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The Zincs “Dimmer” / ザ・ジンクス『ディマー』


The Zincs “Dimmer”

ザ・ジンクス 『ディマー』
発売: 2005年4月12日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)
プロデュース: Mark Greenberg (マーク・グリーンバーグ)

 英国ロンドン出身、シカゴ在住のシンガーソングライター、ジェームス・エルキントン(James Elkington)のソロ・プロジェクトとして、2000年に活動を開始したザ・ジンクス。2001年に、シカゴのOhio Goldというレーベルからリリースされた1stアルバム『Moth And Marriage』は、彼1人で制作されましたが、その後ライブをおこなう為にバンド編成となります。

 2ndアルバムとなる本作『Dimmer』は、シカゴの名門レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。前述したとおり、前作はエルキントン1人によるレコーディングでしたが、今作は4人編成でのレコーディング。

 メンバーはエルキントンの他、エンシェント・グリークス(Ancient Greeks)のメンバーでもあるギターのナサニエル・ブラドック(Nathaniel Braddock)、ロンサム・オーガニスト(The Lonesome Organist)のサポートなども務めたベースのニック・マクリ(Nick Macri)、イーディス・フロスト(Edith Frost)のサポートなども務めたドラムのジェイソン・トス(Jason Toth)と、みなシカゴ周辺の人脈で固められています。

 基本的には穏やかな歌を中心にした作品でありながら、アレンジには随所にスリル・ジョッキーらしい、ポストロック性の溢れる1作です。実験性とポップさが見事に溶け合った、スリル・ジョッキーらしいアルバムであるとも言えます。

 1曲目「Breathe In The Disease」は、音数は少ないのに、各楽器が少しずつリズムを噛み合うように、穏やかな進行感のある1曲。ドラムの絶妙にタメを作ったリズム、ギターのやや不安定で不思議な響きのフレーズなど、随所のフックとなるアレンジが散りばめられています。

 2曲目「Beautiful Lawyers」は、緩やかなグルーヴ感と疾走感のある、なめらかに流れるような1曲。

 3曲目「Bad Shepherds」は、ギターを中心に、各楽器が穏やかに絡み合うような、一体感のある曲。再生時間1:05からの流れるようなギター・ソロも、ジャズの香りを振りまき、楽曲に奥行きを与えています。

 4曲目「Passengers」は、タイトなドラムとギターが、ゆっくりと回転するようなアンサンブル。音数少なくミニマルなアレンジですが、グルーヴ感と躍動感があります。

 5曲目「Stay In Your Homes」は、濁りのあるコードが響き、やや不穏な空気を持った曲。電子オルガンと思しき音も、サイケデリックな空気をプラスしています。しかし、穏やかでダンディーなボーカルのおかげか、全体としては敷居の高い印象はなく、歌モノの1曲です。

 7曲目「Moment Is Now!」は、このアルバムの中ではテンポが速く、ビートもはっきりした疾走感のあるギターポップ。リズム隊もギターも、一体感を持って軽快に走り抜けていく、心地いい曲です。

 8曲目「New Thought」は、みずみずしく、クリーンな音色のギターが絡み合う、牧歌的な雰囲気の1曲。

 全体として手数が少なく、穏やかなサウンド・プロダクションとアンサンブルを持った作品ですが、ゆるやかな躍動感を持った曲が多く、歌以外の演奏にも聴きごたえがあります。ちなみに日本盤も発売されており、そちらにはボーナス・トラックが2曲収録されています。

 スリル・ジョッキーのバンドの中では、日本での知名度はイマイチですが、緩やかなグルーヴ感と実験性を持っていて、スリル・ジョッキーやシカゴのバンドが好きなら、聴いて損はないアルバムです。





Pit Er Pat “Shakey” / ピット・アー・パット『シェイキー』


Pit Er Pat “Shakey”

ピット・アー・パット 『シェイキー』
発売: 2005年3月8日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 イリノイ州シカゴ出身のバンド、ピット・アー・パットの1stアルバムです。シカゴの名門レーベル、スリル・ジョッキーからのリリース。

 ピット・アー・パットは大好きなバンドで、特にこの1stは多くの人におすすめしたい1枚です。簡単にこのバンドの紹介をさせていただくと、ボーカル兼キーボードのフェイ・デイビス・ジェファーズ、ベースのロブ・ドラン、ドラムのブッチー・フエゴの3人組。

 のちにベースが脱退して2人組へ。ドラムのブッチーは、77人のドラマーが77台のドラムを一斉に打ち鳴らす、ボアダムスの『77 BOA DRUM』という作品に参加しています。

 本作『Shakey』は、1枚目のアルバムながら、非常に高い完成度を誇っています。複雑かつ躍動感あふれるアンサンブルが、全編にわたって展開されます。ギターレスの編成で、キーボードはオルガンのような暖かみのある音色が使用されているため、全体のサウンドはオーガニックな印象。

 サウンドにはルーツ・ミュージックを感じさせつつ、アレンジには実験的な要素を含みながら、立体的でグルーヴィーな演奏を繰り広げていきます。日本のバンドに例えると「アメリカーナな雰囲気を持ったクラムボン」といった感じです。

 1曲目の「Bird」から、早速のキラー・チューンです。イントロから、音数は詰め込まれていないのに、三者が複雑に絡み合うアンサンブル。複雑と言っても難解な印象ではなく、気持ちよくパワフルにグルーヴしていく演奏です。

 再生時間0:41あたりから、1:28あたりからと、段階的にシフトが上がっていく展開も、加速感を演出します。テンポが速い、音量が大きい、というわけではないのに、有機的で生命力を感じる素晴らしいアンサンブルです。

 1:28あたりからの間奏でのドラムは圧巻。1人でポリリズムを作り出すような、複雑なプレイをさらっとやってのけます。2:42あたりからラストに向かっていく、アヴァンギャルドなアレンジも、聴き手のテンションを上げます。

 2曲目「Scared Sorry」は、三者が肩慣らしをするように演奏が始まり、徐々に加速していく展開。この曲はアンサンブルが非常にタイト。

 3曲目「Gated Community」は、メロディアスなベース、緩やかなキーボード、正確に細かくリズムを刻むドラムが絡み合う、緻密かつグルーヴに溢れた1曲。この曲でも、三者とも素晴らしい演奏をしていますが、特にドラムがすごい。

 7曲目「Cake Peg」。こちらもイントロから、三者が複雑怪奇なアンサンブルを繰り広げます。リズムも複雑ですが、キーボードのハーモニーが奇妙で、クセになる1曲。この曲に限らず、一般的にはかなり前衛的な要素を含んでいるんですけど、難しく感じない、むしろ魅力に転化させているところが、このバンドの凄いところ。

 本当に大好きな1作です。リズムもハーモニーも展開も複雑。かなり実験的なアレンジも含まれているのですが、難解な印象は全くなく、いきいきとした躍動感が前面に出た、聴いていて本当に楽しいアルバム。

 本国でも、めちゃくちゃ人気のバンドってわけでもないのですが、こういう音楽が日本でも売れる世界になってほしいなぁ、って思います。ちなみにこのアルバムは、ボーナス・トラック入りの日本盤も出ていました。

 本当に心からオススメしたい1枚。ぜひ聴いてください!

 





Sufjan Stevens “Sufjan Stevens Invites You To: Come On Feel The Illinoise” / スフィアン・スティーヴンス『イリノイ』


Sufjan Stevens “Sufjan Stevens Invites You To: Come On Feel The Illinoise”

スフィアン・スティーヴンス 『イリノイ』
発売: 2005年7月4日
レーベル: Asthmatic Kitty (アズマティック・キティ)

 ミシガン州デトロイト出身のシンガーソングライター、スフィアン・スティーヴンスの5枚目のスタジオ・アルバム。タイトルは『Illinois』とのみ表記されることもあります。

 アメリカ全50州それぞれのコンセプト・アルバム制作をうたった、スフィアン・スティーヴンスの「50州プロジェクト」(The Fifty States Project)。前作『Greetings From Michigan The Great Lake State』(ミシガン)に続く、プロジェクト2作目が本作『Sufjan Stevens Invites You To: Come On Feel The Illinoise』(イリノイ)です。

 しかし、50枚のアルバムを完成させることなく、プロジェクトは今作で終了。スフィアンは、このプロジェクトはジョークだったと認めています。

 ミシガンをテーマにした前作は、多種多様な楽器とジャンルを組み合わせた、スフィアン・スティーヴンスのポップセンスが光るアルバムでした。本作も、彼のポップセンスがいかんなく発揮された1作であることは間違いないです。

 前作と比較すると、より楽器の音色がカラフルに、実験性の増したアルバムと言えます。ミニマル・ミュージックや実験音楽を感じさせる要素や、前作以上にオルタナティヴなアプローチが目立つアルバムですが、できあがった音楽はどこまでもポップです。

 1曲目「Concerning The UFO Sighting Near Highland, Illinois」は、流れるような躍動感のあるピアノを、オーボエとフルートと思われる笛の音が追いかける1曲。

 2曲目「The Black Hawk War, Or, How To Demolish An Entire Civilization And Still Feel Good About Yourself In The Morning, Or, We Apologize For The Inconvenience But You’re Going To Have To Leave Now, Or, “I Have Fought The Big Knives And Will Continue To Fight Them Until They Are Off Our Lands!”」は、イントロから様々な楽器と人の声が、不思議なハーモニーを作り上げます。

 随所に違和感のあるアレンジなのに、完成された音楽は、ポップでカラフルに響きます。スフィアンのこのあたりのポップ感覚は本当に見事。あと、タイトルがとにかく長いですね…。

 3曲目は「Come On! Feel The Illinoise!」。この曲は1トラック扱いですが、クレジットでは「Part I: The World’s Columbian Exposition」と「Part II: Carl Sandburg Visits Me In A Dream」、ふたつのパートのタイトルも記載されています。

 イントロから、ピアノなのかオルガンなのか、ふくよかな音色の鍵盤が響きます。多くの楽器が参加し、有機的でノリのいいアンサンブルを展開していきますが、様々なジャンルの香りがするのに、ひとつのジャンルに特定するのは難しい、不思議な魅力にあふれたポップ・ソングです。

 クラシックの香りもするし、ジャズのようなスウィングもあり、ロック的なダイナミズムも感じる。そして、できあがっている音楽は、心地よい極上のポップス。そんな1曲だと思います。

 9曲目の「Chicago」は、ヴィブラフォンの柔らかなサウンド、壮大なストリングス、躍動感あふれるバンドのアンサンブルが融合する、生命力を感じるいきいきとした1曲。曲名は、CDでは前述のとおり「Chicago」、アナログ盤では「Go! Chicago! Go! Yeah!」という表記になっています。

 22曲、74分収録のボリュームたっぷりのアルバムですが、無駄に長いわけではなく、多種多様なジャンルを消化し、スフィアン自身のポップ・ミュージックを作り上げた、すばらしい作品です。

 雑多なサウンドやジャンルを、極上のポップ・ミュージックに仕上げるセンス。しかも、聴いたことがありそうで、どこでも聴いたことがない、彼独自のオリジナリティを持った曲に仕上げるセンスには、脱帽です。





LCD Soundsystem “LCD Soundsystem” / LCDサウンドシステム『LCDサウンドシステム』


LCD Soundsystem “LCD Soundsystem”

LCDサウンドシステム 『LCDサウンドシステム』
発売: 2005年1月24日
レーベル: DFA

 ニューヨーク市ブルックリン出身のダンス系ロックバンド、LCDサウンドシステムの1stアルバムです。

 独特のドタバタ感、親しみやすいジャンクな耳ざわりもありながら、躍動感あふれるダンス・ミュージックが展開する1作。

 アルバムの幕を開ける1曲目は「Daft Punk Is Playing At My House」。まずタイトルが最高(笑) そのタイトルどおりと言うべきなのか、家でダフト・パンクがプレイしているかのごとく、ダンサブルかつグルーヴ感あふれる音楽が溢れ出します。

 いちいちリズムにフックしかないような、耳と体が楽曲につかまれる1曲です。再生時間2:51あたりからのローファイな空間を漂わせる鉄筋のような音も、アクセントになっていて良いです。

 2曲目の「Too Much Love」は、バウンドするようなリズムが、イントロから気持ちいい1曲。ボーカルは感情を排したような淡々と歌い方ですが、楽曲自体は次々と音が増え、立体的なリズムを形成していきます。再生時間3:30あたりからの多層的なリズムがたまらない。

 6曲目「On Repeat」は、ミニマルなリズムからスタートし、次々と音色とリズムが増殖していく展開。LCDサウンドシステムのひとつの得意なフォームですが、段階的に音が重なり、音楽にフックが増えていく流れが、本当に秀逸。

 7曲目「Thrills」は、ややアンビエント色の強い音像を持った1曲。しかし、持続していく音とドラムのビートが重なり、加速感を演出していく展開はさすがだと思います。

 8曲目の「Disco Infiltrator」は、サウンドとリズムが一体化して、音楽を加速させていくような曲。音響とリズムが等価であるような、不可分であるような、有機的なリズム感があります。

 ドラムだけではなく、アンサンブル全体でリズムを作り上げていくところが、このアルバムの魅力だと思います。加速感やグルーヴ感の生み出し方が斬新で、本当に新しいダンス・ミュージックと言えるんじゃないでしょうか。

 サウンドにはインディーらしさを感じる、ジャンクな要素も入っているところがいいと思います。

 





Sam Prekop “Who’s Your New Professor” / サム・プレコップ『フーズ・ユワ・ニュー・プロフェッサー』


Sam Prekop “Who’s Your New Professor”

サム・プレコップ 『フーズ・ユワ・ニュー・プロフェッサー』
発売: 2005年3月8日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 ザ・シー・アンド・ケイクのギター・ボーカル、サム・プレコップの2枚目のソロ・アルバムです。

 穏やかな歌ものアルバムでもあり、同時にカラフルで奥深いアンサンブルが展開される、スリル・ジョッキーの作品らしいアルバムと言えます。

 1曲目「Something」は、歌とギターを中心にした、穏やかなギター・ポップのような聴感。多種多様な楽器の音が控えめに入ってきて、サウンドも鮮やか、アンサンブルにも奥行きがあります。アルバム全体を通して言えることですが、全てのサウンドが有機的に絡み合う、カラフルでポップな1曲です。

 2曲目「Magic Step」。独特のハネたリズムのパーカッションから、ボサノバのような雰囲気も漂うイントロ。各楽器が折り重なり、緩やかにグルーヴしていきます。再生時間0:26あたりからのジャズを感じさせる、細かくリズムを刻むドラムも加速感を演出しています。いわゆるポリリズムとは少し違う感覚で、各楽器のリズムがレイヤーのように重なる1曲。

 6曲目の「Little Bridges」は、鼻声のようにワウのかかったギターが耳に引っかかる、かわいらしい雰囲気の1曲。

 10曲目「Density」は、ジャズやボサノバを感じさせる…というより、ロックを感じさせないアンサンブルが心地よい1曲。ドラムのタイム感が絶妙です。

 非常にポップなのに、音楽の情報量が多く、聴きごたえのある1作だと思います。ワウを使ったギターや、ウッドベースと思われるふくよかなサウンドのベース、ミュートを使用したコルネットなど、全体のサウンドはキュートで穏やか。

 しかし展開される音楽には、多種多様なジャンルやアプローチが含まれ、長く付き合えるアルバムだと思います。