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 子供のころから音楽が大好きです! いろいろな音楽を聴いていくうちに、いつのまにやらUSインディーズの深い森へ。  主にアメリカのインディーズ・レーベルに所属するバンドのディスク・レビュー、レーベル・ガイドなどをマイペースに書いています。インディーズの奥の深さ、楽しみ方、おすすめのバンドなど、自分なりにお伝えできればと思っています。お気に入りのバンド、作品、レーベルを探すうえで、少しでも参考になれば幸いです。

They Might Be Giants “Lincoln” / ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ『リンカーン』


They Might Be Giants “Lincoln”

ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ 『リンカーン』
発売: 1988年9月25日
レーベル: Bar/None (バーナン)
プロデュース: Bill Krauss (ビル・クラウス)

 1982年に結成され、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動する2ピース・バンド、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツの2ndアルバム。タイトルの「リンカーン」とは、彼らが育ち出会った、マサチューセッツ州の街の名前です。

 前作『They Might Be Giants』では、2人のメンバーが多重録音と打ち込みを駆使して、ほぼ全ての楽器を演奏していましたが、2作目となる本作でもその方針は変わりません。

 主な担当楽器は、ジョン・フランズバーグ(John Flansburgh)が、ギター、トランペット、グロッケンシュピール、メロディカ(鍵盤ハーモニカ)。ジョン・リネル(John Linnell)が、アコーディオン、キーボード、オートハープ、サックス、クラリネット。ボーカル、作曲、打ち込みのプログラミングは、2人とも務めます。唯一のサポート・ミュージシャンは、3曲目の「Lie Still, Little Bottle」でドラムを担当するケネス・ノーラン(Dr. Kenneth Nolan)。

 ややローファイなサウンドで、ギターポップ色が強く、カラフルで親しみやすい音楽を作り上げた前作。本作では、カラフルで雑多な部分が引き継ぎつつ、アンサンブルはよりタイトに、深みと精度を増しています。

 先ほど挙げたとおり、アコーディオンやメロディカなど、一般的なロック・バンドがあまり使わない楽器を用いて、実験性とポップさを持ち合わせた、オリジナリティ溢れる音楽を作り上げます。

 1曲目「Ana Ng」は、ギターとドラムがタイトにリズムを刻んでいく1曲。イントロはストイックに音数が絞られていますが、再生時間0:36あたりから軽快に疾走するところや、アクセントのように絶妙に差し込まれるアコーディオンなど、1曲目から彼らの音楽の深さが十分に感じられます。

 2曲目「Cowtown」は、イントロからサックスが鳴り響き、アヴァンギャルドな雰囲気を持った1曲。しかし、難しい曲というわけではなく、ジャンクなパートと、カラフルに緩やかにグルーヴするパートが交互の訪れ、全体の耳ざわりは非常にポップです。

 3曲目「Lie Still, Little Bottle」では、前述のとおりサポート・メンバーがドラムを担当。ドラムの立体的なリズムを筆頭に、歩き回るようなベース・ライン、アクセント的に挿入されるトランペットとサックスなど、ジャズの香りが漂う1曲です。

 4曲目「Purple Toupee」は、ほどよく歪んだギターとシンセサイザーが前面に出た、疾走感あふれるギターポップ。

 5曲目「Cage & Aquarium」は、下の方からパワフルに響くフロアタムと、ファニーな音色のギター、カラフルなコーラスワークが重なる、1分ほどの曲。

 8曲目「Mr. Me」は、様々な音が飛び交うカラフルでポップな1曲。アコーディオンや口笛のような音など、一般的なロックでは使用されない音が、楽曲を親しみやすく、鮮やかにしています。

 9曲目「Pencil Rain」は、行進曲のようなリズムに乗せて、ボーカルがダンディーにメロディーを歌い、まわりではポップかつアヴァンギャルドな音が飛び交う1曲。再生時間1:21あたりから信号音のように聞こえるキーボードらしき音など、実験的な要素も含んでいるのに、全体としては非常にポップな仕上がりなのは、彼らならではのバランス感覚。

 10曲目「The World’s Address」は、ピアノがフィーチャーされ、ラテンの香り漂う1曲。しかし、再生時間1:30あたりからのギター・ソロからは、ジャンクでローファイな空気も漂い、ただジャンルを借りてくるだけではありません。サックスの音色もアクセントになっていて、楽曲を多彩にしています。

 15曲目「Shoehorn With Teeth」は、サックスとアコーディオン、ボーカルがいきいきとしたアンサンブルを繰り広げる、民謡的な耳ざわりの1曲。

 16曲目「Stand On Your Own Head」は、オートハープと思われるサウンドが弾むように鳴り響く、ブルーグラスを彷彿とさせる1曲。躍動感と疾走感もあり、ポップで楽しい空気に溢れています。

 18曲目「Kiss Me, Son Of God」は、ストリングスが導入され、ボーカルと共に、厚みのあるハーモニーを作り上げる1曲。クラシック寄りの荘厳な雰囲気にはならず、ほどよくポップで軽さを持った、曲に仕上がっています。

 多種多様な楽器と音楽ジャンルを参照しながら、オリジナリティを失わず、極上のポップスを聴かせてくれるのが、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツです。2作目となる本作では、前作以上に多くの音楽ジャンルの要素を感じさせながら、カラフルで親しみやすい、そして一貫性のあるアルバムを作り上げています。そのポップ・センス、バランス感覚が、本当に素晴らしいバンドです。





They Might Be Giants “They Might Be Giants” / ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ『ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ』


They Might Be Giants “They Might Be Giants”

ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ 『ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ』
発売: 1986年11月4日
レーベル: Bar/None (バーナン)
プロデュース: Bill Krauss (ビル・クラウス)

 マサチューセッツ州リンカーンで出会い、10代の頃から仲が良かったジョン・フランズバーグ(John Flansburgh)とジョン・リネル(John Linnell)により結成された2ピース・バンド、ゼイ・マイト・ビー・ジャイアンツ。本作は彼らの1stアルバムで、通称「ピンク・アルバム」(The Pink Album)とも呼ばれます。

 また、ニュージャージー州のインディー・レーベル、Bar/Noneが契約した2つ目のバンドであり、同レーベル2枚目のアルバムでもあります。(1枚目は、レイジ・トゥ・リブ(Rage To Live)の1stアルバム『Rage To Live』)

 前述したとおり、2人組のバンドであり、レコーディングやライブではサポート・メンバーを迎えることもあるものの、本作ではほとんど全ての楽器を2人で演奏しています。例外は、13曲目の「Boat Of Car」で、マーガレット・セイラー(Margaret Seiler)がリード・ボーカルを、14曲目の「Absolutely Bill’s Mood」では、ジャズ・ギタリストのユージン・チャドボーン(Eugene Chadbourne)
がギターを務めています。

 それ以外は、メンバー2人で全ての楽器を担当。本作での主な担当楽器は、フランズバーグが、ギター、ベース、ハーモニカ。リネルが、アコーディオン、キーボード、シンセベース、サックス。作曲とボーカルは2人とも担当し、ドラムとベースは打ち込みも使用されています。

 そんな2人が鳴らすのは、様々な音が散りばめられた、カラフルでポップな音楽。アコーディオンや電子音など、ギター以外の音色が重用され、ややローファイ風味の親しみやすいサウンド・プロダクションも欠点ではなく、魅力に転化してします。

 1曲目「Everything Right Is Wrong Again」から、歪んだギターと、チェンバロのような倍音たっぷりの音色のキーボードが、軽快に疾走する1曲。再生時間0:58あたりからはテンポを落とし、空間系エフェクターのかかったギターがサイケデリックな空気を振りまきます。さらに、再生時間1:40あたりから元のテンポに戻ると、ピコピコ系の電子音が加わって、おもちゃのようなサウンドになり、色鮮やかな展開。

 2曲目「Put Your Hand Inside The Puppet Head」は、ドラムマシーンが刻むタイトなリズムに、テクノポップ的な電子音が絡み合う1曲。軽さを持ったボーカルも、バックのサウンドとマッチしていて、ポップな世界観を作り上げます。

 3曲目「Number Three」は、厚みのあるコーラスワークと、アコースティック・ギターのリズムから、カントリーが感じられる1曲。しかし、良い意味でカントリー色が薄く、ポップ色が色濃く出ています。

 5曲目「Hide Away Folk Family」は、イントロからクリーントーンのギターと、口笛のようなサウンドが響き、ボーカルも穏やかで、牧歌的な雰囲気の1曲。ですが、歌詞をじっくり聞いてみると、「隠れて! さもないと捕まっちゃうよ!」というようなことを歌っていて、ちょっとホラーな内容です。再生時間1:58あたりからハードに歪んだギターが入ってくる部分も象徴的ですが、サウンド的にも歌詞的にも、ちょっとねじれたところがあるのが、このバンドの魅力だと思います。

 8曲目「Rabid Child」は、揺らぎのあるキーボードと、シンセベースと思われる野太いサウンドが、独特の浮遊感あるアンサンブルを構成する1曲。ドラムはイントロからしばらくはシンプルですが、再生時間0:52あたりから立体的にリズムを刻み、アクセントになっています。

 9曲目「Nothing’s Gonna Change My Clothes」は、小刻みにリズムを刻むドラムに、キーボードやギター、ボーカルが立体的に重なり、アンサンブルを作り上げていきます。随所で聞こえるファニーなサウンドも、曲をカラフルに彩っています。

 13曲目「Boat Of Car」には、マーガレット・セイラーがゲスト・ボーカルとして参加。1分ちょっとの短い曲ですが、やや倍音多めのチープなキーボードの音色と、彼女のシリアスなボーカルが、絶妙なバランスで溶け合った1曲です。

 14曲目「Absolutely Bill’s Mood」には、ジャズ・ギタリストのユージン・チャドボーンが参加。演劇じみたボーカルに、チャドボーンのフリーなギターが絡み合い、ノー・ウェーブなど、ニューヨークのアンダーグラウンドを思わせる1曲です。

 打ち込みと多重録音を駆使した、2ピースの手作り感あふれる作品です。限られた機材で、一般的な3ピースや4ピース・バンドとは一線を画した、独自のポップな世界観を構築しています。彼らの溢れるクリエイティヴィティが感じられる1作。

 また、ポップなだけではなく、実験性も随所に隠し味のように含まれていて、音楽に深みがあるところも、彼らの魅力だと思います。





Yo La Tengo “I Can Hear The Heart Beating As One” / ヨ・ラ・テンゴ『アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン』


Yo La Tengo “I Can Hear The Heart Beating As One”

ヨ・ラ・テンゴ 『アイ・キャン・ヒア・ザ・ハート・ビーティング・アズ・ワン』
発売: 1997年4月22日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Roger Moutenot (ロジャー・ムジュノー)

 ニュージャージー州ホーボーケンで結成されたバンド、ヨ・ラ・テンゴの8枚目のスタジオ・アルバム。スタジオ・アルバム以外だと、7th『Electr-O-Pura』と本作の間に、レア・トラックや別テイクを収録したコンピレーション・アルバム『Genius + Love = Yo La Tengo』をリリースしています。

 前作『Electr-O-Pura』では、ノイジーなギターを効果的に使用しながら、ポップな枠組みの中でギターロックを組み上げていたヨ・ラ・テンゴ。今作では、さらに多種多様な音楽ジャンルおを取り込みつつ、彼ら得意のギターを中心としたアンサンブルが展開されます。

 1曲目「Return To Hot Chicken」は、各楽器が緩やかに絡み合い、グルーヴが生まれる、イントロダクション的な曲。歌の無いインスト曲ですが、目の前に風景が広がるようなイマジナティヴな音楽で、インストのポストロック・バンドとしてもイケるのでは?と思わせます。

 ベースラインが印象的な2曲目の「Moby Octopad」は、若干ジャズの香りが漂う1曲。穏やかに流れるようなボーカル、全体を包み込むようなギターのフィードバック、少し跳ねたようなドラムが溶け合い、ゆったりと躍動感のあるアンサンブルを展開。再生時間2:52あたりからのアヴァンギャルドな空気満載の間奏も、楽曲に深みを与えています。

 4曲目「Damage」は、全体のサウンド・プロダクション、各楽器の音作りともに、アンビエントな耳ざわりの1曲。物憂げなボーカルも全体のサウンドとマッチし、ドラッギーで幻想的な音世界を作り上げます。奥ではギターの持続音が鳴り響く、音響を前景化させるようなアレンジですが、ドラムは手数が少ないながら立体的で奥行きのある音を鳴らし、アンサンブルにも聴きごたえがあります。

 8曲目「Autumn Sweater」は、臨場感あふれる生々しいドラムに、電子音が絡み合う1曲。シェイカーの音もアクセントになっていて、電子音を用いながら、生楽器感を強く感じる全体のサウンドです。

 9曲目「Little Honda」は、ビーチ・ボーイズのカバー。厚みのあるサウンドの、ディストーション・ギターを中心に、ビーチ・ボーイズのオリジナルとは一風変わった、ローファイ風味のある演奏を展開します。再生時間1:24あたりからの間奏も、音の壁と呼べるような、分厚いサウンドを構築。

 13曲目「Center Of Gravity」は、パーカッションとギターのリズムが軽快な、ボサノヴァ調の1曲。いや、ボサノヴァ調というより、ほとんどボサノヴァそのままの1曲です。ささやくような、穏やかなボーカルも、リラクシングな雰囲気を演出。この曲に限らず、ヨ・ラ・テンゴは、ささやき系の歌い方をすることがありますが、思いのほかボサノヴァとマッチしています。

 15曲目「We’re An American Band」は、ゆったりとしたテンポに乗せて、歪んだギターと柔らかな電子音、流れるようなメロディーが溶け合う、サイケデリックな空気が漂う1曲。厚みのあるギターサウンドと、男女混声のコーラスワークは、シューゲイザーも感じさせます。

 常に一定以上のクオリティの作品を生み出すヨ・ラ・テンゴのアルバムの中でも、特に評価の高い1枚が本作『I Can Hear The Heart Beating As One』です。様々な音楽ジャンルを飲み込みながら、それらを消化し、ロック・バンドの枠組みに落とし込むセンスは、見事というほかありません。まさに名盤と呼ぶべき1枚であり、実にインディーらしいクオリティを備えたアルバムであると思います。

 





Yo La Tengo “Electr-O-Pura”/ ヨ・ラ・テンゴ『エレクトロピューラ』


Yo La Tengo “Electr-O-Pura”

ヨ・ラ・テンゴ 『エレクトロピューラ』
発売: 1995年5月2日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Roger Moutenot (ロジャー・ムジュノー)

 ニュージャージー州ホーボーケンで結成されたバンド、ヨ・ラ・テンゴの7枚目のアルバム。6枚目となる前作『Painful』で、USインディーを代表する名門レーベル、マタドールに加入し、本作も含めて、以降はマタドールから作品をリリースし続けます。

 ノイジーなギター・サウンドと、実験的なアレンジを、ポップソングの枠組みに落とし込むのが絶妙にうまいヨ・ラ・テンゴ。マタドール1作目となった前作では、電子音を大胆に導入し、アンビエントな雰囲気もプラス。7作目となる今作では、電子音の使用は控えられ、再びギターを中心としたアンサンブル重視のアルバムを作り上げています。

 しかし、前作が失敗で今作で以前に戻ったということではなく、本作でも随所でキーボードのサウンドが効果的に用いられ、楽曲に奥行きを与えています。前作での新しい試みを踏まえた上で、自分たちの長所を確認した作品と言えるでしょうか。実験性とポップさが、親しみやすい形で融合した、インディーロックかくあるべし!というアルバムです。

 1曲目「Decora」は、シンプルにゆったりとリズムをキープするドラムとベースに、2本のギターが自由に遊びまわる曲。トレモロのかかったギターと、唸りをあげるようなギターが重なり、多層的なサウンドを作り上げます。

 2曲目「Flying Lesson (Hot Chicken #1)」は、音数の少ないイントロから、徐々に音が増え、ゆるやかにグルーヴしながらシフトが上がっていく展開の曲です。奥の方で響き続けるギターのフィードバックも、楽曲に厚みを加えています。中期以降のソニック・ユースに近い雰囲気の曲。

 4曲目「Tom Courtenay」は、厚みのあるサウンドの歪んだギターと、爽やかなボーカルが心地よく響く1曲。ギターのサウンドはノイジーですが、非常に耳なじみが良く、「爽やかなノイズ」とでも呼びたくなります。

 6曲目「Pablo And Andrea」は、クリーントーンのギターとリズム隊が絡み合い、立体的かつ一体感のあるアンサンブルを構成する1曲。

 7曲目「Paul Is Dead」は、ドリーミーなコーラスワークが印象的で、ややサイケデリックで幻想的な空気が漂います。シンセサイザーのよるものと思われる電子音の響きが、ローファイな空気をプラスしていて、このあたりのバランス感覚が秀逸で、実にヨ・ラ・テンゴらしいと思います。

 8曲目「False Alarm」でも、シンセサイザーと思われる音色が活躍しています。イントロから、エフェクトのかかった独特の揺らぎのあるギターも前面に出てきていて、アヴァンギャルド色の濃い1曲と言えます。しかし、リズムはわかりやすい8ビートで、カラフルで楽しい曲に仕上がっているところはさすが。

 14曲目「Blue Line Swinger」は、9分を超える大曲。ドラムが立体的に響き、ギターとシンセサイザーが、セッティング中のように自由な雰囲気で音を出すイントロから、徐々にグルーヴが生まれ、圧巻のアンサンブルが繰り広げられます。躍動感あふれる演奏と、ノイジーなのに心地よいサウンド、美しいメロディーが同居するこの曲は、アルバムのベスト・トラックと言っていい、素晴らしいクオリティです。

 USインディーロックを聴いていると、ギターノイズを効果的に用いるバンド及びアルバムにたびたび出会いますが、このアルバムもまさにノイジーなギターで、爽やかなギターロックを鳴らしています。このアルバムに限らず、ヨ・ラ・テンゴは実験性と大衆性のバランス感覚が本当にすばらしいのですが、今作は特に多種多層なギターのサウンドが、効果的に使われた作品です。

 また、前作ほどではないものの、シンセサイザーによると思われるサウンドも効果的に用いられ、アルバムに彩りと奥行きを与えています。名盤の呼び声が高い前作『Painful』と、次作『I Can Hear The Heart Beating As One』に挟まれた本作ですが、こちらも負けず劣らず素晴らしいアルバムであると思います。

 





Yo La Tengo “Painful” / ヨ・ラ・テンゴ『ペインフル』


Yo La Tengo “Painful”

ヨ・ラ・テンゴ 『ペインフル』
発売: 1993年10月5日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Fred Brockman (フレッド・ブロックマン), Roger Moutenot (ロジャー・ムジュノー)

 ニュージャージー州ホーボーケンで結成されたバンド、ヨ・ラ・テンゴの6枚目のスタジオ・アルバム。1stアルバムから5thアルバムまでの間に、コヨーテ・レコード(Coyote Records)、バーナン(Bar/None)、エイリアス(Alias)と、レーベルを渡り歩いてきたヨ・ラ・テンゴですが、6枚目となる本作から、USインディーを代表する名門レーベル、マタドールに移籍しています。

 また、本作は2014年にデモ・バージョンやライブ・トラックを加えた『Extra Painful』として、再発されています。配信でも、青いジャケットの通常の『Painful』と、赤いジャケットの『Extra Painful』の両方が存在しますので、ご注意ください。

 アルバムによって、音楽性を変えつつも、芯にあるヨ・ラ・テンゴらしさはブレないところが、このバンドの良いところです。本作『Painful』は、前述のとおりマタドール移籍後の最初のアルバムであり、音楽的にもこれまでのヨ・ラ・テンゴらしい実験性を残しつつ、電子音を用いたアンビエントな雰囲気がプラスされていて、音楽性の広がりを感じる1枚。

 1曲目「Big Day Coming」は、アンビエントな電子音が漂い、これまでのヨ・ラ・テンゴからは異質な耳ざわりの1曲。アルバム冒頭から、早速バンドの新しいモードを提示します。しかし、アンビエントな音像の中に、響き渡るギターのフィードバックなど、バンドの躍動が徐々に立ち現れてきます。ゆったりとしたテンポで、音響を重視したようなサウンドからは、幻想的な雰囲気が漂います。

 2曲目「From A Motel 6」は、基本的には穏やかに進行しますが、随所に挟まれるノイジーで不安定なギターのフレーズが、アクセントになった1曲。例えば、再生時間1:53あたりからの間奏部分のフレーズは、アヴァンギャルドな空気を振りまき、楽曲に奥行きを与えています。

 5曲目「Nowhere Near」は、ささやくようなボーカルと、弾力性のあるサウンドのギター、ヴェールのような電子音が溶け合う、穏やかな1曲。前半は、リズム隊があまり前に出てきませんが、徐々にドラムの手数が増え、立体的にリズムを刻み始めます。音響的な前半から、ゆるやかなグルーヴ感が生まれる後半という展開。

 6曲目「Sudden Organ」は、トレモロがかったキーボートに、圧縮されたような歪みのギター、立体的なドラムが折り重なる1曲。アレンジにもサウンドにも実験性が感じられますが、ドライヴするギター、親やすいメロディーと歌唱が、ポップな空気をプラスし、バランスをとっています。ヨ・ラ・テンゴは、このあたりの実験性と大衆性のバランスが、本当に秀逸。

 7曲目「 A Worrying Thing」は、アコースティック・ギターのようにも聞こえるクリーントーンのギターがフィーチャーされ、カントリー色の濃い1曲。ですが、奥の方で鳴っている柔らかな電子音が、カントリーだけにはとどまらないオルタナティヴな空気を足しています。

 10曲目は「Big Day Coming」。1曲目と同じタイトルで、歌詞も共通していますが、アレンジと全体のサウンド・プロダクションは大幅に異なり、まるで別の曲のように聞こえます。僕も、タイトルを確認するまで気がつきませんでした。電子音がフィーチャーされ、音響的でアンビエントな1曲目に対して、10曲目に収録されたバージョンは、トレモロをかけたジャンクな響きのギターがフィーチャーされ、リズムもくっきり。バンドの有機的なアンサンブルが前面に出たアレンジです。

 1曲目と10曲目に異なるアレンジで収録された「Big Day Coming」が象徴的ですが、決して頭でっかちにはならず、自分たちの音楽を誠実に突き詰めていることがわかるアルバムです。「Big Day Coming」のアレンジを例にとると、音響的なアプローチの1曲目と、バンドのアンサンブルを重視した10曲目では、サウンドもアレンジも全く異なるのですが、どちらからも実験性とポップさのバランスにおいて、ヨ・ラ・テンゴらしさが溢れています。

 様々なジャンルの音楽を愛聴し、アイデアを吸収し、それを借り物ではなく消化して、自分たちの音楽に取り込む、インディーロックの魅力を多分に持ったバンドであり、本作もバランス感覚に優れた素晴らしいアルバムであると思います。