「1990年代」タグアーカイブ

Joan Of Arc “How Memory Works” / ジョーン・オブ・アーク『ハウ・メモリー・ワークス』


Joan Of Arc “How Memory Works”

ジョーン・オブ・アーク 『ハウ・メモリー・ワークス』
発売: 1998年5月12日
レーベル: Jade Tree (ジェイド・トゥリー)
プロデュース: Casey Rice (ケイシー・ライス), Elliot Dicks (エリオット・ディックス)

 シカゴのエモ、ポストロック・バンド、ジョーン・オブ・アークの2ndアルバム。

 オーガニックなアコースティック・ギターと電子音、実験性と歌ものポップ性のバランスが絶妙だった1stアルバム『A Portable Model Of…』。本作は、実験性とポップさのバランスをとりながら、さらに音楽性を広げた1作と言えます。

 1曲目の「Honestly Now」は、電子音のような、マレット系の打楽器のような音が響き、やがて増殖していく1分にも満たない曲。ただのエモ・バンドではないことを、早速認識させられます。

 2曲目「Gin & Platonic」は、つっかえながらも突っ走る、ポストロック的=ロック的でないアンサンブルが構成される1曲。緩やかに絡み合う2本のギターと、独特のタイム感で刻んでいくリズム隊が心地よい。

 4曲目「This Life Cumulative」は、鳥のさえずりのような音域の電子音が鳴り響くイントロから、躍動感あるパワフルなバンド・サウンドが、堰を切ったように入ってきます。エモやパンクを下敷きにしながら、電子音が楽曲に彩りをプラス。

 5曲目「A Pale Orange」は、前半はギターと歌が入っているものの、やがて高音の電子音とノイズが降り注ぐ展開。後半は完全にアンビエント・ミュージックか、エレクトロニカのような音像。

 8曲目「A Name」は、各楽器が前のめりに、お互いを追い抜きあうようなイントロが心地よい。歌もサウンド・プロダクションもポップで聴きやすい曲ですが、アンサンブルは緻密。

 1作目以上に、エモ的な歌唱と疾走感、ポストロック的なアンサンブルや電子音との融合が、高次に実現されている1枚です。エモい声とメロディーに、実験性を忍ばせた知的なアンサンブルが絡む、絶妙なバランスのアルバムだと思います。

 





Joan Of Arc “A Portable Model Of…” / ジョーン・オブ・アーク『ア・ポータブル・モデル・オブ』


Joan Of Arc “A Portable Model Of…”

ジョーン・オブ・アーク 『ア・ポータブル・モデル・オブ』
発売: 1997年6月10日
レーベル: Jade Tree (ジェイド・トゥリー)

 シカゴのエモ・バンド、キャップン・ジャズ(Cap’n Jazz)解散後に、その元メンバーを中心に結成されたジョーン・オブ・アーク。本作『A Portable Model Of…』は、1997年にリリースされた、彼らの1stアルバムです。

 電子音とアコースティック・ギター、絞り出すようにエモーショナルで時に不安定な音程のボーカル。楽曲にはフリーな形式や、ポストロック的なアンサンブル重視の展開も見られ、エモい歌が中心でありながら、それだけにとどまらない奥行きを持ったアルバムです。

 1曲目の「I Love A Woman (Who Loves Me)」は、アコースティック・ギターと歌を中心に据えながら、時おり聞こえる電子音がアクセントになった1曲。

 2曲目「The Hands」でも、1曲目と同じく、イントロからファニーな電子音が耳に残ります。オモチャのような、かわいらしいそのサウンドが、感情的なボーカルと激しく歪んだギターとコントラストをなし、独特のポップ感を演出。

 3曲目は「Anne Aviary」。こちらも鳥の鳴き声のような、トレモロで揺れる電子音のような音が使われています。ゆったりと余裕を持ってアンサンブルを構成するバンドと、エモみの強いボーカルのテンションと、違和感なく溶け合うのが不思議。

 6曲目の「Post Coitus Rock」は、絡み合うような2本のギターを中心に、緩やかにグルーヴしながら前進していく1曲。

 7曲目「Count To A Thousand」は、8分を超える曲。明確なフォームを持たず、前半はアンビエントな雰囲気。中盤からギターが入ってくると、ポストロック的なサウンドスケープが展開されます。

 9曲目「In Pompeii」は、ざらついた音質の低音のビートが鳴り響く、1分40秒弱のアンビエントな1曲。

 アコースティック・ギターを主軸に、エモーショナルな歌ものアルバムでありながら、随所にエレクトロニカ的な音響、ポストロック的なアプローチが垣間見える1作です。

 実験的と思われるサウンドや、全く歌ものではないアンビエントな楽曲も含みながら、アルバム全体としては整合性が感じられる絶妙なバランス。

 個人的には、様々な方法論で初期衝動を切り取っているから、そのような絶妙なバランスが成り立っているのかな、と思います。

 





The Sea And Cake “The Fawn” / ザ・シー・アンド・ケイク『ザ・フォーン』


The Sea And Cake “The Fawn”

ザ・シー・アンド・ケイク 『ザ・フォーン』
発売: 1997年4月1日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 カクテルズ、シュリンプ・ボード、バストロのメンバーによって、イリノイ州シカゴで結成されたバンド、ザ・シー・アンド・ケイクの4枚目のアルバムです。

 ザ・シー・アンド・ケイクの音楽の特徴として、ジャズからの影響と、ポストロック的なアプローチの2点が、たびたび言及されます。彼らの音楽の魅力と特異性は、ジャズやポストロックをはじめとした、音楽的語彙の豊富さを感じさせながら、非常にポップな歌モノの音楽としても、成立しているところにあると思います。

 本作『The Fawn』も、流れるようなメロディーを持つ、爽やかなギター・ポップでありながら、ポストロックやジャズなど多種多様なジャンルのエッセンスを含むアルバムです。

 1曲目「Sporting Life」は、オーガニックな響きの生楽器と、やわらかな電子音が溶け合い、多層的なサウンドを生み出しています。ソリッドな音色のベースもアクセント。再生時間1:14あたりからの加速と減速を繰り返すようなアレンジも、アンサンブルの躍動感を演出します。

 2曲目「The Argument」。この曲は個人的に大好きな曲なので、本当に聴いていただきたい。イントロのドラムがとにかくかっこいい!微妙にリズムと叩く太鼓を切り替え、立体的なサウンドを単独で構築しています。ややチープでジャンクな音色と、右チャンネルと左チャンネルへの音の振り分けもいい。

 本当にこのイントロのドラム好きです。まずはここを聴いてください! その上に載るミニマルなギターとベース、電子音も素敵。このままインストの曲かと思いきや、2分過ぎにボーカルが入ってきます。

 3曲目「The Fawn」は、イントロから電子音と生楽器が溶け合い、ヴェールのように全体を包みます。柔らかな音像のなかを、ふくよかなサウンドのベースが心地よく泳ぐところも良い。濃密で分厚い、音の壁のようなサウンド・プロダクション。

 4曲目「The Ravine」は、3曲目からシームレスにつながっています。細かい音が重なり合う、ポリリズミックで複雑なアンサンブルが構成される1曲。難しい曲というわけではなく、カラフルで楽しく、いきいきとした躍動感のある曲です。

 6曲目「There You Are」は、イントロからエフェクターによって揺らめくギターが響きます。再生時間1:07あたりから入ってくる柔らかい電子音のような音も、雰囲気を変えるアクセント。展開が素晴らしすぎて聴き入っていると、再生時間1:43あたりからボーカルが入ってきます。

 7曲目「Civilise」は、このアルバムの中では、最もソリッドなサウンド・プロダクションの1曲。

 10曲目「Do Now Fairly Well」は、シンプルなギターと、エレクトロニカのような柔らかいサウンドの電子音、穏やかなボーカルが溶け合う1曲。再生時間2:38からの、風景が一変するような展開もスリリング。

 本作の収録曲は10曲ですが、徳間から発売されていた日本盤CDには、ボーナス・トラックが5曲追加されています。この5曲も良曲揃いなので、何曲かご紹介させていただきます。

 11曲目の「The Parlor」は、ジャンクでサイケな香りもする、不思議な音響の1曲。各楽器だけでなく、全体にエフェクトがかかったようなサウンド・プロダクション。

 13曲目「Studios Music」は、ミニマルテクノのような小刻みなビートが鳴り響く前半と、音の響き自体が前景化した、エレクトロニカのような後半とのコントラストが鮮やか。リズムの前半と、音響の後半。

 インストのポストロック・バンドとしても通用する、複雑で緻密なアンサンブルを持ちながら、流れるような美しいメロディーも備え、全体としてカラフルでポップな作品に仕上がったアルバムです。このバランス感覚が秀逸。

 極上の歌もの作品でありながら、実に多彩なサウンドとジャンルが顔を出し、深い意味でポップな1枚だと思います。これは、心からオススメしたい1作です!

 





Brokeback “Field Recordings From The Cook County Water Table” / ブロークバック『フィールド・レコーディングス・フロム・ザ・クック・カウンティ・ウォーター・テーブル』


Brokeback “Field Recordings From The Cook County Water Table”

ブロークバック 『フィールド・レコーディングス・フロム・ザ・クック・カウンティ・ウォーター・テーブル』
発売: 1999年7月20日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 トータスのベーシスト、ダグラス・マッカムによるプロジェクトの1作目です。本作には、シカゴ・アンダーグラウンドのロブ・マズレクとノエル・クーパースミス、トータスのジョン・マッケンタイアなどがレコーディングに参加しています。

 タイトルのとおり、フィールド・レコーディングされた自然や日常の音と、ベースを中心にしたアンサンブルが溶け合う1作。アンビエントな雰囲気も流れ、音響を前景化させた1面もある作品ですが、6弦ベースとコントラバスを駆使し、思いのほか多彩な世界観を作り出しています。

 1曲目「After The Internationals」は、複数のベースが絡み合い、アンサンブルを構成する1曲。当然ながら、重心が低音にあるサウンドです。中盤から入ってくるコルネットの音色が、ベースとのコントラストで、非常に鮮烈に感じられます。

 2曲目「Returns To The Orange Grove」は、イントロからフィールド・レコーディングされた音源が使われています。日常の音とベースの音が、レイヤーのように重なり、やがて溶け合う展開。どんな音がフィールド・レコーディングされているかは、実際に聴いて確かめてみてください。

 3曲目「The Field Code」は、音数の少ないミニマルなイントロから、ギターとベースとシェイカーが、絡み合うようにアンサンブルを編み込んでいく1曲。

 7曲目「The Wilson Ave. Bridge At The Chicago River, 1953」は、イントロからフィールド・レコーディングされた音源が使われています。聴いているうちに、楽器の音とフィールド・レコーディングの音が溶け合い、どれが楽器の音で、どれがフィールド・レコーディングの音なのか、境界線が曖昧に感じられます。

 11曲目「The Great Banks」はボーカル入りの曲。ボーカルを担当しているのは、ステレオラブのメアリー・ハンセンです。ボーカル入りといっても歌詞があるわけではなく、声を一種の楽器として取り入れている、と言った方が適切です。ボーカルと伴奏という関係ではなく、声が音楽に自然に溶け込み、サウンドに暖かみと奥行きをもたらしています。

 フィールド・レコーディングと、ベースを主軸にしたバンドの音を合わせた…と言うと、実験的でとっつきにくい印象を持たれるかもしれませんが、すべての音を公平に扱い、ひとつの音楽に融合した、優しいサウンドを持ったアルバムです。

 しかし、誰にでもオススメできるか?と問われると、正直そういう作品ではないのも事実。ベース・フェチの方は、聴いてみてはいかがでしょうか。ただ、一般的な意味でのポップな作品ではありませんし、ベースがゴリゴリに弾きまくる作品でもありませんので、ご注意を。

 





David Grubbs “The Thicket” / デイヴィッド・グラブス『ザ・シケット』


David Grubbs “The Thicket”

デイヴィッド・グラブス 『ザ・シケット』
発売: 1998年9月15日
レーベル: Drag City (ドラッグ・シティ)

 バストロやガスター・デル・ソルでの活動でも知られる、イリノイ州シカゴ出身のミュージシャン、デイヴィッド・グラブスの2枚目のソロ・アルバムです。シカゴの名門レーベル、ドラッグ・シティからのリリース。トータスのジョン・マッケンタイアが、ドラムとパーカッションで参加しています。

 デイヴィッド・グラブスは、作品によって音楽性が大きく異なり、実験的なアプローチからポップなセンスまで、幅広い音楽的語彙を持つミュージシャン。「鬼才」という呼称が似合う人です。本作『The Thicket』は、そんな彼のポップな面が色濃くにじんだ作品だと言えます。

 アコースティック・ギターを中心に、生楽器を使用しながら、できあがる音楽は現代的でポップ。回顧主義に陥らず、ルーツ・ミュージックの素材を上辺だけ拝借しただけでもない、すばらしいバランス感覚で構成されたアルバムです。カントリー的なサウンドと、素材を丁寧に組み上げるポストロック的な感覚を持ち合わせた、新しいポップ・ミュージックと呼ぶべき音楽が詰まった1作。

 1曲目「The Thicket」は、アコースティック・ギターとボーカルに、ふくよかなウッド・ベースが絡む、穏やかでありながら、スリリングな空気も同居するアンサンブル。再生時間0:48あたりでリズムが切り替わるところの、躍動感と加速感など、ロック的なダイナミズムも持っています。

 2曲目「Two Shades Of Blue」は、バイオリンが使用され、生楽器のみの編成のようですが、緩急のついた変幻自在のアンサンブルが構成されます。再生時間1:24あたりで、風景が一変するような展開も鮮烈。終盤の3:18あたりからトランペットが入ってきて、一気に加速するところもかっこいい。

 3曲目「Fool Summons Train」は、タイトルどおり、電車のように加速し、躍動感溢れる1曲。

 4曲目は「Orange Disaster」。1音目が鳴った瞬間からかっこいい曲というのがありますが、この曲がまさにそれ。オルガンとギターの音、タイトに細かいリズムを刻むドラム、バンドの隙間を縫い合わせるように動くベース、覆いかぶさるように鳴る持続音、全てがかっこいい。2分ほどの短い曲ということもありますが、あっという間に終わってしまいます。

 5曲目「Amleth’s Gambit」は、バンジョーのハリのあるサウンドと速弾き、タイトで細かくリズムを刻むドラムが、緩急をつけながら曲を加速させていきます。

 7曲目「Swami Vivekananda Way」は、流れるようなピアノと、トランペットが心地よい1曲。

 9曲目の「On “Worship”」は、持続音が幾重にも折り重なり、分厚い音の壁を作り上げる1曲。

 いわゆるオルタナ・カントリーと呼ばれるサウンドとも違う、現代音楽や実験音楽の要素を感じさせながら、ポップな作品になっています。モダン・カントリーとでも言うべき、雰囲気とサウンドを持ったアルバムです。

 デイヴィッドのポップ・センスと、幅広い音楽的教養が融合した、なかなかの良盤だと思います。