「2008年」タグアーカイブ

Don Caballero “Punkgasm” / ドン・キャバレロ『パンクガズム』


Don Caballero “Punkgasm”

ドン・キャバレロ 『パンクガズム』
発売: 2008年8月19日
レーベル: Relapse (リラプス)
プロデュース: Al Sutton (アル・サットン)

 2000年発表の『American Don』を最後に解散し、2003年になってドラマーのデイモン・チェを中心に、メンバーを替えて再始動したドン・キャバレロ。再結成1作目の前作『World Class Listening Problem』に続く、ドン・キャバレロ通算6枚目のスタジオ・アルバムです。

 本作が発売された翌年の2009年から、バンドは再び解散状態に入っています。そのため現在のところ、本作がドン・キャバレロ最後のスタジオ・アルバムとなります。(以前のライブ音源を使用したライブ・アルバムは、数枚リリースされています。)

 変拍子や複雑なフレーズを用いた、緻密なアンサンブルが特徴のドン・キャバレロ。本作でも彼らの醍醐味である、緻密で緊張感あふれる、演奏が展開されています。

 1曲目「Loudest Shop Vac In The World」は、イントロから各楽器ともナチュラルな音色。バンド全体で1枚のタペストリーを編み上げるような、有機物かつ緻密なアンサンブル。徐々に模様が変わっていくかのような展開は、轟音に頼らずとも非常にスリリングです。

 2曲目「The Irrespective Dick Area」は、小刻みなギターのフレーズに目が回りそうになる1曲。わずか1分30秒ほどの曲ですが、途中でねじれるように耳障りな高音を絞り出すギターなど、めまぐるしく展開があります。

 8曲目「Lord Krepelka」は、少ない音数でスリルと緊張感を演出する1曲。殺伐とした雰囲気のギターの音色と、徐々に手数を増やし複雑なリズムを生むドラムが、絡み合い、加速していきます。

 前述したように、ドン・キャバレロ最後のアルバムです。アンサンブルのクオリティも申し分なく、なかなかの良盤であるとは思いますが、彼らの作品のなかでは小さくまとまっていて一番地味だな、というのが正直なところです。

 とはいえ、一定以上のクオリティを持った素晴らしい作品であることは間違いありません。僕は、ドン・キャバレロが大好きで、他の作品がそれぞれ個性を持ち、圧倒的に優れているので、どうしても辛口になってしまいます。

 





The Dodos “Visiter” / ザ・ドードース『ヴィジター』


The Dodos “Visiter”

ザ・ドードース (ドードーズ) 『ヴィジター』
発売: 2008年3月18日
レーベル: Frenchkiss (フレンチキス)
プロデュース: John Askew (ジョン・アスキュー)

 カリフォルニア州サンフランシスコ出身のバンド、The Dodosの2ndアルバム。前作『Beware Of The Maniacs』は、レーベルを通さない自主リリースでしたが、今作からLes Savy Favのベーシスト、シド・バトラーが設立したニューヨークのレーベル、Frenchkissと契約しています。

 1stアルバムである前作は、アコースティック・ギターとドラムを中心にしたナチュラルなサウンドを用いて、パワフルに躍動感あふれるアンサンブルを響かせた1作でした。今作では、アンサンブルがより洗練され、アコースティックギターが重層的に、ドラムが立体的に音楽を構成する1枚になっています。前作に引き続き、ボーカルの美しいメロディーとハーモニーも、もちろん聴きどころ。

 1曲目の「Walking」は、ゆったりとしたリズムのなか、アコースティックギターとバンジョーが絡み合い、牧歌的な雰囲気を醸し出します。およそ2分の短い曲で、彼ら得意の立体的なサンサンブルも控えめな、イントロダクション的な役割の1曲。

 2曲目の「Red And Purple」では、アコギのコード・ストロークを、低音の響く立体的なドラムが追いかける、彼ら得意のアンサンブルが展開されます。広々とした空気感まで感じられるアコギの響きと、様々な方向から聞こえてくる立体的なドラムが、開放感ある音空間を作り上げています。

 3曲目「Eyelids」は、ギターとドラムが掛け合うイントロから、ボーカルのハーモニーが全体を包み込む、重層的なサウンドが美しい1曲。ドタバタしたドラムのサウンドには、ローファイの香りも漂います。

 4曲目の「Fools」は、リムショットが耳に残り、イントロから疾走感のある1曲。立体的なアンサンブルが彼らの魅力だと思いますが、各楽器が縦を合わせた演奏から、徐々に各楽器が離れていく、この曲のような展開も良い。

 8曲目「Paint The Rust」は、哀愁を帯びたイントロのギターのフレーズが聴こえます。叩きつけるようなドラムが入ってくると、立体的な音像に一変。再生時間1:44あたりからの間奏も、カントリーとインディーロックの融合といった感じで、ルーツと現代性が溶け合った1曲。

 前作同様、アコースティックギターが中心でありながら、サウンド・プロダクションとアレンジはさらに洗練され、カラフルな印象のアルバムに仕上がっています。オーガニックな質感のアコースティック・ギターと、どこかローファイな雰囲気を持つドタバタした音色のドラムのバランスも、前作に引き続き素晴らしいです。

 





Azeda Booth “In Flesh Tones” / アゼダ・ブース『イン・フレッシュ・トーンズ』


Azeda Booth “In Flesh Tones”

アゼダ・ブース 『イン・フレッシュ・トーンズ』
発売: 2008年9月28日
レーベル: Absolutely Kosher (アブソリュートリー・コーシャー)

 カナダのエクスペリメンタル・ポップ・バンド、Azeda Boothの1stアルバムであり、唯一のアルバム。カリフォルニア州エメリーヴィルのレーベル、Absolutely Kosherからのリリース。

 輪郭のぼやけた、ふんわりした電子音を多用した、エレクトロニカに近いサウンドを持ったアルバムです。ボーカルも、ささやき系の女声で、柔らかいバックの音色とのバランスが抜群に良い。

 しかし、音響に特化した作品なのかというとそうでもなく、生き生きとした躍動感や、テクノ的なビートも顔を見せる1作です。

 1曲目の「Ram」は、イントロからアンビエントな電子音が響きますが、再生時間0:17あたりでドラムが入ってくると、途端に躍動感が生まれます。

 2曲目の「In Red」は、ドラムの立体的な音に、臨場感がある1曲。各楽器が絡み合いながら網の目のように音楽を織り上げるなか、ウィスパー系のボーカルが自由に漂うようにメロディーを紡いでいきます。電子音を中心にしたサウンドですが、暖かみのあるサウンドで、母親の胎内にいるような気分になります。

 3曲目は「First Little Britches」。こちらも電子音らしい音色で出来上がった1曲。切り刻まれ再構築されたようなリズムの中から、徐々にグルーヴが生まれる展開がスリリング。

 4曲目の「John Cleese」は、さらにビートが前景化された1曲。オウテカを感じさせるリズムとサウンド・プロダクションです。ただ、ボーカルが入っているため、ビートのあるヒーリング・ミュージックのようにも聞こえます。

 5曲目の「Lobster Quadrille」も、複雑なリズムを持った1曲。やや不穏な空気の電子音が、緊張感と不安感を醸し出します。

 6曲目の「East Village」は、イントロから電子音が心地よく持続します。再生時間0:45あたりで高音が入ってくるところで、虚をつかれてちょっとビックリしました(笑)

 10曲目の「Kensington」では、ヴィブラフォンのようなマレット系の打楽器のような音が心地よく響きます。イントロから複数の楽器が8分音符でリズムを刻み続けるんですが、この重層的なサウンドも心地いい。4分弱の曲ですが、展開が多く、情報量の多さを感じる1曲。再生時間1:20あたりから盛り上がるところもかっこいいし、これは名曲だと思います。

 ほとんど予備知識なしに聴いたアルバムですが、思いのほか良い作品でした。最初にも書いた通り、歌の入ったエレクトロニカといった感じですが、ビートが強く、いきいきと躍動感が溢れる曲もあります。

 





Ida “Lovers Prayers” / アイダ『ラヴァーズ・プレイヤーズ』


Ida “Lovers Prayers”

アイダ 『ラヴァーズ・プレイヤーズ』
発売: 2008年1月29日
レーベル: Polyvinyl (ポリヴァイナル)
プロデュース: Warren Defever (ウォーレン・デフィーヴァー)

 ニューヨーク州ブルックリン出身のバンド、アイダの通算7枚目のアルバム。フォークとギターポップが融合したようなサウンドと、緩やかにグルーヴしていくアンサンブル、繊細で絶妙なバランスの男女混声コーラスワークが美しい1枚。プロデュースは、ミシガン出身のエクスペリメンタル・ロックバンドHis Name Is Aliveのウォーレン・デフィーヴァー。

 音楽を形づくるパーツは比較的シンプルなのに、無限に広がっていくような開放感を感じるアレンジが秀逸。このアルバムを風景に例えるなら、いたるところに花が咲き、小川がせせらぐ森の中。ナチュラルで暖かみのある音像を持った作品です。

 1曲目は表題曲の「Lovers Prayer」。ピアノとドラムが波のように折り重なり、いきいきとした躍動感あるアンサンブルを構成しています。極上の歌モノでありながら、アンサンブルのクオリティが高いところも、本作の魅力。

 3曲目「The Love Below」は、持続する電子音と、ギターのミニマルなコード・ストローク、シェイカーと思われる音が、レイヤー状に重なるような1曲。5曲目「Worried Mind Blues」は、シンプルなリズムから、徐々に躍動感が生まれていきます。

 6曲目「Gravity」は、音数を絞ったミニマルな伴奏なのに、カラッポ感は無く、音楽が優しく部屋を満たしていくような1曲。そんなバンドの演奏と相まって、ボーカルのメロディーの美しさが際立ちます。

 7曲目は「For Shame Of Doing Wrong」。波のように打ち寄せるアコースティックギターのコード・ストローク、絶妙な声色のバランスのコーラスワーク、奥で鳴り続ける持続音。全ての音が優しく空間を包み込みような1曲。声質もハーモニーの面でも、コーラスが本当に素晴らしい。

 10曲目「Surely Gone」は、電子音と声のみのアンビエントなイントロから、ピアノが入ってリズムや和声進行がはっきりとしてくる展開には、ゆっくりと休んでいた音楽が、立ち上がってくるような感覚があります。この曲はユニゾンによるコーラスも聴きどころ。それぞれの声の差違が、サウンドに厚みをもたらしています。

 当たり前の話ですが、普通はドラムを中心にリズムがキープされるものです。しかし、本作には、アコースティック・ギターやピアノが、ときには伸縮して躍動しながら、いきいきとリズムをキープしていくような曲が多くあります。

 間違いなく歌を中心にした作品で、サウンド・プロダクションもフォークやカントリーを下地にしつつ、わずかに隠し味のように忍ばせられる電子音が、モダンな質感をもたらしていると思います。緩やかなグルーヴ感とコーラスワークが心地よく、ボーカルも含めた生楽器と電子音のバランスも絶妙な1枚です。