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William Tyler “Deseret Canyon” / ウィリアム・タイラー『デザレット・キャニオン』


William Tyler “Deseret Canyon”

ウィリアム・タイラー 『デザレット・キャニオン』 (ディザレット・キャニオン)
発売: 2008年10月21日 (再発 2015年6月2日)
レーベル: Merge (マージ)

 元々は、ザ・ペーパー・ハッツ(The Paper Hats)名義で、2008年にドイツのアペアレント・エクステント(apparent-extent)というレーベルからリリース。

 その後2015年に、ウィリアム・タイラー名義で、ノースカロライナ州ダーラムのインディー・レーベル、マージから、12インチ・レコード2枚組で再発。現在では、各種サブスクリプション・サービスで、デジタル配信もされています。

 プロデュースはウィリアム・タイラー自身、レコーディング・エンジニアはマーク・ネヴァース(Mark Nevers)が担当。

 ラムチョップ(Lambchop)や、シルバー・ジューズ(Silver Jews)への参加でも知られる、ギタリストのウィリアム・タイラー。「ミュージック・シティ」のニックネームを持つ街、ナッシュヴィルに生まれ、父親も著名なソングライターだという音楽一家で育ちました。

 カントリー・ミュージック殿堂博物館や、ギブソンの本社もあり、特にカントリー・ミュージックの町として知られるナッシュヴィル。そんなナッシュヴィルの空気をたっぷり吸い込んで育ったためか、本作でもカントリーやフォークなど、ルーツ・ミュージックへの理解と愛情が溢れる音楽が紡がれていきます。

 4曲目「The Sleeping Prophet」と、7曲目「Crystal Palace, Sea Of Glass」には、タイラーと同じくラムチョップや、シルバー・ジューズへの参加でも知られる、ポール・ニーハウス(Paul Niehaus)が、ペダル・スティール・ギターで参加。しかし、それ以外は、ほぼタイラー自身によるギターのみ。(クレジットには、タイラーによる「Noises」という記載もあり)

 ブルーグラス的なテクニカルな速弾きが、随所で披露され、アコースティック・ギターを中心にした、穏やかでオーガニックなサウンド・プロダクションを持ちながら、疾走感と躍動感のある音楽が展開される1作です。

 ちなみにアルバム・タイトルの「Deseret」とは、モルモン教徒の言葉で「勤勉なミツバチ」という意味で、1849年にソルトレイクシティに入植していたモルモン教徒が提案した暫定的な州(State of Deseret)の名前であり、モルモン教徒によって19世紀後半に使用された、英語を表記するための文字の名称(Deseret alphabet)でもあります。

 定着することなく、歴史の中に刻まれることとなった過去の文化。そんな過去に想いを馳せ、現代に呼び覚ますという意味で、「デザレットの谷」というタイトルをつけたのかもしれません。

 タイラーが本作で試みたのも、アメリカのルーツ・ミュージックを基本にしながら、それを現代的に再解釈すること。歴史と現代が、溶け合った作品であると言えます。

 





Averkiou “Throwing Sparks” / アーヴァキウ『スローイング・スパークス』


Averkiou “Throwing Sparks”

アーヴァキウ 『スローイング・スパークス』
発売: 2008年11月11日
レーベル: Clairecords (クレアコーズ)

 バンド名は、カタカナで表すなら「アーヴァキウ」あるいは「アーヴァキュウ」に近い発音のようです。フロリダ出身の5人組シューゲイザー・バンド、アーヴァキウの1stアルバム。

 同じフロリダ州にオフィスを構える、シューゲイザー専門レーベル、クレアコーズからのリリース。

 「シューゲイザー」と一口に言っても、当然のことながら志向するサウンドには、バンドごとに差異があります。アーヴァキウは、激しく歪んだソリッドなギターを用いた、疾走感あふれるアンサンブルは展開するバンド。

 轟音ギターに、浮遊感のあるボーカルが溶け合い、爽やかなシューゲイザー・サウンドを響かせていきます。

 1曲目の「I Don’t Wanna Go Out」は、ガレージを彷彿とさせる荒々しいギター・サウンドと、ギターポップを思わせる甘いメロディーが溶け合い、疾走していく1曲。

 2曲目「Holland & Headaches」は、ディレイを用いて増殖していくようなクリーントーンのギターと、毛羽立ったファズ系のギターが絡み合いながら、躍動感あふれるアンサンブルを作り上げていきます。

 3曲目「New York Friends」は、立体的なドラムが曲を先導し、ギターとベースがそこに絡みついていくように、有機的なアンサンブルが構成。

 4曲目「The South Wall」は、タイトルにも「wall」が使われていますが、まさに分厚いギターの音が、壁となって目の前にあらわれるようなサウンド・プロダクションを持った1曲です。

 5曲目「We’ll Stand Erect」は、ファズ系の歪みのギターによる厚みのあるコード弾きと、クリーントーンのギターによる単音弾きが絡み、疾走していくロック・チューン。

 6曲目「Sudden Death, Over Time」は、ギター、ベース、ドラムが緩やかにグルーヴし、浮遊感のあるボーカルがそこに重なる、ギターポップ色の強い1曲。

 轟音ギター成分も多分に含まれていますけど、クリーントーンのギターもバランス良く用いられ、全体として爽やかな雰囲気を持っています。

 サウンド的にはシューゲイザーの範疇に入る作品だと思いますが、各楽器が分離して聞き取りやすい音色とバランスを保っており、ロック的なグルーヴとアンサンブル、それにギターポップのような爽やかさを併せ持っているところが、このアルバムの魅力ですね。

 





The Daysleepers “Drowned In A Sea Of Sound” / ザ・デイスリーパーズ『ドラウンド・イン・ア・シー・オブ・サウンド』


The Daysleepers “Drowned In A Sea Of Sound”

ザ・デイスリーパーズ 『ドラウンド・イン・ア・シー・オブ・サウンド』
発売: 2008年5月13日
レーベル: Clairecords (クレアコーズ)
プロデュース: Doug White (ダグ・ホワイト)

 ニューヨーク州バッファローにて、2004年11月に結成されたバンド、ザ・デイスリーパーズの1stアルバム。ちなみにアイスランドにも、「The」の付かないデイスリーパーズ(Daysleepers)というバンドがいるみたいです。

 シューゲイザー専門レーベル、クレアコーズからのリリース。クレアコーズからのリリースという事実を差し引いても、空間系エフェクターの多用されたギター・サウンドと、男女混声のよるコーラスワークが、幻想的なサウンドを作り出し、シューゲイザーらしい音楽が展開されています。

 クレアコーズは、一定以上のクオリティのシューゲイザーをリリースしている、良いレーベルだと思いますけど、やはりジャンルというのは袋小路に陥りやすいよな、とも思います。

 そして、このジャンルにとってマイブラの影響力は、やはり無視できないほど大きいよなとも。男女混声によるボーカルが、バンドに溶け合うように一体化したサウンドを聴くと、自ずと『Loveless』が思い浮かびます。

 ただ、ある程度の形式を借りた上で、自分たちのオリジナリティを表現するというのは、シューゲイザーというジャンルに限りません。シューゲイザーは、過度なエフェクターの使用、轟音ギターの導入など、サウンド・デザインに共通項を見つけやすいので、似ていると見なされやすいという一面もあるのでしょう。

 そんなわけで、ザ・デイスリーパーズの1stアルバム『Drowned In A Sea Of Sound』。前述したとおり、コーラスなど空間系エフェクターが使用されたギター・サウンドを主軸に、シューゲイザー然としたサウンドを持ったアルバムです。

 アルバムのタイトルは「音の海に溺れる」という意味ですが、確かに水を思わせる透明感のあるサウンドと、波を思わせるグルーヴするアンサンブルを併せ持っています。圧倒的な轟音で洪水を表現するのではなく、バンドのアンサンブルで、リスナーを音楽の海に引き込み、身を委ねさせることを狙っているようです。

 1曲目「Release The Kraken」は、コーラスが深くかかり透明感のあるギターと、男女混声による幻想的なコーラスワークに、ビートのはっきりしたリズム隊が重なります。ギターとボーカルのみのイントロからは、音響を重視したアプローチを予想しましたが、リズムもある程度はっきりと刻むところが、この曲およびアルバム全体を通した特徴。

 5曲目「Tiger In The Sea」は、空間系エフェクターの効いた浮遊感のあるギターと、立体的でソリッドな耳ざわりのベースとドラムが、アンサンブルを構成。

 9曲目「The Secret Place」は、スローテンポに乗せて、音数を絞った緩やかなアンサンブルが展開される、アンビエントな音像を持った1曲。エレクトロニカを彷彿とさせる電子的な持続音も使われていますが、リズム隊もゆったりとグルーヴを生み、バンド感を残したアレンジです。

 リズム隊の音量を抑えれば、もっと音響が前景化したアルバムにしたエレクトロニカ色の濃い作品に仕上がると思いますが、ベースとドラムのグルーヴが思いのほか前面に出てきて、音響と同じぐらいアンサンブルを重視した作品と言えます。

 クレアコーズの作品に限らず、2000年以降のいわゆる「ニューゲイザー」と言われるバンドは、電子音を導入しエレクトロニカ色の濃いバンドと、このザ・デイスリーパーズのように轟音やエフェクト過度なサウンドに頼らず、アンサンブルも丁寧に組み上げるバンドの2種類に、大別されるのではないかと思います。

 これもジャンルが成熟していく過程の宿命なのでしょうが、当該ジャンルのどの要素を際立たせるか、どのエッセンスを音楽に含めるか、というところに終着していくんでしょうね。

 





Tears Run Rings “Always, Sometimes, Seldom, Never” / ティアーズ・ラン・リングス『オールウェイズ、サムタイムズ、セルダム、ネヴァー』


Tears Run Rings “Always, Sometimes, Seldom, Never”

ティアーズ・ラン・リングス 『オールウェイズ、サムタイムズ、セルダム、ネヴァー』
発売: 2008年4月8日
レーベル: Clairecords (クレアコーズ)

 1990年代中頃より活動するジ・オートクランツ(The Autocollants)というバンドを前身に、2006年に結成されたシューゲイザー・バンド、ティアーズ・ラン・リングスの1stアルバム。シューゲイザー専門レーベル、クレアコーズからのリリース。

 ギターとボーカル担当のマシュー・バイス(Matthew Bice)と、ベースとボーカル担当のローラ・ワトリング(Laura Watling)による男女混声ボーカルが、耽美で浮遊感のあるメロディーを紡いでいく本作。

 各楽器のサウンドともエフェクト過多ではなく、分離して聞き取れるバランス。しかし、ボーカルもバンド・アンサンブルの一部のように溶け合うサウンド・プロダクションは、歌メロやバンドのグルーヴ感よりも、音響を前景化するシューゲイザー的なアプローチと言えます。

 2曲目「How Will The Others Survive?」では、鼓動を打つようなバスドラに、ギターが多層的に多い被さり、ささやき系の男女混声ボーカルが重なります。完全にバンドが一体化するのではなく、リズム隊、ギター、ボーカルと、分離して聞き取れるサウンドとバランスを維持しながら、レイヤー状に音楽を構成。

 3曲目「Beautiful Stranger」は、シンプルなリズム隊の上に、空間系エフェクターの深くかかったギターと、毛羽立った歪みのギター、柔らかなボーカルが重なり、幻想的な雰囲気を作り出す1曲。ゆったりしたテンポの上で、メロディーとサウンドが際立つバランスには、音楽に身を委ねる心地よさが溢れています。

 4曲目「Fall Into Light」は、テンポは速くないものの、ビートがはっきりしていて、ゆるやかな躍動感と疾走感のある1曲。ノリノリのロックとは違いますが、風のように自然に流れていく音楽には、ゆるやかに体を揺らす魅力があります。

 7曲目「Waiting For The End」は、イントロからドラムが立体的に響き、浮遊感を持った各楽器とボーカルが絡み合い、アンサンブルを構成していきます。バンド感のあるアンサンブルと、エレクトロニカや音響系ポストロックを思わせる、アンビエントな音像が共存した1曲。

 10曲目「Send Me Back」は、毛羽立った歪みのギターと、耽美なボーカルが、不釣り合いなようでありながら、自然に溶け合い、ゆるやかなグルーヴ感のあるロックが展開されます。

 幻想的な空気を持った、ささやき系の男女混声ボーカルと、エフェクターを駆使したギター・サウンドが同居し、歌メロと音響の魅力が不可分の溶け合った作品。

 サウンドの面でも、アンサンブルの面でも、音楽を作り上げる要素に一体感があり、実にシューゲイザーらしい1作であると思います。

 音響的なアプローチの「Happiness – Part One」から始まり、「Happiness – Part Two」で締めくくるアルバム全体の流れも、なかなか秀逸。

 





Autodrone “Strike A Match” / オートドローン 『ストライク・ア・マッチ』


Autodrone “Strike A Match”

オートドローン 『ストライク・ア・マッチ』
発売: 2008年11月11日
レーベル: Clairecords (クレアコーズ)
プロデュース: Eric Spring (エリック・スプリング)

 2002年にニューヨークで結成されたバンド、オートドローンの1stアルバム。フロリダ州セントオーガスティンにオフィスを構える、シューゲイザーに特化したレーベル、クレアコーズからのリリース。

 クレアコーズからのリリースである事実を抜きにしても、シューゲイジングなサウンドを持ったアルバムだと言えます。冒頭からそのように書くと「じゃあシューゲイザーってなに?」という話になってしまいますので、具体的にこの作品のサウンド・デザインを、紐解いていきたいと思います。

 まず、シューゲイザーというジャンルの特徴として、空間系と歪み系を合わせたエフェクターの多用、そして、それに伴う音響が前景化したサウンドが挙げられます。

 もう少し具体的に説明すると、一般的な感覚からすれば、やりすぎなぐらいエフェクターをかけ、メロディーやアンサンブルさえも覆い尽くしてしまうようなサウンドを聴かせる、あるいはボーカルも各楽器も不可分に溶け合ったサウンドを作り上げる、そのようなアプローチのこと。

 本作も、エフェクターを用いたギター・サウンドが用いられており、バンドのアンサンブルと、浮遊感のあるボーカルが溶け合う、シューゲイザー的な音像を持っています。

 しかし、ギターだけではなく、ノイジーで尖った電子音や、立体的なリズム隊がフィーチャーされる曲もあり、ギターを主軸にした塊のようなサウンド・プロダクションだけではない、音楽性の幅を持った作品でもあります。

 1曲目に収録される「Strike A Match」では、幾重にもオーバーダビングされたギターが、分厚い壁のように空間を埋め尽くしますが、リズム隊もギターに埋もれることなく、グルーヴ感ある演奏を繰り広げています。また、再生時間1:13あたりで、テンポが上がり、音響よりもリズムが前景化され、疾走感あふれるロックが展開される部分もあり、轟音ギター頼みではないバンドであることが感じられます。

 2曲目「Final Days」では、単音弾きのギターと、ざらついた質感の電子音、リズム隊が絡み合い、アンサンブルを構成。楽器の隙間を縫うように、ボーカルがメロディーが紡ぎ、全てがひと塊りに感じられる一体感とは別種の、有機的な一体感と躍動感のある1曲です。

 3曲目の「100,000 Years Of Revenge」は、ギザギザした耳ざわりの電子ノイズが鳴り響く、アンビエントな1曲。

 4曲目「Kerosene Dreams」は、立体的でトライバルな雰囲気のドラムを中心に、空間系エフェクターの効いたギターや、漂うような電子音が重なり、アンサンブルを構成していきます。各楽器とも、音響を重視したサウンドを持っていますが、アンサンブルはパワフルで、躍動感があります。

 5曲目「A Rose Has No Teeth」は、ギターの音と電子音が、増殖するように空間に広がっていく1曲。

 6曲目「Sometime」では、高速のタム回しのようなドラムと、細かくバウンドするようなベースの上に、エフェクトのかかったギターが広がっていきます。疾走感と浮遊感が同居するような、絶妙なバランスのサウンドと演奏。

 7曲目「Through The Backwoods」は、弾むようなドラムと、細かくリズムを刻むギターが絡み合う、軽快なグルーヴ感のある1曲。キラキラとしたギターと、柔らかな電子音、流れるようなボーカルが溶け合い、ギターポップのようにも聴こえます。

 9曲目「Can’t Keep These」は、イントロから鳴り続ける圧縮されたような歪んだギターと、電子ノイズのようなシンセサイザーの音色が、ジャンクな雰囲気を作り出す1曲。そんなサウンドと呼応するように、囁くような歌い方の多かったボーカルも、この曲では感情を吐き出すような歌い方になっています。

 10曲目「With Arms Raised」は、オーバーダビングされているのだと思いますが、ボーカルも含めて多種多様なサウンドが飛び交い、立体的なアンサンブルが構成される、賑やかな1曲。

 12曲目「Pictures.」は、ピアノと穏やかなボーカルが中心にありながら、まわりではノイジーでアンビエントな持続音が鳴り続けます。歌モノであるのに、音響的なサウンドも重ね合わせ、多層的な構造を持たせるのは、このバンドらしいセンス。

 シューゲイザーらしい、ノイジーで厚みのあるサウンドを持ったアルバムですが、アンサンブルや歌のメロディーを量感のあるサウンドに埋もれさせることなく、音響的アプローチとアンサンブル志向の音楽の間で、絶妙なバランスをとっています。

 曲によってはガレージやギターポップの香りを感じることもあり、圧倒的な音圧や音量に頼るのではなく、あくまでバンドのアンサンブルに重きを置いたバンドなのではないかと思います。

 言い換えれば、あくまでアンサンブル重視のバンドであるのに、素材としては過度なサウンドを用いている、とも言えます。ただ、そのサウンドの使い方が巧みで、決して楽曲を破綻させることなく、バランス感覚に優れたバンド。

 シューゲイザー的なサウンドを持った2000年代以降のバンドを、「ニューゲイザー」とくくることがありますが、オートドローンは独自の志向を持っており、オリジナル・シューゲイザーの単なる焼き直しではない、ニューゲイザーのバンドと言えるのではないでしょうか。