TAD “God’s Balls”
タッド 『ゴッズ・ボールズ』
発売: 1989年3月1日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))
ギターとボーカルを務めるタッド・ドイル(Tad Doyle)を中心に、1988年にシアトルで結成されたタッド。
ニルヴァーナが結成されたのが1987年、1stアルバム『Bleach』が発売されたのが1989年。タッドも彼らと同時期に活動を開始し、グランジ第1世代と言えるバンドのひとつです。
レーベルはサブ・ポップ、プロデュースを務めるのはジャック・エンディーノと、こちらもニルヴァーナの1stと共通。というより、この時期のシアトルのバンドで、サブ・ポップとジャック・エンディーノに関わっていないバンドを探す方が難しいぐらい、シアトル及びグランジ・シーンの中心だった両者です。(ちょっと言い過ぎかな?)
世代的には間違いなく、グランジとオルタナティヴ・ロックの第1世代と言える、タッドの1stアルバム『God’s Balls』。音楽的にも、80年代のメイン・ストリームであった煌びやかなロックへの、カウンターとなる音を鳴らしています。
歪んだギター・サウンドを用いて、リフを中心にアンサンブルを構成していく…と書くと、ハードロックやヘヴィメタルのような印象を持つでしょう。実際、タッドのメンバーも、そうしたジャンルから影響を受けているはず。
しかし、本作で展開される音楽は、テクニックや様式に重きを置いたヘヴィメタル的な音楽ではなく、よりルーズでアングラ感のあるもの。また、多くの曲でゆったりとしたテンポを採用し、足を引きずるような、重苦しい空気を演出しています。
『旧約聖書』の『ヨブ記』に出てくる巨獣ベヒモスをタイトルにした、1曲目「Behemoth」から、重く沈み込むようなアンサンブルが展開。テンポは速くないものの、ドラムは地面を揺るがすようにパワフルに響き、ざらついた下品な歪みのギターがリフを刻み、奥の方で鳴るギターのフィードバックは不穏な空気を醸し出します。
2曲目「Pork Chop」では、唸りをあげるように歪んだ複数のギターが絡み合いながら、楽曲をリードし、アングラ臭を振りまいていきます。シャウト気味ながら、感情を押しつぶしたようなボーカルも、楽曲に重さをプラス。
5曲目「Sex God Missy (Lumberjack Mix)」は、各楽器とも臨場感あふれる生々しいサウンドでレコーディングされており、ジャック・エンディーノよりもスティーヴ・アルビニ録音の作品を思わせる音像を持った1曲。
6曲目「Cyanide Bath」は、イントロから金属的な効果音が鳴り響き、ジャンクな雰囲気を持った1曲。ワウのかかった揺れるギター・サウンドも、サイケデリックな空気を演出しており、このバンドの音楽性の奥行きを感じさせます。
10曲目「Nipple Belt」は、ボーカルも含め、各楽器ともざらついたサウンドを持った、まさにグランジー(薄汚い)なサウンド・プロダクションの1曲。複数の楽器で、同じリズムを重ねる部分が多く、分厚くパワフルな音を響かせます。
レコードでも発売された当時は、1〜5曲目のA面には「Judas」、6〜10曲目のB面には「Jesus」と、それぞれのサイドにもタイトルがついていました。アルバムのタイトル『God’s Balls』に関連して、それぞれのサイドで対称的なテーマを扱ったということなのでしょうが、冷静に考えると問題になりそうな凄いタイトルです。
当初は10曲収録でしたが、2016年にはリマスターを施し、3曲を追加収録したDeluxe Editionが発売。現在はこちらのDeluxe Editionが、デジタル配信もされています。
サブ・ポップで2枚のアルバムをリリースした後、メジャー・レーベルに進出するタッドですが、大きなセールスに恵まれることはなく、1999年に解散。
日本での知名度も、ニルヴァーナやマッドハニーと比べるとイマイチだと言わざるを得ませんが、1stアルバムである本作『God’s Balls』をあらためて聴くと、ヘヴィメタルのパーツを用いて、飾り気のない、むき出しの音楽を作り出していて、「グランジ」という言葉にぴったりの音楽を鳴らしていたバンドではないかな、と思います。
ジャック・エンディーノがプロデュースを手がけたサウンドには、当時のシアトルのライブハウスの空気を閉じ込めたような臨場感があり、当時のドキュメントとしても聴く価値ありです。