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Kinski “Airs Above Your Station” / キンスキー『エアーズ・アバーヴ・ユア・ステイション』


Kinski “Airs Above Your Station”

キンスキー 『エアーズ・アバーヴ・ユア・ステイション』
発売: 2003年1月21日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Kip Beelman (キップ・ビールマン)

 ワシントン州シアトル出身のポストロック・バンド、キンスキーの3rdアルバム。本作から、地元シアトルの名門レーベル、サブ・ポップと契約。同レーベルからリリースされる、1作目のアルバムとなります。

 彼らのこれまでのリリースを振り返ると、まず自主制作にて1stアルバム『SpaceLaunch For Frenchie』をリリース。2ndアルバム『Be Gentle With The Warm Turtle』を、同じく自主リリースしたのち、パシフィコ・レコーディングス(Pacifico Recordings)という小規模なレーベルから再発。

 前述のとおり、本作はサブ・ポップからリリースされており、本格的なレーベルを通してリリースされる、キンスキー初のアルバムです。

 ジャンルとしては、ポストロックに括られることの多いキンスキー。しかし「ポストロック」と一口に言っても、バンドによって音楽性と方法論は、大きく異なります。その多様性が、ポストロックに括られる音楽の面白さでもあるのですが。

 話の見通しを良くするために、音響とアンサンブルに分けて、本作の音楽を紐解いていきましょう。

 まずは、音響面について。本作では、シンセサイザーによるエレクトロニカ的な電子音と、圧倒的な量感で迫り来る轟音ギターを用いて、音響を重視したアプローチがたびたび見受けられます。しかし、同時に楽器の生々しさを前面に出した、臨場感を持ったサウンド・プロダクションも共存。

 続いて、アンサンブルについて。本作を聴いていて気がつくのは、ループ・ミュージュク的な繰り返しが多用されていること。しかし、ミニマリズムに振り切ったアルバムというわけではなく、繰り返しの中から、ロック的なリフのダイナミズムや、グルーヴ感が生まれていきます。

 ロック的なダイナミズムやグルーヴを、ループする演奏の中に落とし込み、前景化。ロックの持つエッセンスが、一般的なロック・ミュージック以上に、凝縮したかたちで提示されていきます。ロックのフレーズや音色を用いながら、全く違う方法論で、違う音楽を作り上げている本作は、ポストロックと呼んでしかるべきでしょう。

 アルバムの始まりを告げる、1曲目の「Steve’s Basement」は、ぼんやりとした音の壁のような電子音で始まります。徐々に音数が増えて、厚みを増していくサウンド。この時点では、ビートもコード進行も無く、音響を前景化するアプローチです。

 再生時間3:03あたりからギターが入ってくると、今度はタペストリーのように音楽が編まれていきます。そして、再生時間5:23あたりからベースとドラムが入ってくると、各楽器が絡み合い、波打つように躍動する演奏が、繰り広げられます。1曲の中で音響的なアプローチから、アンサンブル重視のアレンジへと飛躍し、このバンドの魅力が、たっぷりと詰め込まれた曲です。

 2曲目「Semaphore」では、トレモロによって一定間隔で響くギターに、飛び道具的な高音や、タイトなドラムが重なっていきます。ミニマルなギターの音に耳を傾けていると、そのギターの音が変化し始め、再生時間2:15あたりから、轟音ギターがなだれ込んできます。ミニマルな前半と、ダイナミックな後半のコントラストが鮮やかな1曲。

 3曲目「Rhode Island Freakout」は、電子ノイズ的なイントロから始まり、荒々しくパワフルなアンサンブルが展開する1曲。ドラムのビートがはっきりと刻まれる部分は、ロック的なノリの良さを存分に持っています。ギターの音作りも、いい意味で下品で、ソニック・ユース(Sonic Youth)を彷彿とさせます。

 4曲目の「Schedule For Using Pillows & Beanbags」は、11分を超える大曲。音数を絞り、丁寧にアンサンブルが編まれていく前半から、荒々しく轟音が押し寄せる後半へと展開していきます。

 5曲目「I Think I Blew It」は、電子音とエフェクターの深くかかったギターが用いられ、音響を重視した、エレクトロニカ的なサウンドを持った1曲。

 6曲目「Your Lights Are (Out Or) Burning Badly」は、電子音の響く不気味な前半から、ギターが加わり穏やかな中盤、爆音アンサンブルの後半へと展開していく、壮大な1曲。

 7曲目「Waves Of Second Guessing」は、音が増殖していくような、ミニマルでサイケデリックな前半から、後半では打って変わって、疾走感あふれる演奏が繰り広げられます。

 ラストの8曲目「I Think I Blew It (Again)」は、多様な音によるロングトーンが幾重にも連なり、壮大な音の壁を作り上がる1曲。とにかく音の響きが心地よく、穏やかな音が広がっていきます。

 音数を絞ったミニマルなアレンジから、轟音のクライマックスへ。繰り返しを多用したループ・ミュージック的な演奏から、複雑怪奇なアンサンブルへ。そのような、振れ幅の大きいダイナミックな展開を、無理なく実現しているのが本作です。

 静寂から轟音へ、という展開は、もはやポストロックのひとつの型になっており、陳腐な展開になりかねない危険性もはらんでいます。しかし、キンスキーはそこにループ・ミュージックの要素を持ち込み、音量だけでなく、アンサンブルの面でもコントラストを演出しているところが、特徴と言えるでしょう。

 ループ・ミュージックをはじめ、クラウトロックやハードロック、サイケデリック・ロックまでを消化し、ポストロック的な手法で仕上げたキンスキーの手腕は、本当に見事!