の楽器も入ってきますが、それ以外にも多種多様なサウンドが飛び交う、立体的でカラフルな1曲。

 前作の飾らないサウンドとアレンジという良さを引き継ぎつつ、サウンドはより生々しく、アレンジはより多彩に、純粋進化を遂げた2作目だと思います。

 前述したとおり、ボブ・ウェストンがレコーディング・エンジニアを務めたサウンドは、スタジオで鳴っている楽器の音をそのままパッケージしたかのような、臨場感があります。アレンジ面においても、効果的にノイズ的なサウンドを用いて、前作以上にアグレッシヴで多彩なサウンドを作り上げています。

 





Archers Of Loaf “Icky Mettle” / アーチャーズ・オブ・ローフ『イッキー・メトル』


Archers Of Loaf “Icky Mettle”

アーチャーズ・オブ・ローフ 『イッキー・メトル』
発売: 1993年11月23日
レーベル: Alias (エイリアス), Merge (マージ)
プロデュース: Caleb Southern (カレブ・サザン)

 1991年にノースカロライナ州チャペルヒルで結成された、4人組インディー・ロック・バンド、アーチャーズ・オブ・ローフの1stアルバム。1993年にエイリアスからリリースされ、その後2011年に地元ノースカロライナ州のレーベル、マージより2枚組のデラックス・エディションとして再発されています。

 カレブ・サザンをプロデューサー兼エンジニアに迎え、チャペルヒルのクラップトーン・スタジオ(Kraptone Studios)で、ミックスも含め、わずか7日間でレコーディングされたという本作。

 シンプルな音作りに、ほどよく攻撃性を持った歌唱と演奏。躍動的なアンサンブルと、意外性のある実験的なアレンジ、耳なじみのいいメロディーも持ち合わせ、全ての面でオーバー・プロデュースにはならず、地に足が着いていて、インディー・ロックかくあるべし!というアルバムです。

 同じノースカロライナ州出身で、マージの創設者でもあるスーパーチャンク(Superchunk)に繋がる音楽性と言ってもいいでしょう。

 1993年にリリースされた当時は、CDとLPの両方で発売されており、LP版では1曲目から6曲目までのA面が「Icky Side」、7曲目から13曲目までのB面が「Mettle Side」となっていました。

 1曲目「Web In Front」は、残響音の少ない、タイトで飾り気のないスネア・ドラムからスタート。その後、やや感情的に歌い上げるボーカルをはじめ、ギターもベースも狙い過ぎないシンプルな音を持ち寄り、各楽器がゆるやかに組み合い、アンサンブルを構成していきます。

 2曲目「Last Word」は、ざらついた歪みのギターと、宇宙空間を漂うようなギターの音色が重なる、1曲目よりも凝ったサウンド・プロダクションの1曲。ギターのサウンドが前面に出てくる曲ですが、パワフルに歌い上がるボーカルの歌唱も負けていません。シンプルな音作りとプレイで、アンサンブルを支えるリズム隊も合わさり、躍動感のある演奏が展開。

 4曲目「You And Me」は、ベースとボーカルのみの静かなイントロから始まり、やがてノイジーなギターがなだれ込んでくる、静と動のコントラストが鮮烈な1曲。静寂から轟音への移行は、ロックではよく用いられるアレンジですが、この曲は音圧よりも音域でコントラストを作り出しているところが、インディーらしくて良いなと思います。単純に当時の機材的、技術的な制約のために、圧倒的な轟音や爆音を作り出せなったのかもしれませんが、だらっとしたベースとつぶやき系のボーカルから、高音域を駆使した耳障りなギターが突如として入ってくる部分には、ロックのダイナミズムが集約されています。

 5曲目「Might」は、ビートのくっきりとしたノリの良い1曲。ドラムがところどころスネアを叩かずに、足がつっかえるようになるところがフックになっています。ギターの厚みのあるサウンドも、楽曲に奥行きをプラス。

 6曲目「Hate Paste」は、イントロからアコースティック・ギターが用いられ、フォーキーな雰囲気を持ちながら、他の楽器が加わると、四方八方から音が飛んでくるような、多彩で立体的なアンサンブルへと展開する1曲。

 7曲目「Fat」は、複数の歪んだギターと、シャウト気味のボーカルの歌唱が、エモーショナルな空気を振りまく1曲。LPだと、ここからB面の「Mettle Side」がスタート。

 8曲目「Plumb Line」は、ざらついた歪みのギターのフレーズと、感情を抑えたクールなボーカルを中心にアンサンブルが構成される、ミドル・テンポの1曲。

 9曲目「Learo, You’re A Hole」は、高音を駆使したノイジーなギターと、タイトなリズム隊がコントラストをなす前半から、より開放的で躍動感を増すサビ部分へと展開する1曲。ボーカルは激しくエモーショナルな歌唱と、感情を押さえつけたような歌唱を使い分け、演奏もタイトな部分とラフな部分が共存した、バランスが秀逸。

 13曲目「Slow Worm」では、複数のギターによって、厚みのある音の壁が構築。ギターはそれぞれ音作りが異なり、それらが重なり合うことで、倍音たっぷりの分厚いサウンドが目の前に立ち現れます。

 音圧が高いハイファイなサウンドではないのですが、楽器の音がダイレクトに感じられる、原音の良さを活かしたサウンド・プロダクションを持った1作です。アレンジも、特別にテクニカルであったり、複雑であるわけではないのですが、音色とフレーズの組み合わせと、楽器の出し入れによって、非常に立体的でカラフルな音を、作り出しています。

 全体をとおして、実にインディーロックらしい佇まいを持ったアルバム。音色やテクニックなど、音楽を形作るパーツは限られているのに、アイデアで多彩な音世界を作りあげていくところが、インディーロック然とした印象を与える、要因ではないでしょうか。

 





William Tyler “Modern Country” / ウィリアム・タイラー『モダン・カントリー』


William Tyler “Modern Country”

ウィリアム・タイラー 『モダン・カントリー』
発売: 2016年6月3日
レーベル: Merge (マージ)
プロデュース: Brad Cook (ブラッド・クック)

 テネシー州ナッシュヴィル出身のギタリスト、ウィリアム・タイラーが自身の名義でリリースする、3作目のスタジオ・アルバム。前作『Impossible Truth』に引き続き、ノースカロライナ州ダーラムのインディーズ・レーベル、マージからのリリース。

 同郷であるナッシュヴィル出身のオルタナ・カントリー・バンド、ラムチョップ(Lambchop)にも参加し、これまでのソロ・アルバムでもカントリーやフォークなど、アメリカのルーツ音楽への深いリスペクトを見せてきたウィリアム・タイラー。

 アコースティック・ギターを中心に据えたナチュラルなサウンドを用いて、カントリーやフォークを下敷きにした、テクニカルなフィンガースタイル・ギターを披露してきたタイラーですが、本作では電気楽器の比率が格段に増え、ポストロック的な音像を持ったアルバムとなっています。

 前作『Impossible Truth』でも、エレキ・ギターの使用により、アメリカン・プリミティヴ・ギター(American primitive guitar)的なサウンドを越えて、現代的な空気を漂わせてはいましたが、今作はそれ以上。エレキ・ギターやエレキ・ベース、さらにはシンセサイザーの電子音然としたサウンドも使用されます。

 前作までのタイラーの作風は、フォークやカントリーなどアメリカのルーツ音楽を、現代的に解釈し直す、アメリカン・プリミティヴ・ギター(American primitive guitar)の系譜に位置するもの。今作でもルーツ・ミュージック的なテクニックやフレーズが使われていますが、全体のアレンジとサウンド・プロダクションは、極めて現代的にアップデートされています。

 1曲目「Highway Anxiety」は、エレキ・ギターと柔らかな電子音が溶け合い、各楽器が緩やかに絡み合いアンサンブルが構成される、ポストロック色の濃い1曲。ドラムの小気味いいリズムも、ギター・プレイが前面に出された前作では聞かれなかったアプローチ。

 2曲目「I’m Gonna Live Forever (If it Kills Me)」は、倍音のたっぷり含まれた電子音と、オーガニックなアコースティック・ギターの響き、緩やかにグルーヴするリズム隊が、躍動する生き物のような有機的なアンサンブルを作り出していきます。

 3曲目「Kingdom Of Jones」は、はじけるようにみずみずしいアコースティック・ギターが、流れるように音楽を紡ぎ出していく1曲。ヴェールで包み込むように、奥の方で鳴る電子的な持続音が、音楽に奥行きを与えています。

 4曲目「Albion Moonlight」は、カントリーの香りを漂わせるスライド・ギターと、エレクトロニックな柔らかい持続音が溶け合い、ルーツ音楽の焼き直しにとどまらない、モダンな音像を持った1曲。

 5曲目「Gone Clear」は、流れるようなギターの粒だった音と、低音のロングトーンが、厚みのある音の壁を作り出していきます。ギターの音色とフレーズはカントリー的ですが、全体のサウンド・プロダクションは、音響が前景化したポストロックのように心地よい1曲。

 6曲目「Sunken Garden」は、アコースティック・ギターがフィーチャーされ、暖かなサウンドと牧歌的な雰囲気を持った1曲。

 7曲目「The Great Unwind」では、各楽器が緩やかに絡み合う、立体的なアンサンブルから始まり、激しく歪んだギターが加わってくる、意外性のある展開の1曲。しかし、耳にうるさい種類の歪みではなく、穏やかな楽曲の雰囲気にマッチした、絶妙なバランスのサウンド。

 カントリーやフォークからの影響は間違いなくあるのですが、一聴するとカントリーよりも、ポストロックのように聴こえる、現代的な雰囲気を持ったアルバム。良い意味で、アメリカン・プリミティヴ・ギターの流れからはみ出た、オリジナリティ溢れる作品と言えます。

 『Modern Country』という、アルバムのタイトルも示唆的。「古いのに新しい」という絶妙なバランスで成り立っていて、アメリカという国の音楽文化の、懐の深さも感じます。