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Ryley Walker “Deafman Glance” / ライリー・ウォーカー『デフマン・グランス』


Ryley Walker “Deafman Glance”

ライリー・ウォーカー 『デフマン・グランス』
発売: 2018年5月18日
レーベル: Dead Oceans (デッド・オーシャンズ)
プロデュース: LeRoy Bach (リロイ・バック)

 イリノイ州ロックフォード出身のシンガーソングライター兼ギタリスト、ライリー・ウォーカーの4thアルバム。前作『Golden Sings That Have Been Sung』に引き続き、元ウィルコ(Wilco)のリロイ・バック(LeRoy Bach)がプロデュースを担当。

 フォークを主なルーツに持ち、フィンガー・スタイルのギター・プレイを得意とするライリー・ウォーカー。これまでのソロ作品も、フォークやカントリーを根底に持つ音楽性であり、彼のギター・プレイがアンサンブルの中核を担っていました。

 しかし、デビュー以来まったく変わらぬ音楽性でアルバムを作り続けてきたかというと、もちろんそんなことはありません。1作目から本作に到るまでの音楽性の変化を単純化して言うならば、フォーク色の濃い1作目から、徐々にジャズ色やオルタナティヴ・ロック色を導入。音楽性がより多彩かつ現代的になっています。

 4作目となる本作でも、基本的には前作までの流れを踏襲。ゆったりとしたテンポと、生楽器の音色をいかした穏やかなサウンドの楽曲が多く、ややフォークやカントリーの要素が色濃く戻ってきた感もありますが、随所にオルタナティヴなアレンジも顔を出します。前述のとおり、プロデュースを元ウィルコのリロイ・バックが担当しており、彼の参加がオルタナ色を帯びる、大きな要因になっているのではと思います。

 1曲目の「In Castle Dome」は、遅めのテンポに乗せて、ブルージーなギターと歌を中心に据えた、穏やかなアンサンブルが展開される1曲。フルートらしき音色が、楽曲に彩りを加えています。

 3曲目「Accommodations」は、不穏なハーモニーのイントロから始まり、再生時間0:52あたりからの音が散らばっていくようなアレンジなど、アヴァンギャルドな空気を持った曲。

 4曲目「Can’t Ask Why」は、電子音が広がっていく、エレクトロニカのような音像のイントロからスタート。その後、歌とアコースティック・ギターが電子音と溶け合い、ソフトで穏やかなサウンドを作り上げていきます。

 5曲目「Opposite Middle」は、ビートがはっきりとしたノリの良い1曲。ゆるやかなスウィング感を持った演奏が繰り広げられます。

 7曲目「Expired」は、電子的な持続音と、みずみずしいアコースティック・ギターの音色が溶け合った、柔らかなサウンド・プロダクションを持った1曲。ボーカルが無ければ、音響系のポストロックかエレクトロニカとしても成立しそうな音像。

 8曲目「Rocks On Rainbow」は、アコースティック・ギターのいきいきとした演奏が展開されるインスト曲。1stアルバムでは、このようにギターがフィーチャーされた曲が多かったのですが、バンドの編成が拡大した本作では、新鮮に響きます。

 9曲目「Spoil With The Rest」は、各楽器が折り重なるようにアンサンブルを構成する、いきいきとした躍動感と立体感のある1曲。歪んだギターも用いられており、このアルバムの中ではハードな音像を持った曲ですが、一般的には穏やかなサウンド・プロダクションと言えます。バンドがひとつの生命体をなすような、あるいは機械のようにぴったりと歯車が合うような、有機的なアンサンブルは、聴いていて体が自然に動き出してしまうような心地よさがあります。

 アルバム全体をとおして、フォークやカントリーが下敷きにあるのは分かるのですが、ルーツの焼き直しではない、実験的なアレンジや意外性のあるサウンドも散りばめられています。前作『Golden Sings That Have Been Sung』の方が、よりわかりやすくオルタナティヴ・ロック的なアレンジが導入されていたので、本作ではライリー・ウォーカーが折衷的ではなく、より自分自身の音楽性を追求できたアルバムなのでは、と思います。

 いずれにしても、ルーツへのリスペクトと、自分自身のオリジナリティをしっかりと両立させた良盤です。

 





The Sea And Cake “Any Day” / ザ・シー・アンド・ケイク『エニイ・デイ』


The Sea And Cake “Any Day”

ザ・シー・アンド・ケイク 『エニイ・デイ』
発売: 2018年5月11日
レーベル: Thrill Jockey (スリル・ジョッキー)

 イリノイ州シカゴを拠点に活動するバンド、ザ・シー・アンド・ケイクの通算11枚目となるスタジオ・アルバム。前作『Runner』から6年ぶり、ベースのエリック・クラリッジ(Eric Claridge)が脱退し、3ピース編成となってから、初のアルバムとなります。

 ザ・ジンクス(The Zincs)や、ユーフォン(Euphone)での活動で知られる、ニック・マクリ(Nick Macri)がサポート・ベーシストとして参加。さらに、2016年のブライアン・ウィルソンによる『ペット・サウンズ』50周年アニバーサリー・ツアーで音楽監督を務めた、ポール・ヴォン・マーテンズ(Paul Von Mertens)も、クラリネットとフルートでレコーディングに参加しています。

 シカゴの名門レーベル、スリル・ジョッキーに所属。トータスのジョン・マッケンタイア、元シュリンプ・ボートのサム・プレコップ、元カクテルズのアーチャー・プレウィットの3人からなり、シカゴ界隈のスーパー・グループの様相を帯びるザ・シー・アンド・ケイク。(ちなみに脱退したエリック・クラリッジも、シュリンプ・ボートの元メンバー)

 彼らの音楽の特徴であり魅力は、ギターポップ的な音像と爽やかなメロディーを持ちながら、ポストロック的な実験性を持ち合わせているところ。非常に聴きやすく、ポップなテクスチャーと、リスナーに若干の違和感を抱かせる、隠し味のように含まれたアヴァンギャルドなアレンジが、共存しています。

 音を詰め込みすぎず、風通しが良いところも、このアルバムの魅力。また、各楽器のフレーズとリズムからは、ジャズの香りも漂い、非常に間口の広い音楽を作り上げています。

 1曲目の「Cover The Mountain」は、シンプルな音色のギターと、柔らかく軽い声色のボーカル、手数を絞ったシンプルなドラムが、浮遊感と緩やかな躍動感のあるアンサンブルを編み込んでいく1曲。

 2曲目「I Should Care」は、音数はそこまで多くない、軽いアンサンブルながら、全ての音が少しずつ前のめりになり、爽やかに吹き抜ける風のような疾走感のある曲。

 3曲目「Any Day」では、スムーズジャズを思わせる、流れるような軽快なグルーブが展開。ギター、クラリネット、フルートが、層のように音を紡ぎ、有機的な音楽を作り出していきます。

 4曲目「Occurs」は、ドラムの跳ねたリズムと、そこに覆いかぶさるように入ってくるギターが、ゆるやかなスウィング感を生む、リラクシングな1曲。

 5曲目「Starling」は、ギターが穏やかに絡み合うイントロに導かれ、疾走感のあるギターポップが展開される1曲。

 7曲目「Day Moon」は、本作の中で、ドラムの音がソリッドで、ビートが強い1曲。ギターもタイトにリズムを刻み、心地よい前への推進力を感じます。

 8曲目「Into Rain」は、オシャレなカフェで流れていそうな、スムーズジャズかボサノヴァを思わせるサウンド・プロダクションを持った曲。この曲も音数は少ないながら、各楽器が有機的に重なり合い、有機的なアンサンブルを作り上げています。

 アルバムを通して、昼下がりのリラクシングな時間を顕在化させたような、心地よい流麗さを持っています。音数が絞り込まれ、隙間まで利用したアンサンブルからは、ゆるやかな躍動感に溢れています。

 やり過ぎないところ、足し算ではなく引き算を駆使して、ポップな耳触りと奥深い音楽性を両立させているところが、本作の最大の魅力。

 3ピースになったことも、マイナスに作用しているところは感じられず、むしろ一音たりとも無駄にしないという態度が強まり、音数は減らしながら、音楽の強度は少しも衰えていません。

 





Sloan “12” / スローン『12』


Sloan “12”

スローン 『12』
発売: 2018年4月6日
レーベル: Yep Roc (イェップ・ロック), Murderecords (マーダーレコーズ)

 カナダのノバスコシア州ハリファックス出身のバンド、スローンの12枚目のアルバム。書いていて、やっと気がつきましたけど、12枚目のアルバムだから『12』というタイトルなんですね。アメリカではYep Roc、カナダでは彼ら自身のレーベルMurderecordsからのリリース。

 1991年から活動を続けるスローン。前述したとおり、今作は12枚目のアルバムであり、キャリア的には中堅からベテランにさしかかるバンドです。今作も安定感抜群の、みずみずしい楽曲を響かせています。

 ジャンル的にはパワーポップに括られることの多い彼らですが、これまでのキャリアを通して、時期によって音楽性を微妙に変え、広げています。今作はメロディー志向で、親やしすい歌メロを中心に据えながら、バンドのサウンドにはシューゲイザーやギターポップの要素が感じられ、非常にカラフル。

 流れるようなメロディーと、フックとなる楽器のリズムが重なる関係性も、楽曲に奥行きとメリハリを与えていると思います。ひとつ具体的に例を出すと、流麗なメロディーに対して、跳ねるようなギターのリズムが重なり、躍動感を演出するような場面が随所に聞かれます。

 1曲目「Spin Our Wheels」は、8ビートのリズムに、爽やかなメロディーとコーラスワークが乗る1曲。サウンドとメロディーが、若々しく、みずみずしく、思わず「エヴァーグリーン」という言葉を使いたくなります。イントロからAメロまで、基本的にはシンプルな8ビートで進行しますが、Aメロ部分0:26あたりで1小節だけ4分の2拍子となり、疾走感といい意味での違和感を演出しています。

 3曲目「Right To Roam」は、ところどころにリズムにタメがあり、リスナーの耳をつかみながら、流れるように前進していく曲。各楽器とコーラスも含めたボーカルが、有機的に絡み合い、緩やかな躍動感があります。

 4曲目「Gone For Good」は、いきいきとしたアコースティック・ギターとピアノの音色が、耳に残る1曲。アコースティック・ギターが主導的なパートを担っているため、全体のサウンドもオーガニックな印象が強くなっています。

 5曲目「The Day Will Be Mine」は、4曲目とは打って変わって、ハードに歪んだギターがイントロから鳴り響く曲。イントロ部分厚みのあるサウンドは、シューゲイザーを彷彿とさせます。しかし、ボーカルのメロディーが入ってくるとギターは後景化し、ポップなメロディーが前面に出てきます。

 6曲目「Essential Services」は、イントロからピアノがアンサンブルの中心に据えられ、緩やかなグルーヴ感のある曲。アクセントの位置がところどころ移動し、シンプルながらいきいきと躍動していきます。

 9曲目「Have Faith」は、ハードロックを思わせる、唸るようなギターのフレーズからスタート。その後は、軽やかな縦ノリのリズムに、コンパクトにまとまったボーカルのメロディーが乗ります。

 10曲目「The Lion’s Share」は、各楽器が絡み合い、立体的なアンサンブルが構成させる1曲です。イントロのかっこよさが、このアルバムには共通していると思うのですが、この曲も歌が入ってくるまでのイントロ部分が、各楽器がサウンドとリズムに差異をつけつつ、一体の生き物のように有機的に音楽を作り上げています。

 12曲目「44 Teenagers」は、ゆったりとしたテンポで、全体のサウンドとコーラスワークから、サイケデリックな雰囲気が漂う1曲。特に、揺れるようなやや不安定なピアノの音色が、サイケデリックな香りを振りまいているんじゃないかと思います。コーラスワークもここまでの爽やかなアレンジと比較すると、リズムは同じで音程だけ分かれていく部分が多く、多層的でドラッギーな空気を醸し出しています。

 アルバム全体をとおして一聴したときは、爽やかで若々しいギターポップというイメージでしたが、何度か通しで聴いてみると、次々と新たな表情が見えてくるアルバムでした。勢いで突っ走るだけでも、ポップなメロディーのみが前面に出てくるわけでもなく、様々な音楽の要素が、地に足の着いたかたちで顔を出し、奥行きのある音楽を構築していると思います。

 





In Tall Buildings “Akinetic” / イン・トール・ビルディングス『アキネティック』


In Tall Buildings “Akinetic”

イン・トール・ビルディングス 『アキネティック』
発売: 2018年3月2日
レーベル: Western Vinyl (ウェスタン・ヴァイナル)

 イリノイ州シカゴを拠点に活動する、エリック・ホール(Erik Hall)によるソロ・プロジェクト、In Tall Buildingsの3rdアルバムです。

 矛盾するような言い回しですが、電子音がフィーチャーされた、ギターポップとでもいうべき音楽が展開されます。全体のサウンド・プロダクションは柔らかく、生まれるグルーヴも緩やか。アンビエントかつリラクシングな音像を持ったアルバムです。

 1曲目の「Beginning To Fade」は、ギターとピアノ、リズム隊が縦に重なり、グルーヴしていく1曲。アコースティック・ギターの音色も効果的に用いられ、柔らかな音像を持った曲です。

 2曲目「Akinetic」は、電子音と思しきサウンドを使ったミニマルなイントロから、少しずつ音が広がっていく展開。再生時間1:07あたりからの電子音が静かに降り注ぐ間奏は、幻想的かつキュート。

 3曲目「Long Way Down」。こちらも音数をかなり絞った、ミニマルなアンサンブルの1曲。電子音とアコースティック・ギターが支え合うように、アンサンブルを構成します。

 4曲目「Overconscious」は、バンド全体がゆったりと歩を進めるようなグルーヴのある1曲。ここまでの3曲と比較すると、リズムの形がはっきりとしています。

 6曲目「Siren Song」は、ドラムとアコースティック・ギターが細かくリズムを刻む、疾走感のある1曲。と言っても、一般的な意味からするとかなり音数は少なく、ミニマルな部類の曲です。

 7曲目「Curtain」は、バウンドするような細かい電子音と、柔らかな持続音が空間を埋めていく、テクノ色の濃いサウンド・プロダクションの1曲。

 音数が絞られたミニマルなアンサンブルが展開されるアルバムです。電子音が多用されていますが、冷たいという印象は無く、アコースティック・ギターやピアノのオーガニックな響きが効果的に配置され、ウォームな耳ざわりの作品になっています。

 音数を絞ることで、音響が前景化する面もありますが、随所にアヴァンギャルドな音やアレンジ、バンドを感じさせるグルーヴ(このグループは実質エリック・ホールのソロ・プロジェクトですが)が散りばめられ、ロック感もにじみ出ています。

 オルタナ・カントリーやポスト・ロックとも違う、「エレクトロニカ的インディーロック」とでもいうべき音楽です。

 





Holly Miranda “Mutual Horse” / ホリー・ミランダ『ミューチュアル・ホース』


Holly Miranda “Mutual Horse”

ホリー・ミランダ 『ミューチュアル・ホース』
発売: 2018年2月23日
レーベル: Dangerbird (デンジャーバード)

 ミシガン州デトロイト出身のシンガーソングライター、ホリー・ミランダの5thアルバム。

 女性シンガーソングライターというと、アコースティック・ギターを片手に伸びやかな歌声を響かせているというステレオタイプを持ってしまうのですが、ホリー・ミランダの本作には電子音やノイジーなサウンドが多用されています。

 サウンド・プロダクションにはアヴァンギャルドな音色とアレンジを含みながらも、楽曲の中心にあるのは歌。実験性が前面に出てくることはなく、あくまで音楽のフックとして機能し、ホリー・ミランダのボーカルが中心にあるアルバムです。

 2曲目「Golden Spiral」は、ベースがアンサンブルの中心に据えられ、サンプリングされ再構築されたかのように断片的な各楽器のフレーズが、ベースを取り囲むように配置されています。精密に組み上げられているようにも聞こえるし、フリーな雰囲気も同居する1曲。

 3曲目「To Be Loved」は、イントロから打ち込みらしいビートが刻まれ、ボーカルも感情を抑えた歌い方。まずベースが加速感を演出し、ギターやドラムが加わり、徐々に楽曲が熱を帯びていく展開。

 6曲目「Towers」は、音数は絞られ、その音もフレーズを綴るというよりも漂うように流れ、ボーカルにも深くエフェクトがかけられています。アンビエントな音像を持った1曲。中盤からはホーンが導入され、徐々にはっきりとしたビートも姿をあらわし、音楽的なアンサンブルが形成されていきます。

 7曲目「Exquisite」は、打ち込み的なビートと、ナチュラルなギターの音色、キーボードの柔らかい電子的なサウンド、躍動感あふれるリズム隊が、有機的にアンサンブルを構成する1曲。電子音と生楽器のバランスにおいて、サウンドの使い方が抜群にうまいと思います。

 9曲目は「Do You Recall」。ヴィブラフォンでしょうか、イントロからマレット系の打楽器が心地よく響く1曲。ところどころ、つまずくようにタメと間を作り、グルーヴ感を生んでいくリズム隊も秀逸。

 11曲目「When Your Lonely Heart Breaks」は、シンセサイザーによるヴェールのような柔らかい電子音と、立体的で臨場感あふれるドラム、伸びやかなボーカルが溶け合う1曲。

 電子音なサウンドと、オーガニックなサウンドを適材適所で組み合わせ、全体としてウォームなサウンド・プロダクションを築き上げた1作です。緩やかな躍動感とグルーヴ感もあり、心地よいポイントがいくつもあります。

 サウンドの絶妙なバランスが、ルーツ色とエレクトロニック色を中和し、全体としてモダンな雰囲気をもたらしていると思います。