Built To Spill “There’s Nothing Wrong With Love”
ビルト・トゥ・スピル 『ゼアーズ・ナッシング・ロング・ウィズ・ラヴ』
発売: 1994年9月13日
レーベル: Up (アップ)
プロデュース: Phil Ek (フィル・エク)
トゥリーピープル(Treepeople)のメンバーだったダグ・マーシュ(Doug Martsch)によって結成されたバンド、ビルト・トゥ・スピルの2ndアルバム。
前作から、ベースのブレット・ネットソン(Brett Netson)と、ドラムのラルフ・ユーツ(Ralf Youtz)が、それぞれブレット・ネルソン(Brett Nelson)とアンディ・キャップス(Andy Capps)へ交代。また、レーベルもC/Zから、アップ・レコード(Up Records)へと移籍しています。
上記のとおり、メンバー交代とレーベル移籍を経て、リリースされた本作。しかし、元々ダグ・マーシュを中心としたバンドであり、彼がギターとボーカルを変わらず担っているため、音楽性はそこまで大きくは変化していません。
ダグは音楽雑誌『スピン』(Spin)による当時のインタビューで、「アルバムごとにメンバーを全て入れ替えるつもりだった」とも語っています。今後もたびたびメンバー交代はあるものの、実際にはアルバムごとのメンバー刷新はおこなっていません。
今作では、フィル・エクがプロデューサーを務めているのも注目ポイントです。シアトルを拠点に活動し、最近ではフリート・フォクシーズ(Fleet Foxes)や、バンド・オブ・ホーセズ(Band Of Horses)のプロデュースでも知られるフィル・エク。
彼のプロデュース・ワークによって、前作よりもサウンドの輪郭がくっきりとし、各楽器が分離して聴き取りやすく、結果としてアンサンブルが引き立つ音像に仕上がっています。また本作は、スピン誌のトップ・インディー・レコード(top indie records of all time)のトップ10にも選出。これが、フィル・エクの名を上げるきっかけにもなっています。
1988年に結成されたトゥリーピープルは、当時のグランジ旋風の影響を受けていたのか、ハードな音像を持ったバンド。ダグ・マーシュが、トゥリーピープル脱退後に結成したビルト・トゥ・スピルの1stアルバム『Ultimate Alternative Wavers』も、トゥリーピープルの音楽性をある程度は引き継ぎ、グランジを思わせるハードなサウンドを持っていました。
しかし、2枚目のアルバムとなる本作『There’s Nothing Wrong With Love』では、サウンド面のアグレッシヴさは抑えられ、よりアンサンブルを重視した音楽性へと変化しています。
1曲目の「In The Morning」は、歯切れの良いイントロのギターから始まり、バラバラの音が絡み合う、立体的なアンサンブルが展開。特にギターは、トリルを用いたマスロックを思わせるフレーズや、シャキシャキと軽快なカッティングなど、歌い上げるような泣きのフレーズが持ち味だった前作とトゥリーピープル時代から比較して、より多様なアレンジを聴かせます。この曲は、脱退したブレット・ネットソンによる作曲。
2曲目「Reasons」は、ゆったりとタメを作ったリズムに乗せて、ギターとコーラスが多層的なサウンドを作り上げる1曲。やや遅れてリズムを刻むドラムと、そのドラムに絡みつくようにフレーズを繰り出すベースが、波のように躍動的に揺れるアンサンブルを支えます。
3曲目「Car」は、2曲目とは打って変わって、タイトで小気味よいアンサンブルが展開される1曲。ところどころに、不安定な音程のフレーズを差し込むギターが、楽曲にキュートさを加えています。再生時間2:12あたりからの、うねるような音色のギターソロも、楽曲にオルタナティヴな空気をプラスするアクセント。
5曲目「Fling」は、クリーントーンのギターとチェロを中心にした、穏やかなサウンド・プロダクションを持っています。ボーカルのメロディーも、流れるような美しさを持った、ギターポップ色の濃い1曲。
7曲目「The Source」では、ドラムが立体的に響き、ギターがうなりを上げる、躍動感の溢れるアンサンブルが展開。再生時間0:48あたりからの壊れたオモチャのようなアレンジなど、オルタナティヴな空気も充満した、カラフルな曲です。
10曲目「Distopian Dream Girl」は、複数のギターが複雑に絡み合うバンドの演奏に対し、爽やかなメロディーが乗る1曲。ギターの音作りとフレーズにはジャンクな香りも漂い、厚みのあるアンサンブルを作り上げます。とにかく、ギターが前面に出たアレンジ。
メロディーも良いけど、アレンジも良い、多彩な楽曲が収録されたカラフルなアルバムです。歪んだギターが効果的に用いられ、ところどころアングラのノイズ・ロック的なサウンドも持っているのですが、ボーカルのメロディーはギターポップを彷彿とさせるぐらいポップ。バランス感覚に優れた1作です。
ポッポさと実験性が独自の方法でブレンドされていて、実にインディー・ロックらしい耳ざわり。個人的にも大好きなアルバムです。1997年リリースの次作『Perfect From Now On』からは、メジャーのワーナーへ移籍。メジャー移籍で魅力をそこなうバンドも多いなか、ビルト・トゥ・スピルは変わらず良質な音楽を作り続けています。
2015年には、シアトルを代表する名門レーベルであるサブ・ポップより、本作のアナログ盤が再発。