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Antony And The Johnsons “The Crying Light” / アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ『ザ・クライング・ライト』


Antony And The Johnsons “The Crying Light”

アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ 『ザ・クライング・ライト』
発売: 2009年1月19日
レーベル: Secretly Canadian (シークレットリー・カナディアン)

 イギリス生まれのシンガー、アノーニ(ANOHNI)を中心にニューヨークで結成されたグループ、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの3rdアルバムです。

 圧倒的な個性と支配力を持つアノーニの、ビブラートの深くかかったボーカルと、柔らかく壮大なサウンド・プロダクションが溶け合う1作。

 英語圏では、クラシックとロックやポップスが融合した音楽のことを「バロック・ポップ」(Baroque pop)と呼ぶことがありますが、本作はまさにバロック・ポップ的な作品です。一般的なロックやポップスとは、一線を画した音像を持っています。

 1曲目「Her Eyes Are Underneath The Ground」。余裕のあるゆったりとしたスローテンポのなか、ビブラートを効かせながら、響きわたる楽器のようにすら聞こえるボーカル。そんなボーカルを引き立てるように、少ない音数でアンサンブルを構成していくピアノやストリングス。荘厳かつ穏やかな雰囲気の1曲。

 4曲目の「Kiss My Name」は、ドラムが軽快にリズムを刻み、アルバム中でビート感と躍動感の強い1曲。グルーヴしながら全体を支えるベース、バンドを包み込むように入ってくるストリングスも良い。

 7曲目「Daylight And The Sun」は、ストリングスとピアノ、ボーカルが溶け合う美しい1曲。再生時間1:48あたりから、ボーカルのフレーズがきっかけとなって、全体に躍動感が生まれる展開も秀逸。

 ピアノとストリングスを中心に据えたアンサンブルの上に、ハイトーンの個性的なボーカルが乗るアルバムです。聴きどころはやはりボーカリゼーションであると言えます。とにかく、すごい声。ビョークやエンヤを彷彿とさせるような、絶対的な個性です。

 曲によっても雰囲気が変わるのですが、荘厳であったり、幻想的であってり、深い霧のようであったり、昔の宗教音楽のようであったり、様々なイメージが浮かぶ音楽が詰まったアルバムです。

 前述したように人の声とは思えないほど、遠くまで届きそうな音色を持っています。心が洗われるような美しさと、厳かな雰囲気を持った1枚。

 





Songs: Ohia “The Magnolia Electric Co.” / ソングス・オハイア『ザ・マグノリア・エレクトリック・カンパニー』


Songs: Ohia “The Magnolia Electric Co.”

ソングス・オハイア 『ザ・マグノリア・エレクトリック・カンパニー』
発売: 2003年3月3日
レーベル: Secretly Canadian (シークレットリー・カナディアン)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 オハイオ州オバーリン出身のシンガーソングライター、ジェイソン・モリーナのソロ・プロジェクトである、ソングス・オハイアの7枚目のアルバムであり、最後のアルバムです。レコーディング・エンジニアは、スティーヴ・アルビニ。

 このあとジェイソン・モリーナは、ソロ名義と並行し、本作のアルバム・タイトルにもなっているマグノリア・エレクトリック・カンパニー(Magnolia Electric Co.)というバンドを結成し、作品を発表していきます。

 カントリーやブルースの要素も感じさせながら、バンドのサウンドとアンサンブルはルーツ・ミュージックの焼き直しではなく色彩豊か。バンドのカラフルでいきいきとしたグルーヴの感じられる1作です。

 1曲目「Farewell Transmission」は、ゆったりとしたテンポで始まり、緩やかにグルーヴ感が生まれていく1曲。牧歌的な雰囲気の、穏やかなカントリー風の曲ですが、エレキ・ギターのフレーズとサウンドが、彩りを加えています。

 3曲目「Just Be Simple」。にじむような柔らかなギターとキーボードの音が、空間に染み渡っていくイントロ。再生時間0:28あたりでボーカルとフルバンドが入ってきても、イントロで聞こえたギターとキーボードは、ヴェールのように優しく全体を包んでいます。

 7曲目の「John Henry Split My Heart」は、イントロから立体的で生命力に溢れたアンサンブルが構成される1曲。ドラムの迫力ある響きは、大地が躍動するような印象。6分を超える曲ですが、次々と展開があり、飽きさせません。

 ルーツ・ミュージックへのリスペクトが感じられるサウンドを持った1作。ですが、アレンジとサウンド・プロダクションには、現代的な響きが感じられます。

 ルーツ・ミュージックを、オルタナティヴ・ロックやポストロックの手法で再解釈する、というのはUSインディーロックに散見される方法論ですが、本作はルーツ・ミュージックのフォームはそのままに、現代的なフレーズやサウンドを散りばめた1枚、という印象です。

 





BLK JKS “After Robots” / ブラック・ジャックス『アフター・ロボッツ』


BLK JKS “After Robots”

ブラック・ジャックス 『アフター・ロボッツ』
発売: 2009年9月8日
レーベル: Secretly Canadian (シークレットリー・カナディアン)
プロデュース: Brandon Curtis (ブランドン・カーティス)

 南アフリカ共和国ヨハネスブルグ出身の4ピース・バンド、ブラック・ジャックスが、インディアナ州ブルーミントンのレーベルSecretly Canadianより発売したアルバムです。今作『After Robots』以外にも、2枚のEPをSecretly Canadianからリリースしています。バンド名は「BLK JKS」と書いて、「ブラック・ジャックス」と読みます。

 南アフリカの音楽事情についても、アフリカ音楽全般についても、語れるほどの知識を持ち合わせておりませんが、これは凄いアルバムです。言語化すると陳腐に響いてしまいますが、アフリカ的リズム感覚を、4ピースのロック・バンドのフォーマットに、鋳造した音楽とでも言ったらいいでしょうか。4人組のロック・バンドですが、レコーディングにはホーンも参加していて、サウンドも一般的なインディー・ロックから比べると、ちょっと異質です。

 1曲目は「Molalatladi」。いくつものリズムの型が見え隠れする、ポリリズミックなイントロ。アフリカのポリリズムを、ロックの文法で再構築したような1曲です。ロック的なダイナミズムを持ちながら、同時にアフリカ的な複雑なリズムが体を揺らします。「複雑な」というのは、西洋のポップ・ミュージック的な価値観からすると、という意味ですが。

 ある特定のリズムにノリながら聴いていると、さらに他のリズムが感じられて、そのふたつが混じり合って…という風に、複数のリズムが多層的に次々と姿をあらわします。前述したようにホーン・セクションも導入されており、トライバルで躍動感あふれるドラムのリズムと相まって、再生時間0:59あたりからのサビのような、ブリッジのような部分では、祝祭的な雰囲気すら漂います。

 現地語と思われる「Molalatladi」と何度も繰り返される歌詞も、当然ながら英語とはリズムとサウンドが異なり、非常に耳に引っかかるリズミックな響きを持っています。やっぱり言語の違いは、音楽の質も変えるな、と感じる曲でもあります。

 2曲目の「Banna Ba Modimo」は、歌のメロディーのリズムと、バックのリズムが噛み合うような、絡み合うような、絶妙なバランスで進行します。この曲は、リズムの緩急のつけ方が大きく、加速と減速を繰り返しながら、リズムがスリリングに切り替わっていく1曲です。

 5曲目「Taxidermy」は、波の満ち引きのように押し寄せるギターとベースに、細かく正確にリズムを刻み続けるドラムのグルーヴが気持ちいい1曲。再生時間1:30あたりから、リズムを見失いそうになるポイントもあります。

 1曲目の「Molalatladi」に集約されているのですが、アフリカのリズムとアメリカのポップ・ミュージックが融合した1作です。ホーンも入っていますが、ギターを中心としたロック・バンドのフォーマットで、トライバルなリズムを取り込みながら、コンパクトなポップ・ミュージックに仕立てるセンスは本当に見事!

 『After Robots』のような作品に出会うと、南アフリカに限らずアフリカ諸国のポップ・ミュージック・シーンを掘れば、多くの個性的なバンドがいるのでは、と興味がわいてきます。