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Snail Mail “Lush” / スネイル・メイル『ラッシュ』


Snail Mail “Lush”

スネイル・メイル (スネイル・メール) 『ラッシュ』
発売: 2018年6月8日
レーベル: Matador (マタドール)
プロデュース: Jake Aron (ジェイク・アロン)

 メリーランド州エリコットシティ出身のリンジー・ジョーダン(Lindsey Jordan)によるソロ・プロジェクト、スネイル・メイルの1stアルバム。

 1999年生まれのリンジーは、2015年から音楽活動を開始。翌2016年に、6曲入りのEP『Habit』を、ワシントンD.C.出身のポストパンク・バンド、プリースツ(Priests)が設立したレーベル、シスター・ポリゴン(Sister Polygon)よりリリース。

 2017年には、前述のプリースツ(Priests)や、ビーチ・フォッシルズ(Beach Fossils)、ワクサハッチー(Waxahatchee)のサポートアクトを務め、北米をツアー。そして、2017年9月にUSインディーを代表する名門レーベル、マタドールと契約し、2018年6月にリリースされたのが本作『Lush』です。

 以上、スネイル・メイルの来歴をざっと書き出してみましたが、本作リリースの時点で、まだ高校を卒業したばかりの18歳。音楽の良し悪しに年齢は関係ありませんが、早熟な才能だと言えるでしょう。

 リンジー・ジョーダンのソロ・プロジェクトではありますが、現状ベースのアレックス・ベース(Alex Bass)と、ドラムのレイ・ブラウン(Ray Brown)は固定。本作も、ギター・ボーカルのリンジー・ジョーダンに、この2人を加えた3ピース・バンド編成を基本とし、一部の曲では、パーカッションのサム・ユーブル(Sam Ubl)、プロデューサーも務めるジェイク・アロンがキーボードで参加し、レコーディングされています。

 さて、前述のとおり名門マタドールからリリースされた本作。日本でも本国アメリカでも、各所で話題になった1作です。

 都会的とは言えない、素朴なサウンドとアンサンブルを持ち、飾り気のない等身大のボーカルが響く、インディー・ロック然とした耳ざわり。アメリカの音楽サイト、ピッチフォーク(Pitchfork)のレビューでは、リズ・フェア(Liz Phair)やフィオナ・アップル(Fiona Apple)と比較しながら論じられていましたが、それも納得の質感を持ったアルバムです。

 ボーカルの歌唱のみならず、各楽器の音作りもシンプル。過度な装飾を排除し、むき出しの歌とアンサンブルが前景化され、聞き手にダイレクトに迫ります。この歌と演奏で勝負する潔さが、彼女の特徴であり、最も大きな魅力と言っていいでしょう。

 アルバムは、「Intro」と題された1分ほどのトラックで幕を開けます。ゆったりとしたテンポに乗せて、ギターとベースのシンプルなフレーズ、リンジー・ジョーダンの穏やかで、やや物憂げなボーカルが、ヴェールのように場を包み込んでいきます。ボーカルにはエフェクト処理が施され、このアルバムの中では珍しく、音響が前面に出たサウンド・プロダクション。

 おそらく、この後に続く楽曲群との、コントラストを演出するためなのでしょう。アルバムを通して、ただ無策にレコーディングしたわけではなく、こだわりを持って丁寧に作り上げられたサウンドであることが、浮き彫りになります。

 2曲目「Pristine」は、弾むようなギターのフレーズとサウンドと、手数は少ないながらも躍動感のあるリズム隊、耳元で歌っているかのような生々しいボーカルが重なり、有機的なアンサンブルを作り上げる1曲。

 3曲目「Speaking Terms」は、穏やかな波のように、揺らぎながら躍動する曲。リンジー・ジョーダンのボーカルは、適度にかすれ、バンドに溶け合うように漂います。

 4曲目「Heat Wave」は、さりげなく爪弾くようなギターのイントロから始まり、ボーカルも含めて各楽器が絡み合う、スウィング感のあるアンサンブルが展開される1曲。再生時間0:53あたりからの押し潰されたような音色、1:50あたりからのファットな歪みなど、ギターの音作りは個性的で、オルタナティヴな空気を楽曲に加えています。

 5曲目「Stick」は、子守唄のように穏やかなイントロから始まり、各楽器ともリズムのタメをたっぷりと取り、ゆったりと歩くような演奏。立体的かつ臨場感あふれる音質でレコーディングされたドラムが、楽曲に厚みをもたらしています。

 6曲目「Let’s Find an Out」は、空間系エフェクターのかかった、水がにじむような音色の複数のギターが絡み合い、ボーカルと共に織物のようにアンサンブルを構成していく、穏やかな1曲。

 7曲目「Golden Dream」では、ドタドタと立体的かつパワフルなドラムに、クリーンな音色のベースとギター、飾り気のないボーカルが絡まり、リラックスしたグルーヴ感のある演奏が展開されます。

 10曲目「Anytime」は、伸びやかなボーカルと、クリーントーンのギターとベースが、丁寧に音を置いていくスローテンポの1曲。前半は音数も少なくシンプルに進行し、再生時間2:00過ぎあたりで、シンセサイザーと思われる柔らかな持続音が入ってくると、穏やかな音が場を満たしていくような、厚みのあるサウンドへ。

 アルバム全体を通して、歌が中心にある作品であることは確かです。しかし同時に、一聴するとシンプルに聞こえるサウンド・プロダクションとアンサンブルも、丁寧に作り上げていることが、節々から伝わる作品でもあります。

 ただ、やみくもに「シンプルに行こう!」「音を減らそう!」と作っているのではなくて、適材適所で音とフレーズを吟味しているのではないでしょうか。基本的には、コンパクトにまとまったインディーロックといった趣のアルバムですが、ところどころオルタナティヴ・ロックやシューゲイザー、エレクトロニカを感じる音が入っています。

 あとはなんといっても、リンジー・ジョーダンのボーカルが良い。彼女の声も、派手さはありませんが、時に激しく絞り出すように、時に穏やかに語りかけるように歌いあげていきます。わかりやすいシャウトであったり、高音であったり、というわけではないのに、表情豊か。

 多様なジャンルを地に足のついた形で取り込み、丁寧に作り上げた良盤です。

 





Clap Your Hands Say Yeah “Clap Your Hands Say Yeah” / クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー『クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー』


Clap Your Hands Say Yeah “Clap Your Hands Say Yeah”

クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー 『クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー』
発売: 2005年6月28日
レーベル: Self-released (自主リリース)
プロデュース: Adam Lasus (アダム・ラサス)

 コネティカット・カレッジ(Connecticut College)在学中に出会った5人が、2004年にニューヨークで結成したインディー・ロック・バンド、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー。

 本国アメリカでは特定のレーベルには所属せず、デビュー・アルバムである本作『Clap Your Hands Say Yeah』も、レーベルを通さない自主リリース。文字通り、インディペンデントな精神を持ったバンドです。

 ただ、本作に関して言えば、イギリスやヨーロッパではウィチタ(Wichita)、日本ではユニバーサルミュージック傘下のレーベルであるV2からリリースされるなど、世界規模のヒットに伴って、地域ごとにディストリビューションを個別のレーベルに任せています。

 その精神性と活動形態のみならず、音楽からも非メジャー的な香りが漂う、根っからのインディー・ロック・バンド。そう自信を持って呼べるのが、クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーです。

 では「非メジャー」と言っても、具体的にどんな音楽を指すのか。簡単に私見を述べさせていただきます。まず、2000年代以降の一部のインディーズ・バンドに見られる方法論は、激しく歪んだギターによるリフや、ノリの良い8ビートなど、それまでのロック的なアレンジを避けていること。

 結果として、旧来のロックには無い、新たなグルーヴ感を獲得したり、サウンドの面ではフォーク・ロックに接近したり、民俗音楽的・実験音楽的になったり、というのが2000年代における、インディー・ロックのひとつの特徴です。もちろん「インディーロック」という言葉自体が、意味が広く、定義するだけでも困難ですから、ひとつの個人的な解釈として捉えてください。

 1980年代にポストパンクから、ワールド・ミュージックへと繋がった、ロックから非ロックへの流れ。その流れと似たような現象が、1990年代のオルタナティヴ・ロックから、オルタナ・カントリーや2000年代のインディーロックへと繋がる過程にも認められるのではないか、というのが僕の考えです。

 さて、話をクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーに戻しましょう。彼らの音楽性も、いわゆるロック的なサウンドやアレンジとは、大きく異なり、オルタナティヴ民俗音楽、あるいは無国籍なワールド・ミュージックとでも呼びたくなるもの。

 デビュー・アルバムとなる本作でも、ハードなギターや、縦ノリしやすいリズムといった、ロックのクリシェを巧みにすり抜けつつ、新しいサウンド・プロダクションとグルーヴ感を提示しています。

 1曲目の「Clap Your Hands!」は、アルバムのイントロダクションとなる、2分弱の楽曲。賑やかで楽しい音楽に対して「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容することがありますが、この曲はまさにそのとおり。全体がトイピアノ的な、チープで可愛いサウンド・プロダクションで、おどけたボーカルも相まって、おもちゃ箱をひっくり返したというよりも、おもちゃそのものと言ってもいい曲です。

 2曲目の「Let The Cool Goddess Rust Away」は、ギター、ベース、ドラムと全ての楽器がリズムにフックを作りながら、躍動していく1曲。サウンドもリズムも、ゴリゴリのロックとは異なるのですが、ロックが持つダイナミズムの大きな躍動感が、演奏からは溢れています。1曲目の「Clap Your Hands!」と同じく、各楽器の音作りとフレーズは、ややチープで親しみやすい耳ざわりのものが多いのですが、全ての楽器が有機的に組み合い、いきいきとしたアンサンブルを展開。

 3曲目「Over And Over Again (Lost And Found)」は、音数を絞り、タイトでミニマルなアンサンブルが展開される1曲。各楽器のフレーズはシンプル。ドラムの手数も少なく、特に難しいことはしていないのに、ノリと加速感がある不思議な演奏。

 6曲目「The Skin Of My Yellow Country Teeth」は、滲んだような音色のシンセサイザーに、タイトで立体的なドラム、はずむように瑞々しいギターとベースが加わり、バンド全体がバウンドするように進行していく1曲。この曲も、わかりやすく難しいことはしていないはずなのに、全ての音とフレーズが心地よく、バンドが一体の生き物のように、躍動しています。

 7曲目「Is This Love?」では、歯切れの良いギターのカッティングに導かれ、浮遊感と疾走感のある演奏が、繰り広げられます。キーボードの電子的で柔らかい音質、声が裏返りながらも絞り出すボーカルの歌唱も、楽曲にカラフルさをプラス。クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー流のギターポップ。

 8曲目は「Heavy Metal」。タイトルのとおり、彼らにしてはハードな音像を持った曲ですが、もちろん一般的なヘヴィメタルとは異なるサウンドとアレンジ。荒々しく疾走するバンド・アンサンブルと、声を裏返しながら歌うボーカルからは、ローファイやガレージロックを感じなくもないですが、やはりカテゴライズ不能の個性的な楽曲です。

 10曲目「In This Home On Ice」は、空間系エフェクターを用いて、ギターが厚みのあるサウンドを作り上げ、ボーカルもギターに埋もれるように漂う、シューゲイザー色の濃い1曲。ボーカルも含めて、全ての楽器が、ひとつの塊のように一体となり、心地よい揺らぎのある演奏。

 多彩な楽曲が収録されているのに、どの曲もハッキリとしたジャンル分けがしにくい、個性的な曲ばかり。しかも、敷居の高いアヴァンギャルドな音楽をやっているわけではなく、出てくる音はどこまでもポップです。

 先ほど「根っからのインディー・ロック・バンド」と書きましたが、単純にメジャー・レーベルに背を向けているということではありません。音楽性においても、今までのロックの構造に頼らず、全く新しい設計図を一から作り上げています。深い意味でインディペンデントであり、オルタナティヴなバンドだと言えるでしょう。

 折衷的にも実験的にもならず、これまでに誰も作らなかった音楽を作り上げる、驚くべき創造力を持ったバンドです。この後の作品も良いのですが、思い入れも込みで、個人的にはこの1stアルバムがオススメ! 名盤です。

 





Caroline Rose “Loner” / キャロライン・ローズ『ローナー』


Caroline Rose “Loner”

キャロライン・ローズ 『ローナー』
発売: 2018年2月23日
レーベル: New West (ニュー・ウエスト)
プロデュース: Paul Butler (ポール・バトラー)

 ニューヨーク州ロングアイランド生まれ、同州センター・モリシェズ育ちのシンガーソングライター、キャロライン・ローズの3rdアルバム。

 3作目のアルバムとなりますが、2012年の1stアルバム『America Religious』は、自主リリース。2014年の2ndアルバム『I Will Not Be Afraid』も、リトル・ハイ・レコード(Little Hi! Records)という、彼女の2ndアルバムのみをリリースしているレーベルからの発売。

 初期2作は、共にジャー・クーンズ(Jer Coons)がプロデューサーを務め、フォーク、カントリー、ロカビリーなど、アメリカのルーツ・ミュージックに根ざした音楽を志向していました。

 しかし、慣習的なジャンルの限定に不満を感じたローズは、2ndアルバム後に、新たな音楽性を追求し始めます。3年の月日をかけて、作曲とレコーディングを続け、初めて本格的なレーベルとなるニュー・ウエストと契約し、リリースされたのが本作『Loner』。

 アメリカーナやオルタナ・カントリーを扱う、名門レーベルとして知られるニュー・ウエストからのリリースではありますが、一聴するとルーツ・ミュージック色は薄く、シンセサイザーとエレキ・ギターが用いられ、ポストパンク色の濃い音楽が展開されています。

 しかし、聴き込んでいくと、奥底にはフォークやロカビリーの要素も感じられ、ルーツ・ミュージックと現代的なロックとポップスが、絶妙にブレンドされた音楽であることが分かります。

 1曲目「More Of The Same」は、清潔感のある柔らかなシンセサイザーのサウンドからスタート。シンセが前面に出たアレンジですが、いわゆるポストパンク的な躍動感を重視したアレンジではなく、歌と溶け合いながら、ゆったりとグルーヴ感を生んでいくアレンジ。

 2曲目「Cry!」は、倍音たっぷりにうねるシンセのイントロに導かれ、シンプルで整然としたアンサンブルが展開。テンポも基本的なリズム構造も変わらず進行するものの、ギターが加わるなど徐々に音数が増え、ゆるやかにバンド全体がシフトを上げていきます。ボーカルの歌唱もバンドに比例して、ところどころかすれたり、シャウト気味になったりと、表現力豊か。

 3曲目「Money」は、古き良きロックンロールを彷彿とさせる1曲。イントロからはテンションを抑えて進み、再生時間0:30あたりでリズムが浮き上がるに立体的に一変するアレンジは、コントラストが鮮やか。

 4曲目「Jeannie Becomes A Mom」では、高音域を用いたシンセの音色が、清潔感を持って爽やかに響きます。縦の揃ったタイトな演奏が続きますが、シンセの音が多層的に重なり、サウンドがカラフル。

 5曲目「Getting To Me」には、ストリングスが導入され、ベースもコントラバスを使用。シンセの電子的なサウンドと、ストリングスのサウンドが溶け合い、室内楽の香りが漂いつつ、現代的ポップスの香りもする、ジャンル特定のしがたい音楽が鳴らされています。

 6曲目「To Die Today」は、トレモロのかかったギターとヴィブラフォンが、音数を絞った演奏で、緊張感を演出。さらに、シンセが電子的な持続音で全体を包み込み、神秘的な雰囲気を作り出します。

 7曲目「Soul No. 5」は、タイトにリズムが刻まれる、小気味いいグルーブ感のある1曲。

 8曲目「Smile! AKA Schizodrift Jam 1 AKA Bikini Intro」は、曲名のとおり次曲「Bikini」のイントロとなるトラック。50秒ほどの短い曲ですが、イントロからドラムが立体的に鳴り響き、多様な音が飛び交い、賑やかでカラフル。

 9曲目「Bikini」は、厚みのあるシンセによるイントロに続き、ギター、ベース、ドラムが躍動感あふれる演奏を繰り広げる1曲。シンセの音色がポストパンク臭を漂わせますが、ギターがリズムを主導し、パワフルなロック的アンサンブルが展開されています。

 10曲目「Talk」は、シンセを中心とした、細かくパーツを組み上げるようなアンサンブルに、ささやき系のボーカルが重なり、幻想的な雰囲気の1曲。シンセが絶妙にチープな音色を響かせ、ただの清潔感しかないポップスにはならない、オルタナティヴな耳ざわりを楽曲に加えています。

 11曲目「Animal」は、イントロから縦の揃った、タイトなアンサンブルが展開されます。どこでテンションの切り替えがあるのかと、ワクワクしながら聴いていると、再生時間1:14あたりから、ボーカルがロングトーンを用い、バンドもリズムがばらけた奥行きのある演奏へ。

 前述のとおり、キャロライン・ローズの音楽的ルーツにはフォークやカントリーが間違いなくあるのに、本作ではシンセが多用され、一聴すると現代的なポップスのような仕上がりになっています。

 しかし、随所にカントリーやロックンロールを感じる、アレンジとフレーズが散りばめられ、アメリカ音楽の豊かさを再認識できるアルバムです。

 カントリーを基調に、オルタナティヴ・ロック的な激しいギターや、実験的なアレンジを用いた音楽を「オルタナ・カントリー」と呼ぶことがあります。本作も、ルーツ・ミュージックと現代ロックの融合という点では、オルタナ・カントリーと共通しているのですが、その方法論は大きく異なります。

 カントリーをオルタナティヴ・ロックで、アップデートしようという意図はおそらく無く、ごく自然なかたちで、シンセをフィーチャーした現代ポップス的サウンドの中に、カントリーやロカビリーを自然に溶け込ませています。

 過去2作では、よりルーツ・ミュージックに近い音楽を鳴らしていたキャロライン・ローズ。そのようなジャンルの限定に、限界を感じた彼女にとって、本作の方がより素に近い音楽であり、触れてきた音楽を放出した結果なのでしょう。

 





The Thermals “The Body The Blood The Machine” / ザ・サーマルズ『ザ・ボディ・ザ・ブラッド・ザ・マシーン』


The Thermals “The Body The Blood The Machine”

ザ・サーマルズ 『ザ・ボディ・ザ・ブラッド・ザ・マシーン』
発売: 2006年8月22日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Brendan Canty (ブレンダン・キャンティ)

 オレゴン州ポートランド拠点のバンド、ザ・サーマルズの前作から約2年半ぶりとなる3rdアルバム。

 プロデューサーは、前作のクリス・ウォラに代わり、フガジ(Fugazi)のブレンダン・キャンティが担当。

 ガレージロック風味の荒々しいサウンドとアンサンブルに、流麗なボーカルのメロディーが合わさり、ラフさとポップさを持ち合わせた音楽性が魅力のザ・サーマルズ。3作目となる本作では、過去2作と比べると疾走感は控えめに、よりアンサンブルを重視した音楽を展開しています。

 1曲目「Here’s Your Future」は、まずイントロのオルガンが、新たな音楽性の広がりを予感させます。その後はジャカジャカと前作までを彷彿とさせるギターに、ドタバタと弾むようなドラムが重なり、躍動感を演出。疾走感に溢れつつも、タイトに絞り込まれたアンサンブルが展開されます。

 2曲目「I Might Need You To Kill」は、ゆったりと波を打つようなリズムに乗せて、ボーカルのメロディーが前景化される、ミドルテンポの1曲。ギターは歪みながらも、各弦のツブが立って分離して聴き取れる、厚みのあるサウンド。

 4曲目「A Pillar Of Salt」は、ギターの分厚いコード弾きと、単音によるフレーズ、バンドの上を走り抜けるようにメロディーを紡ぐボーカル、タイトで立体的なリズム隊と、それぞれの楽器の組み合い、疾走感あふれる演奏を繰り広げる1曲。ノリの良い曲ですが、アレンジは無駄がなく練り込まれ、機能的です。

 5曲目「Returning To The Fold」は、縦に覆いかぶさるようなリズムで、立体的なアンサンブルが作り上げられる1曲。リズム・ギターとベースとドラムによるタイトなリズム隊の上に、ラフで自由なギター・ソロとボーカルが乗り、縦にも横にも広がりのある演奏。

 6曲目「Test Pattern」は、シンプルで無駄を省いたサウンド・プロダクションによる、ミドルテンポの1曲。テンポが速いわけでも、音圧が高いわけでもありませんが、弾むようなリズムからは、ゆるやかなグルーヴ感が生まれ、バンド・アンサンブルの魅力を多分に持っています。

 9曲目「Power Doesn’t Run On Nothing」は、ややテンポが速く、タイトで疾走感のある1曲。リズムを重視し、抑え気味にメロディーを歌い上げるボーカルも、疾走感を生んでいきます。

 10曲目「I Hold The Sound」は、ドタバタ感のある、パワフルで立体的なアンサンブルが展開される1曲。ドラムの生き生きと弾むようなサウンドだけでも、体が動き出すほど躍動感があります。再生時間2:11あたりからのドラムのみになり、その後ボーカルや他の楽器が加わるアレンジも、立体的かつ躍動感に溢れ秀逸。

 スピードを抑えたミドル・テンポの曲が増加した本作。各楽器が絡み合い、バンドが一体の生き物のように躍動する、グルーヴ感を重視した演奏が、アルバム全体をとおして展開されています。

 前述のとおり、ブレンダン・キャンティがプロデュースを担当するということで、フガジに近い生々しく尖ったサウンド・プロダクションになっているのではないかと想像していました。本作のサウンドは、フガジのように鋭く尖ってはいませんが、楽器の原音を大切にした生々しい音像という意味では、フガジ的と言えるでしょう。

 アレンジとサウンドの両面で、これまでのローファイ感は控えめに、より洗練された1作です。

 





The Thermals “Fuckin A” / ザ・サーマルズ『ファッキン・エー』


The Thermals “Fuckin A”

ザ・サーマルズ 『ファッキン・エー』
発売: 2004年3月18日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Chris Walla (クリス・ウォラ)

 オレゴン州ポートランド拠点のバンド、ザ・サーマルズの2ndアルバム。

 デビュー・アルバムでもある前作『More Parts Per Million』は、4人編成でレコーディングされていましたが、その後ギタリストのベン・バーネット(Ben Barnett)が脱退。2枚目のアルバムとなる本作『Fuckin A』は、3人編成でレコーディングされています。

 レコーディング・エンジニアを務めたのは、当時デス・キャブ・フォー・キューティー(Death Cab For Cutie)のメンバーだったクリス・ウォラ。

 ガレージロック的な生々しくざらついた音像と、ローファイ風味の荒さを持った前作と比較すると、音圧が高まり、輪郭もはっきりとした、サウンド・プロダクションへと変化した本作。やや現代的なパンク・ロックの音に近づいたとも言えますが、アンサンブルはガレージロックの荒々しさを変わらず持っています。

 演奏の荒々しさのみが優先されるわけではなく、メロディーの良さもこのバンドの魅力。ポップパンクやメロコアのような突き抜けるメロディーの爽快感とは違いますが、歌のメロディーとバンドが一体となって転がるようなアンサンブルからは、疾走感と躍動感が溢れます。

 1曲目「Our Trip」は、各楽器が組み合い、徐々に加速していくシンプルなロック・チューン。

 2曲目「Every Stitch」は、前のめりになったリズムがフックとなり、推進力を生み出していく1曲。

 3曲目「How We Know」は、硬質なサウンドのベースが主導的に曲を引っ張り、タイトに加速していく1曲。途中まではスポークン・ワードのように淡々としたボーカルが、サビでは起伏の大きなメロディーへと一変。激しくうなりをあげるギターも相まって、コントラストが鮮やか。

 4曲目「When You’re Thrown」は、ファズとオーヴァー・ドライヴの中間ぐらいに歪んだギターが、パワフルに曲を主導していく1曲。

 6曲目「A Stare Like Yours」は、フィードバックやハーモニクスを織り交ぜ、ノイジーに疾走するギターが目立つ1曲。アンサンブルはタイトかつ躍動感に溢れ、ボーカルは親しみやすいメロディーを高らかに歌い上げます。

 7曲目「Let Your Earth Quake, Baby」では、弾むようなリズムに乗って、軽快なアンサンブルが展開。各楽器が絡み合い、バンド全体が波打つように躍動していきます。

 10曲目「Forward」は、ギターを中心に、堰を切ったように音が前のめりに噴出する、スピード感の溢れる1曲。

 前述のとおり、前作から比較するとサウンドがローファイからハイファイになり、パワフルな音像を伴って疾走感あふれる演奏が繰り広げられます。

 しかし、ただ直線的に走るのでは無く、ガレージロック的なラフさと、ローファイ的な揺らぎを変わらず持ち続けているところが、このバンドの魅力と言えるでしょう。