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Don Caballero “For Respect” / ドン・キャバレロ『フォー・リスペクト』


Don Caballero “For Respect”

ドン・キャバレロ 『フォー・リスペクト』
発売: 1993年10月10日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 1991年に結成されたペンシルベニア州ピッツバーグ出身のマスロック・バンド、ドン・キャバレロの1stアルバムです。(当人たちは「マスロック」にカテゴライズされるのを好んでいないようですが…) のちにバトルスを結成する、イアン・ウィリアムスが在籍していたことでも知られます。

 本作『For Respect』は、レコーディング・エンジニアにスティーヴ・アルビニを迎え、シカゴの名門タッチ・アンド・ゴーよりリリース。この情報だけでも、期待が高まります。

 前述したとおり、マスロックに定義されることの多いバンドですが、本作でも変拍子を多用した、緻密で複雑なアンサンブルが、硬くヘヴィーなサウンドで繰り広げられます。

 1曲目の「For Respect」は、イントロから、音のストップ・アンド・ゴーがはっきりした、メリハリのきいた演奏。再生時間0:07あたりで、バンドはピタリと止まるなか、ドラムだけはみ出すところなど、コントラストの演出も巧み。

 非常に硬質で、ハードロック的なサウンドの1曲目。アンサンブルは緻密でストイックですが、随所に遊び心も感じられる1曲です。例えば、1:15あたりからのバンドがブレイクを繰り返すところで、ドラムだけ「だるまさんがころんだ」で動いてしまうようなアレンジだとか、同じ部分1:27あたりのコントで使用されそうなとぼけた効果音の挿入など、シリアスになりすぎず、カラフルな印象を楽曲に加えています。

 2曲目「Chief Sitting Duck」は、前のめりに暴走するようなドラム、堅くハリのあるサウンドのベース、制御できずに暴発するようなギターが絡み合う1曲。冒頭から、ロックのラフな魅力と、緻密なアンサンブルが高次元で融合しています。

 5曲目「Rocco」は、上から叩きつけるような手数の多いドラムと、サウンドと音数の両面で押し寄せるようなギターが、聴き手に迫ってくる1曲。アルバムを通してですが、サウンドにも臨場感があります。

 8曲目「Our Caballero」は、ハードなサウンド、複雑なリズムで各楽器が絡み合う、マスロックかくあるべし!な1曲。再生時間1:32あたりからの、段階的に波が押し寄せるようなアレンジも迫力満点。

 1stアルバムですが、すでに音楽性とアンサンブルの精度は、かなりの完成度に達しています。その後のアルバム群に比べると、サウンドも展開もやり過ぎと思うぐらい、ハードでエッジが立ったアルバムだと思います。

 この後、さらに音楽性を広げていく彼らですが、デビュー作である本作も十分おすすめできるアルバムです!

 





Slint “Spiderland” / スリント『スパイダーランド』


Slint “Spiderland”

スリント 『スパイダーランド』
発売: 1991年3月27日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ケンタッキー州ルイヴィル出身のバンド、スリントの2ndアルバムです。前作はスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)がプロデュースを担当していましたが、今作はブライアン・ポールソン(Brian Paulson)が担当。

 前作『Tweez』に比べると、攻撃性とノイズは控えめに、アンサンブル志向の高まった今作。激しく歪んだギターをはじめとして、アグレッシブなサウンドが全面に出た前作と比べ、静と動のコントラスト、音数を絞ったうえでの緊張感の演出など、バンドのアンサンブルが確実に向上していることを感じさせる1枚です。

 反復を繰り返すフレーズや、幾何学的とも言えるギターの構成など、のちのマスロック・バンドへの影響力の強さを感じさせる要素も、色濃くあります。

 1曲目は「Breadcrumb Trail」。ハーモニクスを多用したギターを中心に、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを形成していくのは、まさにポストロックの原型と言えます。再生時間1:23あたりから、堰を切ったようにディストーション・ギターが押し寄せる展開とコントラストも鮮烈。

 2曲目「Nosferatu Man」は、不協和を感じさせるコードと、ピッキングハーモニクスのように耳障りなギターが溶け合う、不穏な空気の1曲。独特の重さを持った1曲ですが、いわゆるハードロック的な重厚なサウンドというのではなく、バンドの音全体に沈み込むような重さを感じます。

 4曲目「Washer」は8分を超える大曲。ギターの歪みによるダイナミズムに頼ることなく、アンサンブルによって緊張感とコントラストを演出した1曲。再生時間6:48あたりから、満を持してノイズギターの嵐が訪れます。

 ラストの6曲目「Good Morning, Captain」は、クリーン・トーンのギターと、轟音ギターが交互にあらわれ、コントラストの鮮やかな1曲。独り言をつぶやくようなボーカルも、不穏な空気を醸し出します。

 前述したように、前作『Tweez』と比べえると暴力的なサウンドは控えめに、アンサンブルで緊張感や進行感を演出しています。前作が爆弾のようなラウドなアルバムだとすると、今作はナイフのように鋭さが際立ったアルバムと言えます。僕はスティーヴ・アルビニが、「先生」を付けて呼びたいぐらい好きなのですが、エンジニアがブライアン・ポールソンに交替した今作も、音が非常にいいです。

 初期衝動がときどき制御できずに暴発するような前作もいいのですが、今作は前作以上に完成度が高く、おすすめしたい1枚です。

 





Slint “Tweez” / スリント『トゥイーズ』


Slint “Tweez”

スリント 『トゥイーズ』
発売: 1989年
レーベル: Jennifer Hartman (ジェニファー・ハートマン), Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 1986年にケンタッキー州ルイヴィルで結成されたスリントの1stアルバム。1989年にジェニファー・ハートマンなるレーベルから発売され、その後1993年にシカゴの名門タッチ・アンド・ゴーから再発されています。ちなみにジェニファー・ハートマンというのは彼らの友人が運営するレーベルで、今作が唯一のリリース作品。

 コンプレッサーで極度に圧縮されたような、金属的なギター・サウンド。降り注ぐノイズと変拍子。のちのポストロックやマスロックと呼ばれるバンド群の、源流のひとつとなったのがスリントです。ダークな雰囲気を持った、生々しいサウンド・プロダクションと、複雑なバンド・アンサンブル。ときおり挟まれる初期衝動の叫びのようなボーカルと、地下っぽい空気感を存分に持った1枚でもあります。

 1曲目「Ron」では、金属的な独特のギター・サウンドが解き放たれたあと、様々なノイズや音が飛び交い、やがて複雑に絡み合っていく展開。2分弱しかないのに、展開が目まぐるしく、エキサイトメント溢れる1曲です。

 4曲目の「Kent」は、ドラムの音が硬質で鋭く、臨場感のある1曲。ギター・サウンドは比較的クリーンで、アンサンブルによって静と動を使いわけながら、風景が次々に変化していくような1曲。

 5曲目「Charlotte」は、冒頭から全体を覆い尽くすような、深く歪んだギターのサウンドが押し寄せます。その後もボーカルとギターが暴発したような、パンキッシュな曲。

 8曲目「Pat」は、ドラムのせわしないリズムと切り替えが、マスロックを思わせる1曲。ギターはクリーン・トーンが選択され、轟音で押し流すのではなく、アンサンブルによってスリルや緊張感を演出しています。あらためて、1989年という時代に、ニューヨークやシカゴではなくルイビル出身のバンドが、このような音楽を志向していたことに驚きます。

 ポストロックの源流として、ハードコアが取り上げられることがありますが、正直最初の頃はピンと来ませんでした。しかし、今作のようにポストロックの源流と見なされるような作品を聴き込んでいくうちに、なるほどハードコアとポストロックは地続きだと納得できました。

 今作も実験性と攻撃性を兼ね備えており、エモーションの表出が曲の速度や歌詞ではなく、音楽的なアイデアへと方向を変えていったのがポストロックのひとつなんだろうな、というのが実感できます。めちゃくちゃおすすめ!というわけでありませんが、ポストロックの伝説的名盤として、聴いて損はない作品だと思います。