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Phosphorescent “C’est La Vie” / フォスフォレッセント『セ・ラ・ヴィ』


Phosphorescent “C’est La Vie”

フォスフォレッセント 『セ・ラ・ヴィ』
発売: 2018年10月5日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Andrija Tokic (アンドリジャ・トーキック)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの通算7作目となるアルバム。

 アルバム・タイトルの「C’est la vie」とは、フランス語の慣用句で「それが人生さ」「しょうがないよ」といった意味。

 2015年にライブ・アルバム『Live At The Music Hall』をリリースしてはいますが、スタジオ・アルバムとしては2013年作の『Muchacho』から、5年ぶりのリリースとなります。

 デビュー以来、インディー・フォークあるいはオルタナ・カントリーに分類される音楽を作り続けてきたフォスフォレッセント。すなわち、ルーツ・ミュージックを下地に、オルタナティヴ・ロック的なサウンドとアレンジを、併せ持った音楽です。

 基本的には、フォーク色の濃い1stアルバムからスタートし、その後はアルバムを追うごとに、サウンドとアレンジの両面で、徐々にオルタナティヴ・ロック色が濃化。前作『Muchacho』は、電子的なサウンドがフィーチャーされた、最もオルタナ色の濃い1作でした。

 そんな前作に続く、5年ぶりの本作。引き続き電子的なサウンドを取り込みつつ、音響的なアプローチの目立った前作と比較すると、より歌が前景化されたアルバムとなっています。

 1曲目「Black Moon / Silver Waves」は、1分20秒ほどのイントロダクション的な役割の曲。さざ波のようなアコースティック・ギターのフレーズに続き、原初的なシャウトと、厚みのあるコーラスワークが重なります。音楽へと向かうプリミティヴな感情と、音楽を作り上げる論理が、ギュッと凝縮されています。

 2曲目「C’est La Vie No. 2」は、電子音を中心とした柔らかなサウンドの中に、穏やかなボーカルのメロディーが浮かび上がる1曲。エレクトロニカのような音像を持ちながら、人の声の温かみと実体感が、共存しています。

 3曲目「New Birth In New England」は、軽快に飛び跳ねるリズムを持った、ノリの良いポップ・チューン。

 5曲目「Around The Horn」は、多用な楽器が絡み合う、躍動感の溢れるアンサンブルが展開する1曲。エフェクターを多用したギターの音色がアクセントとなり、楽曲にオルタナティヴな要素をプラスしています。

 6曲目「Christmas Down Under」は、空間系エフェクターを用いた透明感のあるギター・サウンドと、ソフトな電子音を中心にしたアンサンブルの中を、ボーカルのメロディーが滑らかに流れる1曲。あくまで歌がアンサンブルの中心に据えられていますが、音響系ポストロックのようなサウンドも持ち合わせています。

 9曲目「Black Waves / Silver Moon」は、増殖するように刻まれるギターのフレーズと、トライバルなドラムのビート、ヴェールのように全体を包み込む電子的なドローンが溶け合う、音響を前景化したアプローチのインスト曲。厳密には、人の声も用いられてはいますが、いわゆる歌メロではなく、断片的なロングトーン。1曲目の「Black Moon / Silver Waves」とタイトルが対になった、アウトロ的な役割のトラックです。

 前述のとおり、マシュー・フックのソロ・プロジェクトであるフォスフォレッセント。初期の作品は、もっと個人が頭の中で作り上げた箱庭感があったのですが、アルバムを追うごとにバンド感が増していきました。

 アルバムごとにゲスト・ミュージシャンを招いてはいますが、多くの楽器をマシュー・フック自身が担当するスタンスは、一貫しています。バンド感が増した理由は、彼自身のアンサンブル構成力の向上が、大きいということでしょう。

 さて、本作ではバンド感が後退したわけではないのですが、歌が中心に据えられ、今まで以上にパーソナルな空気が充満したアルバムとなっています。

 「C’est La Vie」というアルバム・タイトル、そして本人の顔写真を使った、ジャケットのデザインも象徴的。新作ごとにアンサンブルとサウンド・プロダクションを追求してきたこれまでの方向性から、ソングライティングと歌唱にフォーカスした方向へと、舵を切った1作とも言えるのではないかと思います。

 また、サウンドの面ではフォーク色がかなり後退し、シンセサイザーによるものと思われる、電子的なサウンドの割合が増加。現代版のキャンディ・ポップとでも呼ぶべき、カラフルなサウンド・プロダクションに仕上がっています。

 





Phosphorescent “Muchacho” / フォスフォレッセント『ムチャチョ』


Phosphorescent “Muchacho”

フォスフォレッセント 『ムチャチョ』
発売: 2013年3月19日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: Phil Joly (フィル・ジョリー)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの6thアルバム。

 前作『Here’s To Taking It Easy』から約3年ぶり、デッド・オーシャンズと契約後4作目となるアルバムです。アルバム・タイトルの「Muchacho」とは、スペイン語で「少年」(boy)を意味する単語。

 これまでのフォスフォレッセントの作風は、フォークやカントリーを下敷きにしながら、オルタナティヴ・ロックや音響系ポストロックを感じさせるアレンジを、さりげなく織り交ぜたもの。

 しかし、前作から3年ぶりとなる本作では、生楽器の響きを活かした、これまでのフォーキーなサウンドとは打って変わって、電子的なサウンドが前面に出たアルバムとなっています。一体、前作からの3年間に何があったのか、と思うほどの変化です。

 もちろん彼の持ち味であるルーツ・ミュージックの要素も含まれてはいるのですが、音楽を作り上げる方法論、全体のサウンド・プロダクションは、明らかにモード・チェンジ。フォスフォレッセント史上、最もオルタナ色の濃い1作です。

 1曲目「Sun, Arise! (An Invocation, An Introduction)」は、いかにも電子音らしい電子音による伴奏と、厚みのあるコーラスワークが溶け合う1曲。テクノ的なサウンドと、温かみのある人の声が合わさり、独特のオーケストラルなポップが展開されています。

 2曲目「Song For Zula」でも、1曲目に続いて電子音が主軸に据えられ、バウンドするビートに乗せて、流麗なフレーズが重なっていきます。

 3曲目「Ride On / Right On」は、エフェクターの深くかかったエレキ・ギターと、肉体的なビートが用いられた、躍動感のある1曲。

 5曲目「A Charm/ A Blade」は、教会音楽を思わせる壮大なコーラスワークと、ホーン・セクションを大体的に導入したサウンドが融合する、スケールの大きなポップ・ソング。

 6曲目「Muchacho’s Tune」は、ギターとピアノ、シンセサイザーなどの粒立った音が、水がにじむように広がっていく、ソフトな音像を持った1曲。各楽器の音が、無作為に広がっていくようで、一体感のあるアンサンブルが構成されています。

 8曲目「The Quotidian Beasts」は、アコースティック・ギターのストロークと、ヴァイオリンのフレーズが重なる、オーガニックな響きを持った、牧歌的な1曲。

 10曲目「Sun’s Arising (A Koan, An Exit)」では、ロングトーンを活かした、神秘的なコーラスワークが響き渡ります。伴奏は、風になびいて草木がなびくように、ナチュラルな躍動感に溢れたもの。

 前述のとおり、これまでのフォーキーな音色を持った作風から比較すると、サウンドの質感が大きく異なる1作です。積極的に電子音が導入され、オルタナティヴな要素が増しています。

 一方で、ただ単にエレクトロニカやオルタナティヴ・ロック色を増しただけでなく、ホーン・セクションやペダル・スティール・ギターが効果的に用いられ、スケールの大きなポップスとしての一面も持っています。

 また、本作は「Muchacho De Lujo」(ムチャチョ・デ・ルホ)と名づけられた、2枚組のデラックス・エディションもリリースされています。2枚目のディスクには、ライブ音源が12曲収録。現在は各種サブスクリプション・サービスでも、こちらのエディションを聴くことができます。

 





Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy” / フォスフォレッセント『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』


Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy”

フォスフォレッセント 『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』
発売: 2010年5月11日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの5thアルバム。

 前作『To Willie』は、アルバムのタイトルにも示されているとおり、1950年代から活動するカントリー・ミュージシャン、ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)のカバーで全曲が構成された、トリビュート・アルバム。

 そのため、フォークやカントリーを下敷きにしながら、音響的なアプローチも目立つ、従来のフォスフォレッセントの音楽性から比較すると、いつにも増してカントリー色が濃い1作となっていました。

 5作目となる本作では、カントリーを下地に、エレキ・ギターやピアノを主軸にした、躍動感を持ったアンサンブルが展開。フォークやカントリーの要素が、コンパクトなインディー・ロックのフォーマットに収まった、フォスフォレッセントらしい音楽を作り上げています。

 1曲目「It’s Hard To Be Humble (When You’re From Alabama)」では、前のめりにアクセントを置いた軽快なリズムに乗せて、多様な楽器が用いられたカラフルなサウンドで、躍動感に溢れたアンサンブルが展開。カントリー的なスウィング感を持った、アルバム1曲目にふさわしい賑やかな曲。

 2曲目「Nothing Was Stolen (Love Me Foolishly)」では、鼓動のように響くビートを土台に、徐々にバンドの演奏が加速していきます。異なる楽器のフレーズが噛み合い、雑多なようで、一体感のあるアンサンブル。

 5曲目「I Don’t Care If There’s Cursing」は、シンプルなドラムと、波打つようなフレーズを弾くベースがリズムをキープし、その上に他の楽器の流麗な演奏と、なめらかな歌のメロディーが乗る1曲。バンド全体が、いきいきと躍動しながら進行します。

 6曲目「Tell Me Baby (Have You Had Enough)」は、イントロから電子的な持続音が用いられた、音響を前景化させたアプローチの1曲。ギターのフレーズと、ボーカルのメロディーは、折り重なるようになめらか。朝もやのような清潔感を持った、サウンド・プロダクションと演奏。

 9曲目「Los Angeles」は、各楽器のフレーズが、糸を引くように広がる、スローテンポのブルージーな1曲。再生時間3:57あたりからの間奏でも、各楽器が渋いフレーズを持ち寄り、ブルージーな空気が充満。8分を超える長尺の曲で、コーラスワークは厚みを持って多層的に構成され、長い絵巻物を見ているかのように、流麗かつ壮大。

 フォークやカントリー、ブルースなどのルーツ・ミュージックが、現代的なサウンドと共に、巧みにまとめられた1作です。マシュー・フックのソロ・プロジェクトではありますが、作品を追うごとにアンサンブルの躍動感と安定感は向上。

 今作では、これまで以上に、いきいきとしたバンド感の溢れるアルバムとなっています。

 2018年10月現在、Spotifyでは配信されていますが、AppleとAmazonでは残念ながら未配信です。





Phosphorescent “Pride” / フォスフォレッセント『プライド』


Phosphorescent “Pride”

フォスフォレッセント 『プライド』
発売: 2007年10月23日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

  1980年、アラバマ州ハンツビル生まれ。2001年から、ジョージア州アセンズを拠点に音楽活動を開始し、現在はニューヨークを拠点にするシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの3rdアルバム。

 1stアルバム『A Hundred Times 0r More』は、アセンズのウォーム・エレクトロニック・レコーディングス(Warm Electronic Recordings)、2ndアルバム『Aw Come Aw Wry』は、ピッツバーグのミスラ・レコード(Misra Records)からのリリースでしたが、本作からインディアナ州ブルーミントンのインディー・レーベル、デッド・オーシャンズと契約しています。

 フォークを基調とした前作から比較すると、よりサウンドが多彩になり、オルタナティヴ・ロック色が増した本作。前作から引き続き、ソング・ライティングと音作りは、フォークを下敷きにしていて穏やか。

 しかし、スローテンポに乗せて展開される、ロングトーンを活かしたバンドのアンサンブルとコーラスワークは、音響系ポストロックのような響きも持ち合わせています。フォークやカントリーを下敷きにしながら、ドローンやサイケデリック・ロックの要素も感じられる1作です。

 1曲目「A Picture Of Our Torn Up Praise」は、音数の少ないアンサンブルの隙間を漂うように、ボーカルのメロディーが浮遊する、穏やかながら、どこかサイケデリックな空気も漂う1曲。ゆったりと打ち鳴らされるバスドラが、鼓動のように響き、ゆるやかな躍動感を生んでいきます。

 2曲目「Be Dark Night」は、イントロから厚みのあるコーラスワークが、教会音楽のようにも響く、幽玄な1曲。

 4曲目「At Death, A Proclamation」は、奥の方で鳴り続けるメトロノームのクリックらしき音と、せわしなくリズムを刻むドラムに、ボーカルと他の楽器が、覆いかぶさるように重なる1曲。やや、ざらついたサウンドでレコーディングされており、ドラムの細かいリズムも相まって、独特の殺伐とした空気を演出しています。

 5曲目「The Waves At Night」には、ジョージア州アセンズを拠点に活動するシンガーソングライター、リズ・デュレット(Liz Durrett)がボーカルで参加。男女混声による、穏やかなコーラスワークが響き渡る曲。デュレットの柔らかく、耳に刺さらない高音を筆頭に、全体のサウンド・プロダクションも、ほの暖かく、ソフト。

 6曲目「My Dove, My Lamb」は、アコースティック・ギターとキーボードの音が溶け合う、穏やかなイントロから始まり、ハーモニカのロングトーンと、厚みのあるコーラスワークによる、荘厳なサウンドが響き渡る1曲。

 8曲目は、アルバム表題曲の「Pride」。イントロから、聖歌隊を思わせる、厚みのあるコーラスワークが展開。その後は、四方八方から様々な音が飛び交い、穏やかで神秘的な空気と、オルタナティヴなアレンジが、共存して進行します。

 基本的には、歌を中心に据えた楽曲が並びますが、ラストに収録されるアルバム表題曲「Pride」には、わかりやすい歌のメロディーはありません。その代わりに、コーラスによるハーモニーと、それを取り囲むように断片的なフレーズが重なる、音響を前景化したアレンジが施されています。

 この曲に象徴されるように、歌モノのアルバムでありながら、意外性のあるアレンジが共存し、音響へのこだわりも感じられるアルバムとなっています。

 2018年10月現在、Spotifyでは配信されていますが、AppleとAmazonでは未配信です。





Pinegrove “Cardinal” / パイングローヴ『カーディナル』


Pinegrove “Cardinal”

パイングローヴ 『カーディナル』
発売: 2016年2月12日
レーベル: Run For Cover (ラン・フォー・カヴァー)

 ニュージャージー州モントクレア出身のインディー・ロック・バンド、パイングローブの2ndアルバム。

 2012年にリリースされた1stアルバム『Meridian』は、レーベルを通さないセルフ・リリース。4年ぶりとなる本作は、マサチューセッツ州ボストンのインディーズ・レーベル、ラン・フォー・カヴァーからリリースされています。

 共にモントクレア生まれの幼なじみ、エヴァン・スティーブンス・ホール(Evan Stephens Hall)とザック・レヴィーン(Zack Levine)を中心に、2010年に結成されたパイングローヴ。

 松林を意味する「Pinegrove (pine grove)」というバンド名。エヴァン・スティーブンス・ホールが通っていた、オハイオ州のケニオン大学にある自然保護公園、ブラウン・ファミリー環境センター(Brown Family Environmental Center)に由来するとのことです。

 バンド名のとおりと言うべきなのか、楽器のオーガニックな鳴りを活かした、サウンド・プロダクションの1作です。クリーンな音作りの各楽器が組み合い、ゆるやかに躍動するアンサンブルが展開します。

 1曲目の「Old Friends」は、バンジョーやペダル・スティール・ギターが用いられ、カントリー色の濃いサウンドの1曲。リズム隊は、ドスンドスンと縦に揺らめくようにリズムを刻み、ゆるやかな躍動感のあるアンサンブルです。

 2曲目「Cadmium」は、音数を絞った隙間の多いアンサンブルながら、徐々に音が増え、グルーヴィーな演奏へと展開。複数のギターが、それぞれシンプルなフレーズを繰り返し、織物のように音楽が構成されていきます。

 4曲目「Aphasia」。前半はギターと歌のメロディーが中心に据えられた、メロウな演奏。その後、再生時間1:20あたりでドラムが入ってくると、縦に揺れるアンサンブルへと展開します。奥の方から聞こえる、ペダル・スティール・ギターの伸びやかなサウンドがアクセント。

 5曲目「Visiting」は、段階的に楽器が加わり、加速していく、ビートのハッキリした1曲。フォークやカントリーを思わせる音色の多い本作において、最もギターロック的なサウンド。

 8曲目「New Friends」は、軽快なギターの伴奏の上を、ボーカルが高らかにメロディーを重ねていく1曲。思わず体を揺らしてしまう躍動感のある演奏です。

 フォーキーなサウンドを持った、ゆるやかなギターロック、といった佇まいのアルバム。前述のとおり、全体のサウンドは穏やかですが、いきいきとした躍動感を持ち合わせています。

 1曲目が「Old Friends」から始まり、ラストの8曲目が「New Friends」で締めくくられるところも、示唆的。ルーツ・ミュージックに敬意を示しながら、現代的な感性でコンパクトなロックに仕上げている本作を、象徴しているようにも感じられます。