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Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy” / フォスフォレッセント『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』


Phosphorescent “Here’s To Taking It Easy”

フォスフォレッセント 『ヒアズ・トゥ・テイキング・イット・イージー』
発売: 2010年5月11日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)

 アラバマ州ハンツビル出身のシンガーソングライター、マシュー・フック(Matthew Houck)のソロ・プロジェクト、フォスフォレッセントの5thアルバム。

 前作『To Willie』は、アルバムのタイトルにも示されているとおり、1950年代から活動するカントリー・ミュージシャン、ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)のカバーで全曲が構成された、トリビュート・アルバム。

 そのため、フォークやカントリーを下敷きにしながら、音響的なアプローチも目立つ、従来のフォスフォレッセントの音楽性から比較すると、いつにも増してカントリー色が濃い1作となっていました。

 5作目となる本作では、カントリーを下地に、エレキ・ギターやピアノを主軸にした、躍動感を持ったアンサンブルが展開。フォークやカントリーの要素が、コンパクトなインディー・ロックのフォーマットに収まった、フォスフォレッセントらしい音楽を作り上げています。

 1曲目「It’s Hard To Be Humble (When You’re From Alabama)」では、前のめりにアクセントを置いた軽快なリズムに乗せて、多様な楽器が用いられたカラフルなサウンドで、躍動感に溢れたアンサンブルが展開。カントリー的なスウィング感を持った、アルバム1曲目にふさわしい賑やかな曲。

 2曲目「Nothing Was Stolen (Love Me Foolishly)」では、鼓動のように響くビートを土台に、徐々にバンドの演奏が加速していきます。異なる楽器のフレーズが噛み合い、雑多なようで、一体感のあるアンサンブル。

 5曲目「I Don’t Care If There’s Cursing」は、シンプルなドラムと、波打つようなフレーズを弾くベースがリズムをキープし、その上に他の楽器の流麗な演奏と、なめらかな歌のメロディーが乗る1曲。バンド全体が、いきいきと躍動しながら進行します。

 6曲目「Tell Me Baby (Have You Had Enough)」は、イントロから電子的な持続音が用いられた、音響を前景化させたアプローチの1曲。ギターのフレーズと、ボーカルのメロディーは、折り重なるようになめらか。朝もやのような清潔感を持った、サウンド・プロダクションと演奏。

 9曲目「Los Angeles」は、各楽器のフレーズが、糸を引くように広がる、スローテンポのブルージーな1曲。再生時間3:57あたりからの間奏でも、各楽器が渋いフレーズを持ち寄り、ブルージーな空気が充満。8分を超える長尺の曲で、コーラスワークは厚みを持って多層的に構成され、長い絵巻物を見ているかのように、流麗かつ壮大。

 フォークやカントリー、ブルースなどのルーツ・ミュージックが、現代的なサウンドと共に、巧みにまとめられた1作です。マシュー・フックのソロ・プロジェクトではありますが、作品を追うごとにアンサンブルの躍動感と安定感は向上。

 今作では、これまで以上に、いきいきとしたバンド感の溢れるアルバムとなっています。

 2018年10月現在、Spotifyでは配信されていますが、AppleとAmazonでは残念ながら未配信です。





Adam Stephens “We Live On Cliffs” / アダム・スティーヴンス『ウィー・リヴ・オン・クリフス』


Adam Stephens “We Live On Cliffs”

アダム・スティーヴンス 『ウィー・リヴ・オン・クリフス』
発売: 2010年9月28日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)
プロデュース: Joe Chiccarelli (ジョー・チッカレリ)

 カリフォルニア州サンフランシスコ出身の2ピース・バンド、トゥー・ギャランツのメンバーである、アダム・スティーヴンス初のソロ・アルバム。正式には、「アダム・ハワース・スティーヴンス」(Adam Haworth Stephens)名義でリリースされています。

 プロデュースを担当するのは、プロデューサーおよびエンジニアとして1970年代から活動し、グラミー受賞暦もあるジョー・チッカレリ。大御所からインディー系まで、多くの仕事をこなしてきたチッカレリですが、USインディー文脈の仕事だと、ストロークス(The Strokes)やザ・シンズ(The Shins)、ホワイト・ストライプス(The White Stripes)あたりが有名。

 2002年に結成されたトゥー・ギャランツは、フォークやブルースなどのルーツ・ミュージックを下敷きに、ロック的な躍動感や、オルタナやポストロックを思わせるアレンジを合わせた音楽を展開するバンド。本作は、トゥー・ギャランツが2008年から2012年にかけて、活動休止していた期間に制作されたアルバムです。

 2ピース・バンドのメンバーのソロ作ということで、もちろんメインのバンドであるトゥー・ギャランツと共通する要素を、多分に持っています。すなわち、ルーツ・ミュージックを、現代的に解釈した作風だということ。

 しかし、トゥー・ギャランツと全く同じというわけでは、もちろんありません。フォークやブルースを基調に、パンクの攻撃性やロックのグルーヴ感を合わせたトゥー・ギャランツと比較すると、本作はよりカントリー色の濃い、穏やかな音楽となっています。

 1曲目「Praises In Your Name」では、クリーン・トーンを主体としたサウンドで、徐々に躍動感が増していくアンサンブルが展開します。再生時間1:07あたりからは、立体的に音が飛び交い、カラフルでグルーヴ感抜群の演奏。

 2曲目「Second Mind」は、各楽器が絡み合うように、ゆるやかなグルーヴ感が育まれていく1曲。柔らかなオルガンの音がアクセントになり、全体のサウンド・プロダクションを、ソフトにまとめています。

 3曲目「With Vengeance Come」では、ギターのアルペジオとボーカルのみから始まり、ピアノも加わって、音の粒が有機的にアンサンブルを組み上げていきます。

 7曲目「Elderwoods」は、静かなギターのフレーズから始まるものの、その後はざらついた歪みのギターが入り、穏やかなパートと、ハードなパートを行き来する1曲。

 9曲目「Everyday I Fall」は、イントロからヴィブラフォンらしき音が響き渡り、空気に浸透していくように、穏やかなサウンドを持っています。アンサンブルは、アコースティック・ギターを主軸に、カントリー色の濃い、いきいきとしたグルーヴ感を伴ったもの。

 オーバー・プロデュースにならず、シンプルなサウンドとアレンジを持ったアルバム。ですが、歌のメロディーのみが前景化されているわけではなく、ゆるやかに躍動するアンサンブルも心地よい1作です。

 また、楽器の種類と用いるサウンドは、それほど多いわけではないのに、カラフルで鮮やかなイメージの作品に仕上がっています。適材適所で、効果的に楽器を使い、シンプルながら音作りにもこだわっているのが、この多彩さの理由でしょう。

 フォークやカントリーの香りを漂わせながら、ギターポップのように爽やかな、耳なじみの良さがあります。

 バンドマンのソロ作は、そのメンバーがどのような音楽性を、バンドに持ち込んでいるのかが垣間見えるところも、面白いですね。

 





Bear Hands “Distraction” / ベアー・ハンズ『ディストラクション』


Bear Hands “Distraction”

ベアー・ハンズ 『ディストラクション』
発売: 2014年2月18日
レーベル: Cantora (カントラ)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン), Yale Yng-Wong (イェール・イン・ウォン)

 ニューヨーク市ブルックリンで結成されたポストパンク・バンド、ベアー・ハンズの2ndアルバム。

 ダンサブルで、ポスト・パンク・リバイバル色の濃かった前作と比較すると、よりエレクトロニカ色の強くなった1作。シンセサイザーによる電子音が用いられているのは、前作と共通していますが、パーティー感のある鮮やかな音色が多い前作に対して、本作ではよりシンプルでシリアスな雰囲気の音色が選択されています。

 1曲目「Moment Of Silence」は、電子的な多種多様なサウンドが飛び交うなかを、ボーカルがメロディーを紡いでいく1曲。前半はまわりの音数が少なく、ボーカルが際立つアレンジですが、再生時間2:05あたりからラストまで、ドラムをはじめ躍動感に溢れた演奏に切り替わります。

 4曲目「Bone Digger」は、イントロから、シンセサイザーと思しき音がタイトにリズムを刻み、ボーカルも感情を抑えたクールな歌唱。その後、ベースとドラムが入ってきても、無駄の無いタイトなアンサンブルが続きます。

 5曲目「Vile Iowa」は、空間系エフェクターを用いたギターの穏やかなコード・ストロークに合わせて、囁き系のボーカルが重なるイントロから始まり、歪んだギターが波のように、押し寄せては引いていく1曲。

 6曲目「Bad Friend」は、メロウな曲が続く本作にあって、イントロはビートのはっきりした疾走感のある1曲。ボーカルが入ってくると、ベースとドラムのみの無駄を極限まで省いた、シンプルなアレンジへ。

 7曲目「The Bug」は、パワフルに太い音でレコーディングされたリズム隊を中心に、立体的なアンサンブルが構成される1曲。過度にグルーヴしないように注意しているのかと思うほど、パワフルなサウンドに対して、タイトでクールな演奏。

 8曲目「Peacekeeper」は、歯切れの良いギターのイントロに続いて、疾走感あふれる演奏が展開される1曲。リズムが前のめりに突っ走る部分と、叩きつけるように四分音符を刻む部分のコントラストが鮮やか。

 シンセとギターが共存し、ビートの効いた音楽性は、前作と同じくポストパンクの範疇に入るはずですが、一聴したときの印象は大きく異なります。

 リズムとアンサンブルの面では、立体的でダンサブルな前作に比べると、本作は装飾は控えめに、リズムに遊びが無くなりタイトに絞り込まれています。

 また、サウンド・プロダクションの面では、音色をあえて地味にしたような、ダークというと語弊がありますが、クールでシリアスな空気感を持ったアルバムとなっています。

 2018年7月現在、本作はSpotify、Apple Music等でのデジタル配信はされていません。





Bear Hands “Burning Bush Supper Club” / ベアー・ハンズ『バーニング・ブッシュ・サパー・クラブ』


Bear Hands “Burning Bush Supper Club”

ベアー・ハンズ 『バーニング・ブッシュ・サパー・クラブ』
発売: 2010年11月2日
レーベル: Cantora (カントラ)
プロデュース: Chuck Brody (チャック・ブロディ)

 2006年にニューヨーク市ブルックリンで結成されたポストパンク・バンド、ベアー・ハンズの1stアルバム。

 ちなみにギター・ボーカルのディラン・ラウ(Dylan Rau)は、ウェズリアン大学在学中に、MGMTの2人とクラスメイトだったとのこと。その縁で、大学キャンパス内でおこなわれたMGMTのライブのオープニングテン・アクトを、ベアー・ハンズが務めたこともあります。

 ギター・サウンドとシンセ・サウンドが共存し、立体的でドタバタしたドラムがリズムを刻む、ポストパンクらしいサウンドを持ったこのバンド。前述のMGMTにも繋がる、シンセをフィーチャーしながら、グルーヴ感のあるアンサンブルを響かせます。また、本作をリリースしているカントラは、MGMTの最初のEP『Time To Pretend』をリリースしたレーベルでもあります。

 1曲目の「Crime Pays」から、ドラムが立体的にレコーディングされた、はずむようなサウンドが飛び出してきます。このドラムの音が、まずかっこいいですね。端正にリズムを刻むピアノと、浮き上がるような裏声を駆使したボーカル。電子音も加わり、カラフルなサウンドを作り上げています。

 2曲目「Belongings」は、ドラムが刻む軽快なリズムに、他の楽器が絡みつくように合わさり、ゆるやかな躍動感と疾走感の生まれる1曲。リズムが直線的に走り抜けるのではなく、スキップするように弾んでいるところも、耳をつかみます。

 3曲目「What A Drag」は、各楽器がレイヤー状に重なりながら、はずむようにリズムを刻み、縦も横も立体的な1曲。

 5曲目「Tablasaurus」は、パーカッションのトライバルなビートから始まり、楽器とボーカルが加わると、アンサンブルが立体的かつカラフルに展開。トライバルな空気と、シンセサイザーの華やかなサウンドが溶け合った1曲。

 6曲目「Julien」は、個人的に、このアルバムのベスト・トラックだと思う1曲。躍動感あふれるドラムに、ギターやボーカルが覆い被さるように重なり、グルーヴィーなアンサンブルを作り上げていきます。再生時間1:51あたりからのパワフルなドラム、再生時間2:11あたりからの開放的なギターなど、シフトを切りかえるように、段階的に盛り上がっていくアレンジも秀逸。

 8曲目「Blood And Treasure」は、イントロからギターがフィーチャーされた、コンパクトにまとまった疾走感あふれるロック・チューン。タイトにリズムを刻むドラムと、図太いサウンドでパワフルにフレーズを弾くベースによるリズム隊が、躍動するアンサンブルを支え、盛り上げます。

 立体的でいきいきとしたアンサンブルと、多様な音が登場するカラフルなサウンド・プロダクションを持ち合わせているところが、このアルバムの最大の魅力だと思います。

 また、単純な8ビートよりも、ハネたリズムの曲が多く、トライバルな雰囲気すら漂うのですが、シンセサイザーをはじめとした音色がカラフルに楽曲を彩り、ポップでダンサブルに仕上げています。トライバルなリズムは、非ロック的なリズムと言い換えてもいいのですが、ワールド・ミュージックからの影響を感じさせるところも、ポストパンクらしいアプローチと言えるでしょう。

 1990年代後半から、ポストパンク・リバイバル(Post-punk revival)という言葉で括られることになる、多くのバンドが登場しました。(こういう言葉やジャンル名で音楽を括ることに、無理があるのは百も承知ですが…)

 その中でベアー・ハンズの個性は何かというと、シンセ・ポップ的なカラフルなサウンド・プロダクションと、やや意外性のある非ロック的なリズムを、不可分に融合し、極上のポップスとして成り立たせているところだと思います。

 





Chicago Underground Duo “Boca Negra” / シカゴ・アンダーグラウンド・デュオ『ボカ・ネグラ』


Chicago Underground Duo “Boca Negra”

シカゴ・アンダーグラウンド・デュオ 『ボカ・ネグラ』
発売: 2010年1月26日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: Matthew Lux (マシュー・ラックス)

 コルネットのロブ・マズレク(Rob Mazurek)と、ドラムとパーカッションのチャド・テイラー(Chad Taylor)によるジャズ・デュオ、シカゴ・アンダーグラウンド・デュオの5thアルバム。

 レコーディング・エンジニアとミックスは、ブラジル出身のフェルナンド・サンチェス(Fernando Sanches)、プロデュースは、アイソトープ217(Isotope 217°)でロブ・マズレクと活動を共にしていたこともあるマシュー・ラックスが担当。

 デビュー以来、シカゴ音響派の総本山とも言える、スリル・ジョッキーからリリースを続けるシカゴ・アンダーグラウンド・デュオ。彼らの音楽性は、ジャズ的なフレーズや即興性を用いながら、ポストロック的な手法で再構築していくところが特徴です。

 「ポストロック的な手法」と一言で言い切ってしまうと、なんの説明にもなっていないので補足すると、ジャズのフレーズやサウンドを、後から切り貼りするように編集し、ジャズであってジャズではない、新しい音楽を作り上げているということ。

 1曲目の「Green Ants」は、回転するようになめらかなトランペットのフレーズから始まり、手数の多いパワフルなドラムが加わり、フリーな演奏が展開。ポスト・プロダクションによる大胆なアレンジは感じられず、人力によるフリージャズ色の濃い1曲。

 2曲目「Left Hand Of Darkness」は、1曲目とは打って変わって、イントロから電子的な奇妙なサウンドが用いられ、アヴァンギャルドかつアンビエントな空気を持った1曲。

 5曲目「Confliction」は、不協和なピアノと、高音で切り裂くようなコルネットが重なる前半から、グルーヴィーなアンサンブルが繰り広げられる後半へと展開。アヴァンギャルドで現代音楽的な耳ざわりの前半に対して、ノリノリで躍動していく後半と、コントラストが鮮やか。

 6曲目「Hermeto」は、清潔感のあるピアノと電子音を主軸に構成される、エレクトロニカのようなサウンド・プロダクションの1曲。奥の方から、小さな音量で時折聞こえてくるコルネットのフレーズが、わずかにジャズの香りを漂わせます。

 7曲目「Spy On The Floor」は、地を這うように低音域を動きまわるベース、立体的にリズムを刻むドラムの上で、コルネットがメロディーを紡ぎ出していく、躍動感に溢れたアンサンブルが繰り広げられます。ヴィブラフォンの音色も、夜に鳴り響くジャズを印象づけています。音響的なアプローチの多い、このバンドの楽曲群にあって、ジャズ的なスウィング感とダイナミズムを持った1曲。

 8曲目「Laughing With The Sun」は、アヴァンギャルドな音色のギターとパーカッションが、コルネットのフレーズと絡み合うような、反発し合うようなバランスで重なる1曲。

 ジャズ的な即興性やスウィング感が、柔らかな電子音と溶け合い、ジャズとも、エレクトロニカとも、音響系ポストロックとも言えるサウンドを生み出すアルバムです。

 これまでの作品を俯瞰しても、このデュオの魅力であり特異な点は、ジャズとポストロック的アプローチを巧みに融合させる、バランス感覚だと言えるでしょう。本作もジャズとポストロックの融合した、実にシカゴ・アンダーグラウンド・デュオらしいアルバムです。