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Rafiq Bhatia “Breaking English” / ラフィーク・バーティア『ブレイキング・イングリッシュ』


Rafiq Bhatia “Breaking English”

ラフィーク・バーティア (ラフィク・バーティア) 『ブレイキング・イングリッシュ』
発売: 2018年4月6日
レーベル: ANTI- (アンタイ)

 実験的な音楽を展開するバンド、サン・ラックス(Son Lux)のメンバーである、ラフィーク・バーティアの2ndアルバム。エピタフの姉妹レーベルでもある、アンタイからのリリース。

 東アフリカとインドにルーツを持ち、1987年にノースカロライナ州ヒッコリーで生まれ、同州ローリーで育ったラフィーク・バーティア。移民が作り上げた国アメリカでは、複雑なルーツを持つことは珍しいことではありません。

 バーティアの音楽の興味は、祖父が朗読するジナン(Ginans)と呼ばれるイスラム教イスマーイール派の詩と、ラジオで聴くギャングスタ・ラップから始まり、高校生になるとギターを始めています。

 前述のとおり、サン・ラックスのメンバーとしても活動しているラフィーク・バーティア。本人名義のアルバムとしては、2012年リリースの『Yes It Will』以来6年ぶりの作品となります。

 一聴すると、まずどのジャンルにカテゴライズすべきか迷ってしまいます。もちろん、ジャンル分けが音楽の聴き方を決めるわけではないのですが、それほど本作の間口が広く、オリジナリティに溢れているということ。

 リリース以来、各所でポジティヴな評価を得ている本作ですが、ジャズ系のメディアにも、ロック系のメディアにも取り上げられているところも、良い意味での掴みにくさを示唆しています。

 このアルバムの魅力を一言で表すなら、作曲と即興がシームレスに共存しているところ。つまり、あらかじめ決められ、丁寧に作り上げられた「作曲」の要素と、その場のインスピレーションによる、いきいきとした「即興」の要素が、対立することなく両立しているということです。

 いわゆる歌モノのように、わかりやすい構造を持った楽曲群ではありませんが、かといって音響系のポストロックやエレクトロニカのように、完全に音の響きのみを重視した音楽というわけでもありません。

 音響を前景化した面もありながら、ジャズの即興性と躍動感、そして設計図を元に組み立てられたかのような整然さが、奇跡的なバランスで成り立っています。

 例えば4曲目の「Before Our Eyes」では、立体的でトライバルなビートに、ヴァイオリンの躍動的なフレーズが重なり、グルーヴ感に溢れたアンサンブルへと発展。それぞれのリズムとフレーズには、即興性を感じさせるフリーな雰囲気がありながら、楽曲の展開はまるで映画のワンシーンにあてられたサウンドトラックのように滑らかです。

 また、ポストロック的なレコーディング後の編集を感じさせるのも、本作の特徴。アルバム表題曲の6曲目「Breaking English」では、ギターのフレーズ、断片的なドラムのリズム、エフェクトのかかったボーカルなどが折り重なるように音楽を構成していきます。

 アルバムのラストを飾る9曲目「A Love That’s True」は、アコースティック・ギターのオーガニックな音色と、エフェクトを駆使したサウンドが溶け合い、強弱を変えながら押し寄せる風のような、パワフルかつコントラストの鮮やかな音楽を作り上げています。

 即興と作曲、電子音と生楽器、生演奏とポスト・プロダクション。相反すると思われるふたつの要素を融合し、新たな音楽を作り上げていく、スリリングなアルバムと言えます。

 真の意味でオルタナティヴな作品をリリースし続けるレーベル、アンタイ(ANTI-)からのリリースだというのも、個人的には妙に納得してしまうクオリティ。

 思わず体が動き出す躍動感と、ヘッドホンで集中して聴くべき世界観を持ち合わせた名作です。

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Phosphorescent “C’est La Vie” / フォスフォレッセント『セ・ラ・ヴィ』


Phosphorescent “C’est La Vie”

フォスフォレッセント 『セ・ラ・ヴィ』
発売: 2018年10月5日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Andrija Tokic (アンドリジャ・トーキック)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの通算7作目となるアルバム。

 アルバム・タイトルの「C’est la vie」とは、フランス語の慣用句で「それが人生さ」「しょうがないよ」といった意味。

 2015年にライブ・アルバム『Live At The Music Hall』をリリースしてはいますが、スタジオ・アルバムとしては2013年作の『Muchacho』から、5年ぶりのリリースとなります。

 デビュー以来、インディー・フォークあるいはオルタナ・カントリーに分類される音楽を作り続けてきたフォスフォレッセント。すなわち、ルーツ・ミュージックを下地に、オルタナティヴ・ロック的なサウンドとアレンジを、併せ持った音楽です。

 基本的には、フォーク色の濃い1stアルバムからスタートし、その後はアルバムを追うごとに、サウンドとアレンジの両面で、徐々にオルタナティヴ・ロック色が濃化。前作『Muchacho』は、電子的なサウンドがフィーチャーされた、最もオルタナ色の濃い1作でした。

 そんな前作に続く、5年ぶりの本作。引き続き電子的なサウンドを取り込みつつ、音響的なアプローチの目立った前作と比較すると、より歌が前景化されたアルバムとなっています。

 1曲目「Black Moon / Silver Waves」は、1分20秒ほどのイントロダクション的な役割の曲。さざ波のようなアコースティック・ギターのフレーズに続き、原初的なシャウトと、厚みのあるコーラスワークが重なります。音楽へと向かうプリミティヴな感情と、音楽を作り上げる論理が、ギュッと凝縮されています。

 2曲目「C’est La Vie No. 2」は、電子音を中心とした柔らかなサウンドの中に、穏やかなボーカルのメロディーが浮かび上がる1曲。エレクトロニカのような音像を持ちながら、人の声の温かみと実体感が、共存しています。

 3曲目「New Birth In New England」は、軽快に飛び跳ねるリズムを持った、ノリの良いポップ・チューン。

 5曲目「Around The Horn」は、多用な楽器が絡み合う、躍動感の溢れるアンサンブルが展開する1曲。エフェクターを多用したギターの音色がアクセントとなり、楽曲にオルタナティヴな要素をプラスしています。

 6曲目「Christmas Down Under」は、空間系エフェクターを用いた透明感のあるギター・サウンドと、ソフトな電子音を中心にしたアンサンブルの中を、ボーカルのメロディーが滑らかに流れる1曲。あくまで歌がアンサンブルの中心に据えられていますが、音響系ポストロックのようなサウンドも持ち合わせています。

 9曲目「Black Waves / Silver Moon」は、増殖するように刻まれるギターのフレーズと、トライバルなドラムのビート、ヴェールのように全体を包み込む電子的なドローンが溶け合う、音響を前景化したアプローチのインスト曲。厳密には、人の声も用いられてはいますが、いわゆる歌メロではなく、断片的なロングトーン。1曲目の「Black Moon / Silver Waves」とタイトルが対になった、アウトロ的な役割のトラックです。

 前述のとおり、マシュー・フックのソロ・プロジェクトであるフォスフォレッセント。初期の作品は、もっと個人が頭の中で作り上げた箱庭感があったのですが、アルバムを追うごとにバンド感が増していきました。

 アルバムごとにゲスト・ミュージシャンを招いてはいますが、多くの楽器をマシュー・フック自身が担当するスタンスは、一貫しています。バンド感が増した理由は、彼自身のアンサンブル構成力の向上が、大きいということでしょう。

 さて、本作ではバンド感が後退したわけではないのですが、歌が中心に据えられ、今まで以上にパーソナルな空気が充満したアルバムとなっています。

 「C’est La Vie」というアルバム・タイトル、そして本人の顔写真を使った、ジャケットのデザインも象徴的。新作ごとにアンサンブルとサウンド・プロダクションを追求してきたこれまでの方向性から、ソングライティングと歌唱にフォーカスした方向へと、舵を切った1作とも言えるのではないかと思います。

 また、サウンドの面ではフォーク色がかなり後退し、シンセサイザーによるものと思われる、電子的なサウンドの割合が増加。現代版のキャンディ・ポップとでも呼ぶべき、カラフルなサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 





Father John Misty “God’s Favorite Customer” / ファーザー・ジョン・ミスティ『ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー』


Father John Misty “God’s Favorite Customer”

ファーザー・ジョン・ミスティ 『ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー』
発売: 2018年6月1日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jonathan Rado (ジョナサン・ラドー), Jonathan Wilson (ジョナサン・ウィルソン), Dave Cerminara (デイヴ・サーミナラ), Trevor Spencer (トレヴァー・スペンサー)

 メリーランド州ロックヴィル出身のシンガーソングライターであり、マルチ・インストゥルメンタリスト、ジョシュ・ティルマン。彼がファーザー・ジョン・ミスティ名義でリリースする、4作目のアルバム。

 ティルマン自身に加え、インディー・ロック・デュオ、フォクシジェン(Foxygen)のジョナサン・ラドーなど、数名のプロデューサーを招いて、制作されています。

 ファーザー・ジョン・ミスティという人も、魅力を言語化して伝えるのが、なかなか難しい人です。しばしば言及されるのが、彼のソング・ライティング、つまり作曲能力について。

 本作も、メロディーと言葉が中心に据えられ、歌が中心にあるアルバムと言っていいでしょう。多様な音楽ジャンルが顔を出す、カラフルなアンサンブルの中で、メロディーの魅力が前景化された作品となっています。

 伴奏があって歌がある、という主従関係のハッキリした構造の音楽は、個人的にあまり好きではありません。しかし、本作は別。というより、メロディーを際立たせるような伴奏ではあるのですが、単純に従っているわけではなく、歌のメロディーとバンドのアンサンブルが、溶け合うように機能しているのが、本作の魅力のひとつです。

 1曲目の「Hangout At The Gallows」では、ゆったりとしたテンポに乗って、ボーカルとバンドが同じリズムで揺れるように、躍動的なアンサンブルが展開します。アコースティック・ギターとドラム、パーカッションのみの隙間の多いアンサンブルからスタート。その後、徐々に楽器と音数が増えていきますが、ボーカルがエモーショナルに歌い上げると、バンドも同じように盛り上がり、一体の生き物のような、有機的な演奏となっています。

 2曲目「Mr. Tillman」では、イントロから、ボーカルも文字どおりバンドの一部となり、立体的でカラフルなアンサンブルを構成するのに貢献。その後も、メインのメロディーと並行して、厚みのあるコーラスワークが、全体を包み込んでいきます。

 3曲目「Just Dumb Enough To Try」は、ピアノとボーカルが中心に据えられたバラード。ピアノとボーカルが対等に向き合う冒頭から、続いてギターのアルペジオと、リズム隊が加わり、穏やかに動く古時計のような演奏が展開します。

 4曲目「Date Night」は、サイケデリックな空気が充満したバンド・アンサンブルに合わせて、エフェクトのかかったボーカルが、酩酊的にフレーズを重ねていきます。どこか不安点なアコースティック・ギターや、ドタバタした立体的なドラムなど、実験的でありながら、同時にカラフルでポップな楽曲。

 7曲目「Disappointing Diamonds Are The Rarest Of Them All」は、ベースが全体を鼓舞するようにフレーズを弾き、バンドも揺らぎを伴って躍動していく、ミドルテンポの1曲。

 8曲目「God’s Favorite Customer」は、音数を絞ったミニマルな演奏ながら、ゆるやかなグルーヴ感がある、牧歌的で心地よい1曲。カントリー風のポップスのようでもあるし、フォーク・ミュージックのようにも響きます。

 10曲目「We’re Only People (And There’s Not Much Anyone Can Do About That)」は、アコーディオンの伸びやかな音に導かれ、ゆったりとその場に浸透していくような、柔らかなサウンドを持った1曲。次々と音が折り重なり、音符の数は詰め込まれていないものの、ロングトーンを活かした伸びやかなサウンドが充満していきます。

 前述したとおり、歌が中心に据えられたアルバムです。歌の世界観に合わせて、バンドのサウンドも、多種多様な音楽ジャンルを飲み込んでいて、カラフル。

 歌のメロディーとバンドのアンサンブルが有機的に結合した、一体感のある音楽が、アルバムを通して、次々とくり広げられます。

 また、随所でルーツ・ミュージックの面影は感じるのに、元ネタをハッキリとは特定しにくく、ジャンルレスな雰囲気を持っています。このあたりのバランス感覚が、モダンな空気を併せ持つことに、繋がっているのでしょう。

 ファーザー・ジョン・ミスティのソング・ライターとしての能力と共に、プロューサーとしての能力も、存分に感じられる1作です。

 





Snail Mail “Lush” / スネイル・メイル『ラッシュ』


Snail Mail “Lush”

スネイル・メイル (スネイル・メール) 『ラッシュ』
発売: 2018年6月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン)

 メリーランド州エリコットシティ出身のリンジー・ジョーダン(Lindsey Jordan)によるソロ・プロジェクト、スネイル・メイルの1stアルバム。

 1999年生まれのリンジーは、2015年から音楽活動を開始。翌2016年に、6曲入りのEP『Habit』を、ワシントンD.C.出身のポストパンク・バンド、プリースツ(Priests)が設立したレーベル、シスター・ポリゴン(Sister Polygon)よりリリース。

 2017年には、前述のプリースツ(Priests)や、ビーチ・フォッシルズ(Beach Fossils)、ワクサハッチー(Waxahatchee)のサポートアクトを務め、北米をツアー。そして、2017年9月にUSインディーを代表する名門レーベル、マタドールと契約し、2018年6月にリリースされたのが本作『Lush』です。

 以上、スネイル・メイルの来歴をざっと書き出してみましたが、本作リリースの時点で、まだ高校を卒業したばかりの18歳。音楽の良し悪しに年齢は関係ありませんが、早熟な才能だと言えるでしょう。

 リンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクトではありますが、現状ベースのアレックス・ベース(Alex Bass)と、ドラムのレイ・ブラウン(Ray Brown)は固定。本作も、ギター・ボーカルのリンジー・ジョーダンに、この2人を加えた3ピース・バンド編成を基本とし、一部の曲では、パーカッションのサム・ユーブル(Sam Ubl)、プロデューサーも務めるジェイク・アロンがキーボードで参加し、レコーディングされています。

 さて、前述のとおり名門マタドールからリリースされた本作。日本でも本国アメリカでも、各所で話題になった1作です。

 都会的とは言えない、素朴なサウンドとアンサンブルを持ち、飾り気のない等身大のボーカルが響く、インディー・ロック然とした耳ざわり。アメリカの音楽サイト、ピッチフォーク(Pitchfork)のレビューでは、リズ・フェア(Liz Phair)やフィオナ・アップル(Fiona Apple)と比較しながら論じられていましたが、それも納得の質感を持ったアルバムです。

 ボーカルの歌唱のみならず、各楽器の音作りもシンプル。過度な装飾を排除し、むき出しの歌とアンサンブルが前景化され、聞き手にダイレクトに迫ります。この歌と演奏で勝負する潔さが、彼女の特徴であり、最も大きな魅力と言っていいでしょう。

 アルバムは、「Intro」と題された1分ほどのトラックで幕を開けます。ゆったりとしたテンポに乗せて、ギターとベースのシンプルなフレーズ、リンジー・ジョーダンの穏やかで、やや物憂げなボーカルが、ヴェールのように場を包み込んでいきます。ボーカルにはエフェクト処理が施され、このアルバムの中では珍しく、音響が前面に出たサウンド・プロダクション。

 おそらく、この後に続く楽曲群との、コントラストを演出するためなのでしょう。アルバムを通して、ただ無策にレコーディングしたわけではなく、こだわりを持って丁寧に作り上げられたサウンドであることが、浮き彫りになります。

 2曲目「Pristine」は、弾むようなギターのフレーズとサウンドと、手数は少ないながらも躍動感のあるリズム隊、耳元で歌っているかのような生々しいボーカルが重なり、有機的なアンサンブルを作り上げる1曲。

 3曲目「Speaking Terms」は、穏やかな波のように、揺らぎながら躍動する曲。リンジー・ジョーダンのボーカルは、適度にかすれ、バンドに溶け合うように漂います。

 4曲目「Heat Wave」は、さりげなく爪弾くようなギターのイントロから始まり、ボーカルも含めて各楽器が絡み合う、スウィング感のあるアンサンブルが展開される1曲。再生時間0:53あたりからの押し潰されたような音色、1:50あたりからのファットな歪みなど、ギターの音作りは個性的で、オルタナティヴな空気を楽曲に加えています。

 5曲目「Stick」は、子守唄のように穏やかなイントロから始まり、各楽器ともリズムのタメをたっぷりと取り、ゆったりと歩くような演奏。立体的かつ臨場感あふれる音質でレコーディングされたドラムが、楽曲に厚みをもたらしています。

 6曲目「Let’s Find an Out」は、空間系エフェクターのかかった、水がにじむような音色の複数のギターが絡み合い、ボーカルと共に織物のようにアンサンブルを構成していく、穏やかな1曲。

 7曲目「Golden Dream」では、ドタドタと立体的かつパワフルなドラムに、クリーンな音色のベースとギター、飾り気のないボーカルが絡まり、リラックスしたグルーヴ感のある演奏が展開されます。

 10曲目「Anytime」は、伸びやかなボーカルと、クリーントーンのギターとベースが、丁寧に音を置いていくスローテンポの1曲。前半は音数も少なくシンプルに進行し、再生時間2:00過ぎあたりで、シンセサイザーと思われる柔らかな持続音が入ってくると、穏やかな音が場を満たしていくような、厚みのあるサウンドへ。

 アルバム全体を通して、歌が中心にある作品であることは確かです。しかし同時に、一聴するとシンプルに聞こえるサウンド・プロダクションとアンサンブルも、丁寧に作り上げていることが、節々から伝わる作品でもあります。

 ただ、やみくもに「シンプルに行こう!」「音を減らそう!」と作っているのではなくて、適材適所で音とフレーズを吟味しているのではないでしょうか。基本的には、コンパクトにまとまったインディーロックといった趣のアルバムですが、ところどころオルタナティヴ・ロックやシューゲイザー、エレクトロニカを感じる音が入っています。

 あとはなんといっても、リンジー・ジョーダンのボーカルが良い。彼女の声も、派手さはありませんが、時に激しく絞り出すように、時に穏やかに語りかけるように歌いあげていきます。わかりやすいシャウトであったり、高音であったり、というわけではないのに、表情豊か。

 多様なジャンルを地に足のついた形で取り込み、丁寧に作り上げた良盤です。

 





Caroline Rose “Loner” / キャロライン・ローズ『ローナー』


Caroline Rose “Loner”

キャロライン・ローズ 『ローナー』
発売: 2018年2月23日
レーベル: New West (ニュー・ウエスト)
プロデュース: Paul Butler (ポール・バトラー)

 ニューヨーク州ロングアイランド生まれ、同州センター・モリシェズ育ちのシンガーソングライター、キャロライン・ローズの3rdアルバム。

 3作目のアルバムとなりますが、2012年の1stアルバム『America Religious』は、自主リリース。2014年の2ndアルバム『I Will Not Be Afraid』も、リトル・ハイ・レコード(Little Hi! Records)という、彼女の2ndアルバムのみをリリースしているレーベルからの発売。

 初期2作は、共にジャー・クーンズ(Jer Coons)がプロデューサーを務め、フォーク、カントリー、ロカビリーなど、アメリカのルーツ・ミュージックに根ざした音楽を志向していました。

 しかし、慣習的なジャンルの限定に不満を感じたローズは、2ndアルバム後に、新たな音楽性を追求し始めます。3年の月日をかけて、作曲とレコーディングを続け、初めて本格的なレーベルとなるニュー・ウエストと契約し、リリースされたのが本作『Loner』。

 アメリカーナやオルタナ・カントリーを扱う、名門レーベルとして知られるニュー・ウエストからのリリースではありますが、一聴するとルーツ・ミュージック色は薄く、シンセサイザーとエレキ・ギターが用いられ、ポストパンク色の濃い音楽が展開されています。

 しかし、聴き込んでいくと、奥底にはフォークやロカビリーの要素も感じられ、ルーツ・ミュージックと現代的なロックとポップスが、絶妙にブレンドされた音楽であることが分かります。

 1曲目「More Of The Same」は、清潔感のある柔らかなシンセサイザーのサウンドからスタート。シンセが前面に出たアレンジですが、いわゆるポストパンク的な躍動感を重視したアレンジではなく、歌と溶け合いながら、ゆったりとグルーヴ感を生んでいくアレンジ。

 2曲目「Cry!」は、倍音たっぷりにうねるシンセのイントロに導かれ、シンプルで整然としたアンサンブルが展開。テンポも基本的なリズム構造も変わらず進行するものの、ギターが加わるなど徐々に音数が増え、ゆるやかにバンド全体がシフトを上げていきます。ボーカルの歌唱もバンドに比例して、ところどころかすれたり、シャウト気味になったりと、表現力豊か。

 3曲目「Money」は、古き良きロックンロールを彷彿とさせる1曲。イントロからはテンションを抑えて進み、再生時間0:30あたりでリズムが浮き上がるに立体的に一変するアレンジは、コントラストが鮮やか。

 4曲目「Jeannie Becomes A Mom」では、高音域を用いたシンセの音色が、清潔感を持って爽やかに響きます。縦の揃ったタイトな演奏が続きますが、シンセの音が多層的に重なり、サウンドがカラフル。

 5曲目「Getting To Me」には、ストリングスが導入され、ベースもコントラバスを使用。シンセの電子的なサウンドと、ストリングスのサウンドが溶け合い、室内楽の香りが漂いつつ、現代的ポップスの香りもする、ジャンル特定のしがたい音楽が鳴らされています。

 6曲目「To Die Today」は、トレモロのかかったギターとヴィブラフォンが、音数を絞った演奏で、緊張感を演出。さらに、シンセが電子的な持続音で全体を包み込み、神秘的な雰囲気を作り出します。

 7曲目「Soul No. 5」は、タイトにリズムが刻まれる、小気味いいグルーブ感のある1曲。

 8曲目「Smile! AKA Schizodrift Jam 1 AKA Bikini Intro」は、曲名のとおり次曲「Bikini」のイントロとなるトラック。50秒ほどの短い曲ですが、イントロからドラムが立体的に鳴り響き、多様な音が飛び交い、賑やかでカラフル。

 9曲目「Bikini」は、厚みのあるシンセによるイントロに続き、ギター、ベース、ドラムが躍動感あふれる演奏を繰り広げる1曲。シンセの音色がポストパンク臭を漂わせますが、ギターがリズムを主導し、パワフルなロック的アンサンブルが展開されています。

 10曲目「Talk」は、シンセを中心とした、細かくパーツを組み上げるようなアンサンブルに、ささやき系のボーカルが重なり、幻想的な雰囲気の1曲。シンセが絶妙にチープな音色を響かせ、ただの清潔感しかないポップスにはならない、オルタナティヴな耳ざわりを楽曲に加えています。

 11曲目「Animal」は、イントロから縦の揃った、タイトなアンサンブルが展開されます。どこでテンションの切り替えがあるのかと、ワクワクしながら聴いていると、再生時間1:14あたりから、ボーカルがロングトーンを用い、バンドもリズムがばらけた奥行きのある演奏へ。

 前述のとおり、キャロライン・ローズの音楽的ルーツにはフォークやカントリーが間違いなくあるのに、本作ではシンセが多用され、一聴すると現代的なポップスのような仕上がりになっています。

 しかし、随所にカントリーやロックンロールを感じる、アレンジとフレーズが散りばめられ、アメリカ音楽の豊かさを再認識できるアルバムです。

 カントリーを基調に、オルタナティヴ・ロック的な激しいギターや、実験的なアレンジを用いた音楽を「オルタナ・カントリー」と呼ぶことがあります。本作も、ルーツ・ミュージックと現代ロックの融合という点では、オルタナ・カントリーと共通しているのですが、その方法論は大きく異なります。

 カントリーをオルタナティヴ・ロックで、アップデートしようという意図はおそらく無く、ごく自然なかたちで、シンセをフィーチャーした現代ポップス的サウンドの中に、カントリーやロカビリーを自然に溶け込ませています。

 過去2作では、よりルーツ・ミュージックに近い音楽を鳴らしていたキャロライン・ローズ。そのようなジャンルの限定に、限界を感じた彼女にとって、本作の方がより素に近い音楽であり、触れてきた音楽を放出した結果なのでしょう。