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Mudhoney “Every Good Boy Deserves Fudge” / マッドハニー『良い子にファッジ』


Mudhoney “Every Good Boy Deserves Fudge”

マッドハニー 『良い子にファッジ』
発売: 1991年7月23日
レーベル: Sub Pop (サブ・ポップ)
プロデュース: Conrad Uno (コンラッド・ウノ)

 ワシントン州シアトル出身のグランジを代表するバンド、マッドハニーの2ndアルバム。

 ガレージ色の強い、生々しくざらついたサウンド・プロダクションを持つ前作から比較すると、サウンドの幅が広がった1枚。歪んだギターも健在ですが、楽曲によって効果的にサウンドを使い分け、ところどころに挿入される奇妙な効果音も、アルバムの世界観を広げています。前作の方がハードでラフなサウンドが前面に出ているので、そちらを好む方もいると思います。

 1曲目「Generation Genocide」は、1分ほどのイントロダクション的なトラック。神聖な響きのシンセサイザーが、ラフに歪んだギターと重なり、音楽性の広がりを感じさせる1曲です。

 2曲目「Let It Slide」は、押しつぶされたような歪みのギターを筆頭に、疾走感あふれる1曲。

 3曲目「Good Enough」は、細かくバウンドするようなドラムに、ほどよく歪んだギターが乗り、緩やかに躍動する1曲。ギターの音色は一般的な価値観からするとチープで、ボーカルもヘロヘロ。共にローファイな雰囲気が漂いますが、その余裕と遊び心が、アルバムに奥行きを与えていると思います。

 5曲目「Thorn」は、テンポが速く、各楽器とも尖ったサウンドを持ち、疾走感のあるガレージ・ロック。生々しく、ざらついたバンドのサウンドに、物憂げでサイケデリックな雰囲気の、ボーカルとコーラスワークが重なります。

 6曲目「Into The Drink」は、立体的かつパワフルに響くドラムが活躍。タイトなリズム隊に、2本のギターが絡み、アンサンブルにも深みがあります。再生時間1:20あたりからのノイジーなギターと、アコースティック・ギターが絡み合う間奏は特に秀逸。

 8曲目「Who You Drivin’ Now?」では、下品なほど毛羽立った歪みのギターと、オルガンらしき柔らかな音色が溶け合います。オルガンのサウンドが全体のガレージ色を中和し、音楽をカラフルにしています。

 9曲目「Move Out」は、激しく歪んだギターと、アコースティック・ギターを中心に、サイケデリックな雰囲気のアンサンブルが繰り広げられる1曲。メリハリのついた立体的なドラムと、野太く低音域を支えるベースも、アンサンブルに奥行きを与え、ハーモニカの音色もサイケデリックな空気をさらに演出。

 14曲目「Check-Out Time」は、圧縮されたように歪んだギターと、60年代の香り漂うオルガンの音色が溶け合う、ゆったりとしたテンポの1曲。感情を排したように、囁くように歌うボーカルも、ミドル・テンポとも合間って、独特のサイケデリックで幻想的な雰囲気を醸し出しています。

 歪んだギターを中心に、グランジらしいサウンドを鳴らしていた1stアルバムと比較すると、オルガンやハーモニカ、クリーン・トーンのギターを随所に用いて、音楽性を幅の広がりを感じさせる1枚です。特に楽曲によっては、サイケデリックな要素が強く出ています。

 ニルヴァーナに比べれば、日本でも海外でも知名度は劣るのでしょうが、非常に優れたアルバムを作り続けたバンドであると思います。2ndアルバムである本作『Every Good Boy Deserves Fudge』も、時代の流れに乗ったアルバムではなく、オリジナリティのある確固とした音楽的志向を持ち、時代の流れを作った作品であると思います。

 マッドハニーは、本作を最後に、メジャーのリプリーズ(Reprise)へ移籍。3rdアルバム以降はリプリーズからの発売となります。(6枚目の『Since We’ve Become Translucent』から、サブ・ポップに復帰)

 





The Jesus Lizard “Goat” / ジーザス・リザード『ゴート』


The Jesus Lizard “Goat”

ジーザス・リザード 『ゴート』
発売: 1991年2月21日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Steve Albini (スティーヴ・アルビニ)

 テキサス州オースティン出身のバンド、ジーザス・リザードの2ndアルバムです。レコーディング・エンジニアは、前作から続いてスティーヴ・アルビニが務めています。

 1990年代のTouch And Goを代表するバンドであり、スティーヴ・アルビニが録音を担当したバンドのなかでも、人気の高いジーザス・リザード。本作も、ジャンクかつ実験的な雰囲気を持ちながら、同時に緻密なアンサンブルが展開される名盤です。

 もう少しフランクに言い換えると、アレンジも音も変態的だけど、めちゃくちゃかっこいい!ということです。アルビニ先生の手による、混じり気のない殺伐としたサウンドも、彼らの音楽を引き立てます。というより、彼らが出していた音と空気感を、アルビニが完璧に録音して閉じ込めたということでしょう。

 1曲目「Then Comes Dudley」。堅くハリのある音質のベースと、独特のツヤのあるギターの単音、少ない手数で時間を切り刻むようにタイトなリズムを生み出すドラム。3者が絡み合うような、絡み合わないような、絶妙のバランスでアンサンブルを構成していきます。

 耳に引っかかるサウンドやアレンジが随所にあるのですが、例えば再生時間0:41あたりからの異世界の音階のようなギターのフレーズなど、違和感がフックになっていて、非常にかっこいいです。

 2曲目「Mouth Breather」は、イントロからギターがハードロック的なリフを弾いています。しかし、そこはジーザス・リザード。ドラムが入ってくると、ギターとドラムがお互いにかみ合うような、独特のリズム感を形成します。両者にからまりつくようにベースとボーカルも入ってくると、歯車がカチッと合った機械のように、複雑かつ緻密なアンサンブルを作り上げます。

 3曲目「Nub」は、アームを使っているのか、エフェクターで操作しているのか分かりませんが、時空が歪むように音程が変化するギターが、心地よく響く1曲です。ドカドカと臨場感のあるドラムの音も、最高に良い。

 7曲目「South Mouth」は、跳ねまわるようなパワフルなドラムに、ギターとベースが絡まり、ねじれた疾走感のある1曲。再生時間0:26あたりからの、ジャンクな雰囲気の展開も、コントラストを生み出しています。

 8曲目「Lady Shoes」も、疾走感あふれる1曲です。冒頭から全ての楽器がひとつの塊になって、こちらに迫りくるようなアレンジ。その塊が、再生時間0:27あたりで、ほどけて暴発するような展開も、スリルと緊張感を演出しています。

 サウンド的にもアレンジ的にも、ジャンクな空気を色濃く出しながら、バンドとして相当な技量を持っていることを随所に感じる1枚です。

 ここまでは触れてきませんでしたが、メロディー感のない、かといってハードコア的なシャウトでもない、デイビット・ヨウ(David Yow)のボーカルも、このバンドの重要な構成要素のひとつです。

 下品な耳ざわりなのに、アンサンブルは機能的で知性すら感じる、そんなバランス感覚が本作およびジーザス・リザードの魅力。他に似ているバンドもいませんし、未聴の方にはぜひとも聴いていただきたい1枚です。(メジャー移籍後の作品より、本作を含めTouch And Go在籍時のアルバムを、圧倒的にオススメします!)

 





Slint “Spiderland” / スリント『スパイダーランド』


Slint “Spiderland”

スリント 『スパイダーランド』
発売: 1991年3月27日
レーベル: Touch And Go (タッチ・アンド・ゴー)
プロデュース: Brian Paulson (ブライアン・ポールソン)

 ケンタッキー州ルイヴィル出身のバンド、スリントの2ndアルバムです。前作はスティーヴ・アルビニ(Steve Albini)がプロデュースを担当していましたが、今作はブライアン・ポールソン(Brian Paulson)が担当。

 前作『Tweez』に比べると、攻撃性とノイズは控えめに、アンサンブル志向の高まった今作。激しく歪んだギターをはじめとして、アグレッシブなサウンドが全面に出た前作と比べ、静と動のコントラスト、音数を絞ったうえでの緊張感の演出など、バンドのアンサンブルが確実に向上していることを感じさせる1枚です。

 反復を繰り返すフレーズや、幾何学的とも言えるギターの構成など、のちのマスロック・バンドへの影響力の強さを感じさせる要素も、色濃くあります。

 1曲目は「Breadcrumb Trail」。ハーモニクスを多用したギターを中心に、各楽器が絡み合うようにアンサンブルを形成していくのは、まさにポストロックの原型と言えます。再生時間1:23あたりから、堰を切ったようにディストーション・ギターが押し寄せる展開とコントラストも鮮烈。

 2曲目「Nosferatu Man」は、不協和を感じさせるコードと、ピッキングハーモニクスのように耳障りなギターが溶け合う、不穏な空気の1曲。独特の重さを持った1曲ですが、いわゆるハードロック的な重厚なサウンドというのではなく、バンドの音全体に沈み込むような重さを感じます。

 4曲目「Washer」は8分を超える大曲。ギターの歪みによるダイナミズムに頼ることなく、アンサンブルによって緊張感とコントラストを演出した1曲。再生時間6:48あたりから、満を持してノイズギターの嵐が訪れます。

 ラストの6曲目「Good Morning, Captain」は、クリーン・トーンのギターと、轟音ギターが交互にあらわれ、コントラストの鮮やかな1曲。独り言をつぶやくようなボーカルも、不穏な空気を醸し出します。

 前述したように、前作『Tweez』と比べえると暴力的なサウンドは控えめに、アンサンブルで緊張感や進行感を演出しています。前作が爆弾のようなラウドなアルバムだとすると、今作はナイフのように鋭さが際立ったアルバムと言えます。僕はスティーヴ・アルビニが、「先生」を付けて呼びたいぐらい好きなのですが、エンジニアがブライアン・ポールソンに交替した今作も、音が非常にいいです。

 初期衝動がときどき制御できずに暴発するような前作もいいのですが、今作は前作以上に完成度が高く、おすすめしたい1枚です。