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Xiu Xiu “Women As Lovers” / シュシュ『ウィメン・アズ・ラヴァーズ』


Xiu Xiu “Women As Lovers”

シュシュ 『ウィメン・アズ・ラヴァーズ』
発売: 2008年1月29日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 カリフォルニア州サンノゼで結成されたバンド、シュシュの6枚目のスタジオ・アルバム。ジェイミー・スチュワート(Jamie Stewart)以外のメンバーは不定形で、実質的に彼のソロ・プロジェクトのようなグループです。

 シュシュの作品はどれもそうなのですが、アヴァンギャルドな実験性と、カラフルなポップ性のバランスが絶妙なアルバム。カリスマ性のあるセクシーかつ演劇じみた歌唱のボーカルも、多彩なイメージをプラスしていると思います。

 次作『Dear God, I Hate Myself』を筆頭に、シュシュの作品はエレクトロニックな響きが前面に出て、シンセポップ色が濃いものが多いのですが、それと比較すると、本作では電子音も織り交ぜながら、ソリッドなバンド・サウンドが響きわたります。

 前述したとおり、実験性とポップ性の絶妙なバランスが、このバンドおよびジェイミー・スチュワートの魅力ですが、本作も随所に奇妙なサウンドやアレンジが散りばめられつつ、ポップスとしても成立させたアルバムです。特にサックスのフリーなフレーズがアクセントになっています。

 3曲目「F.T.W.」は、前半はアコースティック・ギターを使用したポップなサウンド・プロダクションながら、再生時間1:25あたりからは電子ノイズが飛び交い、その後は穏やかな空気が戻ってくるコントラストが鮮烈な1曲。

 6曲目「Under Pressure」には、スワンズのマイケル・ジラがゲスト・ボーカルとして参加。この曲ではサックスも活躍し、後半はフリージャズのような雰囲気です。

 シンセの音や、電子ノイズ、フリーなサックスを効果的に使いながら、バンドのグルーヴ感や躍動感にも溢れたアルバムです。

 違和感をフックに転化させながら、極上のポップスを響かせるジェイミー・スチュワートのバランス感覚は、本当に優れていると思います。ボーカリストとしても、どこか古き良きポップ・スターを彷彿とさせる雰囲気。

 「ポップ職人」と呼ぶと軽すぎる、しかし「鬼才」と呼ぶほど近づきがたい雰囲気でもない、ジェイミー・スチュワートはそんなバランスの人だと思います。

 





Death Cab For Cutie “Narrow Stairs” / デス・キャブ・フォー・キューティー『ナロー・ステアーズ』


Death Cab For Cutie “Narrow Stairs”

デス・キャブ・フォー・キューティー 『ナロー・ステアーズ』
発売: 2008年5月12日
レーベル: Barsuk (バースーク)

 ワシントン州ベリンハムで結成されたバンド、デス・キャブ・フォー・キューティーの6枚目のアルバム。シアトルのインディペンデント・レーベルBarsukと、メジャー・レーベルのAtlanticより発売。

 「インディーロック」という、具体的な音楽性を示すわけではない言葉。しかし、その言葉が持つ共通のイメージ、ぼんやりとした傾向は、確かに存在します。僕がインディーロックといってまず思い浮かぶのが、デス・キャブ・フォー・キューティーであり、特にこのアルバムです。

 すなわち、ポップでカラフルなサウンドと、美しく流れるようなメロディーを持ちながら、アンサンブルには若干ねじれたオルタナティヴな要素を含む。そのバランス感覚に、インディーロック感が強くにじみ出ていると思います。

 本作も、極上の歌ものアルバムでありながら、サウンドやアンサンブルには随所にメジャー的でない、実験的なアプローチが聴かれます。

 1曲目「Bixby Canyon Bridge」は、イントロから開放感のある、伸びやかなボーカルがメロディーを歌い、耳に心地よい1曲。そのボーカルを引き立てるように、透明感あふれるクリーントーンのギターが響きます。しかし、再生時間1:38あたりでフル・バンドになると、途端にパワフルで躍動感のあるアンサンブルへ。1曲の中でのコントラストが鮮烈。

 3曲目の「No Sunlight」は、「ノリノリな曲」「ロックな」というわけではないのに、躍動感に溢れ、グルーヴのある1曲。随所に挟まれるギターとピアノのフレーズが、楽曲をさらに多彩にしています。個人的には、本作のベスト・トラック。

 7曲目「Grapevine Fires」は、立体的なドラムに、各楽器が絡み合うアンサンブルを持つ1曲。各楽器が、生々しく臨場感あふれるサウンドでレコーディングされています。

 9曲目「Long Division」は、タイトなリズム隊が曲を先導し、その上に羽が生えたようなギターのフレーズ、激しく歪んだディストーション・ギターが乗る、多層的なアンサンブルの1曲。

 10曲目「Pity And Fear」は、イントロからドラムのリズムが、トライバルな雰囲気を醸し出す1曲。しかし、民族音楽的な空気が充満した曲かというとそうではなく、全体としてはポップなインディーロック然としてサウンドにまとまっています。

 多種多様な音楽ジャンルが顔を出しながら、全体としては一貫性のあるポップなサウンド・プロダクション。収録されている楽曲群もカラフルで、これは名盤だと思います。

 





Evangelicals “The Evening Descends” / エヴァンゲリカルズ『ジ・イヴニング・ディセンズ』


Evangelicals “The Evening Descends”

エヴァンゲリカルズ (エヴァンジェリカルズ) 『ジ・イヴニング・ディセンズ』
発売: 2008年1月22日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

 オクラホマ州ノーマン出身のバンド、エヴァンゲリカルズの2ndアルバムです。

 おどろおどろしい、ホラー映画のようなジャケットにまず目を奪われてしまいますが、実際の音はというとジャケットのイメージどおり(笑)、ゴシックな香りも僅かに漂いつつ、よくまとまった良質なインディーロックだと思います。

 1曲目「The Evening Descends」のイントロから、やや不穏な空気が漂いますが、サイケデリックな空気とポップな空気のバランスが絶妙な1曲です。3分ちょっとの短い曲ですが、多種多様なサウンドと展開が詰め込まれていて、全体の耳ざわりはカラフル。

 ジャケットからは、もっとゴシック色強め、実験性強めのアルバムを予想していましたが、思いのほかポップ・センスの高さを感じさせる曲からアルバムがスタートします。

 2曲目「Midnight Vignette」は、バンドのアンサンブルとコーラスワークが多層的で、塊感のある1曲。音の出し入れが面白く、この曲も実験的なアレンジを、見事な手さばきで、コンパクトなポップ・ソングにまとめていると思います。

 4曲目「Stoned Again」は、イントロから、立体的なドラムと、ややメタルを感じさせるギターのような音が重なり、厚みのあるアンサンブル。よく聴くといろいろな音が鳴っています。

 5曲目の「Party Crashin’」。個人的には、この曲が最もジャケットのイメージに近いです。イントロから、シンセらしきうねる音がサイケデリックな香りを振りまき、その後も様々な音が飛んできます。しかし曲自体は、音で壁を作るような厚みのあるアンサンブルに、流れるようなボーカルが乗る、疾走感のある1曲。

 アルバムを通して聴いてみて、意外と言ったら失礼かもしれませんが、ポップ・センスに非常に優れたバンドであると思いました。

 ほどよくサイケデリックでアングラな空気も持ちつつ、ポップでカラフルなインディーロックにまとめあげています。何度か「ポップ」という言葉を使いましたが、音楽的にはメタルやゴシックの要素を持ったインディーロック、といった感じです。

 こういうバンドに不意に出会えるのも、USインディーズの楽しみのひとつ。しかし、残念ながら本作は、今のところデジタル配信はされていないようです。





Firewater “The Golden Hour” / ファイアーウォーター『ザ・ゴールデン・アワー』


Firewater “The Golden Hour”

ファイアーウォーター 『ザ・ゴールデン・アワー』
発売: 2008年5月6日
レーベル: Bloodshot (ブラッドショット)
プロデュース: Tamir Muskat (タミル・マスカット)

 1995年にニューヨークで結成されたバンド、ファイアーウォーターの5枚目のアルバムです。オルタナ・カントリーを得意とするレーベル、ブラッドショットからのリリース。

 オルタナ・カントリー系の名門レーベルからの発売ではありますが、いわゆるオルタナ・カントリーとは異質なサウンドを聴かせるバンドです。

 本作『The Golden Hour』も、ルーツ・ミュージックを感じさせる音楽ではありますが、アメリカのフォークやカントリーというより、よりワールドワイドな多種多様な民族音楽の香りがする1作。雑多な音楽が、るつぼの中で混じり合うようなサウンドが展開されるのですが、散漫な印象はなく、すべてポップ・ミュージックとして昇華されています。

 例えば、「ジャズ風の歌謡曲」というように、様々なルーツ・ミュージックが、コンパクトなポップスの形式に変換され、集められたアルバムです。

 前述したように、非常に多くの音楽が顔を出す1作で、曲によってラテン風であったり、スウィング・ジャズ風であったり、ロックンロール風であったり、どこかの民族音楽風であったり、あるいは1曲のなかに複数の音楽ジャンルが融合されていることも珍しくありません。

 このあたりのバランス感覚が秀逸。これには、プロデューサーを務めたのが、イスラエル出身のジャズ・ミュージシャン、タミル・マスカットであることも関係しているのかもしれません。

 1曲目の「Borneo」は、飛び跳ねるようなリズムに、儀式で歌われるような独特のコーラスワークが載る1曲。

 3曲目「Some Kind Of Kindness」は、リズムが小気味いい、開放的なラテン風味の1曲。

 5曲目の「A Place Not So Unkind」では、パーカッションが立体的に響き渡り、アンサンブルにも躍動感が溢れています。

 10曲目「Already Gone」は、カントリー風…というより、西部劇を連想させるような1曲です。

 全体を通して聴くと、ルーツ・ミュージックの音楽としての強度を感じる1作。多種多様な音楽を参照しながら、それらを消化したうえで、ファイアーウォーターのオリジナリティが加えられており、まとまりのあるアルバムに仕上がっています。また、ボーカルのパワフルかつ渋い声が、アルバムに一貫性を与えているとも思いました。

 オルタナ・カントリーとは一風変わった、オルタナ・ワールドミュージック、あるいはオルタナ民族音楽とでもいうべき作品だと思います。

 





Fleet Foxes “Fleet Foxes” / フリート・フォクシーズ『フリート・フォクシーズ』


Fleet Foxes “Fleet Foxes”

フリート・フォクシーズ 『フリート・フォクシーズ』
発売: 2008年6月3日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Phil Ek (フィル・エク)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、フリート・フォクシーズの1stアルバムです。流麗なメロディーと、カラフルで壮大なコーラスワーク、いきいきと躍動する有機的なバンドのアンサンブルが響きわたる1作。1枚目のアルバムから、すばらしい完成度です。

 わずかに輪郭が丸みを帯びたような柔らかいサウンド・プロダクションも、牧歌的な空気を演出し、暖かい温度感を持ったアルバム。

 アコースティック・ギターを中心に据えた、フォークやカントリーに近い耳ざわりを持ちながら、各楽曲が持つ世界観はよりファンタスティックというべきなのか、カラフルなサウンドが鳴り響きます。

 1曲目の「Sun It Rises」は、イントロからクリスマスの合唱のような、家庭的な暖かみのある、分厚いコーラスが響きます。「声も楽器」という言葉が似合う1曲。

 2曲目の「White Winter Hymnal」は、このアルバム中でも、フリート・フォクシーズのキャリアの中でも、屈指の名曲だと思います。イントロから輪唱のように次々と声が重なっていき、牧歌的でありながら、リフレインするフレーズがサイケデリックな空気も醸し出します。バンドのアンサンブルも緩やかに躍動していて、この上なく心地よい。大地を揺るがすようなバスドラの響きも、ダイナミズムをさらに広げています。

 3曲目の「Ragged Wood」は、イントロの伸びやかなボーカルが、山頂で叫んでいるかのように響きわたります。聴いているこちらも声をあげたくなるような1曲。その後のバンドの躍動感は、自然の中を駆け抜けていくよう。自然の厳しさではなく、壮大さを讃えたような、大自然が思い浮かぶ曲。

 6曲目「He Doesn’t Know Why」は、穏やかなイントロから、徐々に躍動感が増していきます。再生時間1:42あたりからの、音のストップ・アンド・ゴーが鮮やかなアレンジも良い。2:23あたりから、細かくリズムを刻むライド・シンバルも良い。

 7曲目「Heard Them Stirring」は、アコースティック・ギターの繊細なアルペジオと、柔らかなキーボードの音色、壮大なコーラスワークが溶け合い、神話の世界に入り込んだかのような1曲。

 10曲目の「Blue Ridge Mountains」は、アコースティック・ギターとボーカルを中心にしたシンプルな前半から、再生時間2:03あたりでフルバンドが加わりスイッチが切り替わるところが鮮烈。

 オーガニックな響きを持ったサウンド・プロダクションと、多層的なコーラスワークが融合するアルバムです。アコースティック・ギターを主軸にした曲も多いため、耳ざわりはカントリーやフォークに近い部分もあります。

 しかし、彼らの音楽は、メルヘンチックであったり、サイケデリックであったり、大自然が躍動するようにパワフルであったり、神話的な雰囲気であったり、非常に多彩な世界観を持っています。

 デビュー・アルバムとは思えぬ、完成度の高いアンサンブルとコーラスワークが、濃密に詰まったアルバムです。非常におすすめ!