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In Tall Buildings “Akinetic” / イン・トール・ビルディングス『アキネティック』


In Tall Buildings “Akinetic”

イン・トール・ビルディングス 『アキネティック』
発売: 2018年3月2日
レーベル: Western Vinyl (ウェスタン・ヴァイナル)

 イリノイ州シカゴを拠点に活動する、エリック・ホール(Erik Hall)によるソロ・プロジェクト、In Tall Buildingsの3rdアルバムです。

 矛盾するような言い回しですが、電子音がフィーチャーされた、ギターポップとでもいうべき音楽が展開されます。全体のサウンド・プロダクションは柔らかく、生まれるグルーヴも緩やか。アンビエントかつリラクシングな音像を持ったアルバムです。

 1曲目の「Beginning To Fade」は、ギターとピアノ、リズム隊が縦に重なり、グルーヴしていく1曲。アコースティック・ギターの音色も効果的に用いられ、柔らかな音像を持った曲です。

 2曲目「Akinetic」は、電子音と思しきサウンドを使ったミニマルなイントロから、少しずつ音が広がっていく展開。再生時間1:07あたりからの電子音が静かに降り注ぐ間奏は、幻想的かつキュート。

 3曲目「Long Way Down」。こちらも音数をかなり絞った、ミニマルなアンサンブルの1曲。電子音とアコースティック・ギターが支え合うように、アンサンブルを構成します。

 4曲目「Overconscious」は、バンド全体がゆったりと歩を進めるようなグルーヴのある1曲。ここまでの3曲と比較すると、リズムの形がはっきりとしています。

 6曲目「Siren Song」は、ドラムとアコースティック・ギターが細かくリズムを刻む、疾走感のある1曲。と言っても、一般的な意味からするとかなり音数は少なく、ミニマルな部類の曲です。

 7曲目「Curtain」は、バウンドするような細かい電子音と、柔らかな持続音が空間を埋めていく、テクノ色の濃いサウンド・プロダクションの1曲。

 音数が絞られたミニマルなアンサンブルが展開されるアルバムです。電子音が多用されていますが、冷たいという印象は無く、アコースティック・ギターやピアノのオーガニックな響きが効果的に配置され、ウォームな耳ざわりの作品になっています。

 音数を絞ることで、音響が前景化する面もありますが、随所にアヴァンギャルドな音やアレンジ、バンドを感じさせるグルーヴ(このグループは実質エリック・ホールのソロ・プロジェクトですが)が散りばめられ、ロック感もにじみ出ています。

 オルタナ・カントリーやポスト・ロックとも違う、「エレクトロニカ的インディーロック」とでもいうべき音楽です。

 





Circuit Des Yeux “In Plain Speech” / シルキュイ・デ・ジュー『イン・プレイン・スピーチ』


Circuit Des Yeux “In Plain Speech”

シルキュイ・デ・ジュー 『イン・プレイン・スピーチ』
発売: 2015年5月19日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 ペンシルベニア州インディアナ出身の女性ミュージシャン、ヘイリー・フォール(Haley Fohr)のソロ・プロジェクト、シルキュイ・デ・ジューの5枚目のアルバム。彼女は、ジャッキー・リン(Jackie Lynn)の名義でも作品を発表しています。

 「エクスペリメンタル・フォーク」というジャンルにカテゴライズされることもある、シルキュイ・デ・ジュー。このアルバムも、フォーク的なオーガニックな楽器の響きと、アンビエントな電子音が共存した1作です。

 電子音を用いたエレクトロニカ的なサウンド・プロダクションと、繊細かつヴィブラートのかかった叙情的なボーカルが溶け合い、ソング・ライティングを引き立てる楽曲と、アンビエント色が濃く音響が前景化する楽曲が混在し、音楽性の幅の広いアルバムでもあります。

 2曲目の「Do The Dishes」は、回転するようなキーボードのフレーズの上に、叙情的なボーカルが乗る構造。ボーカル無しであったら、エレクトロニカのように聞こえる1曲です。再生時間1:51あたりからはストリングスが入り、曲に壮大さを加えています。再生時間2:16あたりからは、音数が絞られ、ミニマルでアンビエントな雰囲気に。

 3曲目「Ride Blind」は、2曲目からビートがシームレスに繋がり、イントロからしばらくはリズム隊とボーカルのみのシンプルなアンサンブル。その後、ストリングスが入ってくると、曲に奥行きが広がっていきます。再生時間2:15あたりからの展開も、曲に緊張感とスケール感をプラス。

 4曲目「Dream Of TV」は、イントロからフィールド・レコーディングと思しき音がバックに流れ、ミュート奏法によるアコースティック・ギターがリズムを刻む、ミニマルな展開。徐々に音が増加していき、サウンドスケープが広がっていきます。7分以上ある曲だけど、ボーカルが入っている部分はほんの僅か。しかも、いわゆる歌メロではなく「声を楽器として使った」と言った方が適切な1曲です。

 5曲目「Guitar Knife」は、はっきりとしたメロディーやビートは存在せず、音響が前景化したアンビエントな1曲。歌なしのインストで、エレクトロニカ的なアプローチです。

 6曲目「Fantasize The Scene」は、ギターのアルペジオと、高音域のボーカルが、幻想的な雰囲気を作り上げる1曲。

 7曲目「A Story Of This World」。アコースティック・ギターとストリングスの穏やかでオーガニックな響きに合わせ、ボーカルもヴィブラートをたっぷりかけ叙情的にメロディーを歌い上げます。

 アコースティック・ギターやストリングスなど生楽器の響きと、時に繊細な時にノイジーな電子音が溶け合い、幻想的でサイケデリックな雰囲気に包まれた1枚です。幽玄な空気を持ったボーカルも、サウンドと溶け合い、アルバムの世界観を作り上げています。

 実験性を色濃く持ちながら、ソング・ライティングが際立つ楽曲もあり、奥行きのある作品だと思います。

 





Holly Miranda “Mutual Horse” / ホリー・ミランダ『ミューチュアル・ホース』


Holly Miranda “Mutual Horse”

ホリー・ミランダ 『ミューチュアル・ホース』
発売: 2018年2月23日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)

 ミシガン州デトロイト出身のシンガーソングライター、ホリー・ミランダの5thアルバム。

 女性シンガーソングライターというと、アコースティック・ギターを片手に伸びやかな歌声を響かせているというステレオタイプを持ってしまうのですが、ホリー・ミランダの本作には電子音やノイジーなサウンドが多用されています。

 サウンド・プロダクションにはアヴァンギャルドな音色とアレンジを含みながらも、楽曲の中心にあるのは歌。実験性が前面に出てくることはなく、あくまで音楽のフックとして機能し、ホリー・ミランダのボーカルが中心にあるアルバムです。

 2曲目「Golden Spiral」は、ベースがアンサンブルの中心に据えられ、サンプリングされ再構築されたかのように断片的な各楽器のフレーズが、ベースを取り囲むように配置されています。精密に組み上げられているようにも聞こえるし、フリーな雰囲気も同居する1曲。

 3曲目「To Be Loved」は、イントロから打ち込みらしいビートが刻まれ、ボーカルも感情を抑えた歌い方。まずベースが加速感を演出し、ギターやドラムが加わり、徐々に楽曲が熱を帯びていく展開。

 6曲目「Towers」は、音数は絞られ、その音もフレーズを綴るというよりも漂うように流れ、ボーカルにも深くエフェクトがかけられています。アンビエントな音像を持った1曲。中盤からはホーンが導入され、徐々にはっきりとしたビートも姿をあらわし、音楽的なアンサンブルが形成されていきます。

 7曲目「Exquisite」は、打ち込み的なビートと、ナチュラルなギターの音色、キーボードの柔らかい電子的なサウンド、躍動感あふれるリズム隊が、有機的にアンサンブルを構成する1曲。電子音と生楽器のバランスにおいて、サウンドの使い方が抜群にうまいと思います。

 9曲目は「Do You Recall」。ヴィブラフォンでしょうか、イントロからマレット系の打楽器が心地よく響く1曲。ところどころ、つまずくようにタメと間を作り、グルーヴ感を生んでいくリズム隊も秀逸。

 11曲目「When Your Lonely Heart Breaks」は、シンセサイザーによるヴェールのような柔らかい電子音と、立体的で臨場感あふれるドラム、伸びやかなボーカルが溶け合う1曲。

 電子音なサウンドと、オーガニックなサウンドを適材適所で組み合わせ、全体としてウォームなサウンド・プロダクションを築き上げた1作です。緩やかな躍動感とグルーヴ感もあり、心地よいポイントがいくつもあります。

 サウンドの絶妙なバランスが、ルーツ色とエレクトロニック色を中和し、全体としてモダンな雰囲気をもたらしていると思います。

 





Minus The Bear “Infinity Overhead” / マイナス・ザ・ベアー『インフィニティ・オーバーヘッド』


Minus The Bear “Infinity Overhead”

マイナス・ザ・ベアー 『インフィニティ・オーバーヘッド』
発売: 2012年8月28日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)
プロデュース: Matt Bayles (マット・ベイルズ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、マイナス・ザ・ベアーの5枚目のスタジオ・アルバム。前作はグラミー受賞歴もあるジョー・チッカレリがプロデュースを担当していましたが、今作ではBotchやMastodonでの仕事で知られるマット・ベイルズが担当。

 硬質な歪みのギター、アコースティック・ギター、立体的なドラム、電子音など、異なるサウンドが有機的に組み上げられ、タイトなアンサンブルが構成される1枚。多種多様な音を使っているにも関わらず、地に足が着いたかたちで、適材適所に音が配置されています。

 マス・ロック的なテクニカルで緻密なアンサンブル、ダンス・パンク的なエレクトロニックなサウンドが、バランスよく溶け合っています。彼らのアルバムは毎回そうなのですが、複雑なアンサンブルを、さらっとポップに聴かせてしますセンスは本当に見事。

 1曲目の「Steel And Blood」では、ギター、ベース、ドラムの各サウンドが、ソリッドで硬質。そのサウンドを用いて、タイトなアンサンブルが展開されていきます。耳に引っかかるギターのフレーズ、随所にタメを作って加速感を演出するアンサンブルなど、音楽のフックがいくつも散りばめられた1曲です。

 2曲目「Lies And Eyes」は、イントロから、残響音までレコーディングされたようなドラムがパワフルに響きわたり、立体的なアンサンブルが構成される1曲。

 5曲目「Listing」は、イントロでは4つ打ちのバスドラと、それに呼応するようにリズムを刻み続けるアコースティック・ギターのシンプルな構成。そこから徐々に楽器が増え、アンサンブルが多層的になり、広がっていく1曲。

 8曲目「Zeros」は、シンセサイザーの電子音らしいサウンドがアクセントになった1曲。ハードに歪んだギターも使用され、ロックなサウンドとアンサンブルを持った曲ですが、シンセの柔らかな音色が、全体のサウンド・プロダクションを華やかに彩っています。

 9曲目「Lonely Gun」は、ワウのかかったギターが絡み合いながらうねる1曲。シンセサイザーも重なり、サイケデリックな空気も振りまきながら、タイトなロックを展開します。

 アルバム全体を通して、激しく歪んだディストーション・ギターから、電子音然としたシンセサイザーまで、様々な音が用いられていますが、無理やり感は全くなく、全ての音が効果的に組み合わさりアンサンブルを構成しています。サウンドをまとめ上げるセンスは抜群。

 ボーカルのメロディーは、盛り上がりがわかりやすい、いわゆる「エモい」要素が濃いのですが、このメロディーラインもサウンドと絶妙に溶け合っています。ボーカルがある程度、前景化されながら、アンサンブルとサウンドにもこだわりの感じられる1作です。

 





Minus The Bear “Omni” / マイナス・ザ・ベアー『オムニ』


Minus The Bear “Omni”

マイナス・ザ・ベアー 『オムニ』
発売: 2010年5月4日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)
プロデュース: Joe Chiccarelli (ジョー・チッカレリ)

 ワシントン州シアトル出身のバンド、マイナス・ザ・ベアーの4thアルバムです。プロデュースは、ザ・ストロークスやホワイト・ストライプスを手がけ、グラミー賞受賞歴もあるジョー・チッカレリ。

 ソリッドな楽器の響きと、電子的なサウンドが溶け合い、アンサンブルを構成する1枚。アンサンブルは非常に緻密で、サウンド・プロダクションもロック然とした硬質な耳ざわりですが、随所に効果的に差し込まれる電子音が、アルバムをよりカラフルな印象に仕上げています。

 音楽的にも、マス・ロック的なテクニカルで複雑なアンサンブル、実験的なアレンジが随所の顔を出しますが、すべて的確にコントロールされ、コンパクトな楽曲にまとまっています。

 1曲目の「My Time」では、サンプリングされたドラムの音が、バウンドするように響くイントロに続いて、立体的で緻密なアンサンブルが展開されます。電子音のファニーな響きが、楽曲全体を柔らかくポップな印象にしています。

 2曲目「Summer Angel」は、イントロから叩きつけるようにバンド全体が迫ってきます。ギターのフレーズが、威圧感を中和するように響き、バランスを取っています。

 4曲目「Hold Me Down」は、淡々と8ビートを刻むギターとベースに、他のギターやドラム、電子音が重なり、多層的なアンサンブルを形成していく1曲。

 6曲目「The Thief」は、電子的なビートと、エフェクトの深くかかったギターが、80年代のディスコ・サウンドを彷彿とさせる立体的なアンサンブルを繰り広げます。この曲もエフェクトの使い方、電子音と生楽器のバランスが秀逸。

 7曲目の「Into The Mirror」は、繊細なシンセサイザーの音色と、ナチュラルなギター、タイトなドラムが溶け合う1曲。5分ほどの曲ですが、展開が多彩で情報量が非常に多く感じます。

 電子音と生楽器のサウンドを適材適所で使い分け、ゴテゴテにならず楽曲ごとに見事にまとまっています。このあたりのサウンド・プロダクションのセンスが、非常に優れたアルバムだと思いました。

 前述したとおり、マス・ロックやプログレを彷彿とさせる緻密で複雑なアンサンブルが展開される部分もあり、技術的なレベルの高さも窺えます。しかし、それが敷居の高さや、独りよがりの演奏至上主義には陥っておらず、あくまで5分におさまるポップ・ソングとしても成立させるセンスも、秀逸だと思います。