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Mudhoney “Mudhoney” / マッドハニー『マッドハニー』


Mudhoney “Mudhoney”

マッドハニー 『マッドハニー』
発売: 1989年11月1日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))

 1984年にワシントン州シアトルで結成されたバンド、グリーン・リヴァー(Green River)。そのグリーン・リヴァーの内紛により、マーク・アーム(Mark Arm)とスティーヴ・ターナー(Steve Turner)を中心に、1988年に結成されたのがマッドハニーです。また、グリーン・リヴァーのメンバーだった、ストーン・ゴッサード(Stone Gossard)とジェフ・アメン(Jeff Ament)は、パール・ジャムを結成。共に、90年代のグランジ・オルタナを代表するバントとなります。

 マッドハニーとパール・ジャムの音楽性を比較すると、アリーナ・ロック色の強いパール・ジャムに対して、ガレージやグランジの色が濃いマッドハニー。同じ「オルタナティヴ・ロック」と「グランジ」を代表するバンドであり、共通する部分もありながら、音楽に対するアプローチには、明確な差異も感じられます。

 単純化して言ってしまえば、整然としたアンサンブルと、音圧の高いパワフルな音像を持ち、商業的な成功も目指すパール・ジャムに対して、サウンドにもアンサンブルにも生々しくラフな部分を残し、商業的な成功よりもあくまで自分たちの音楽を追求するマッドハニー、ということになろうかと思います。このような差異が生まれるのは、元々グリーン・リヴァーで活動を共にしていたメンバーが、方向性の違いから袂を分かつことになったのだから、当然と言えば当然です。

 さて、そんなマッドハニーの1stアルバムは、ガレージ・ロックの香り漂う、ざらついたサウンド・プロダクション。ですが、ビートを強調した疾走感重視のアルバムではなく、揺らぎのある立体的なアンサンブルが展開されるアルバムです。各楽器のサウンドともパワフルで、ほどよくラフなドタバタ感のある演奏は、グランジ・オルタナの名盤と呼ぶにふさわしいクオリティを持つ1作です。

 1曲目の「This Gift」は、ざらついた音色のギターに、叩きつけるようなドラムが下から波のように押し寄せ、躍動感のあるアンサンブルが展開。トレモロを使用したギターもアクセントになり、楽曲に奥行きを与えています。

 2曲目「Flat Out Fucked」は、そこまでテンポが速いわけではないのに、バンドが塊になって迫ってくるような迫力と一体感のある1曲。

 3曲目「Get Into Yours」は、イントロからギターとドラムが、ぴったりと合うのではなく、お互いのリズムを噛み合うように、ラフに進行していく1曲。再生時間0:58あたりからのサビと思われる部分では、リズムを合わせ疾走感を演出。そのコントラストも鮮やかです。

 5曲目「Magnolia Caboose Babyshit」は、各楽器とも直線的なリズムではなく、捻れや動きのあるフレーズを繰り出し、駆け抜けていく1曲。1分ほどのインスト曲ですが、インタールード的な役割以上の存在感があります。

 6曲目「Come To Mind」は、テンポは抑えめ。気の抜けたようなギターの音色と、ゆったりとしたアンサンブルからは、サイケデリックな空気が漂う1曲。

 7曲目「Here Comes Sickness」は、耳に絡みつくような歪んだサウンドのギターと、弾むような躍動感のあるリズム隊が溶け合う1曲。特にドラムはパワフルで立体感のあるプレーを聞かせ、その上を自由にギターが暴れまわります。

 12曲目「Dead Love」は、バンド全体がバウンドするような、一体感と疾走感のある曲。ドラムは立体的に響き渡り、ワウを使用したギターも絡みつくようにアクセントになっています。ボーカルも伴奏の上にメロディーを乗せるというより、バンドと絡み合うようなバランス。

 オリジナル盤は12曲収録ですが、2009年に再発された日本盤にはボーナス・トラックが2曲が追加され、14曲収録となっています。

 生々しく、ざらついたサウンドで、立体感のあるパワフルなアンサンブルが展開される1作。ギターの使用されるワウや、多様なリズムを叩き分けるドラムが、時にガレージ色を強め、時にサイケデリックな空気を振りまき、アルバム全体をカラフルに彩っています。

 前述したグリーン・リヴァーからの流れを含めた、オルタナティヴ・ロック及びグランジの歴史的価値もさることながら、クオリティの面でも、グランジの古典的名盤であり、初期サブ・ポップを代表するアルバムと言えます。

 





 


The Afghan Whigs “Up In It” / アフガン・ウィッグス『アップ・イン・イット』


The Afghan Whigs “Up In It”

アフガン・ウィッグス 『アップ・イン・イット』
発売: 1990年4月
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))

 1986年にオハイオ州シンシナティで結成されたバンド、アフガン・ウィッグスの2ndアルバム。1988年の1stアルバム『Big Top Helloween』は、彼らの自主レーベルUltrasuedeからのリリースでしたが、本作『Up In It』は、シアトルを代表するインディー・レーベル、サブ・ポップからのリリース。レコーディングも、当時サブ・ポップのバンドを数多く手がけたジャック・エンディーノが担当。

 ギター・ボーカル担当のグレッグ・デュリ(Greg Dulli)と、ギター担当のリック・マッコラム(Rick McCollum)は、共にR&Bなどのブラック・ミュージックを好んで聴いており、アフガン・ウィッグスを結成して初めて演奏したのは、テンプテーションズの「Psychedelic Shack」とのこと。

 そんなバックボーンもあり、アフガン・ウィッグスの音楽性は、ブラック・ミュージックの要素を持ったロック、ブラック・ミュージックとオルタナティヴ・ロックの融合、などと説明されることがあります。本作も、グレッグ・デュリのソウルフルなボーカルを筆頭に、ブラック・ミュージックからの影響が随所に感じられます。

 当時は、グランジ・オルタナ・ムーヴメントの勃興期。前述したとおり、本作のレコーディングは、ニルヴァーナ『Bleach』やマッドハニー『Mudhoney』を手がけたジャック・エンディーノが担当しており、サウンドは当時のオルタナに近いものです。オルタナ・ブームにおいては、文字通り掃いて捨てるほど多くのバンドがデビューし、そして消えていったのですが、アフガン・ウィッグスは確固とした音楽的志向を持っており、3rdアルバム以降は、よりブラック・ミュージック色を強めた作品をリリースしていきます。

 1曲目「Retarded」は、やや引きずるような、糸を引くようなギターが印象的な1曲。ドラムは比較的シンプルな8ビート、ベースは小節のアタマの音を強調。言語化すると、ブラック・ミュージックからは程遠い音楽のようですが、そこまで強くはないもののファンク色を感じるアレンジです。ボーカルも、抑える部分と感情を解放する部分がはっきりとしていて、ソウルフルに響きます。

 2曲目の「White Trash Party」は、イントロから各楽器が絡み合い、グルーヴ感に溢れた1曲。左チャンネルのワウのかかったギター、右チャンネルの小気味いいディストーション・ギター、メロディアスなベース、タイトなドラムが、立体的なアンサンブルを作り上げていきます。その上に乗るボーカルも、シャウトをしながら雑にはならず、メロディーを紡いでいきます。

 5曲目「Amphetamines And Coffee」は2分弱の短い曲ですが、イントロから段階的に波のようにバンドが躍動し、テンポはそこまで速くはないのに、疾走感があります。だんだん加速していくようにも感じます。

 6曲目「Hey Cuz」は、各楽器がタイトにリズムを刻み、走り抜ける1曲。ギターの小刻みなカッティングと、タイトで正確なリズム隊が、疾走感あふれる演奏を展開します。特にギターのリズムがフックになっており、リスナーの耳を掴んでいきます。

 8曲目「Son Of The South」というタイトルも示唆的ですが、ブルースのスライドギターを思わせるイントロから、立体的なリズムのノリの良いロックンロールが展開されます。リズムを止めてためるところが随所にあり、進行感を強めています。

 本作はレコードとCDで収録曲数が異なり、レコードでは9曲、CDでは13曲収録となっています。1曲目から9曲目までは、前述したとおりジャック・エンディーノによるレコーディング。10曲目から12曲目はウェイン・ハートマン(Wayne Hartman)、13曲目はポール・マハーン(Paul Mahern)によるレコーディングで、おそらく録音時期が違うので、10曲目以降はボーナス・トラック的な意味合いなのでしょう。

 サウンド的には、当時のいわゆるオルタナやグランジの範疇に入る、歪んだギターを用いた、生々しい耳ざわりを持っていますが、リズムにはところどころブラック・ミュージック的な粘り気を感じるアルバムです。当時の他のグランジ・バンドと比較すると、一線を画したオリジナリティを持ったバンドであると言えるでしょう。

 前述したとおり、この後の3枚目以降では、さらにブラック・ミュージックの要素を強めていきます。どちらを好むかは、リスナーの好みによるとしか言えませんが、R&Bやソウルをオルタナティヴ・ロックの枠組みのコンパクトに落とし込んだ本作も、魅力的で優れた作品であると思います。

 





Nirvana “Bleach” / ニルヴァーナ『ブリーチ』


Nirvana “Bleach”

ニルヴァーナ 『ブリーチ』
発売: 1989年6月15日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Jack Endino (ジャック・エンディーノ (エンディノ))

 ニルヴァーナの魅力は、憂鬱や絶望といったネガティヴな感情が、そのままサウンドに変換されたかのように、リアリティを伴って響くところ。産業ロック対オルタナティヴ・ロックというカビの生えた議論をするつもりはありませんが、様式美のように良くも悪くも型にハマった、当時の一部のロックバンドと比較すると、若者たちにリアリティを伴って鮮烈に響いたことでしょう。

 サウンドもさることながら、普段着に近いファッションも含めて、ロック・ミュージックにパンク以来のパラダイム・シフトを起こした、と言っても過言では無いのがニルヴァーナです。

 今作は1989年にサブ・ポップより発売された、ニルヴァーナの1stアルバム。メジャーに進出してからの2作『Nevermind』と『In Utero』の方が知名度、サウンド面の評価ともに高いのは事実ですが、個人的には彼らの初期衝動がパッケージされた今作もおすすめします。プロデューサーは、当時シアトルで多くの作品を手がけたジャック・エンディーノ。

 このアルバム全体に共通するのは、シアトルの湿った地下室の風景が目に浮かぶような、サウンド・プロダクション。「プロダクション」と書くと意図的に作られたサウンドという印象を与えてしまうかもしれませんが、音質の面でも演奏の面でも、当時の彼らのエモーション、シアトルの空気がそのまま閉じ込められたかのようなアルバムです。

 その後のカート・コバーンの人生を知らずとも、苛立ちや焦燥感、行き場のない衝動といった感情が充満したような音楽が、臨場感を持って聞き手に迫ってきます。

 1曲目「Blew」のイントロのうねるようなベースから、そうした空気感が満載。気だるく歪んだギター、飾り気のない湿ったようなサウンドのドラム。そして、このバンドのシグネチャーと言えるカート・コバーンの声。まるでシアトルの薄暗い地下のスタジオが、蘇ってくるようなサウンド。

 3曲目の「About A Girl」は、飾り気のないギター・サウンドと、絞り出すように僅かにかすれたカートの声。それだけで成立していると思わせる1曲。

 5曲目の「Love Buzz」は、オランダ出身のロックバンド、ショッキング・ブルー(The Shocking Blue)の楽曲のカバー。原曲と聴き比べると、ニルヴァーナの音楽的志向が見えて興味深いです。言われなければカバー曲と気づかないほどに、ニルヴァーナ流に消化されたアレンジですが、特に波のように段階的に押し寄せるギターが、グランジ色を強めていると思います。

 6曲目「Paper Cuts」では、重苦しいスローテンポに乗せて、野太く下品に歪んだギターが響く、グランジかくあるべし!というサウンドが響く1曲です。

 7曲目「Negative Creep」は、つぶれたように歪んだギターが、前のめりに疾走していく1曲。歌詞の内容も含めて、エモーションをサウンドにそのまま変換したかのように、カートの声が響きます。

 あのニルヴァーナがメジャー契約する前にサブ・ポップに残したアルバム、という歴史的な価値、当時のシアトルの空気感が閉じ込められた資料的な価値だけでなく、作品としても非常に優れた1枚であると思います。特にシアトルの地下室の空気と、カートの鬱屈した思いが閉じ込められたようなサウンド・プロダクションは、それだけで聴く価値ありです。

 個人的には、自分自身がギターをやっていたこともあり、ギターのサウンドに耳が行きがちなのですが、多種多様な下品(褒め言葉です)なサウンドが堪能できる1枚でもあります。サウンドと同様、歌詞にもネガティヴな感情を吐き出した陰鬱な空気があり、ロックにそうした個人性を求める方も、気に入る可能性が高いアルバムではないかと思います。