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Benoit Pioulard “Temper” / ブノワ・ピウラール『テンパー』


Benoît Pioulard “Temper”

ブノワ・ピウラール (ベノワ・ピウラード) 『テンパー』
発売: 2008年10月14日
レーベル: Kranky (クランキー)

 ミシガン州出身、オレゴン州ポートランドを拠点に活動する、ブノワ・ピウラールの2ndアルバム。本名はトーマス・メラッチ(Thomas Meluch)。写真家とライターとしても活動しており、ジャケット写真も彼自身によるもの。

 1stアルバムに引き続き、シカゴのインディペンデント・レーベル、クランキーからのリリース。クランキーというと、サイケデリックであったり、アンビエントであったり、やや実験的な要素を持った作品を、数多くリリースしています。

 ブノワ・ピウラールの1stアルバム『Précis』も、柔らかなサウンド・プロダクションを持ったフォーキーな歌モノでありながら、同時に音響系ポストロックとしても聴けそうな音像を併せ持つ、絶妙なバランスで成り立った作品でした。

 2ndアルバムとなる本作も、前作の延長線上にあり、生楽器のオーガニックな音色と、エレクトロニックなサウンドが溶け合った作品になっています。前作との違いを挙げるなら、やや電子音の比率が増え、よりテクノロジーを駆使した、凝ったサウンドになっているところでしょうか。

 1曲目「Ragged Tint」は、増殖するように小刻みで豊かなアコースティック・ギターの音が響き渡り、緩やかにグルーヴしていく1曲。ポスト・プロダクションによって綿密に組み上げられた音楽であることを感じさせるものの、同時に生楽器のオーガニックな響きが、暖かみのあるサウンドをもたらしています。

 2曲目「Ahn」は、1曲目に引き続き、アコースティック・ギターとボーカルが、穏やかに絡み合う1曲。ドラムのリズムには、テクノ的なタイトさがあります。

 3曲目「Sweep Generator」は、電子音が前面に出た、エレクトロニカ色の濃い1曲。清潔感のある柔らかな持続音が折り重なり、音に包みこまれるようなサウンドを持った曲です。

 4曲目「Golden Grin」は、フィールド・レコーディングらしき音と楽器の奏でる音が溶け合う1曲。フィールド・レコーディングの使用比率も、前作に比べて増加しています。というより、より音量が大きく、素材としてわかりやすく使われている曲が増えています。

 5曲目「The Loom Pedal」は、4曲目に引き続き、こちらもフィールド・レコーディングと、アコースティック・ギターとボーカルの優しい響きが、溶け合います。自然音、電子音、楽器による人口音、人の声が、分離することなく、絶妙なバランスで溶け合い、ひとつの音楽を作り上げます。

 6曲目「Ardoise」は、電子音が広がっていく、アンビエントな曲。イントロの音が不安的で、サイケデリックな雰囲気も漂います。

 7曲目「Physic」は、エフェクト処理されたアコースティック・ギターと、たたみかけるようなパーカッションの音が、多層的に重なる1曲。

 8曲目「Modèle D’éclat」は、エレクトロニックな持続音とボーカルのロングトーンが一体化する、ミニマルで音響的な1曲。電子音を用いたサウンドながら、神秘的で宗教音楽のような壮大さがあります。

 9曲目「Idyll」は、アコースティック・ギターを中心に、緩やかに躍動する1曲。

 10曲目「Brown Bess」は、9曲目に続いてアコギを主軸に、穏やかで躍動感のあるアンサンブルが構成される1曲。アコギのナチュラルでみずみずしい響きと、電子音のバランスが絶妙。

 14曲目「Loupe」は、電子音とアコースティック・ギターの始めるような音、穏やかなボーカル、打ち込みのドラムの音が絡み合い、立体的にアンサンブルを構成していきます。音数がぎっしりと詰まっているわけではなく、隙間のあるアレンジですが、異なる音が効果的に組み合わされ、不足は感じません。

 16曲目「Hesperus」は、アコギのコード・ストロークと、電子音、ささやき系のボーカルが溶け合う穏やかな1曲。前作に比べるとフォーキーな雰囲気は後退した本作ですが、この曲にはカントリー的な暖かみを感じます。ギターの弦をこする音まで録音されているところが、さらに臨場感を演出。

 テクノロジーを駆使したエレクトロニカ的な音楽でありながら、生楽器の暖かみを併せ持った、穏やかな雰囲気のアルバムです。前作に引き続き、歌モノとしても聴けるポップさと、音響的なアプローチが共存した、素晴らしいバランスの作品だと思います。

 前述したとおり、前作と比較すると、全体の耳ざわりとしてはエレクトロニカ色が濃くなっており、生楽器を用いるにしても、エフェクト処理などのポスト・プロダクションを感じる場面が増えています。

 どちらのアルバムの方が好きか、というのは完全に好みの問題になってしまいますが、個人的にはエレクトロニックな音色が強まりつつ、歌モノとしての魅力も失っていない、本作の方が好きです。

 





Benoit Pioulard “Précis” / ブノワ・ピウラール『プレイシー』


Benoît Pioulard “Précis”

ブノワ・ピウラール (ベノワ・ピウラード) 『プレイシー』
発売: 2006年10月16日
レーベル: Kranky (クランキー)

 写真家やライターとしても活動する、ブノワ・ピウラール(Benoit Pioulard)、本名トーマス・メラッチ(Thomas Meluch)の1stアルバム。

 ミシガン州出身、オレゴン州ポートランドを拠点に活動するアメリカ人ですが、Benoît Pioulardが現地でどう発音されているのか、正確にはわかりません。カタカナで表記すると、フランス語だと「ブノワ・ピウラール」、英語だと「ベノワ・ピウラード」に近い発音のようです。

 本作は、2006年にクランキーよりリリースされた、彼の1stアルバム。これ以前にも、CD-Rとカセットで、自主制作作品をいくつもリリースしています。

 本作も、ほぼ彼自身の手により、宅録された作品のよう(クレジットに「Written & played at home」と記載あり)で、一連の自主リリース作品の延長線上にあると言って良さそうです。

 さて、それでは実際にこのアルバムでは、どのような音楽が鳴らされているのか。上記の情報からは、音楽性までは想像できませんが、このアルバムで展開されるのは、生楽器のオーガニックな音色と、電子音が優しく溶け合った音楽。

 アコースティック・ギターのアルペジオ、電子的な持続音、穏やかな歌声などが組み合わさり、様々な風景が目の前に浮かぶ、イマジナティヴな音楽が鳴り響きます。個人がマイペースで作り上げた、リラクシングかつパーソナルな空気も漂うアルバムです。

 多様なサウンドが聴こえるアルバムですが、「エレクトロニカをやるから電子音を使おう」といった手段と目的の逆転がなく、全ての音が適材適所で用いられているように感じられます。このあたりは、バンドではないソロ・ミュージシャンの特性と言えるでしょう。

 1曲目「La Guerre De Sept Ans」は、細かいリズムで、ベルのように鳴り響く、ギターらしき音から始まります。その後、徐々に音数が増殖し、やがて音に埋め尽くされていく、神秘的かつアンビエントな曲。途中からディストーション・ギターらしき音も入り、分厚い音の壁が立ち現れるようです。おそらく、エフェクターやコンピューターを駆使して、音を重ね、加工しているのだと思いますが、アルバムの1曲目から、サウンドとアレンジの両面で、生楽器とテクノロジーの有機的な融合が感じられます。

 2曲目「Together & Down」は、アコースティック・ギターとボーカルを中心に据えた、スローテンポの穏やかな1曲。しかし、柔らかな電子音や、鉄琴のような高音も重なり、奥行きのあるサウンドが構築されています。生楽器だけでなく、電子音も多用されていますが、冷たい印象は無く、ヴェールがかかったように柔らかく、優しいサウンド・プロダクションを持っています。

 4曲目「Triggering Back」は、躍動感のある軽快なリズムに乗って、立体的なアンサンブルが構成される1曲。波を打つようにノリの良いリズムに、アンニュイなボーカルが流れるように合わさります。

 5曲目「Moth Wings」は、電子的な持続音に、エフェクト処理された鍵盤らしき音が重なる、音響的なアプローチ。

 8曲目「Palimend」では、イントロから複数の音が絡み合い、立体的なアンサンブルを構成していきます。音を埋めすぎず、隙間の多いアレンジですが、スカスカ感は無く、各楽器とボーカルが緩やかに組み合わさり、心地よく響きます。

 9曲目「Coup De Foudre」は、フィールド・レコーディングと思われる自然音と、エフェクト処理された楽器の音、電子的なノイズが溶け合う、穏やかでアンビエントな1曲。

 13曲目「Sous La Plage」では、アコースティック・ギターのシンプルなコード・ストロークと、シンセらしき柔らかな音、穏やかなボーカルが溶け合います。楽曲後半には、エフェクト処理されたコーラスが重なり、フォーキーな雰囲気と、エレクトエロニックなサウンドが、見事に融合した1曲。

 アルバムを通して、生楽器と電子音の組み合わせ方が、非常に優れた作品だと思います。歌モノのポップスとしても十分な耳なじみの良さと、カントリーを思わせるナチュラルな響きを持ちながら、同時にエレクトロニカを感じさせる電子的な音像も持ち合わせています。

 そのバランス感覚が秀逸であり、緩やかなギターポップのようにも、柔らかなサウンドを持ったエレクトロニカとしても聴ける、両面性を持った作品と言えます。





Deerhunter “Weird Era Cont.” / ディアハンター『ウィアード・エラ・コンティニュード』


Deerhunter “Weird Era Cont.”

ディアハンター 『ウィアード・エラ・コンティニュード』
発売: 2008年10月28日
レーベル: Kranky (クランキー)

 ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの4thアルバム。なのですが、単体での発売ではなく、3rdアルバム『Microcastle』のボーナス・ディスクとして、CDでは2枚組の形でリリース。配信では、それぞれ単独のアルバム扱いとなっています。

 リリースに関しては、メンバーのブラッドフォード・コックス(Bradford Cox)が、バンドのブログにアップしたリンクを通して、事前に音源が流出してしまうという一件もありました。(原因は、コックスが謝って意図せぬリンクを貼ってしまったため。)

 ややイレギュラーな立ち位置のアルバムですが、13曲で42分収録とボリューム的にはフル・アルバムと同等であり、内容も他のアルバムと比べて劣っているということもありません。むしろ、リラックスして普段は見せない引き出しを見せてくれるような、バンドの懐ろの深さが感じられる作品です。

 ディアハンターというと、サイケデリックなサウンドが特徴ですが、本作もサイケデリックな空気は多分に含んでいるものの、オーバー・プロデュースにはならず、比較的シンプルな音作りで、ソリッドなアンサンブルが展開されます。

 1曲目「Backspace Century」は、8分音符を基本にした縦の揃ったバンドの演奏に、浮遊感のあるコーラスワークが重なる1曲。各楽器の音作りはシンプルですが、ギターがサウンド的にもリズム的にも、はみ出るところがあり、楽曲のフックとなっています。

 2曲目「Operation」は、シンプルな音色の各楽器が、立体的に絡み合い、ゆるやかなグルーヴ感が形成される1曲。ゆらめくような呪術的なボーカルと、間奏で前に出てくるオルガンのサウンドが、サイケデリックな空気を演出。

 3曲目「Ghost Outfit」は、エフェクトが深めのサウンド・プロダクションを持った、30秒ほどのインタールード的な1曲。

 4曲目「Dot Gain」は、独特のドタバタしたドラム、飾り気のない音で流れが読みにくいフレーズを弾くギター、エコーの深くかかったボーカルが絡み合う、アヴァンギャルドな雰囲気の1曲。

 5曲目「Vox Celeste」は、ドラムが小気味よくリズムを刻み、ギターはシューゲイザー的な厚みのあるサウンドを構築する、疾走感のある1曲。ボーカルも含め、全ての楽器が不可分に融合した、ぬるっとした一体感のあるサウンド・プロダクションで、最初はモヤがかかったようで違和感があるものの、聴いているうちにクセになっていきます。

 7曲目「Vox Humana」は、残響音たっぷりの幻想的なサウンドと、スポークン・ワードのような物憂げなボーカルが溶け合う1曲。

 8曲目「VHS Dream」は、イントロから2本のギターが不協和な響きで絡み合い、ボーカルはささやくように耽美なメロディーを歌う、シューゲイザー色の濃い1曲。しかし、全ての音が塊になって押し寄せるようなサウンドではなく、アンサンブルにはそれなりの隙間があり、各楽器が何をやっているのか、どのように絡み合っているのか認識できるバランス。

 9曲目「Focus Group」も、サビ部分ではエフェクトのかかったギターと、幻想的なささやき系ボーカルが溶け合う、シューゲイザー色濃い1曲。

 11曲目「Weird Era」は、ギター・ノイズや、電子ノイズ的なサウンドが、折り重なる1曲。多種多様な音が飛び交う、隙間なく押し寄せるのではなく、隙間があり、各サウンドの重なり方、サウンド自体が前景化されるような曲です。

 12曲目「Moon Witch Cartridge」は、ボーカルは無く、いわゆる歌モノのポップな楽曲ではありませんが、エコーのかかったサウンド・プロダクションから、牧歌的で穏やかな雰囲気が漂う1曲。

 13曲目「Calvary Scars II / Aux. Out」は、ギターがトリップ感を生み出しながら、波のように一定のリズムで音を流し、それに呼応するように揺れるようなボーカルが重なる、サイケデリックな1曲。ドラムのビートもはっきりしており、反復を繰り返すリズム、途中で加速していく展開など、音楽に取り込まれる要素が多分にあります。

 音響を前景化するアプローチや、ギターサウンドど歌メロが一体化するシューゲイザー的なアプローチも含んだアルバムですが、アンサンブルも重視されていて、バンドのグルーヴや躍動感も感じられる作品です。

 前述したとおり、ボーナス・ディスクとして『Microcastle』に付属された作品ではありますが、バンドの普段は見せない部分を見せてくれるような作品であり、クオリティが他のアルバムに比べて劣っているということはありません。

 





Deerhunter “Microcastle” / ディアハンター『マイクロキャッスル』


Deerhunter “Microcastle”

ディアハンター 『マイクロキャッスル』
発売: 2008年10月28日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Nicolas Vernhes (ニコラス・バーネス)

 鬼才ブラッドフォード・コックス(Bradford Cox)を中心に結成され、ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの3rdアルバム。プロデュースはフランス出身で、アニマル・コレクティヴ(Animal Collective)や、ザ・ウォー・オン・ドラッグス(The War On Drugs)を手がけたこともある、ニコラス・バーネスが担当。

 アメリカ国内では、前作に引き続きKranky、ヨーロッパではイギリスの名門インディーレーベル、4ADからリリースされています。2008年8月5日からiTunesで配信開始され、2008年10月28日にCDおよびレコードで発売。4thアルバム『Weird Era Cont.』が、ボーナス・ディスクとして付属され、実質的に2枚同時リリースの形になっています。

 前作『Cryptograms』は、エフェクターを多用したギターを中心に、ドラッギーでサイケデリックなサウンドを作り上げていました。本作にも、サイケデリックな空気は多分に漂いますが、前作と比較するとエフェクトは控えめに、よりビートと音の輪郭のはっきりしたサウンド・プロダクションを持ったアルバムです。

 また、曲によってはギターを中心に厚みのあるサウンドを構築するため、シューゲイザーおよびニューゲイザーの文脈で語られることもあるディアハンター。前作でも、そして本作でも、ギターのサウンドを前景化し、確かにシューゲイザーを彷彿とさせる要素はあります。しかし、彼らが展開する音楽は、マイブラをはじめとしたシューゲイザー第一世代に影響を受け、圧倒的な量感のサウンドで押し流すサウンドというより、60年代から70年代のサイケデリックの延長線上にあるような、よりアンサンブルを重視したものです。

 1曲目「Cover Me (Slowly)」は、1:20ほどのイントロダクション的な役割の1曲。ゆったりとしたテンポに乗せて、多様なサウンドが重なる、サイケ色とシューゲイザー色を併せ持った曲です。

 2曲目「Agoraphobia」は、透明感のある音色のギターと、内省的なボーカルが、穏やかながらサイケデリックな空気漂うサウンドを作り上げます。この曲ではプロデューサーのニコラス・バーネスが、キーボードを弾いています。

 3曲目「Never Stops」は、リズムの輪郭がはっきりとした、ゆるやかな躍動感のある1曲。揺れるギター・サウンドと、わずかに揺らいだドラムから、酩酊感のある音世界が生まれます。

 4曲目「Little Kids」は、大股で歩くような、ゆったりとした進行感と躍動感のある1曲。各楽器が絡み合うような、合わないような、絶妙ばバランスのアンサンブルが展開。

 5曲目はアルバム表題曲の「Microcastle」。音数を絞った、ゆったりとしたドラッギーな前半から、再生時間2:24あたりでフルバンドになり、ジャンクでサイケデリックなロックな展開されます。前半と後半のコントラストも鮮やか。

 6曲目「Calvary Scars」は、ささやき系のボーカルが漂う、幻想的な雰囲気の1曲。音符を詰め込みすぎず、隙間の多いアンサンブルですが、音の配置が効果的で、その場を包むヴェールのような耳ざわり。

 7曲目「Green Jacket」は、6曲目からシームレスに繋がり、こちらも音数を絞った、幻想的で美しい1曲。ギターとピアノが、ポツリポツリと音を置き、その中をボーカルが穏やかな声でメロディーを紡いでいきます。

 8曲目「Activa」は、電子ノイズ的なサウンドと、生楽器のオーガニックな響きが溶け合う、アヴァンギャルドな雰囲気の1曲。とは言え、敷居が高い音楽というわけではなく、歌も入っており、柔らかなサウンド・プロダクションを持つ曲です。

 9曲目「Nothing Ever Happened」は、ドラムの歯切れよいビートに、多様なサウンドを持った複数のギターが折り重なっていく、多層的でノリの良い1曲。ベースもリズムにフックを作りながら、加速感と疾走感を演出し、聴きどころの多いアンサンブルが展開されます。

 12曲目「Twilight At Carbon Lake」は、遅めのテンポに乗せて、音数を絞ったアンサンブルが展開する、穏やかでサイケデリックな1曲。前半は隙間が多い演奏ですが、たっぷりとタメを作り、休符にも意味があるように感じられます。再生時間2:55あたりからは、一気に音の波が押し寄せ、1曲の中でのコントラストが大きい曲です。最後はカラフルに様々な音が飛び交うサイケデリアへ。

 サイケデリックで、ニューゲイザーの文脈で語られることもあるディアハンターですが、音を詰め込みすぎず、音響的なアプローチと、グルーヴ感のあるアンサンブルを、高度に併せ持ったバンドであると思います。本作も、まさにそのようなクオリティを持った作品で、ギターを筆頭に各楽器のサウンド自体にも魅力があり、同時にメリハリある多彩なアンサンブルを聴かせてくれます。

 





Deerhunter “Cryptograms” / ディアハンター『クリプトグラムス』


Deerhunter “Cryptograms”

ディアハンター 『クリプトグラムス』
発売: 2007年1月29日
レーベル: Kranky (クランキー)
プロデュース: Chris Bishop (クリス・ビショップ)

 ジョージア州アトランタを拠点に活動するバンド、ディアハンターの2ndアルバム。2005年にリリースされた1stアルバム『Turn It Up Faggot』は、彼らの地元アトランタのスティックフィギュア(Stickfigure)というレーベルからのリリースでしたが、2作目となる本作は、シカゴのクランキーからリリースされています。

 エフェクターの深くかかったギターを中心に、音が何層にも重ねられ、シューゲイザー的なサウンドもある、サイケデリックなアルバム。しかし、多層的な音世界が構築されているのに、あくまで地に足が着いたかたちで、コンパクトにまとまっているのが、このアルバムの良いところです。

 60年代〜70年代のサイケデリック・ロックや、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ジーザス&メリーチェインなどの雰囲気も漂いつつ、しっかりとオリジナリティのある音楽が作り上げられています。

 1曲目「Intro」は、その名のとおりイントロダクション的な1曲。水が流れるフィールド・レコーディングの音から始まり、音がレイヤー状に折り重なっていきます。

 2曲目「Cryptograms」は、ビートははっきりしているものの、疾走感よりも浮遊感を強く感じる、不思議な音像の曲。再生時間1:15あたりからの空間を埋め尽くすように広がっていくサウンドからは、トリップ感が伝わります。

 3曲目「White Ink」は、音がディレイによって無限に増殖していくような、音響を前景化させた1曲。音の奥から、また別の音が聞こえ、壁のように立ちはだかります。

 4曲目「Lake Somerset」は、ボーカルにも楽器にもエフェクターがかけられ、ジャンクでアヴァンギャルドな空気が漂う1曲。

 6曲目「Octet」は、はっきりとした構造よりも音響が前面に出た、エレクトロニカ色の濃い1曲。ボーカルも入っていますが、歌メロを追う曲ではなく、声も楽器の一部としてまわりの音に溶け込んでいます。

 9曲目「Strange Lights」は、厚みのあるギター・サウンドと、リズム隊による分かりやすいビート、流麗なメロディーが溶け合った、サイケデリックなギターロック。

 10曲目「Hazel St.」は、ギターの音色とコーラスワークには幻想的な空気が漂う、ゆるやかな疾走感のある曲。この曲に限らず、ギターにかけられた空間系エフェクターのもたらす音の揺らぎや変化が、リズムに取り込まれていくところが、なんともサイケデリックで、心地よいです。

 12曲目「Heatherwood」は、ジャンクでファニーな音色を用いて、立体的なアンサンブルが構成される1曲。空間系エフェクターで揺らめくギターや、ドタバタ感のあるドラムが絡み合い、ささやき系のボーカルも相まって、ややチープなのに神秘的な、独特のサウンドを作り上げています。

 シカゴやニューヨーク、あるいはシアトルやルイヴィル、オマハといった大きなインディーロック・シーンを持つ都市ではなく、南部アトランタ出身のディアハンター。アトランタというと、90年代以降はヒップホップをはじめとしたブラック・ミュージックが盛んなイメージがありますが、そんなアトランタから出てきて、個性的なサイケデリック・サウンドを奏でているのが、このバンドです。

 シアトルにおけるグランジ、オマハにおけるサドル・クリークのように、その街を代表するジャンルやレーベルの流れの中からではなく、個性的なバンドが全国からぽっと出てくるところも、USインディーズの魅力だと思います。

 本作『Cryptograms』も、シーンの流れに迎合せず、かといって自分たちが好む過去の音楽の焼き直しでもなく、個性あふれるサイケデリックなロックを鳴らしています。実験性とポップさのバランスも秀逸な1枚。