「インディー・ロック」カテゴリーアーカイブ

Hop Along “Painted Shut” / ホップ・アロング『ペインテッド・シャット』


Hop Along “Painted Shut”

ホップ・アロング 『ペインテッド・シャット』
発売: 2015年5月4日
レーベル: Saddle Creek (サドル・クリーク)
プロデュース: John Agnello (ジョン・アグネロ)

 ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のバンド、ホップ・アロングの3rdアルバム。ネブラスカ州オマハのインディーズ・レーベル、サドル・クリークからのリリース。

 プロデューサーを務めるのは、ソニック・ユース(Sonic Youth)や、カート・ヴァイル(Kurt Vile)を手がけたこともあるジョン・アグネロ。

 アコースティッキ楽器のフォーキーな要素も内包しつつ、荒々しい魅力のあった前作から比べると、サウンド・プロダクションもアンサンブルも、コンパクトにまとまった1作と言えます。

 特に前作で大々的に用いられていた、激しく歪んだエレキ・ギターは、使用頻度も音量もかなり控えめに。

 ただ、小さくまとまってつまらなくなったという意味ではなく、アンサンブルがより整然となり、線をはみ出すラフさよりも、建造物を作り上げるような正確さを持った演奏になったということです。

 また、もうひとつ指摘しておきたい点は、メイン・ボーカルを務めるフランシス・クインラン(Frances Quinlan)の歌唱。

 前作では、高音を伸びやかに響かせていましたが、本作では絞り出すようにかすれた歌声が増え、よりヒリヒリした緊張感を醸し出しています。

 1曲目「The Knock」は、各楽器がお互いをかけっこで抜き合うようにアンサンブルを展開。序盤はバラバラに感じていた演奏が、徐々に一体感と躍動感を帯びていきます。

 3曲目「Horseshoe Crabs」では、イントロからキーボードがフィーチャーされ、各楽器が正確に音を持ち寄り、バンド全体がひとつの機械のように、いきいきと躍動。テンポも音量も控えめながら、躍動感と一体感のあるアンサンブルが展開します。

 6曲目「Texas Funeral」は、地面を叩きつけるような躍動的なイントロから、ゆるやかに各楽器が絡み合うアンサンブルが展開。パワフルなドラム、地中をうねるようなベース、泣きのギターと、どの楽器にも見せ場があり、かすれ気味のボーカルはエモーショナルな空気を演出。

 7曲目「Powerful Man」は、チクタクチクタクと精巧な機械が動くように、各楽器がかみ合い、有機的なアンサンブルを作る1曲。ドラムのリズムに、ギターとベースのフレーズが食い込むように重なります。

 8曲目「I Saw My Twin」は、イントロのコーラスワークから浮遊感が漂う、ミドルテンポの1曲。

 10曲目「Sister Cities」は、ビートのくっきりしたコンパクトなロック。軽快なリズムに乗って、ギターとボーカルのメロディーが疾走します。

 先述したとおり、前作の荒々しいアンサンブルはやや控えめ。その代わりに機会仕掛けのオモチャが動くような、正確性と一体感がある演奏が展開しています。

 そういえば前作で聴かれた、アコースティック・ギターを用いたフォーキーなサウンドも、本作では後退。その代わりに各楽器のサウンドの一体感が、上がっています。

 本作の魅力は、各楽器がカッチリと組み合い、ひとつのマシーンか生き物のように躍動するところ。

 荒々しく1stアルバムらしい前作(ホップ・アロング名義では1作目ですが実際は2ndアルバム)に比べ、アンサンブルの精度を追求したのが本作と言えるでしょう。

ディスクレビュー一覧へ移動





Hop Along “Get Disowned” / ホップ・アロング『ゲット・ディスオウンド』


Hop Along “Get Disowned”

ホップ・アロング 『ゲット・ディスオウンド』
発売: 2012年5月5日
レーベル: Hot Green (ホット・グリーン), Saddle Creek (サドル・クリーク)
プロデュース: Joe Reinhart (ジョー・ラインハート)

 ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のバンド、ホップ・アロングの2ndアルバム。

 2005年に自主制作にてリリースされた前作『Freshman Year』は、ホップ・アロング、クイーン・アンスレイス(Hop Along, Queen Ansleis)名義。当時はバンドではなく、フランシス・クインラン(Frances Quinlan)のソロ・プロジェクトでした。

 その後、ギターのジョー・ラインハート(Joe Reinhart)、ベースのタイラー・ロング(Tyler Long)、ドラムのマーク・クインラン(Mark Quinlan)を加え、バンド編成へ。名前をホップ・アロングへ変更しています。

 ホップ・アロング名義としては、本作が1作目のアルバム。2012年に、アメリカ国内ではホット・グリーン、イギリスとヨーロッパではビッグ・スケアリー・モンスターズ(Big Scary Monsters)から発売され、その後2016年にサドル・クリークより再発。

 レコーディング・エンジニアとミックスは、メンバーのジョー・ラインハートが務めています。

 アコースティック・ギターのフォーキーなサウンドと、激しく歪んだエレキ・ギターが共存。アンサンブルはドタバタしてパワフルかつ立体的。

 フォークやカントリーを彷彿とさせるオーガニックなサウンドと、オルタナティヴ・ロック的なダイナミズムと攻撃性が溶け合っているのが、ホップ・アロングの魅力です。

 しかもハードなギターのみが攻撃性を担っているわけではなく、アコースティック楽器も荒々しく躍動するところが、なんともかっこいいのです。

 ルーツ・ミュージックを参照しながら、現代的なアレンジを加えてアップデートする、このようなバンドの音を聴くと、あらためてアメリカという国の面白さを実感しますね。

 メイン・ボーカルを務めるフランシス・クインラン(Frances Quinlan)の、ファルセットを織り交ぜた、伸びやかな歌声も大きな魅力のひとつ。

 1曲目「Some Grace」は、アコースティック・ギターを主軸にしたフォーキーなサウンドでありながら、ギターは荒々しくコードをかき鳴らす、パワフルな1曲。再生時間1:57あたりからの声が折り重なっていくコーラスワークも、ただのルーツ・ミュージックの焼き直しにとどまらない、モダンな空気をもたらしています。

 2曲目「Tibetan Pop Stars」は、イントロから前のめりに音が飛び出していく、躍動感あふれる曲。パワフルでドタバタしたドラムが立体感を、厚みのあるディストーション・ギターが重厚感を演出。いきいきと躍動するアンサンブルを作り上げていきます。

 4曲目「No Good Al Joad」は、ジャカジャカと激しくコードを刻むアコースティック・ギターと、金切り声のように耳にうるさいエレキ・ギターやヴァイオリンなどが絡まる、アヴァンギャルドな1曲。ボーカルも高音がかすれながら、絞り出すように歌い、緊張感を生み出しています。

 5曲目「Kids On The Boardwalk」は、イントロからキッチリとリズムが刻まれ、軽やかな疾走感のある演奏。でも途中から、うねるようなエレキ・ギターが暴れ、オルタナティヴ・ロック的な攻撃性も持ち合わせています。

 6曲目「Laments」は、ギターと歌を中心にした静かな前半から、徐々に楽器と音数が増え、躍動感と立体感を増していく展開。静寂から轟音へと移行する予定調和的なアレンジではなく、各楽器が有機的に組み合う、グルーヴ感を重視した演奏。

 9曲目「Young And Happy!」は、轟音ギターが押し寄せるイントロから始まり、隙間なく音が詰め込まれた、厚みのあるアンサンブルが展開。バンドが塊になって転がるような一体感があります。

 アルバムのラスト10曲目は、表題曲でもある「Get Disowned」。各楽器とも毛羽立ったように、微妙に歪んだ音作り。四方八方から多様な音が飛んでくるアレンジは立体的で、同時にアヴァンギャルドな空気も生んでいます。ボーカルも声をやっと絞り出すようにエモーショナル。

 前述したとおり、本作の魅力はルーツとモダンの融合。アコースティック・ギターを用いることで、フォーキーな耳ざわりを獲得しつつ、オルタナティヴ・ロックの実験性と攻撃性を、多分に併せ持ったアルバムです。

ディスクレビュー一覧へ移動

 





TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes” / TV オン・ザ・レディオ『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』


TV On The Radio “Desperate Youth, Blood Thirsty Babes”

TV オン・ザ・レディオ 『デスパレイト・ユース・ブラッドサースティー・ベイブス』
発売: 2004年3月9日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Chris Moore (クリス・ムーア), Paul Mahajan (ポール・マハジャン)

 ニューヨーク・ブルックリンを拠点に活動するバンド、TV オン・ザ・レディオの1stアルバム。

 北米ではタッチ・アンド・ゴー、ヨーロッパでは4ADと、それぞれ英米の名門インディー・レーベルよりリリース。

 バンドが結成されたのは2001年。当時は、ボーカルを務めるトゥンデ・アデビンペ(Tunde Adebimpe)と、ギターやサンプラーなど複数の楽器を操るデイヴィッド・シーテック(David Sitek)からなる2人組。

 2002年には、このデュオ編成で『OK Calculator』を自主制作でリリースしています。2003年にはギターのカイプ・マローン(Kyp Malone)をメンバーに迎え、3人編成へ。2004年にリリースされた本作が、レーベルを通してリリースされる初アルバムとなります。

 前述の『OK Calculator』というアルバム・タイトル。ピンとくる方も多いと思いますが、90年代後半からのロックを牽引するバンド、レディオヘッド(Radiohead)のアルバム『OK Computer』を意識したタイトルです。

 しかし、音楽的には必ずしもレディオヘッドに近いわけではありません。レディオヘッドの音楽に近いというより、バンドのフォーマットで実現できる音楽の限界へと挑む、その姿勢を参考にしているのでしょう。

 トライバルなリズムや、電子的なサウンドなどをバンドのフォーマットに落としこみ、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げています。

 個人的には、こういう手の届く範囲でクリエイティヴィティを爆発させたバンド・サウンドが大好きです。

 1曲目「The Wrong Way」ではイントロからサックスが用いられ、フリージャズのような雰囲気から始まります。野太くリズムを刻むベース、シンプルながらポリリズミックなドラムが加わり、グルーヴ感と実験性が共存する音楽が展開。多様なジャンルの要素を、バンドのフォーマットに落としこむセンスは、ブラック・ミュージック版のレディオヘッドと呼びたくもなります。

 2曲目「Staring At The Sun」は、幻想的なコーラスワークが印象的な、ハーモニーが前景化した1曲。ですが、厚みのあるハーモニーの奥からは、リズム隊の強靭なビートが響き、立体的なアンサンブルを構成していきます。

 3曲目「Dreams」では、イントロから心臓が鼓動を打つようにドラムがリズムを刻みます。手数は少ないものの効果的にグルーヴを下支えするリズムを構成。

 5曲目「Ambulance」は、バックでかすかに聞こえるフィールドレコーディングと思しきサウンド以外は、声のみで構成される1曲。立体的で凝ったアンサンブルが作り上げられますが、ベース部分を担う「ドゥンドゥンドゥン…」というフレーズなど、コミカルな雰囲気も併せ持っています。

 6曲目「Poppy」は、電子的なサウンドのリズム隊の上に、厚みのあるギターサウンドが重なる1曲。最初は淡々と刻まれていたビートが、徐々に立体的に発展。ギターの分厚いサウンドに、さらにリズム面での立体感が加わります。前曲に続き、再生時間2:30あたりからは声のみのアンサンブルが挟まれ、コントラストも演出しています。

 8曲目「Bomb Yourself」は、地を這うようなベースラインに、他の楽器が絡み合うようにアンサンブルが展開。断片的なフレーズのように聞こえていた各楽器が重なり、いつの間にかグルーヴ感にあふれた演奏へと発展しています。アヴァンギャルドなギターの音作りとフレーズも、アクセントとして楽曲を彩っています。

 9曲目「Wear You Out」では、イントロから鳴り響くトライバルなドラムのリズムに、ボーカルの流麗なメロディーが重なります。音数が少なく、ミニマルな前半から、サックスや電子音が加わり、多様な音が行き交うカラフルな後半へと展開。リズムとメロディーの両者が、じわじわとリスナーの耳をつかんでいく1曲です。

 10曲目「You Could Be Love」。この曲はレコードおよびデジタル版のみに収録。ですが、ボーナス・トラック扱いにしておくには、もったいないぐらいの良曲です。適度に揺らぎのある、立体的なバンドのアンサンブル。徐々に躍動感を増していく展開。ブラック・ミュージックが持つ粘っこいグルーヴ感が、コンパクトなバンドのフォーマットに収められ、インディー・ロックとニューソウルの融合とでも言いたくなる1曲です。

 ちなみにデジタル版には、さらにボーナス・トラックとして11曲目に「Staring At The Sun」のデモ・バージョンを収録。

 デイヴィッド・シーテック以外は、アフリカにルーツを持つメンバーが集ったTVオン・ザ・レディオ。白人男性が多いUSインディーロック界において、それだけでも異彩を放つ存在です。(人口比率から考えて、当然な部分もありますが…)

 もちろん、ただアフリカ系アメリカ人がやっているバンドだという話題性だけでなく、音楽自体もブラック・ミュージックからの影響が、コンパクトにロック・バンドのフォーマットに落とし込まれていて個性的。

 本作でも、ヒップホップやジャズの要素が、あくまでギター、ベース、ドラムを中心としたバンドのかたちに収められ、ファンキーなグルーヴ感と、ロック的なダイナミズムが共存しています。

 もっとカジュアルに説明すると、肉体的な演奏と、音楽を組み立てるクールな知性が、両立しているとでも言ったらいいでしょうか。天然でゴリゴリにグルーブしている部分と、音楽オタクが巧みに組み上げた緻密さが、ともに音楽から溢れ出ています。

 先にレディオヘッドを引き合いに出しましたが、現代音楽やプログレッシヴ・ロックの要素を5人組のバンドの枠組みに落としこむレディオヘッドと同じく、TVオン・ザ・レディオも各種ブラック・ミュージックの要素を、バンド・フォーマットに落としこんでいる、とも言えるでしょう。

 「アート・ロック(art rock)」とも称される彼らの音楽。まさに「アート」の名に恥じない、知性と情熱を備えたバンドです。

ディスクレビュー一覧へ移動

 





The Drums “Abysmal Thoughts” / ザ・ドラムス『アビスマル・ソウツ』


The Drums “Abysmal Thoughts”

ザ・ドラムス 『アビスマル・ソウツ』
発売: 2017年6月16日
レーベル: ANTI- (アンタイ)
プロデュース: Jonathan Schenke (ジョナサン・シェンケ)

 ニューヨーク出身のインディーロック・バンド、ザ・ドラムスの4thアルバム。エピタフの姉妹レーベルであり、ジャンルを超えてオルタナティヴな作品を手がける、アンタイからのリリース。

 2008年に、ニューヨークのブルックリンで結成。2010年の1stアルバム『The Drums』リリース時は、4ピース・バンドだったザ・ドラムス。

 しかし、2010年にギターのアダム・ケスラー(Adam Kessler)、2012年にドラムのコナー・ハンウィック(Connor Hanwick)、2017年にはシンセサイザーのジェイコブ・グラハム(Jacob Graham)が脱退。

 そのため、本作リリース時のメンバーは、ジョナサン・ピアースのみ。部分的にグラハムが参加している楽曲もありますが、ほとんど彼のソロ・プロジェクトとなっています。

 サポート・メンバーも招いてはいますが、ピアース自身がギター、ベース、ドラム、シンセサイザー、各種パーカッションなど、多くの楽器を担当。

 ただ、多くの楽器を担っているからといって、1人が頭の中で作りあげた閉塞感や、箱庭感のあるアルバムかというと、そうでもありません。

 元々ゴリゴリのグルーヴよりも、軽やかな疾走感を特徴としていたザ・ドラムス。バンドでありながら、サウンド・プロダクションにも、アンサンブルにも宅録感があったので、1人になったところで、その魅力は損なわれないということなのでしょう。

 同時に、フロンロマンを務めるジョナサン・ピアースの影響が、大きな比率を占めていたバンドなのだな、とも思います。むしろ、1人になった本作の方がアンサンブルが有機的で、バンド感が強いのではないかとすら感じます。

 サウンド・プロダクションにおいても、80年代ニューウェーヴを彷彿とさせるシンセ・サウンドは、やや控えめ。よりソリッドな音像となっています。とはいえ、一般的な感覚から言えば、十分にソフトなサウンド。

 いずれにしても、メンバーが1人になったからといって、音楽性が大きく変わることもなく、これまでのザ・ドラムスらしさを多分に含んだ1作です。

 1曲目「Mirror」は、音数が少なくスペースの多いアンサンブルの中で、ボーカルが際立つ1曲。各楽器のフレーズもシンプルですが、0:50あたりから入る調子ハズレに聞こえるベース音が、耳に引っかかるフックになっています。

 2曲目「I’ll Fight For Your Life」では、イントロから増殖するようなシンセのフレーズにギターが重なり、レイヤー状に厚みを増すアンサンブルが展開。ドラムのリズムは気持ちいいぐらいにシンプルで、軽やかな疾走感を生んでいます。

 3曲目「Blood Under My Belt」は、コーラスワークも含め、立体的なアンサンブルの1曲。

 4曲目「Heart Basel」は、イントロから徐々に楽器と音数が増えていき、四方八方から音が飛び交う、にぎやかなアンサンブルへと発展。この曲も、各楽器とも音を詰め込みすぎず、スペースを保ちつつ、ゆるやかにバウンドするような躍動感あふれる演奏となっています。

 8曲目「Are U Fucked?」は、リバーブの効いたギターと、まわりで鳴る各種パーカッションの音色が耳に残る、浮遊感のある1曲。全体のサウンド・プロダクションが柔らかく、各楽器のフレーズと音作りには意外性があり、ほのかにサイケデリックな空気が漂います。

 10曲目「Rich Kids」は、奇妙なサウンドのイントロから始まり、タイトに絞り込まれた、疾走感のある演奏が展開。その後もファニーなサウンドとフレーズが随所で顔を出し、ノリの良さと、アヴァンギャルドな空気が共存した1曲です。

 アルバム表題曲であり、ラスト12曲目の「Abysmal Thoughts」は、各楽器のフレーズがリズムをずらしながら折り重なる、立体的なアンサンブルが魅力の1曲。

 前述したとおり、アルバム全体をとおして過度に音を詰めこまず、スペースに余裕のあるアンサンブルが展開される1作です。

 サウンド・プロダクションもソフトで、どちらかというとローファイ寄り。ですが、アンサンブルの隙間と、柔らかなサウンドが揺らぎを際立たせ、ゆるやかな躍動感をともなった音楽を作り上げていきます。

 前述したとおり、ジョナサン・ピアースが多くの部分を作り上げた本作。すべてが彼の思いどおりにコントロールされたため、コンパクトでありながら、躍動感をともなった演奏を、実現できたのではないかと思います。

 圧倒的な音圧やグルーヴ感で押すわけではないのに、いつの間にか体が動き出す、音楽的フックをいくつも持ったアルバムです。

ディスクレビュー一覧へ移動

 





Elliott Smith “Either/Or” / エリオット・スミス『イーザー/オア』


Elliott Smith “Either/Or”

エリオット・スミス 『イーザー/オア』
発売: 1997年2月25日
レーベル: Kill Rock Stars (キル・ロック・スターズ)

 ネブラスカ州オマハ生まれ、オレゴン州ポートランド拠点のシンガーソングライター、エリオット・スミスの3rdアルバム。前作『Elliott Smith』に引き続き、ポートランドを代表するインディーズ・レーベル、キル・ロック・スターズからのリリース。

 1991年結成のオルタナティヴ・ロック・バンド、ヒートマイザー(Heatmiser)のメンバーとしても活動していたエリオット・スミス。しかし、同バンドは1996年に解散。本作は、ヒートマイザー解散後にリリースされる、エリオット・スミス初のソロ作でもあります。

 グランジやオルタナが、最盛期を迎えていた90年代前半。ヒートマイザーも、ざらついた歪みのギターを全面に押し出した、グランジ色の濃い音楽性を持っていました。

 しかし、エリオット・スミスがソロで披露する音楽は、アコースティック・ギターを中心に据えた、内省的でメロウなもの。前作『Elliott Smith』も、アコースティック・ギターを主軸に据え、弾き語りに近いアレンジの楽曲が並んでいます。

 本作では、引き続きアコギと歌を中心にしていますが、よりバンド感の高まったアンサンブルを披露。躍動感と立体感の増した演奏が展開しています。

 1曲目「Speed Trials」では、手数の少ないシンプルなドラムとギターによる伴奏が、歌を支えます。音数を絞ったミニマルな演奏ですが、スカスカ感は無く、歌と一体となってアンサンブルを構成。

 2曲目「Alameda」でも1曲目に続き、ドラムとギターが手数は少ないながら、効果的に音を置いていきます。シンプルな演奏に、コーラスワークが重なり、幽玄な雰囲気を作りあげる1曲。

 4曲目「Between The Bars」は、さざ波のように一定のリズムで揺れるギターと、ささやき系のボーカルが重なる、メロウなスローバラード。

 7曲目「Rose Parade」は、ボーカルのメロディーとギターのフレーズがお互いを追い抜き合うように、有機的に絡まり、一体感を伴って進行する1曲。

 9曲目「Angeles」は、子気味よく躍動するギターに導かれ、浮遊感のあるメロディーが流れる、軽やかな曲。途中から導入されるキーボードと思しき持続音が、楽曲に神秘的な雰囲気を足しています。

 12曲目「Say Yes」は、ギターと歌のみで構成されるアンサンブルの中で、メロディーとハーモニーが浮かび上がる、穏やかな1曲。

 ギター以外の楽器も、ほぼ全て自らで演奏する、マルチ・インストゥルメンタリストのエリオット・スミス。本作でもギターの他、ドラムやキーボードなど全ての楽器を、自身で演奏しています。

 前述のとおり、前作と比べると楽器の数が増え、バンド感の増したアンサンブルが展開される本作。しかし、エリオット・スミス本人が全ての楽器を演奏しているためか、前作が持っていた親密さは変わらず健在。

 エリオット・スミスの抑えめの声量で、穏やかにメロディーを紡ぐ歌唱は、当時全盛だったグランジ・サウンドとは異なるアプローチです。

 良い意味で箱庭感のあるアンサンブルに乗せて、パーソナルな歌が響くアルバム。