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William Tyler “Impossible Truth” / ウィリアム・タイラー『インポッシブル・トゥルース』


William Tyler “Impossible Truth”

ウィリアム・タイラー 『インポッシブル・トゥルース』
発売: 2013年3月19日
レーベル: Merge (マージ)
プロデュース: Mark Nevers (マーク・ネヴァース)

 テネシー州ナッシュヴィル出身のギタリスト、ウィリアム・タイラーの2作目となるスタジオ・アルバム。前作『Behold The Spirit』は、アメリカーナを中心に扱うレーベル、トンプキンス・スクエアからのリリースでしたが、本作はスーパーチャンクのマック・マコーンとローラ・バランスが設立したレーベル、マージからのリリース。

 2010年にリリースされた前作、また2008年にザ・ペーパー・ハッツ(The Paper Hats)名義でリリースされた『Deseret Canyon』は、共にタイラーのテクニカルなギター・プレイを中心に据えた、アメリカン・プリミティヴ・ギターの系譜に連なる音楽性を持った作品でした。

 アメリカン・プリミティヴ・ギター(American primitive guitar)とは、ブルースやカントリーなどアメリカの古い音楽に影響を受けながら、それらに現代的な再解釈を施した、フィンガースタイルのギター・ミュージックのこと。1950年代から活動を始めた、ジョン・フェイヒィ(John Fahey)が始祖とされるジャンルです。

 本作『Impossible Truth』も、アメリカン・プリミティヴ・ギターらしく、アコースティック・ギターのオーガニックな響きと、アメリカの原風景を描き出すような、イマジナティヴなギター・プレイが前面に出たアルバム。

 ギター1本だけでも十分に成立するぐらい、いきいきとした躍動感に溢れたプレイが展開されていきますが、随所でダブル・ベースやスティール・ギターなどが効果的に用いられ、アルバムをより多彩に、現代的なサウンド・プロダクションへと、転化させています。

 1曲目の「Country Of Illusion」から、ギターを中心にしながら、ベースとスティール・ギターが、折り重なるように、音楽を作り上げていきます。使用されているギターはアコースティックではなくエレキ・ギターで、透明感のあるみずみずしいサウンドが、楽曲に現代的な空気を加えています。

 2曲目「The Geography Of Nowhere」でも、エレキ・ギターを使用。こちらはギター1本のみの演奏で、ディレイのかかったサウンドが幻想的に響き、カントリーとは異なるサウンド・プロダクションを持った1曲です。

 5曲目「A Portrait Of Sarah」は、アコースティック・ギター1本による演奏。ナチュラルなサウンドで、疾走感と躍動感のあるプレイが展開されます。

 6曲目「Hotel Catatonia」は、ギター、バンジョー、オルガンが使用され、アンサンブルを構成。スピーディーなギターと、伸びやかなスティール・ギターが溶け合い、音が隙間なく敷き詰められた1曲。

 このアルバムで展開されるのは、アメリカン・プリミティヴ・ギターの系譜にありながら、ルーツの焼き直しにも、ジョン・フェイヒィのコピーにもとどまらない音楽と言っていいでしょう。

 前作と比較しても、ギターのテクニック面では甲乙つけがたい両作ですが、アンサンブルの魅力は、本作の方が上回っています。

 





William Tyler “Deseret Canyon” / ウィリアム・タイラー『デザレット・キャニオン』


William Tyler “Deseret Canyon”

ウィリアム・タイラー 『デザレット・キャニオン』 (ディザレット・キャニオン)
発売: 2008年10月21日 (再発 2015年6月2日)
レーベル: Merge (マージ)

 元々は、ザ・ペーパー・ハッツ(The Paper Hats)名義で、2008年にドイツのアペアレント・エクステント(apparent-extent)というレーベルからリリース。

 その後2015年に、ウィリアム・タイラー名義で、ノースカロライナ州ダーラムのインディー・レーベル、マージから、12インチ・レコード2枚組で再発。現在では、各種サブスクリプション・サービスで、デジタル配信もされています。

 プロデュースはウィリアム・タイラー自身、レコーディング・エンジニアはマーク・ネヴァース(Mark Nevers)が担当。

 ラムチョップ(Lambchop)や、シルバー・ジューズ(Silver Jews)への参加でも知られる、ギタリストのウィリアム・タイラー。「ミュージック・シティ」のニックネームを持つ街、ナッシュヴィルに生まれ、父親も著名なソングライターだという音楽一家で育ちました。

 カントリー・ミュージック殿堂博物館や、ギブソンの本社もあり、特にカントリー・ミュージックの町として知られるナッシュヴィル。そんなナッシュヴィルの空気をたっぷり吸い込んで育ったためか、本作でもカントリーやフォークなど、ルーツ・ミュージックへの理解と愛情が溢れる音楽が紡がれていきます。

 4曲目「The Sleeping Prophet」と、7曲目「Crystal Palace, Sea Of Glass」には、タイラーと同じくラムチョップや、シルバー・ジューズへの参加でも知られる、ポール・ニーハウス(Paul Niehaus)が、ペダル・スティール・ギターで参加。しかし、それ以外は、ほぼタイラー自身によるギターのみ。(クレジットには、タイラーによる「Noises」という記載もあり)

 ブルーグラス的なテクニカルな速弾きが、随所で披露され、アコースティック・ギターを中心にした、穏やかでオーガニックなサウンド・プロダクションを持ちながら、疾走感と躍動感のある音楽が展開される1作です。

 ちなみにアルバム・タイトルの「Deseret」とは、モルモン教徒の言葉で「勤勉なミツバチ」という意味で、1849年にソルトレイクシティに入植していたモルモン教徒が提案した暫定的な州(State of Deseret)の名前であり、モルモン教徒によって19世紀後半に使用された、英語を表記するための文字の名称(Deseret alphabet)でもあります。

 定着することなく、歴史の中に刻まれることとなった過去の文化。そんな過去に想いを馳せ、現代に呼び覚ますという意味で、「デザレットの谷」というタイトルをつけたのかもしれません。

 タイラーが本作で試みたのも、アメリカのルーツ・ミュージックを基本にしながら、それを現代的に再解釈すること。歴史と現代が、溶け合った作品であると言えます。